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缶詰

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   -クリスマス(雲)

『12月25日、雲雀恭弥の場合。』

 ある朝のことです。
 今日はクリスマスです。
 沢田さんのおうちでは昨日のどんちゃん騒ぎを引きずり、みんながまだ夢の中にいる頃、並盛町のとある一角では一人のサンタさんが並盛中風紀委員に囲まれていました。
「な、なんなんだおまえたちは!」
 転がされたおじさん、少しやせて貧相ではありましたがサンタさんの姿をしていました。
 しかし本物のサンタさんどころか、善良な市民でさえありません。実はその正体、最近この近くの町を荒らし回っているドロボウさんなのでした。
 サンタさんの格好は目立ちますが、それを逆手に取ったいいアイディアだと、成果を見たドロボウさんは一人悦に入っていたのです。ヒゲをつければ人相もゴマかせますし、盗みを終えて出てきても、たいがいの人はどこかのスタッフだと思うので通報される心配も少ないです。
 しかしそれも、サンタさんが役目を終え、クリスマスを迎えた今日が潮時です。
 そうしたら、次の方法を考えながらねぐらへ帰る途中、いきなり現れた学ランリーゼントにこの路地裏まで連れ込まれたのです。
「け、警察を呼ぶぞ!?」
「呼んでみれば?できるものならね」
 と、学ランの垣根がきれいに二つに割れ、その間から小柄な少年が進み出ました。
「委員長、こいつで?」
「間違いないね」
 ドロボウさんは内心、この少年相手なら逃げることもできると算段していました。
「き、君っ!こんなことをしてただで済むと思ってるのかっ!?」
 最近この並盛町へ出稼ぎにやって来たドロボウさん、この「風紀委員」の腕章をつけた学ラン集団の恐ろしさを…そして風紀委員長の雲雀恭弥くんを知らりませんでした。
 それが運の尽きだということも。
 恭弥くんはサンタクロースをのぞきこんで言います。
「ねえ。なんでサンタクロースが今朝、プレゼント持ってきてくれてなかったの?」
 恭弥くんは不機嫌そうに尋ねます。
「サンタクロース?て、手紙?なんのこと…」
 ドロボウさんの後ろ、顔の横の位置にあるコンクリートの壁がえぐれました。
「ひ」
「僕、ちゃんと渡したよね?」
「ひぃいぃっ!?」
 それが恭弥くんの取り出した仕込みトンファーのしわざだと理解した途端、ドロボウさんは真っ青になりました。
 ドロボウさんは、そこでやっと思い出しました。
「き、昨日の…」
 そうです。昨日、商店街を歩いていると、中学生に手紙を渡されたのです。
 「君が本物のサンタクロースじゃないって分かってるけど、本物のサンタクロースの居場所くらい知ってるでしょ?ならこれ、渡しておいてよ」と、中学生のくせに妙なことを言うと思ったのをよく覚えています。
「思い出した?」
 その中学生が今、目の前にいる恭弥くんだと。ドロボウさん、ばっちりしっかり思い出してしまったのです。
「迷子にならないように、住所まで書いておいてあげたのに…」
 もちろん本物のサンタさんではないドロボウさんに、プレゼントを届ける義務はありません。手紙は確か、その場で捨ててしまったはずです。
「ねえ、どうして?」
 危険に光る恭弥くんの瞳に、さすがのドロボウさんも返答次第では命がないことを予感しました。
「いえ!だから、そのぉ…」
「はっきりしなよ」
 今度は反対の壁がえぐれます。
「うへぇ!ごごごめんなさい!うっかり渡し忘れましたァッ!」
 ドロボウさんは手足を縮め、体を丸めます。
「へえ。そうなの」
「も、申し訳ありませんでしたっ!」
 ドロボウさんは額を地面にこすりつけるように、心の底から土下座します。
「だ、だから命だけはァッ…」
「いいよ」
「…へ?」
 あっさりと言われて、ドロボウさんは涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔をあげました。
「ゆ、許していただけるんで…?」
「うん。君、もう用済みだから」
 トンファーがうなりました。
「ぷぎゅる」
 訂正。返答内容がなんでも、ドロボウの運命は決まっていました。多分、恭弥くんのサンタさん宛の手紙を受け取った時に。
 都会って怖いな。オレ、やっぱりそろそろ田舎に帰るよ母ちゃん…と、薄れゆく意識の中でドロボウさんが思ったかどうかは定かではありません。もっともそんなヒマはなかったでしょうが。
 ただ、恭弥くんがトンファーを振り、つぶやいた言葉だけが最後に聞こえました。

「ちゃんと『さわだつなよしをください』って、書いておいたのに…」

「委員長…」
 恭弥くんの背中は、どこか悲しそうです。サンタさんに手紙が届かなかったのがよっぽどこたえたようです。
 副委員長の草壁さんには、かける言葉が見つかりませんでした。
「…まぁいいや。直接さらいに行った方が早いし」
 しかし顔をあげた恭弥くんの瞳はまだ光っています。まだ咬み殺し足りないみたいです。
 それでこそ風紀委員長。それでこそ恭弥くんでした。
「委員長!こいつ、指名手配犯ですがいかがしますか?」
 草壁さんが、姿勢を正して尋ねます。
「どうでもいいよ。適当に片づけておいて」
 恭弥くんの興味はドロボウさんの袋に移っていました。
 そこにはドロボウさんがサンタさんになりすまして忍び込み、盗み出した札束や、金銀宝石でできた装飾品が、たくさん詰まっていました。
「重い。邪魔」
 しかし恭弥くんはそれらを全部袋の外に放り出します。
 袋の中に残ったのは、ドロボウさんが気まぐれで盗んだ高級なチョコレートや砂糖菓子ばかり。
「餌づけぐらいには使えるかな?」
 つぶやいたセリフを、草壁さんは聞かないふりです。
「じゃあ後始末はよろしくね」
「いってらっしゃいませ委員長!」
 後には気を失ったサンタドロボウさんと、真っ白な袋を担ぐ背中を見送るリーゼントがありました。

 その後、ドロボウさんはどうなったのか。
 やって来た恭弥くんを迎え撃つため、ダイナマイトが舞い飛び、刀や槍がきらめいたかどうか。
 それもまた、別のお話。


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