042012 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

Nostalgie

Nostalgie

第十章 「奈落のラプソディ」

次に小生が目覚めた時。
奈落の底のむき出しの配管に、後ろ手に縛られ、つながれていた。
背中合わせに誰かがくくられている。

「あなたは・・・・。」
「えぇ、とおとお、ここまで助けに来て下さいましたのね。」

鈴のころがるような美しい声音が、小生の鼓動を早撃ちに打ち鳴らした。

「きっと、きて下さると思っていました。あの廃屋で、辱められるわたくしを、目を見開いて見ていらしたあの御方・・・。阿片と眠り薬のまざった紫の煙りの中で、わたくしを助けようともがいていらした、あの御方・・・。きっと来ていただけると信じていました。」

「いや、僕の方こそ、あの官能のレヴューを見て以来、ずっと幻想の世界から抜けだせずにいるような・・・。」

背中合わせにくくられた肌から伝わる温もりが、小生の胸を一層苦しくした。鼻腔に心地よく広がる、彼女のフェロモンの匂い。追い込まれた窮地にありながら、この一瞬が果てねば良いとさえ思い始めていた。
しかし、こうしてはいられないのだ。

「あの悪者どもは、どこへ言ったのでしょうか?」

「ええ、あなたが目を醒さないものだから、安心して、今頃、酒盛りの真っ最中ですわ。」

それは、得難いチャンス。小生には、幸い縄ぬけの心得がある。こんな縄など雑作もなく抜けられるのである。
えいっと、気合いもろとも縄をぬけると、Yさんの縄をほどき、手に手をとって、駆け出したのである。八幡の薮知らずを抜け、楽屋の並ぶ暗い通路を抜け、もう少しで裏木戸・・・。
と、よろけたYさんが何かをひっかけてしまった。

ガラガラガッシャーン。

とたんに飛び交う悪者どもの声。

「二人が逃げたぞ!」
「逃がすな、追え、追え!」

Yさんは転んだ拍子に怪我でもしたみえて、そのまま起き上がらない。
助け起こそうとすると・・。

「わたくしにかまわず、逃げて下さい。ここで二人とも捕まってしまったのでは、もう、助かりません。先に、逃げて・・・・。」

「何を言う・・・・・。」

言いかけて、後ろを振り返ると、追っ手は、もうそこまで迫っている。
小生は仕方なく、すぐに助けを呼んでくる。待っていよ。と言い残すと、ほうほうの態で小屋を抜け出したのである。
その足で小生は、てんのじ警察に駆け込み、かねて知り合いであったK警部と捕方を引き連れ、小屋にとってかえしたのであるが、賊どもは、すでにそこを引き払った後で、もぬけの殻の始末であった。

もう一歩のところで、小生はYさんを助けそこなったのである。


© Rakuten Group, Inc.