東広良様から・ザンスクss僕の住む家は、とても変わっていると思う。『kitty』 今日もこの家(・・・屋敷と言ったほうが相応しいかもしれない)には何とも言えない張りつめた雰囲気が漂っている。恐らく世間一般に言われる「殺気」という物も含まれているんだろう。まぁ場所が場所だから当然と言えば当然なんだけど。 何せここは天下のボンゴレファミリーの暗殺部隊本部。 「あらお早う・・・スクアーロ!今日はボスは一緒じゃないの?」 うん、そうだよ。答える前に僕の体はサングラスの男(女かな?)-ルッスーリアに抱き上げられた。 「食堂に行きましょ。今日はベルもマーモンも、レヴィもいるのよ。」 ああ、それは素敵だね。僕は彼の腕の中で返事のかわりに長いしっぽを少しゆらしてニャアと鳴いた。 彼らが食事をしている時、僕は大抵その中の誰かの膝の上で大人しくしている。 そしたら気が付いたことがある。彼らは僕の名前を人前では絶対に呼ばない。kittyって呼ぶんだ。可愛い子猫って。だから幹部以外の人間はきっと僕を何も知らない子猫・・・kittyだと思っている。 けど僕は知っている。ルッスーリアはいろんな事を僕に話してくれたし、基本いつだってご主人は僕を側に置こうとしたから。 ご主人はぼくを「僕じゃないスクアーロ」の代わりにしている事も、知っている。 僕が生まれたのはこことは全然違う薄汚いスラム街。 たった一つの自慢だった、おひさまに当てたらキラキラ光る銀色の毛もすすやほこりで汚れて、それこそ体中真っ黒になちゃった頃、僕とご主人は出会った。 ご主人は傷だらけの顔をニヤリとゆがめて、僕を抱き上げて言ったんだ。 「何やってんだ、スクアーロ」 今思えばあの時もうご主人はどこかおかしくなっちゃてたんだろうね。 その後屋敷に帰って幹部のみんなに紹介された時のみんなの驚いた、そしてほんのちょっと哀しそうなひどくやるせない表情は、今でもよく覚えてる。 本当の「スクアーロ」はもうしばらく前に死んじゃったって事、僕がご主人に拾われた日がその日から丁度一年目だったって事――ご主人が「スクアーロ」のことをずっと愛していたって事。 その時はまだそんな事情知りもしなかったけど、あまりにも気まずかったなぁ。うん。 けど、逆を言うと、それらのスクアーロに関するいくつかの問題を除けば、この屋敷での生活はなかなか快適なものだった。 ご主人に拾われてから、僕は実際食べ物にも暖かい寝床にも困ったことはなかったし、ご主人・・・つまり自分達のボスの愛猫ということで組織の人間はみんな僕によくしてくれた。 ご主人もたった一度をのぞいて僕に暴力を振るったりする事はなかったし、多少の束縛はあるにしろ、ベル曰く僕は本物のスクアーロよりよっぽど幸せな鮫らしい。・・・猫だけど。 「それにしてもさぁ・・・今日ボス遅くね?」 今まですっかり冷めたフレンチトーストをぼんやりとつついていたベルが突然口を開いた。 「ああ・・・そういえば――「今日はあの日だからね」 マーモンの静かな、けどはっきりとした一言が食堂全体に響きわたった・・・気がした。少なくとも僕にとっては。 「うしし・・・じゃあ今日はお出かけだな、スクアーロ」 「ちょ、ベル、その名前は――」 そこまで言ってルッスーリアは黙り込み・・・そして哀しげに少し笑って僕に言った。 初めて会った時と同じ表情で。 「そうね・・・すぐにボスの所に行ってあげなさい、スクアーロ」 そうだ、今日はあの日だ。気がついたときにはもうルッスーリアのひざから飛び降りて、執務室へ向かって歩き出していた。 部屋に戻るとすぐにでかけるぞとご主人に言われて、気付けば僕は屋敷から車で2時間あまりの見晴らしのいいがけに連れて来られていた。 視線の先には思った通りと言うべきか・・・とても小さな十字架が立てられていた。 木を組み合わせただけの、名前すら書かれていない小さな、もの。 それに(正確に言えば、そのすぐ後ろに広がる青に)、ご主人はいきなり真っ赤な花束を投げつけた。 そのとたん強い潮風が吹いて、死者、ことのほか愛する人にたむけるにしてはお世辞にもいい趣味とは言えない緋い固まりはあっというまに僕の視界から消えてしまった。 ご主人の腕に抱かれたままの僕の左前足に、ぽつぽつと水滴が落ちていたけれど見なかったコトにした。 どうせ僕の左前足ではそれが冷たい雨か暖かい涙なのか、すらわからない。 ―――ご主人がぼくにたった一度だけふるった暴力。 あの時の事はあんまり覚えていない。ただはっきりとしているのは、目の前がさっきの花みたいに真っ赤だったことと、ルッスーリアの叫び声と(「ボス!何て事を!」)このまま死んじゃうんじゃないかって程の痛みと、 ・・・・・・ご主人の心底嬉しそうな声。 「何を言っている?スクアーロには元々左腕など無かった」 その日から、僕はスクアーロになった。 鈍い色をした金属の上に、降り続く雨はまだ止まない。 可哀そうなご主人。いっそ本当に狂ってしまえたらどんなに楽だったろうに。 哀れな僕。こんな事は何も生み出さないと分かっているのに、この手に咬みついて逃げ出すことができない。 ご主人の顔を極力見ないようにして見上げた空は、雲ひとつなくどこまでも青かった。 けど雨は止まない。 きっと明日も、あさっても、今までもそしてこれからもずっとご主人に光が射すことは無いんだろう。 ねぇ、聞いてる?スクアーロ。 僕の・・・いや君のご主人、このままじゃホントに駄目になっちゃうよ。 僕だって、君のせいで足一本失って、迷惑なんてもんじゃない。 だからさ、はやく戻ってきなよ。 十字架は何も言わず、また強い風があたりをざわりと揺らした。 終 |