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缶詰

缶詰

 -遺書・前編

 無性に手を、つなぎたくなった。

『遺書』

 絡まり合う視線。それが合図だ。
「最初はグ!ジャンケンホイ!」
 カカ地蔵の前で、立ち止まり、手のひらを突き出す。
大きく枝を伸ばした木が取り損ねたまだらの光が、僕たちの手に降る。
「ホ!ホ!」
 数回のあいこの末、シロウがグーを出した。僕はパーだ。
「っしゃ!」
「負けたー!」
 がくりとヒザをつくシロウ。その肩を僕が叩く。
「はいはーい。カバンよろしくー」
 中身はほとんどからっぽのカバンの上に、それよりは少し厚い僕のカバン(今日はテストだった。僕はシロウみたいに用意なく挑む勇気はない)を積む。シロウはそれを背負い、恨ましげな上目遣いで見上げてきた。
「ずるい!ベンちゃんばっか勝って、ずりぃよ!」
「しょうがないだろ。おまえ、ジャンケン弱いんだから」
 僕は軽くなった肩を回し、腕を組む。
 それに、逆らわないのがこのゲームのルールだ。
「ほら、ちゃっちゃと運べよ」
「くっそー。後で覚えてろ!」
 僕は笑って、シロウの肩を組む。すると僕の方が肩の位置が高いから、伸しかかるようになる。
「重いー!」
 シロウは蛇行しながら前に進む。それがまたおかしくて、僕は笑った。

 「ジャンケン」は僕たち二人の間ではやっている遊びだ。
 ジャンケンをする。勝った方が命令をする。負けた方がそれに従う。そういう単純なゲームだ。
 命令の内容はいろいろで、「猛犬注意」の張り紙がある家の門にタッチし、歩いて戻ってくるとか、ヅラ疑惑のある教頭の髪を、気づかれないように引っ張ってくるとか、そんな感じだ。
 炎天下の中、勝者に日傘をさし続けて倒れかけたりしながら、中学最初の夏休みが終わってもこの遊びは続いていた。
 感心するのはシロウの根性だ。何度ジャンケンに負けて命令を押し付けられても、何度でも再戦を申し込んでくる。シロウが勝つのは今のところ、ほぼ10回に1回なのに。

「勝負だ!」
 けれどその日、アクタ橋の辺りで再戦を申し込まれ、受けてたった僕は負けた。
「やたー!!」
 珍しく勝ったシロウは、おおげさなくらい喜んで、飛び跳ねた。今度ヒザをついたのは僕のほうだった。
「ではベン君、ひとっ走りしてきてくれたまえ」
 そうして僕は、心臓破りの坂の上にある駄菓子屋まで、駄菓子とアイスを買いにやらされた。
「で。おまえは何涼んでんだよ」
 夏休みは終わったけど、まだ日差しはキツい。ビニール袋の中をお菓子でいっぱいにし、汗まみれになって戻った。(当然のように僕のオゴリ・・・駄菓子といえど、経済的損失ははかり知れない)
 シロウは橋の下の日陰で、川の中に足を遊ばせていた。
「ダブルあった?」
「おら!」
 買ってきたアイスを放る。シロウがキャッチする。
「やったー」
「まぁま!苦しうない、近う寄れ」
 言われるまでもなく僕はクツを脱ぎ捨て、シロウの隣で川に足をひたす。すると2つに割ったアイスの片方を差し出された。
「ほうびをとらせよう」
「はいはい。ありがたき幸せ」
 やけくそで受け取って、淡い青のアイスを前歯で砕く。涼しさと炭酸飲料の酸っぱさで口の中がいっぱいになった。
 僕が半分食べた頃、シロウは全部食べ終えて、次の獲物に手をかけていた。(買ってきた僕にはなんの断りもなく・・・)と同時に、ヒザの上の雑誌に、ニヤニヤしながら目を落としている。僕が戻るまで読んでいたみたいだ。
「何読んでんだ?」
「これ?」
 シロウはにんまりと笑って、雑誌の表紙をこちらに向けた。
「ニッキーが貸してくれたんだぁ!」と中学のクラスメートの名前を挙げる。人から借りた雑誌の上に駄菓子のクズを落としているのか、お前は。
 そこでは、やけに胸の大きい、水着姿のお姉さんが微笑んでいた。
「・・・星野あおい、だっけ?好きなの?」
「だって胸大きいし、カワイイじゃん?」
「うん・・・まぁ・・・」
 あいまいに答える。
僕は女子の話が苦手だ。これは最近気づいた。
 原因はよく分からない。自分の母親やクラスメートの女子と話すのはなんでもない。そのクセ、シロウが他の男子と、胸の大きいアイドルやカワイイ女子の話で盛り上がるのを見ると、少しシロウが遠くなる気がする。
 それが寂しいなんて感じる自分がいやで、恥ずかしくて、何でもないみたいに振る舞う。
「でもさー」バリバリとお好み味のせんべいをかじりながら、シロウは笑う。
「ベンちゃんってあんまり女の子の話とかしないし・・・うぶだよな!」
 鼻で笑いながら得意気に言うから、僕はやり返す。
「・・・こんなでコーフンするおまえこそ、まだまだガキだな」
「なんだとぉ!?」
 シロウが拳を突き出し、僕は避ける。
「よけるなー!」
「よけてなーい。シロウのリーチが短いんだよ」
「きー!」
 シロウはやけくそみたいに、何度も拳を突き出す。それを楽々と避けながら、僕は笑う。
 僕たちは「でこぼこ」だ。昔はそんなでもなかったのに、中学に入ってからほんの数カ月で、僕の身長はぐんぐん伸びた。こうして並び、制服をまくって足や腕の長さを比較すればはっきりする。
 僕が追い越したことで、常に男子列の最前線をキープしてるシロウは少しスネた。それでも、僕とシロウは一緒にいる。昔からずっと。
 多分、僕はシロウと一緒にいるのが一番好きだ。これも、最近気がついた。
 ちょっとそんなことを考えていたら、油断した。
「すきアリ!」
押し倒されて、勢いよく腹の上にのしかかられた。
「ぐぇっ」
「いいか!オレはなっいつかアンディーくらいデッカい男になるんだからな!」
「誰だよアンディーって・・・いて!分かった!分かったからギブギブ・・・あ。」
「逃げんな!」
「じゃなくて・・・なんか聞こえた」
 耳をすませる。わずかだけど、誰かの怒鳴り声が聞こえた。
「なになに?」
「林の方だ」
川原から林をのぞく。そこにいたのは見知った顔だった。
「若先生だ」
「誰?それ」
「ほら、町田先生のトコの修一さん。町田さんの兄ちゃんだよ」
「げ。町田香の?」
 途端にシロウが眉をしかめる。
 シロウはクラスメートの町田香が嫌いなのだ。何かとバカなイタズラをして、クラス委員長である彼女の目の敵にされているからだろう。(ちなみに、シロウのイタズラのほとんどは僕も共犯だ。なのに、僕に対する町田の風当たりはシロウほど厳しくない。不思議だ・・・)
 その町田香は、この町の子どもならほとんど全員がお世話になっている病院の娘なのだ。
 つまり、かなり年の離れたお兄さんである修一さんは町田医院の跡取りで、主に町の大人たちから「若先生」と呼ばれている。
「若先生、今度結婚するんだって」
「ふーん。詳しいな」
「・・・母さんからの受け売り」
 僕の母親は、その手の情報を近所のおばさんに売ることを使命にしてるみたいな人だ。自然とそんな話が耳に入るから、僕も町のナニガシさんが、という情報に強くなる。これは望んだわけでもないから、一種の公害なんじゃないかと疑っている。
 もっとも、あまり医者の世話にならないシロウには興味のない情報みたいだが。
「じゃあ、町田の兄ちゃんと一緒にいるの、誰?」
 修一さんは一人ではなかった。ジーンズとTシャツの、くたびれた感じ男の人が向かい合っていた。
「あれは・・・真木さんだ。町田ん家のお手伝いさん」
「男なのに?」
 驚くシロウ。当然のようにお手伝いさんは女の人(それも、多分おばあさん)の仕事だと思っているらしい。
 真木さんが先生の家で、具体的には何をしてる人なのかは僕も知らない。ただ、先生のウチのご飯はほぼ全て、真木さんが作っていると聞いたことがある。
 となりでシロウは「町田のクセにお手伝いがいるなんて生意気だな」と呟いていた。いつの間にか腹ばいで、のぞき見体勢だ。
「で、町田のにーちゃんとマキさん?何してんの?」
「さぁ・・・?」
 僕たちがちょうど茂みの影に隠れて見えないのか、こちらには気づかない。気づかないで、何かを言い争っている。殴り合いのケンカではないが、今にもそうなりそうだ。
 しかし、どうゆう事情かは分からないけれど、修一さんが一方的に真木さんに怒っているみたいだった。両腕を掴んで揺さぶられても、真木さんはされるがままで、何も言い返していなかった。
 考えてみれば、真木さんは修一さんに雇われている身だから、どんなに怒られても言い返したり、殴り返したりできないのかもしれない。
「どうしよっか?」
 シロウが問う。その目に、さっきグラビアを見てた時とは別の、けれど純粋な輝きが宿っていた。(人はそれをやじ馬根性と呼ぶ・・・)
 やっぱりガキだと、僕はこっそりため息をついた。
 僕はあまり関わりになりたくなかった。人が殴られるのは見たくない。
 だから「もうちょっと近づいてみようよ」と、シロウが立ち上がりかけるのを、僕は腕を引いて止めた。
「やめろよ。見つからないうちに行こう」
「えー」
「えーじゃない!早く・・・」
 その時、ついに修一さんが真木さんのえり元を掴んで引き寄せた。
 自分が殴られるワケでもないのに、僕は反射で目を閉じそうになった。しかしそうはならなかった。
 修一さんの口が、真木さんの口を塞いだから。
「――・・・・・・っ!?」
 僕は声も出せず、驚いた。
とっさにとなりでシロウが叫び声をあげかけた。僕はとっさに、シロウの口を押さえた。
 背中からのしかかられ、シロウは暴れた。けれど僕はどかないし、動かなかった。
 修一さんは真木さんの唇を捕らえたまま、後ろの木へと押さえつけた。
 やめろと。真木さんの唇は動いた、ように見えた。けれど、叫ばなければ、僕たちの場所には届かなかった。
 修一さんはなんて答えたのか、僕たちの位置からは見えなかった。けれど、その手は止まらなかった。
 修一さんの手が真木さんの白いシャツをまくり、その胸元を探る。その手がさらに下へ下りていき真、木さんが眉を寄せる。遠くても見えた。
 反り返るノドの白さを。濡れて赤くなっていく唇を。震えて、揺れる体を。
 僕たちの場所からは少し遠くて、聞こえないはずのか細い叫び声さえ、聞こえた気がした。

 二人が体を離したのは、夕日が山の端にかかる頃だった。
 修一さんは二言三言、真木さんに言葉をかけると、河原から立ち去った。
 真木さんはしばらく動かなかった。けれど、やがて少しふらふらしながら、林を出て行く。
 真木さんの砂利を踏む音が聞こえなくなって、やっと僕は緊張を解いた。一気に力が抜ける。
「ベンちゃん・・・重い」
 その言葉に、我に帰った。
「あ・・・ごめん」
 僕の体に潰されていた幼なじみに気づき、体を浮かした。そのすき間からシロウは転がり出た。
「なんだよもう!」
 息が荒い。潰されていたせいなのか、顔が赤い。
「重いんだよバカベン!」
「だからゴメンって!しょうがないだろっ、動けなかったんだから」
そう言い合って、どちらからともなく黙る。ひぐらしの鳴く声が聞こえた。
「・・・あのお手伝いさんが、町田のにーちゃんの結婚相手?」
ぽつりと、シロウがつぶやく。
「なわけないだろ。男だったじゃん」
「だよな・・・」
 そう言って、僕は顔が熱くなる。見たものが目の裏にフラッシュバックする。
 全部が全部、見えたワケじゃない。
 けれど、本当なら見るはずのない、見てはいけないものを見ていたのに、僕は――僕たちは目をそらせなかった。
 シロウを見ると、多分同じように今見た光景を思い出している。うつむいた頭の端からのぞく、耳が赤い。きっと夕日のせいじゃない。
それがまた恥ずかしくて、僕は目をそらした。
「帰ろう」
 そう言いながら、僕はシロウに手を伸ばし、そして払われた。
「シ、ロ?」
 僕はただ手を貸そうとしただけだった。それを、すごい勢いで払われた。
「シロウ?足シビレちゃったのか?シロ・・・」
「さ、触んなっ」
 再び伸ばしかけた手も拒絶された。こんなのは、初めてだった。
「あ・・・」と、シロウがつぶやいた。
 それからパニックになったみたいに、川の方へ逃亡をはかった。
「待てよシロ!」
 僕もシロウを追いかけて、川の中に進む。
シロウは川の中ほどで、倒れるようにして座り込んだ。川の水位は座っても、腰の辺りまでしかない。浅い上に川幅も広くないから、溺れる心配はない。
けれど、夏の去る風の中、水は少し冷たかった。
「何やってんだよシロ」
 僕はシロウの前にかがみこんだ。シロウはうつむいたまま黙っていた。らしくない。
「パンツ、濡れるだろ?」
「放っとけよ!」
「放っとけって言われても・・・」
「少し冷やしたらなんとかなるんだから」
 シロウは足の間を、両手のひらで包んでいた。まるで、小さな子どもがモレるのをガマンするみたいに。
「まさか、シロ・・・」
 シロウが顔をあげた。悔しげに唇をかんで、言う。
「男なら黙って見てないフリしろっ」
 風に騒ぐ林の音も、ひぐらしの声も、聞こえなくなった。どこかで、何かの回線が切れたみたいに。
 口の中がカラカラで、僕はツバを飲み下した。シロウから目を離せない。
「・・・さっき、アレ見たせい?」
「うるさいっ」
「楽にしようか?」
 僕の言葉の意味が分からなかったのか、シロウが見あげてきた。その足の間に、手をつっこんだ。
「ベンちゃんっ?」
 シロウの肩が、大きく跳ねた。さっと頬が赤くそまるけれど、その後ろで夕日を反射してオレンジに光る川のせいじゃないはずだ。
「手伝うって、言ってんの」
 僕のと比べて、シロウのは小さかった。けれど、まるでそこにもうひとつの心臓があるみたいに暖かくて、ゆっくりと脈を打っていた。
「シロウのって小さいね」
 僕は自分の感想を正直に言ったつもりだった。しかし「小さい」は、シロウのプライドをいたく傷つけたらしい。
「お、おれのマグナムはこんなモンじゃ・・・」
「じゃあ比べる?」
 シロウの片手を掴んで、僕の足の間へ導く。なんだか、そうされて焦るシロウが見たかった。
 予想通りシロウは、驚いた顔をして肩を跳ねさせた。手のひらが逃げようとするけど、僕が許さない。
「う・・・」
「ね?」
 そう言いながら、僕はシロウのを握る手の力を、強くする。
まるで空気を忘れたみたいに、息を吸う。
僕は混乱していた。それなのに、シロウの乱れる息が、シロウの熱がもっと欲しくて、もっと体を寄せてみる。
「ね?どんな感じ?」
 耳元でたずねてみると、シロウが僕の肩に強く爪を立てた。
 答えの代わりのように、その手の中にある僕のを、強く握った。
「っ・・・!?」
「これ以上さわったら、ツブす・・・!」
 さすがに焦って、シロウの顔をのぞきこむ。シロウの目はすわっていて、握る手の力も強い。本気らしかった。
相手の急所を盾になんて卑怯な!とは言えない。僕のしていることも同じだから。
「ちょ、それはやめて」
「ツブされたくなかったらはなせっ!」
 シロウは毛を逆立てた小動物みたいに威嚇する。
 ため息をついて僕は提案する。
「じゃあジャンケンしよう」
「ジャンケン・・・?」
 こんな時に何をいいだすのかと、
「もしシロが勝ったら触るのやめる」
「も、もし負けたら・・・?」
「その時は俺の好きにする」
「えー」
 シロウの目が宙に迷う。それから僕をうかがうけれど、僕に譲歩する気がないと分かったみたいで、決心がついたらしい。
「・・・分かった。受けて立つ・・・!」
「いいか?待ったなしの一本勝負だかんな」
「お、おう!男に二言はないっ」
 僕たちは互いのを握っていない方の手を持ちあげた。
「最初はグー!ジャンケン・・・」

 勝負は一回で決まった。
 シロウはグーを。僕はパーを。

「ま・・・待て」
「やだ」
「もっかいっ、勝負・・・っ」
「一本勝負だって言った」
「や・・・やだやだやだ・・・っ」
 なでて、さする。制服のズボン越しに、下から上へ。
 熱い。もうひとつの心臓が、少しづつ温度を上げて、僕はそれをあおる。
「やだ・・・っ」
 その瞬間、僕の腕の中で、シロウの体全部が大きく跳ねた。
 息をつめて、顔を染めて。
 あの人もそうだったように、のけ反る。大きく開いた目が涙でとけていた。
 僕はそれを、残さず、全部見た。

 手を離すと、くたりとシロウの体が崩れた。
「大丈夫?」
 そう尋ねておいて、自分のせいなのにおかしいと、気付いた。
 途端に、後悔がやってくる。シロウは相変わらずうつむいて、息が荒い。僕はただ、オロオロと両手をさ迷わせるしかできない。
「ねえ、シロ?」
 ゆっくりと、シロウが頭をあげると、ほっとして泣きそうだった。
 しかし、シロウは小さいけれど、さすがに男だった。立ち上がりざま、見事なラリアットを僕の首にヒットさせた。
 モロにくらった僕は仰向けに倒れた。
「い・・・っ!」
「大丈夫なわけないだろうっ!ベンちゃんのバカーっ」
 逆光で、仰向けになった僕には、シロウの表情は分からない。
 威勢のいいセリフ。でも、声が震えているのは分かった。
 何か言い訳をしたかったけれど、間に合わなかった。去り際のシロウがもう一発とばかりに、僕の腹を踏み、それはただのうめきにしかならなかった。
「ま、て」
 せきこみながら体を持ち上げると、シロウの背中が夕闇に消えかけるところだった。
川岸に残されたのは僕のカバンと、くつ下の突っ込まれたシューズ。
 シロウはくたびれた運動靴と薄いカバン、胸の大きなお姉さんが表紙の雑誌に、僕が買ってきたビニール袋いっぱいの駄菓子さえ残さず、帰ってしまった。
 僕は、自分の手のひらを握りしめて、唇をかんだ。

 その次の日、シロウは僕を無視した。
どんな言葉も、あいさつさえ受け入れてくれない。目も合わせてくれない。
 予想はできていたし、自業自得だった。けれど、胸が苦しかった。
 いつも一緒にいる僕たちがそんなだから、みんな不思議がった。けれど僕は何も言わなかった。
 もちろん、シロウの方でも何も言わなかったらしい。修一さんと真木さんという二つの固有名詞が、一緒に食卓で並ぶことはなく、母親の標的はもっぱら近所のヒジョーシキなオバサンだった。
 シロウと言葉を交わさなくなったある日、真木さんに出会った。
 僕はその時、初めて真木さんと会話をし、手紙を託された。そして、それが真木さんと会った最後だった。
 次の日、真木さんは僕たちの町から姿を消した。

〈後編に続く〉


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