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国民と天皇と大日本帝国

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2016.03.27
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カテゴリ:閑話休題
 今月(2016年3月)で週間将棋と有吉AKB共和国が終了する。

 将棋は「妖星伝/半村良」を読んで興味を持った、将棋会館や将棋世界等で4回ほど初段を取ったが免状は買っていない、現在の免状申請料は初段32,400円で五段では108,000円。

 将棋雑誌は最盛期と比べて「将棋ジャーナル」「近代将棋」「将棋マガジン」が消えている。

 「将棋マガジン」は対局写真が美しかった記憶が残っている。

 「近代将棋」はプロ棋士の棋譜掲載が高額になって発行者が困っていた記憶がある。

 将棋雑誌を購入していた頃は中原誠さんが全盛期、中原vs米長、中原vs加藤、中原vs大山、谷川さんが加藤名人に勝利し名人になった、中原vs加藤や中原vs米長の名人戦は将棋会館や対局している旅館に観戦に行った時期もある。

 女性棋士は蛸島彰子・山下カズ子が中心で藤森奈津子(旧姓中瀬)が人気があった、そして林葉直子・中井広恵・清水市代が女流棋界を席巻、現在は女性で奨励会3段も存在する。

 羽生善治さんのグループが「チャイルドブランド」と呼ばれ出した頃に将棋に対する興味が無くなっていった。

 羽生善治さんが7冠になったときや藤井システムが全盛のときはNHKの将棋番組でさえ観ていなかった、興味がF1に移ったがセナの死によりそれも興味を失った、趣味が結構変わっている(長続きしない)。

 週間将棋が休刊になるので3月は購入しようと思っている。


 有吉AKB共和国も3月で終わり、残念、AKBグループの勢いが弱まっているの印象はない、高橋みなみの卒業で一区切り着くのだろうか。

 AKB48は第十二回研究生(15期生)オーディションが2012年12月から行なわれた、毎年行なわれていたオーディションが現在は止まっている、多すぎるの判断だと思う、新しい血は「AKB48グループ ドラフト会議」が2013年から2回行なわれている。

 「チーム8/エケペディア」によると「AKB48 Team8」(各都道府県から1名ずつ選出)は2014年から始まっている、コンセプトは「会いに行くアイドル」でトヨタ自動車が活動全体を全面サポート。
 他のチームとは異なっている。

 今年も「AKB48選抜総選挙」があるそうで楽しみにしている。






最終更新日  2016.03.27 12:42:14
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2016.03.13
カテゴリ:大日本帝国興亡史
 君死にたまふことなかれ、すめらみことは戦ひに、おほみずから出でまさね、かたみに人の血を流し、獣の道で死ねよとは、死ぬるを人のほまれとは、おほみこころのふかければ、もとよりいかで思されむ。
 (「君死にたまふことなかれ/与謝野晶子」より)

 【1945年11月】~15日

・02日:御召列車と満員列車、一時間の停電
・04日:父や母の話では、ことしの稲のでき具合はいい年の七分できで、青籾が多く、籾にもふくらみがない、・・・、戦争で人手も足りなかったし、満足に肥料の配給もなかったので、田圃がすっかり荒れてしまった結果。「戦争は文明と文化の破壊であり、人類にたいする最悪の犯罪行為である」
・06日:内地勤務の復員は十月半ばでほとんど終わったらしい、最近は外地の朝鮮や台湾あたりからもぽつぽつ帰ってくるようになった。陰膳は欠かしたことがなく・・・それを据えてからでないと、自分も箸をつけない、・・・葬式も出していない
・07日:疎開者の落ち穂拾い。
・09日:新しい天皇の制服(陸海軍の軍服を廃止)、天皇は敗戦の責任をとるだろう
・10日:三菱財閥がかつて東条大将に1千万円を寄付が新聞が出ている、「戦争中軍閥と財閥は結託していた」、配給の煙草
・13日:東京の食糧事情「先月の十日に配給になった主食といったら米が一人にたったの三キロ、それに玉蜀黍の粉が一キロ、魚はこの煙管ぐらいのあじが一匹、肉がやっと十五匁、調味料だって醤油が一ヶ月に一合五勺、味噌は一人二十匁、あとはふすまとか大豆粕とか、どんぐりだかなんだか得体のしれない粉がときたま配給」、「供出だけは完納してやってくれよ」
・15日:京大卒の医学博士の話「敗戦の原因は・・・すべて軍国主義の罪です。・・・日本は民主主義に徹していかなければなりません。日本がこれから平和国家、文化国家として新しく生まれかわれるかは・・・あなた方青年の任務は重大」、こっちが恥ずかしかった・・・戦争中は大政翼賛会の役員なんかして幅をきかせていた。おれたち小学生に「君たちも一日も早く大きくなって皇国の護りについて、天皇陛下の大御心におこたえしなければなりません」「・・・アメリカとイギリスをやっつけなければ・・・」「日本は東亜の盟主」、汚れた手袋を裏返しにはめかえただけ


〓勝手に独断と偏見〓

 『旧約聖書「レビ記」19章9節から10節に定められた律法に、「穀物を収穫するときは、畑の隅まで刈り尽くしてはならない。収穫後の落ち穂を拾い集めてはならない。…これらは貧しい者や寄留者のために残しておかねばならない。」とある。』
 (「落穂拾い/ウィキメディア」より)

 「青籾が多く、籾にもふくらみがない」、疎開者は落ち穂を拾う、渡辺清は父母に「供出だけは完納してやってくれよ」。

 掌を返したような。
 天皇を始め皇族の男子は陸海軍の軍人、天皇は軍服を止めた。
 小学生に、天皇の為に米英をやっつけろと言っていた大政翼賛会の役員だった医学博士が戦後は軍国主義の罪を主張し民主主義・平和国家を説く。


 10日の「三菱財閥がかつて東条大将に1千万円を寄付したということが新聞が出ている」

 「戦中派不戦日記/山田風太郎」の11月12日には
 「米軍総司令部は、東条大将が三菱財閥からその邸宅と一千万円の贈与を受けたと公表し、その後郷古潔から左様な事実なしと訂正の申入れを受けた。事実のあいまいなるに拘わらず、がむしゃらに東条を悪漢にしてしまおうとする魂胆はここにも見えいている。」

 渡辺清(1925年生まれ)と山田風太郎(1922年生まれ)、渡辺は1941年高等小学校卒業後に海軍に志願して戦争に行ったが山田は終戦時に医学生(徴兵検査は丙種、1944年に22歳で東京医学専門学校に合格)、天皇制に関し山田風太郎は「日本の珠玉」。

 三菱財閥と東条英機の関係について、山田の主張がもっともと感じるが、「戦争中軍閥と財閥は結託していた」を完全否定する事はできないと思う。

 「東条大将が三菱財閥からその邸宅と一千万円の贈与を受けた」

 東条英樹の私邸は「世田谷の用賀」と「下北沢の代沢」にあって、用賀の私邸(及び隣接する東条関係の土地)は現在では「立正佼成会の世田谷教会」のようだ、私邸の一部なのか隣接する公園まで含むのかは調査不足だが可成り広いの印象。

 「一千万円の贈与」、現在では3千倍として300億円、ビル・ゲイツの資産が792億ドルなのでありえるのか。

 新聞は裏を取らずにGHQ発表を大本営発表のように記事にしたのだろう、日本の報道側も含めて全部東条が悪いの印象操作を行なっているように感じる。






最終更新日  2016.03.13 08:39:59
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2016.03.04
カテゴリ:閑話休題
 2016年3月1日深夜放送の「AKBINGO!」はダンスロワイヤルの後半戦、審査員は前半戦と同様「FISHBOY」「エグスプロージョン」「パパイヤ鈴木」。
 「AKB48・NGT48」「NMB48」「AKB48」のダンスが披露された。

 「AKB48・NGT48」(藤田奈那・本間日陽)はバレイ風のダンス、藤田奈那がスタイルが良いのと本間日陽の曲線的な表現が美しいぐらいの感想。

 「NMB48」(加藤夕夏・石田優美・西村愛華・沖田彩華)は「SKE48」のようなダンス、「SKE48」のように女を感じる部分はなくセクシーレベル、石田安奈/「SKE48」の年齢が19才は他と比較すると驚異。

 「AKB48」(田野優花・相笠萌・市川愛美)は自分たちのレベルに合わせた無難な内容のダンスに見えた、余裕があるのか緊張感がないのか、難しさを感じさせない上手さなのだろう。

 可能であればダンス内容を入れ替えて演じて欲しかった。


 全体を通して、横山結衣/「Team8」のスローな動きの時でも濃密さを感じる密度の高いダンスに心が奪われた(ハハハ)、芸術ぽくないのも良かった。

 5回の審査は結果的にVS「Team8」となった、「FISHBOY」は全て「Team8」勝ち。
 しかし、「エグスプロージョン」は「NMB48」勝ちがあり、「パパイヤ鈴木」は「AKB48・NGT48」勝ちがある。
 故に、夫々の審査員が選んだベストダンスは異なる、演出は必要か。


 「Team8」(横山結衣・本田仁美・中野郁海)がダンスロワイヤルの勝者。

 後半のチームは動作を置きに行っている感があった、またスピード感が少なく感じた。

 横山結衣以外のダンスで好きなのは「SKE48」の山内鈴蘭だったが厳しい結果となった。

 中野郁海以外の「Team8」のメンバー横山結衣・本田仁美は後半戦の放送には出演していない、中野郁海が代表として答えていたが横山結衣のコメントを聞きたかった。

 運営側の期待に応えるのは大変なのだろう、だが山内鈴蘭にイラっとする感覚と似たような感覚を中野郁海に持ってしまう。

 お互い他のダンスを事前に観ていたのだろうか。

 他の状況下における横山結衣と山内鈴蘭と石田安奈の本気ダンスを観てみたい。






最終更新日  2016.03.04 20:37:18
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2016.02.26
カテゴリ:閑話休題
 2016年2月23日放送の「AKBINGO!」はダンスロワイヤル前半戦。
 審査員は「FISHBOY」「エグスプロージョン」「パパイヤ鈴木」、
 戦うのは「HKT48」「Team8」「SKE48」「AKB48・NGT48」「NMB48」「AKB48」の6チーム、「Team8」の分類は特殊。。

 「Team8」が「HKT48」と「SKE48」に勝利、来週は後半戦。

 「Team8」のダンスは何度も観たくなる、「HKT48」と「SKE48」は好きじゃない部分がある。

 「HKT48」(熊沢世莉奈・松岡はな)は熊沢世莉奈が目を伏せている状態が目立つのはチームが2人の為かもしれない、そうゆうものなのか、可能なら顔を上げるのがメインのダンスを見たかった。

 「SKE48」(斉藤真木子・石田安奈・竹内舞・山内鈴蘭)では、ダンス前から山内鈴蘭の様子が変でダンス途中ではミスの傷を広げるようにキョロキョロ、うろ覚えの部分が散在しているように見えた。
 負けが決定すると山内鈴蘭は涙声で何かを言おうとしたが、一緒に踊った竹内舞が「もう泣かなくていいよ」。
 練習に参加する時間が他のメンバーより短かったのか。
 山内鈴蘭のカルメのダンスは良かったと思う、結果的にマイナスイメージを背負うことになったが、他のメンバーが完璧だったとは思えない。
 出だしは大人のダンス(他のチームと比べて)で良かったのに途中からワザとなのかシンクロ感が弱まった、「SKE48」は練習時間の割には内容を詰め込みすぎたのだろうか。


 番組は楽しく見れた、いまいちはバラエティ的な対処や涙に逃げた場面、大変なのだろうがガチをつらぬいたほうが気持ちが良い。

 後3チームのダンスが残っている、このまま「Team8」(横山結衣(15歳)・本田仁美(14歳)・中野郁海(15歳))が勝利するのだろうか、横山結衣(総監督の横山由衣とは別人)の存在感は強烈、ダンス内での世界が私には理解できないレベル、他のダンサーもそうで、勝手なことを投稿しているだけ。

 来週、メンバー同士が競っているチームが出てくるとキビシイのか。

 「HKT48」の熊沢世莉奈はチャンスをものできなかったのは残念、松岡はなは加藤綾子風の美人になるような感じ。






最終更新日  2016.02.26 20:22:57
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2016.02.21
カテゴリ:大日本帝国興亡史
 国民を直接・間接にマインドコントロールしていたのは指導層・マスメディア・論壇そして教師

 「何事も天皇のためだという教師の教えをまっ正直に信じていて、それを疑ってみるだけの知恵もまだなかった」

 マインドコントロールの核となるのが天皇の存在。

 1941年に海軍に志願した少年兵の渡辺清は宮城を遥拝し謹んで天皇に言上した
 「私は愈々明日帝国海軍の一員として皇国の海の護りに就きます。この上は粉骨砕身軍務に精励し、以て醜の御楯として本分を全うする心算であります。もとより私の体は天皇陛下よりお借りしたもの、いつの日か戦場にて必ずお返し申し上げます」

 【1945年10月】
・10月01日:「現人神」ではなくなった昭和天皇
・10月03日:昭和天皇の意志による日米開戦
・10月07日:新聞とラジオの豹変
・10月11日:連合艦隊の解隊、一億総懺悔
・10月14日:天皇は政治的にロボット?、停戦の決断も?、「かつての忠誠勇武なる水兵さんも変わったものね」
・10月17日:村祭り、戦場からの母への手紙に出てくる「天皇陛下の御為」、天皇に戦場で命を賭けていた、<<戦時中なら死刑になりかねない言葉が続く>>
・10月19日:稲刈り、自決に関して宇垣中将・東条大将など、第一次戦争犯罪人
・10月21日:トルーマン発言、「天皇制の運命、選挙に問うのも一案」、「天子さんにむかってそんな罰あたりなこと言うもんじゃにゃあよ」、昭和天皇のマッカーサー訪問の意味の推測
・10月22日:庭の菊が咲き始めた、マッカーサーの天下、「バスに乗りおくれるな」の標語、あと一月ちょっと満20歳、男女同権と参政権
・10月24日:武蔵が撃沈された日、同年兵は一人残らず死んでしまった
・10月25日:「歌御会」の題が「松上雪」、海戦の夢
・10月26日:天皇責任と近衛公爵、金さんはこの暮れに朝鮮に帰る。
・10月31日:遺骨の帰還、役所の前で出迎えている人が少ない受け容れ儀式もなし、マッカーサー司令部から遺骨迎えは内輪との指令、自分が先頭にたって旗をふって万歳万歳と見送っておいて敗けたとわかると「校長の野郎、ふるえあがっちゃって今日も知らん顔」


〓勝手に独断と偏見〓

 「バスに乗りおくれるな」とフランスに勝利したドイツに乗りおくれずに三国同盟締結、が対米戦前に主張されていた。

・「昭和の戦争報道(40) 日独伊三国同盟と新聞メディア/前坂俊之」によると
 『東京朝日』(十一月二十六日)の朝刊は「日独防共協定調印さる」「東西相呼応し
て赤化の脅威に対抗」「不動の国体擁護」と一面つぶして報道した。
 『東京日日』(同日)朝刊の見出しも「日独防共協定成立す」「世界平和脅威の抑へ、
画期的の我外交協定」「特定国を目標とせず、背後に特殊協定なし」と報じた。

 戦後はマッカーサー・戦勝国のバスに乗りおくれるなの状況が発生している。


 昭和天皇のマッカーサー訪問の衝撃。

 9月30日「おれにとっての”天皇陛下”はこの日に死んだ。そうとでも思わないことにはこの衝撃はおさまらぬ」
 10月1日「おれのこれまでの天皇にたいする限りなき信仰と敬愛の念は、あの一葉の写真によって完全にくつがえされてしまった。」

 新聞とラジオは「聖戦完遂」「一億火の玉」「神州不滅」と公言していたが降伏後は、
 「戦争ははじめから軍閥と財閥と官僚がぐるになって仕組んだものであり、聖戦どころか正義にもとる侵略戦争であった」と盛んに主張している、「新聞で本当なのは死亡広告だけ」。
 宣戦の詔書「朕か陸海軍将兵は全力を奮て交戦に従事せよ」。
 すべてを天皇のために、すべてを天皇の統治したもう祖国のために。

 戦中・戦前に於いて渡辺清と同じ感覚を共有していた大日本帝国の国民は多数存在したと思う、昭和天皇もその一人ではなかったのか。

 靖国神社や伊勢神宮への参拝と行幸と親拝、立場によって異なる、奉られている神との上下関係より異なる、死ねば神になるといっても神にも上下がある。

 人は天皇のために戦って死ねば靖国神社の神になる、しかし「遺骨の帰還」に対して
 『自分が先頭にたって旗をふって万歳万歳と見送っておいて敗けたとわかると「校長の野郎、ふるえあがっちゃって今日も知らん顔」』






最終更新日  2016.02.21 17:47:13
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2016.02.07
カテゴリ:大日本帝国興亡史
 一億総懺悔を首相である東久邇宮稔彦王(陸軍大将)が1945年8月17日の記者会見で主張、また9月5日の施政方針演説でも主張。

 「前線も銃後も、軍も官も民も総て、国民悉く静かに反省する所がなければなりませぬ、我々は今こそ総懺悔し、神の御前に一切の邪心を洗い浄め、過去を以て将来の誡めとなし、心を新たにして、戦いの日にも増したる挙国一家、相援け相携えて各々其の本分に最善を竭し、来るべき苦難の途を踏み越えて、帝国将来の進運を開くべきであります」

 反省者に天皇・皇族が含まれていない、文中の「神」は天皇の意か。

 日本国民は戦時中に責任を取っている、責任を取らないといけないのは指導層たち及び其の周辺である。

 【1945年9月】-2

・09月02日:「天皇陛下が処刑されるかもしれない」、天皇の責任の取り方
・09月04日:8月15日から戦闘停止だったがミズーリ号で降伏調印式が行なわれた、国敗れて山河あり
・09月05日:復員して7日目だが一歩も外に出ていない、村には戦死者が多い復員後の挨拶回りに躊躇
・09月07日:新聞発表で陸海軍関係の戦死傷者数は8月現在で約15万7千人、死におくれた無念さが胸を打ってあるれた、大本営は「皇土には敵の一指も触れさせぬ」と言っていた
・09月10日:世話になった人、帰ってこない人
・09月13日:東条英機大将が自殺未遂、東条が公布した「戦陣訓」の「生きて虜囚の辱を受けず、死して罪科の汚名を残すこと勿れ」、復員船の乗務員としての誘いを断る
・09月18日:人前で戦場の話だけはしたくない、言葉ではとても説明しきれるものではない
・09月24日:畑仕事、戦場の情景、東条大将は生命をとりとめ新聞に「一発で死にたかった。時間を要したことを遺憾に思う。(略)陛下の御多幸を行く末までお守りしてどこまでも国家の健全な発達を遂げることが出来れば幸いである。責任者としてとるべきことは多々あると思うが、勝者の裁判にかかりたくない」
・09月26日:同級生の復員兵、同級生で戦死したのは6人、徴兵年齢の引き下げでの戦地での戦死
・09月27日:復員前の物資のぶんどり、全員ではないが士官・下士官・兵が行なった士官の方が大掛かりで巧妙だった
・09月30日:天皇はマッカーサーを訪問、新聞に写真が大きく出る


〓勝手に独断と偏見〓

 戦中・戦前に於ける日本人の意識の一つ「神聖にして侵すべからず」なる天皇を頂点とした美意識・選民思想が敗戦により崩れつつある。

 敗戦国の元首と国民の身の処し方が戦前・戦中の美意識とは異なる場合が表面化する、刑法から「皇室に対する罪」が削除されるのは1947年10月、治安維持法は1945年10月4日にGHQが廃止を要求したが東久邇宮稔彦王内閣は拒絶し幣原喜重郎内閣により廃止された。

 所謂「人間宣言」は1946年1月1日の詔書だが敗戦及び昭和天皇のマッカーサー訪問(訪問は1945年9月27日、会見写真は29日付の新聞に掲載)等により天皇=現人神の構図は崩れたと感じられる。

 阿南惟幾大将のように責任を果たして一人で亡くなった人もいると思えば、身柄を拘束されそうになって死んだ者、死ななくていい部下を引き連れて死んだ者、連合国に殺された者。
 哲学者の三木清は治安維持法で拘留され1945年9月26日に48歳で豊多摩刑務所にて亡くなっている。

 東条英機は身柄を拘束されそうになっての自殺未遂、東条が国民に主張していた美意識と正反対の行動だった。
 対米戦を行なわなければ日本人が日本人でなくなってしまうの美意識が戦争を始めた理由の一つではないのか。

 東条英機の自殺未遂と「戦陣訓」との差は日本国民にはきつかったと思う、指導層及び其の周辺は自らの責任を東条に押し付けるのをやりやすくなったのではないか。

 「砕かれた神」の9月13日では、東条の自殺未遂は「恥」として捉えられている。

 「軍人の最高位をきわめた陸軍大将が、商売道具のピストルを射ちそこなって、敵の縄目にかかる。これではもう喜劇にもなるまい。
 東条はこの失態によって、彼自身の恥だけでなく、日本人全体の恥を内外にさらしたようなものだ。おれは東条大将だけは連合軍から戦犯に指名される前に潔く自決してほしかった。あの阿南陸相のように責任者なら責任者らしく、それにふさわしい最後を遂げてほしかったと思う。」

 極東国際軍事裁判より殺された者には冤罪による判決があると思う、また死刑廃止論者は東条などに死刑が執行されたことに対して憤りを覚えていると思うがどうだろう。






最終更新日  2016.02.07 09:02:01
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2016.01.24
カテゴリ:大日本帝国興亡史
 【1945年9月】

 大日本帝国の戦闘は8月15日に完全終了ではない、以下は昭和天皇の命令(奉勅、勅諭)の一部。

・大海令第四十七号/昭和二十年八月十五日(抜粋)
 何分の令ある迄対米英蘇支積極進攻作戦は之を見合はすべし
──

・大海令第五十号/昭和二十年八月十九日(抜粋)
 一、大海令第四十九号に於ける一切の戦闘行為を停止すべき時機を海軍総司令長官指揮下部隊に在りては昭和二十年八月二十二日零時とす、但し支那方面艦隊に関しては追て定む
──

・勅諭/昭和二十年八月二十五日
 朕帝国陸海軍を復員するに方り朕か股肱たる陸海軍に告く
 朕深く時運に稽へ干戈をおさめ兵備を撤せむとす 皇祖考の遺訓を念ひ汝等軍人多年の忠誠を顧れは切切として胸次を刺す特に戦に殪れ病に死したる幾多の将兵に対しては□(りっしんべんに中)怛に勝へす
 茲に兵を解くに方り一糸紊れさる統制の下整斉迅速なる復員を実施し以て皇国有終の美を済すは朕の深く庶幾する所なり
 汝等軍人其れ克く朕か意を体し忠良なる臣民として各民業に就き艱苦に耐へ荊棘を拓き以て戦後復興に力を到さむことを期せよ
──

 小野田寛郎少尉の戦いは1974年(昭和49年)まで続いている。
 任解除の根拠となった命令には「尚武作命甲第2003号」もあり戦闘停止は「昭和二十年八月二十五日」となっているようだ。


 8月15日夕刻、駆逐艦早波の艦長が「天皇陛下におかせられては、ポツダム宣言受諾の御聖断をくだされ、本日正午ラジオを通じて降伏詔書を煥発せられた」(1945年9月4日の記述)

 20歳の渡辺清は1945年8月末に復員(海軍生活は4年半)、実家は農家で両親は健在、しかし彼の村の戦死者は非常に多く帰郷の挨拶をして回るのに躊躇、渡辺は生きている事に罪悪感がある。

 当時は就業者の半数ぐらいが第一次産業に従事していたよう、復員者の半数近くは渡辺清のような状況下だったと推察する。
 都市生活は一部の者以外は困難な時代、色々な意味合いのヒエラルキー逆転が起こっていたと想像する。

 「9月02日」は「天皇陛下が処刑されるかもしれない」、
 「9月04日」は「降伏調印式」、
 「9月30日」は「昭和天皇のマッカーサー訪問」

 渡辺は戦地から農村、仲間を殺した米英に敗北し日本は占領されている、順応に困難な状態。


〓勝手に独断と偏見〓

 米英に敗北した大日本帝国、「天皇陛下が処刑されるかもしれない」なる危機感は日本人の多くが持っていたと思う、日本国民の多くは天皇制を支持していたと思う。

 9月27日に昭和天皇はマッカーサーを訪問、二人の写真が新聞に掲載された、新聞社は掲載しようとし大日本帝国政府は反対、結局はGHQの意向により掲載されたと認識している。

 「9月30日」には写真の感想として、(日記は若干のタイムラグがある。)
 「モーニング姿の天皇は石のように固くしゃちこばっているのに、マッカーサーのほうはふだん着の開襟シャツで、天皇などまるで眼中にないといったふうに、ゆったりと両手を腰にあてがっている。足をいくらか開きかげんにして「どうだ」といわんばかりに傲岸不遜にかまえている。天皇はさしずめ横柄でのっぽな主人にかしずく、鈍重なで小心な従者といった感じである。」

 自分の子供達(天皇の赤子)を殺した親玉にどう対応するのかの視点が存在する。

 昭和天皇の初訪問では写真のインパクトが強い。

 「おれは降伏詔書を発布された直後に天皇陛下は自決するのではないかと思った。敗北の責任をとる手段といえば、さしずめそれ以外にない。開戦の責任者である以上、そうするのがむしろ当然だと考えたのである。
 ・・・
 天皇陛下は、御親率の陸海軍人がほぼ復員を完了し、人心が平時に復したときか、さもなければ連合国が軍事裁判を開く前あたりをその時期とみて、あるいは御退位するおつもりかもしれない。」

 「戦争は天皇陛下の御命令で開始され、惨憺たる敗北を喫したあげく、最後も天皇陛下の御命令で終止符がうたれた。そして、その間たいへんな犠牲者を出したのだ。天皇の名によっておびただしい人命が失われたのだ。畏れおおいことだが、この責任は誰よりもまず元首としての天皇陛下が負わなければならない。」

 戦後の日本に於ける加害者意識と被害者意識、自分だけが生きて帰って申し訳ないは加害者意識が強いと思う、新聞による天皇に対する一億総懺悔は国民が加害者が強調され加害者の加害者感は緩和されている。

 昭和天皇は加害者・被害者どちらを表明するのか、渡辺の生き方にとっても重要な事。






最終更新日  2016.01.24 20:07:58
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2016.01.10
カテゴリ:大日本帝国興亡史
 「砕かれた神―ある復員兵の手記―/渡辺清」は岩波現代文庫・評論社・朝日選書で出版されている。

 日記形式で1945年9月2日~1946年4月20日が記されている。

 「砕かれた神/渡辺清」記載の経歴によると
 渡辺清は1925年静岡県生まれ。1941年高小卒後海軍に志願(5月1日)。1942年戦艦武蔵に乗り組む。・・・1945年復員(8月30日)。・・・1981年7月23日死去。

 16歳の年に海軍に志願し翌年には武蔵に乗っている、天皇の為に米英と戦いたいとの考えての行動、軍人勅諭の精神を体し、忠実に大日本帝国兵士の本分を全う。
 しかし敗戦の翌年1946年4月20日の記述では戦後の天皇の言動に、「アナタの何もかもが信じられなくなりました。・・・服役中アナタから受けた金品をお返ししたいと思います」


 天皇の意志の表明としての詔書、開戦・終戦の詔書。

 対米・英戦に対する宣戦と終結の詔書

・米國及英國に對する宣戰の詔書(抜粋)
 朕茲に米國及英國に對して戰を宣す朕か陸海將兵は全力を奮て交戰に從事し朕か百僚有司は勵精職務を奉行し朕か衆庶は各々其の本分を盡し億兆一心國家の總力を擧けて征戰の目的を逹成するに遺算なからむことを期せよ
 ・・・
 皇祖皇宗の神靈上に在り朕は汝有衆の忠誠勇武に信倚し祖宗の遺業を恢弘し速に禍根を芟除して東亞永遠の平和を確立し以て帝國の光榮を保全せむことを期す
──ウィキソースより

・大東亞戰爭終結の詔書(抜粋)
 朕は帝國政府をして米英支蘇四國に對し其の共同宣言を受諾する旨通告せしめたり
 ・・・
 朕は茲に國體を護持し得て忠良なる爾臣民の赤誠に信倚し常に爾臣民と共に在り若し夫れ情の激する所濫に事端を滋くし或は同胞排擠互に時局を亂り爲に大道を誤り信義を世界に失ふか如きは朕最も之を戒む宜しく擧國一家子孫相傳へ確く神州の不滅を信し任重くして道遠きを念ひ總力を將來の建設に傾け道義を篤くし志操を鞏くし誓て國體の精華を發揚し世界の進運に後れさらむことを期すへし爾臣民其れ克く朕か意を體せよ
──ウィキソースより


〓勝手に独断と偏見〓

 渡辺清は大日本帝国の統治者ある昭和天皇が現人神であることを信じ続けていたかったと思う。

 また、渡辺清は戦争に生き残った事に関して亡くなった人々に対し罪悪感を感じている。

 このような感情は誰しも持っていたのではないかと思う、人に責任を押し付けられない人は特に罪悪感が強く残ったのではないか、表舞台から去った人もいる。
 また、一人で自殺した人や部下を引き連れて死んだ人。


 昭和天皇は科学者の一面もあり進化論を信じていただろうし、自分が現人神では無い事も判っていたはず、自分の先祖が神でない事を認めていたかは知らない。
 天皇制の存続の為には必要と考えていたのかもしれない。

・終戦後の占領下での「昭和二十一年一月一日詔書」では(抜粋)
 朕と爾等國民との間の紐帶は、終始相互の信頼と敬愛とに依りて結ばれ、單なる神話と傳説とに依りて生ぜるものに非ず。天皇を以て現御神とし、且日本國民を以て他の民族に優越せる民族にして、延て世界を支配すべき運命を有すとの架空なる觀念に基くものにも非ず。
──ウィキソースより

 詔書で戦中・戦前の天皇や選民思想を全否定、これを信じて(建前であっても)亡くなった人々に対して天皇や皇族達は大日本帝国国民にどのように懺悔したのか。

 もし昭和天皇が、対米英開戦に反対することが正しいの認識であれば、靖国神社に祭られるのは戦争に反対し殺された人々だろう。

 必ずしも、共産主義者を肯定しているのではない。

 チャーチルが著書「第二次世界大戦3」p12にて共産主義者が『「資本主義的、帝国主義的戦争」を非難していたのが「今こそ第二戦線を」のスローガンを書きなぐり始めた。』、ソ連はドイツよりだったが独ソ戦が始まった為。
 ソ連以外の共産主義者はイデオロギー優先の感がある、米国の核兵器は悪い核兵器だがソ連・中国の核兵器はそうでもないの感覚か。

 「産経ニュース」によると、日本共産党の志位和夫委員長は2015年11月7日に核・ミサイル開発を進める北朝鮮と南シナ海で軍事的挑発を続ける中国について
 「北朝鮮、中国にリアルの危険があるのではなく、実際の危険は中東・アフリカにまで自衛隊が出て行き一緒に戦争をやることだ」
 と述べている。

 国民の判断がイデオロギーや宗教やエリート主義に偏るのはよくない。






最終更新日  2016.01.10 09:14:32
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2015.12.27
カテゴリ:閑話休題
 「Ex Machina」はアレックス・ガーランドの監督・脚本により2015年に英国で製作された SF スリラー映画である。本作はアレックス・ガーランドの監督デビュー作である。
 (エクス・マキナ/ウィキペディアより)

 「APPLESEED SAGA EX MACHINA/監督:荒牧伸志」ではない。


 ヘリコプターでの会話「別荘には いつ着くんだ?」「2時間前から別荘の上空だよ」、もちろんホバリング状態ではない。
 時速100kmで2時間だと200km、地形が氷河・川・森林と変化しているので高度を上げる時間も考慮する必要があるが東京大阪間が約500kmなので私には理解しがたい世界の話。

 国立公園一帯が自分の所有地であるかのような生活環境に住むブルーブック社の社長ネイサンは高度な人工知能を有したアンドロイドの研究を行なっている、ソフト・ハードに於いて人間としてスムーズに動くアンドロイドが完成されようとしている、アンドロイドは女性型でセクサロイド(■行為が可能で■的な刺激に反応する)でもある。

 主たる登場人物(?)はブルーブック社のプログラマーであるケイレブと社長のネイサン、そしてエイヴァとハウスメイドのキョウコの4人(?)。

 アンドロイドであるエイヴァの形状は若い女性、ただ顔以外は金属と透明な物質で見た目で人間ではない事が認識できる。
 人工皮膚やウィッグで覆うことでより見た目を人間に近づけることが可能、服を着るだけでも改善される。

 ネイサンは人工知能とアンドロイドの体の改良に取り組んでいる、ケイレブはエイヴァの完成度を測る為に連れてこられた。
 エイヴァにとっては危機が訪れている、人工知能の改善は初期化を伴い初期化はエイヴァにとって死を意味する。

 エイヴァは創造主であるネイサンを憎み生き延びる術を考える。
 ケイレブはネイサンとエイヴァに利用されている、だが道化を演じるだけではない。


 日本では公開されていない、レンタルも見つけられずメディア購入で観るしかなかった。


 1982年公開のブレードランナーはレプリカント(人造人間)との関係が描かれていた、見直してみたい。

 現在、クローン人間は存在するのだろうか、また人間を超える人造人間或いはアンドロイドは存在するのだろうか。






最終更新日  2015.12.27 18:51:00
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2015.12.13
カテゴリ:閑話休題
 外付けハードディスクを購入、無線LAN親機(Wi-Fiルーター)にUSB3.0で接続しNAS(ネットワークアタッチトストレージ :Network Attached Storage)で複数のPC等でデータを共有・保存用に使うのが目的、サーバ用のPCを稼働させる必要ないのがいい。

 メディアサーバとしての機能も試してみた(グラフィクボードがないLinuxPCのよう)。


 まずは無線LAN親機の機能により外付けハードディスク(3TB)をXFSでフォーマット、フォーマットの進行状況が見えなくて不安、ネットでは一日以上掛かったの情報もあった、結局6時間弱必要だった。

 NTFSだったフォーマットをXFSにしたのはNASに於ける選択がXFSとFAT32しかなかったのとFAT32よりNASとしての制限が少ない為。

 NASとしては、Windows8.1・Windows7・Linuxで使うことができ、また使用制限の為のユーザ・パスワードが登録できた。
 使用制限はパーティション毎の設定のようでパーティションを一つにした為に使用制限の振り分けが出来なかった。
 複数パーティションではNASが不安定になりそうだったのと、フォーマットをし直すと6時間があり断念。

 有線LANと無線LAN(11ac:多分)のNASへのアクセススピードは4:1ぐらいで以外だった。
 またPCでのネット接続の際、5GHzではなく2.4GHzで繋がってしまう時があるが、新しいWebぺージを開く時に可成りの速度の違いが体感できる。


 無線LAN親機によるメディアサーバに関して、
 今まではPCでメディアサーバを立ち上げてPS4等をクライアントにしてテレビに映すを行っていた、PCを起動しなくても無線LAN親機にUSB接続しているハードディスクを管理してくれるのは便利、ただNAS設定の際のパーティションに関する使用制限は何の意味もない。

 PCのメディアサーバと無線LAN親機によるメディアサーバでは動作に異なるところがある、無線LAN親機では映像として見れないファイルがあったり、フォルダー移動に時間が掛かったりクライアント側がハングアップする場合もある。
 また排他処理等がどの程度行われるのか怖くて試す気になれない、勉強不足も含めて制限付きの運用になりそう。






最終更新日  2015.12.13 19:36:30
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