あけおめss夢を見た。「はぁ…はぁ…」 ツナの荒い息が、散らかった部屋の薄い闇に溶けていく。 「…なんで……」 静かで、鼓動だけが耳元で暴れる。ツナは濡れた目元や額を、パジャマのそでで乱暴に拭った。 昨日の夜はにぎやかだった。…というより騒がしかった。せめて新しい年くらい静かに迎えたかったのに、それが楽しかったのだからしょうがない。 それから笑顔で別れた顔を思い出す。だから余計に、静けさに押し潰されそうになった。 時計を見て舌打ちする。平日でもまだ夢の中にいる時間で、いつも寝過ごして学校に遅刻する身としては損をした気分だ。 「…寝直そう」 そうしてまたふとんに潜り込もうとして、あるべき存在がないことに気づいた。 「……リボーン?」 ハンモックが主人不在のまま、揺れていた。 『happy ending』 「リボーン。何してんだよ、こんなとこで」 こんな屋根の上。しかもまだ陽も昇らない時間に。 もちろんそんな時間、こんな場所に赤ん坊を追いかけてやって来た自分も自分だが。 リボーンの姿を求めて窓に手をかけると、寝る前にかけた鍵が開いていた。 悲しいカナ、この家庭教師のシゴキのおかげで壁登りは少し得意になったから、すぐに屋根の上にたたずむ赤ん坊の姿を見つけた。 「とと…ここ、座っていいか?」 体が揺れて、落ちかける。慌てて立て直し、バランスをとることはあきらめて屈み込む。 小さな家庭教師はちらりとこちらを横目で見て、すぐに視線を元に戻した。首も回さず、返事すらない。 やっぱりかわいくない。構わずツナは、リボーンの隣に、やや空間を置いて座った。 「寒っ。なんでこんな寒いんだよっ」 パジャマの上にジャンパーを羽織っただけはさすがに寒くて、身震いして両肩を抱いた。 対するリボーンは上着にマフラー、耳あてと、完全な防寒対策をとっていた。赤ん坊の相棒は帽子に変身し、すまし顔だ。 リボーンは隣に座ったツナに、また目線だけを寄越した。 「なんか用か」 「別に。用はないよ」 「なら部屋に戻れ」 そっけないセリフに苦笑しながら、ツナは動かなかった。 「ん…でも、もうちょい」 夢の余韻が、まだ残っている。潰されないために、冷たい空気で肺をいっぱいにした。 「…なぁ!何見てんだ?」 フレンドリーに話しかけたのに、リボーンの返事はない。 めげずにツナはリボーンのまねをして遠くを眺めた。 しかしツナには、寝静まる町以外は何も見えなかった。 青い影が落ちている。道には人どころか、動くものすらなく、静かだ。まるで誰もこの町にはいないみたいに。 青い静かな町は、夢の中のそれに重なる。 「いやな夢でも見たのか?」 肩が強ばったのが分かった。リボーンのつぶらな瞳がこちらを見ていた。 「……いや?」 くるりと、首筋に巻き付くものがあった。 「なに…ぐぇっ!?」 リボーンが首に巻いていたマフラーが、ツナの首をぎりぎりとしめる。 「オレに嘘つくなんて百億年早ぇよ」 「ぐ、ぐる゛じぃ…しぬ…っ!」 「いいから白状しやがれ」 「っ…分かった!分かったからっギブギブ!」 白旗をあげると、あっさりマフラーがゆるむ。ツナはせき込みながら、涙目でリボーンをにらみつけた。 「少しは手加減してくれよっ!」 「どんな夢を見た。今なら出血大サービスで聞いてやるぞ」 自白を強要したくせに。自分勝手なのは年が明けても変わらないと、首をさすりながら思う。 「…別に大した夢じゃねえよ」 もうほとんど思い出せない。断片ばかりだ。 「…みんな、いなくなる夢」 誰もいない夢だ。 台所、居間。玄関には脱ぎ散らかした靴だけが残っていた。 机とイスだけが整列する教室。屋上から見上げれば赤い空と黒い雲。 何も聞こえなかった。自分の叫ぶ声すら。 「…こうしてるとさ、自分の住んでる場所なのに知らない場所みたいだ」 ヒザに顔を埋める。考えたくない。赤い目。赤く染まった景色。赤く濡れる掌と……― ほわほわと、掌に触れるものがあった。 顔を上げると、隣にいたはずのリボーンが正面に立っていた。 「センチメンタルだな」 リボーンがツナの夢を鼻で笑う。 「赤ん坊にセンチを語られたくねえよ」 ツナの首に巻き付いたままのマフラーが再びきしむ。 「ぎゅ…っだから首しまるからっ!」 すとんと、リボーンがツナの、あぐらをかいたヒザに腰を落とす。 「えーと…リボーンさん?」 「なんだ」 なんだと聞かれても… 「触るな」の警告と同時に殴りつけるくせに、自分の側に拒否権がないのは不公平だとツナは思う。 別に触られるのがイヤではないのだけれど。だからツナは触れる手を拒まない。 「だからおまえ、何したいんだよ」 「もうそろそろだ」 「え?」 リボーンはレオンが化けた懐中時計を見て、告げる。声につられて顔を上げた。 低い建築物がひしめく地平線の向こうに、ゆっくり、太陽が昇る。 「あ……」 それはとても静かで、とてもとても時間をかけて丁寧に起こった。 「これが見たかったのか、おまえ?」 雲や空が染まる色は、ずっとこの町に住んできたはずなのに知らなかったから、ツナは目を奪われていた。 「忘れるな」 急にマフラーを強く引かれ、のぞき込まれる。こうやってリボーンの瞳を間近で見たのは、つい数カ月前前だ。 「忘れるな、ツナ。忘れるなよ、全部」 感情の読めない顔。けれど、ツナには分かる。 「…厳しいよ、先生」 「当たり前だ。オレはスパルタだからな」 そうだった。この家庭教師は甘くなくて、きっと全部見透かしても全部を言わない。 けれど、ほわほわと触れるミトンに包まれた小さな掌は、少しだけ優しかった。 「…リボーン、おまえいつからこうしてたんだ?風邪ひくだろ」 上着の表面は冷えきっていて、心配からそう言ったのに、リボーンはふんと鼻を鳴らした。 「心配してくれなくてもオレはバカじゃねぇから風邪はひかねぇよ」 「もしもだよ。母さんが心配するだろ?」 「…オレはもう一度寝直すぞ。離せ」 「やだ」 「ツナ」 「……もうちょい」 小さな体を短い腕で囲って、毛糸の帽子に顔を埋める。抵抗される前に、ぎゅっと抱きしめた。 赤ん坊の背中がため息をついて上下する。 「仕方ねぇな。ダメツナは」 「あれ?オレ、今年もダメツナなの?」 「テメェなんか十年後もダメツナだ」 ツナは鼻をすすりながら笑った。 多分、あと数分でタイムオーバーだ。 あと数分でスパルタ家庭教師は、どんなに引き留めても立ち上がるだろう。 そして離れるタイミングを見誤ったツナは、殴られるか蹴られるだろう。 それでももう少し、この体温と鼓動に触れていたかった。 ただ、あともう少し。 |