042008 ランダム
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Nostalgie

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第三章  「好奇心」

さて、小生のこの探偵談を進めるには、まどろっこしくても、
話を少し前にもどさなくはなるまい。
小生の住む関西からそう遠くない、中部地方の中堅都市G市郊外の
閑静な住宅街に、ある妙麗の奥方が住んでいる。
仮にYさんとしよう。彼女は何不自由ない教育熱心な家庭で育った
常識的な女性だし、
彼女の夫は厳格な役人であり、実に円満にして幸福な家庭であった。
たったひとつ変わっていたのは、くだんの奥方は、人よりもずばぬけて、
好奇心が旺盛にして、小生と同じ趣味、
つまり、探偵的冒険を好んだのである。
この好奇心が彼女をして、ひとつの不幸な事件に巻き込んで
しまったのである。
ある平日の昼下がり、奥方は、今流行りの電子通信箱で知り
合った有閑仲間たちと、たあいない茶呑みの会を催した。
会は、有閑にまかせてした悪戯の話だの、
少し、艶っぽい冒険の話だので
盛り上がり、盛況のうちに幕を閉じたのであるが、
その帰り道のことである。
G市の目抜き通りを少しそれて、夜であればネオンまたたくであろう
繁華街に、足を踏み入れた時だ。
異様な、へんてりんに不思議な光景を目にしたのである。

おどけた化粧の道化師が、極彩色の手風琴を
ゴロゴロ押しながら歩いているのだ。
奥方は、一瞬ギョッとして立ちすくんだのだが、
考えてみれば、
商売帰りの大道芸人が商売道具をひきづりながら、
家路を急ぐのであろう・・・・。

だが、まてよ?。
大道芸人が商売を終えるにしちゃ、時間が早くないか?
それに、あの手風琴はやけに重そうだ。
奥方の持ち前の好奇心がムクムクと頭をもたげた。

「もしかすると、あの中には、人攫いににかどわかされようとしているお嬢さんが、
後ろ手に縛られ、猿ぐつわをはめられて、苦しい息で喘いで
いるのではなかろうか。」
「今、わたしは大犯罪を目の前にしているのではないかしらん。」

そんな思いが頭蓋骨の中を巡るのである。
よく見ると、おどけた化粧の、その奥の目が、
にたりにたりと笑っているような、
そんな錯覚にもとらわれる。
Yさんはとうとう、見え隠れに道化師の後をつけだしてしまった。

ヒョコ、ヒョコ、ヒョコ、へんてこりんな足取りで。
ゴロ、ゴロ、ゴロ、手風琴を押して。
大道芸の道化師が歩いて行く。

その後ろを、見目麗しい人妻が見え隠れについて行く。
そのまた後ろを、支那服に黒眼鏡の男がつけていたのを
彼女は知る由もない。

それから早や一週間が経過したのであるが、
Yさんの行方はようとしてしれないのである。

 そも、支那服に黒眼鏡、つば広シャッポウの男とは何者であるか!
大道芸のピエロの押す手風琴には、どんな秘密が隠されているのか!
妙麗の人妻Yさんの行方はどこか!
悪者達の巣窟で、身の毛もよだつ恐いめにあっているのではなかろうか。
それとも、薄気味悪い黒眼鏡や道化師の、慰みものなっているやもしれぬ。
いやいや、ひょっとして、最早、この世の人ではないかもしれぬ。



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