|
カテゴリ:エッセイ
中学、高校の六年間を通じてずっと同じクラスだった森野君という親友がいる。入学年や学部は違ったが大学も同じだったので、かなりの縁を感じる存在である。ボクと同じ町内に数人いた小学校の同級生は、全員があの世に逝ってしまったので、付き合いの期間でいえば、彼が最も長い。 彼は高校の社会科の教師を定年まで勤め、現在はボクと同じ年金暮らしである。趣味は学生時代から続けているテニスと、夫婦での国内外の旅行。旅行会社のツアーを利用しての海外旅行は、いつもファーストクラスだと聞いているので、懐具合は相当豊かなのであろうと勝手に推測している。 それはともかく、彼は中学時代からかなりのまじめ人間であった。それは社会人になり、引退した今も変わらない。車の運転とかゴルフ、マージャンなどの遊び、さらにはパソコンやスマホなど、およそ多数の人間が興味を持つことにはまったく無縁で暮らしている。 したがって、彼の年賀状は表裏とも手書き、先日届いた、彼が幹事をしている高校の学年同窓会の宛名も手書きになっていた。年賀状はともかく、クラス会などの案内の宛名を手書きでもらうことは珍しい。 このように彼の生き方はまじめであり、シンプルであり、かなり個性的だ。彼は自分のことを化石人間と称しているが、別段そのことを卑下しているわけではない。ボクも個性の強い自分流で生きているつもりだが、彼の前に出ると俗人としか思えなくなる。しかしなんとなくうまが合い、交友が今まで続いている。ボクの好きな、書家・榊莫山さんの言葉「人皆直行、我独横行」を地で行っている彼のことを立派だと尊敬している。 そんな彼のことで、いまだに忘れない中学時代の思い出がある。授業の休み時間、前後のことはよく覚えていないが彼が次のようなことを話した。 「あのな、ゆうべ両親の部屋から『イタイ、イタイ』、『スマン、スマン』という声が聞こえたんや。あれはきっと、やっとったんやで」というのである。 この話は大いに受けた。まじめな彼が言ったからでもあろう。しばらくの間、男子生徒の間で格好の話題になり、「いたい、いたい」「すまん、すまん」が流行語になっていた。われわれがなにを騒いでいるのか、女子生徒や先生にはさっぱりわからなかったであろう。ほかのクラスの生徒にも話さず、自分たちだけの秘密にしていた。 当時は週刊誌もまだ世にない時代、性に関する情報もいまほど氾濫していなかった。こんなことで騒ぐこと自体、今の中学生に比べると幼稚さもいいところかもしれない。 中学時代の森野君のことで、ほかの思い出はないのかと頭を巡らせるが、それが一向に思い出せないのである。(2025年9月) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[エッセイ] カテゴリの最新記事
|
|