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VALENTIA . com

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★サッカークリニック 2007.1月号 掲載記事

二つのトレーニング
メニューの意味

夕方5時を過ぎて、選手たちは集まり始める。
やって来た彼らはまず、張り出されたプリントの前に集まっていた。7時開始のトレーニングのメニューが書き出されているのだが、「不思議なこと」があった。
メニューが2枚あるのだ。
確認してみると、ほぼ同じ時間進行で違う内容のメニューとなっていた。いきなり理解に苦しむことが起こった。
しかしトレーニングまでにはまだ2時間ある。まずはクラブの風景を眺めてみることにした。

着替えを済ませた選手たちはピッチに入ってボールを扱う者もいれば、グラウンドの周囲を走る選手たちもいる。思い思いの準備をしながら、静かに時間を待っている。

指揮する鈴木監督、河原コーチはチャイルド(幼児)、キッズ(小学1、2年)という子供たちのクラスの指導をしていた。
幼児の指導をしている鈴木は子供たちを指導しているというより、ボールを使って遊んでいるというイメージである。3人の幼児を相手にしながら、退屈しないように時間を使っているのが分かる。
最後は小さなゴールを出して、ゲームを行なっていた。

隣のピッチにいるキッズの子供たちの中には、まだサッカーを始めて間もない子もいるのが分かった。フェイントをかけてからシュートを打つメニュー。そのフェイントは自由そのもので、ゆっくりとシザースをかける子供もいれば、ボールにつまずいてしまう者もいる。しかしフェイントと比べるとシュートはかなりうまいことが分かった。ほとんどが枠を外さない。最も楽しいのはシュートを決めること、ただ1本のシュートを打つ姿に一人ひとりの特徴が映し出される。これは普通のクラブではない、そう思わせるのは子供たちがボールを扱う姿から見えてくる。

約1時間のチャイルドクラスの指導を終えた鈴木は、ジュニアユースの選手たちを集めた。短い言葉をかけると彼らはスッと動き始め、そのままシュート練習に入っていった。
「トレーニングは7時から9時まで。でも8時30分過ぎには終わることが多いですから、コーチから指導を受けるのは90分間位ですか。週末を除くと水曜日と金曜日の2日だけだから、選手たちもトレーニングに集中してくれます。それから、ヴァレンティアはチームを二つに分けてトレーニングしているんです」

鈴木はそれを『セパレート』と呼んだ。何を二つに分けるかというと、攻撃と守備である。攻撃のグループは攻撃だけのメニューをこなし、守備のグループに入った選手たちは、守備のトレーニングだけをこなしていく。
「このやり方のトレーニングにして約1年になります。アイディアは6年前からあったんですが、決断したのは昨年の秋です。二つのメニューをこなすために指導力のある2人のコーチが必要になる。守備を担当してくれる河原もその力がついてきた。こんな方法でトレーニングしてみたい、と相談すると他のチームがやっていないことに挑戦してみましょうよ、と賛成してくれたんです。

これが試合になると、面白いことになることが分かったんです。攻撃は5人が攻めて基本的に守備陣まで戻ることはない。守備もまた攻撃参加しないんです。5人で攻めて5人で守る。守備ラインについては状況によってライン設定をしていますが、前線には攻撃陣が残ってゴール付近では5人が守るという状況になる。対戦相手からすると変わったチームに見えますよね」
 このセパレートの考えに至った理由は、選手たちの将来と関係がある。

「ヴァレンティアにはユースはありません。このクラブを育った選手たちは主に高校でプレーすることになります。例えば長崎の国見、福岡だと東福岡、筑陽。熊本の大津や宮崎の日章へ進学した子供もいます。高校年代の指導者と話をしてみると、ジュニアユース年代に求めているものが分かる。それは、やり切れるということです。例えば攻撃ならFWがシュートを打ち切れる選手、サイドから突破し切れる選手でいて欲しい。また守備なら我慢することですよね。最も大切な場面で我慢し切れずに、失点の可能性を広げてしまう。守備なら我慢し切れる選手が上の年代から求められる。それだったら、ゴール前について攻守に分けてしまったらどうだろう、という考えに至ったんです」と鈴木は言う。

サッカーでは、ボールを持った状態と相手がボールを持った状態、そしてルーズボールと大きく分けて3つの状態がある。ヴァレンティアのセパレートの考えなら、ルーズボールを省略することができる。つまり攻撃においてやり切ること、守備においては我慢することを、無駄な時間を省いてトレーニングできることになるのだ。

「ゲームを含め、トレーニングでもルーズボールの状態が圧倒的に多いんじゃないかと思うんです。例えばジュニアユース年代でも大人のサッカーをするチームが増えた。リスクの少ないプレーを選択してゴールから遠ざけるプレーを良しとしたり、守備についてもセーフティーを優先として考えて簡単に蹴ってしまったりする。確かにそのやり方で結果が出るだろうし否定するつもりもない。でも、攻撃ならやり切ること、守備なら我慢して次の攻撃につなげることをジュニアユース年代でやっておかないと、上で楽しくプレーすることはできないと思うんです」と鈴木は考えている。
「もちろん、このトレーニングを実践するためには、コーチのレベルアップが不可欠です。同じレベル、質を持ったコーチが複数必要になる。ヴァレンティアでは選手だけではなく、コーチも育ってきたことが大きいんです」
 
それでは、2つにセパレートしたトレーニングはどのように行なわれているのかを紹介していく。
GKを除くとフィールドは10人。これを攻撃と守備の5人と5人に分ける。攻撃の5人は2トップ、左右のサイドハーフ、そして攻撃的MF。守備については4バックとボランチの5人で構成される。攻撃と守備とも10人前後のグループに分けられ、トレーニングはグループ単位で進むことになる。グループは番号で分けられる。攻撃なら7番から11番。トップは11番と9番、サイドは7、8番。トップ下なら10番ポジションに選手が振り分けられている。

『攻撃』
5人の協力でいかに
シュートを成功させるか

 攻撃のウオーミングアップは、5人組のシュートからである。10番からサイドの起点へパスが出されるのが約束で、FWの1人がボールサイドに流れことも固定された。この状態から、5人はフィニッシュまでの選択は自由に任されてゴールを狙っていく。5人の選手たちが連動しながらゴールを目指す。相手がいないフリーの状態が設定されているので、選手たちも3人目の動き出しをする選手を狙ったり、パスをスルーしたりと様々なパターンでシュートが打つことができる。良いイメージを作りながら、次のメニューである5対2に移行していくのである。

5対2ではオフサイドラインが設定された。そして2人のDFが置かれた。DF役にはボールサイドの起点へのアプローチ。もう1人にはFWのどちらかに抜かれないポジショニングを要求する。これで攻撃陣には、フリーな状態から2人のDFとオフサイドラインという負荷がかかることになる。
 守備の状況と味方の準備の状況、そしてオフサイドにかからないためにはどんな攻撃を仕掛けるのかというテーマで「良く観てフィニッシュまでのストーリーを選ぼう」とメニューに書かれている。選手たちはトレーニング前に文字と図から得た情報を頭に入れることができる。これによって、シュートへのイメージやストーリーを描くことになる。

「このようなフォーメーション練習を、『乾いた』トレーニングととる考え方もあります。でもこのトレーニングでは選手たちがしっかりとイメージを描けるように準備をして、実践のときにも声をかけるようにしています。例えばシュートには2通りの打ち方がある。相手がコンタクトしているときなら強く打つことが必要だし、相手がいない状況なら力を抜いてリラックスした状態でボールをとらえることが必要でしょう。選手たちには状況を自ら設定させてそれに応じてプレーを選択させているのです」
 一つのプレーにどんな意図や狙いがあったのか、それについて疑問を感じた選手には、プレーが終わると鈴木はすぐに声をかける。今のプレーはどんなイメージだったのか、もっとこうすればさらに良くなるのではないか。
「ストーリーを選んでいない選手には、厳しく接するようにしています。今日はトレーニングしないで見学したほうが良いと声をかけることもあります。自分自身で変わる気持ちを持ってくれないと、指導者が変化を助けることができませんから」

サポートの質についてはタイミング、角度、そしてコーチングを。またパスの質については距離、スピード、意図。ボールのある周辺には様々な材料がある。それぞれの判断を使いこなしながら、どうやってシュートまで持っていくか。選手たちは体と頭を動かし、さらにコンビとなる選手たちとは口を使ってコミュニケーションをとることを求められる。
「グループ分けしているのには理由があります。最近の子供たちは他人に自分の気持ちを伝えるのが苦手なんです。でも考えていないわけではない。個人レベルやミーティングなどで聞いてみると、しっかり自分の考えや主張を持っているんです。でも、その気持ちや考えを伝えることができない。グループをある程度固定して、一つのテーマについて考える。それが5人のグループでシュートを成功させるためにはどうすれば良いか。彼らはトレーニングのインターバルの時間を使って話すようになったんです」という鈴木は、そのための時間を意図的に設定してメニューを考えている。

この日、最後のメニューは5対3となった。DFは3人に増えた。1人はボールサイドのアプローチ、残った2人は抜かれない守備を要求されている。オフサイドラインは設定されている。
 攻撃についてのポイントは、攻撃の原則である広がり(バランス)、幅、厚み。突破の判断については個人のドリブルとボールコントロール、そして味方とのワンツーやスルーパスが意識されている。こうした設定で選手たちはゴールを目指す。守備が3人に増えたことで、より実戦に近い状態が最後のメニューとなった。

グループごとに7番から11番とスタートのポジションは指定されている。しかし動きについては自由である。例えばFWの選手がサイドに流れてサイドの仕事をこなすし、サイドの選手もFWのポジションに入ってFWの仕事をこなすことになる。
「ポジションで選手たちを縛ることはない。5人で攻め切るためには臨機応変に選手たちが対応しなければならないんです。瞬間的に変化していく状況でいかにフィニッシュまで持っていくか。たえず考えながら判断していく中で身につけていく。それがこのトレーニングでなら、より細やかになっていくんです」

『守備』
「我慢」というキーワードで
ゆっくりとボールへ対応

河原が担当する守備陣は、4バックとボランチで構成される。
「最初は守備陣を3人で始めたんですが、崩された。3バックと1ボランチ、3バックと2ボランチと試行錯誤して4バックと1ボランチで落ち着いた」(鈴木)

守備陣は5対3からメニューがスタートした。守備については我慢というキーワードの通り、ゆっくりとボールに対応しているのが印象的だった。ボールサイドの守備では、サイドアタッカーの突破について、サイドバックの対応は内側を切ってボールにアプローチする。相手が縦に持ち出したタイミングを見ながら、センターバックが連動してボールを奪うのである。
 センターバックのカバーリングについて、河原の指示は細やかである。例えばサイドバックが早くボールを奪うために動き出しを焦ってしまうと、それでは早過ぎると修正を図る。

「今のタイミングで動き出したら、相手はその動きを観て選択を変えてくるかもしれない。だから、もっと我慢して、ここでというタイミングで行ったほうがうまくいく」と河原が声をかける。守備のイメージが残っているタイミングで、選手を呼んで声をかけるのだ。

サイドバックのアプローチについても同じである。サイドアタッカーを追いかけ過ぎて高い位置までアプローチした選手には「あの高さまで食いついたらどうなる。背後のセンターバックとの間にスペースができて、入り込まれるじゃないか」と言って、同じ設定に戻してから頭の整理をさせる。
こうして選手たちは、失点の可能性を最小限にしていくための守備を学んでいくのである。

守備について、チームでの約束がある。「自陣を半分にする。その半分のラインが第1ライン。そしてペナルティーエリアのラインが第2ライン。さらにセンターサークルの円の底となるラインを第3ラインと決めています。選手たちは3つの基準を設けた中で、守備について整理していくんです」と鈴木。守備における基準が明確になっていることで、守備の対応が落ち着いた状態で判断できるのが分かる。

選手たちが攻撃に押されてラインを下げすぎると、河原がすぐに指摘する。「今のラインまで下げると危ないぞ」という河原の声と選手間のコミュニケーションによって、どこまでアプローチするか、戻ってゾーンを守るのかといった守備における個人とグループの判断を身につけていく。
 ボランチの動きもゆっくりだった。サイドにボールがあり、ボランチが中央のスペースを空けた状態で、突破を許す局面。ここでボランチはゆっくりと中央のスペースへ戻って対応する。ルーズボールの行方はボランチの足元である。しっかりとしたポジショニングから無駄な動きを省略していくことで、ボランチがボールを触わることができる。
「日本人はどうしても動きすぎる傾向がある。それは無駄な動きであることも多い。ボールのある状況をしっかり見て、的確で正しい判断を積
み重ねていくと、無駄な動きが少なくなってボールを手に入れることができるんです」と鈴木は言う。

守備のメニューは5対3から攻撃が1人増えて5対4へ、最後は5対5の状況となった。守備陣が奪ったボールについては、ミニゴールが両サイドに設定され、守備から攻撃への意識付け、ビルドアップのイメージ作りもしっかり行なわれた。

「このトレーニングに変えてから、河原コーチとの話も増えた。そしてデータもさらに多く残るようになったんです。この守備のやり方で、崩されないかという発想から、どうやったら崩されるかという発想になった。あるチームと対戦して崩された局面を持ちかえってさらに守備の質を高めていく。結果が出ても、出なくても、どちらも課題として残るようになった。その結果の一つが、高円宮杯での九州大会優勝という結果だと思うんです。このやり方になる前のヴァレンティアは、河原と隔年制で別チーム登録にしてやっていた。選手ももちろんだけれど、指導者も育たないとサッカーの環境が改善されていかない。本当の意味でのレベルアップにならない。それが、昨年から2人が攻撃と守備で役割分担することによって、いろいろなことに変化が見え始めたんです。指導者はサッカーをさらに追求するようになったし、それに選手たちも応えるように変化し始めた。最後の大会となる全国大会への予選でも、3年生に混じって守備の中心には2年生が入るようになった。あらゆる面においてセパレートという新しい発想と取り組みが変化を起こさせてくれた」のだと鈴木は語る。

ヴァレンティアのキッズ、ボーイズ、そしてジュニアから育った選手たちから毎年5~10人、そしてクラブ周辺の小学生からスカウトした選手が20人から25人。1年目のヴァレンティアは30人余りの人数でスタートする。
「変化できる子供と、できない子供がはっきり分かれる。中には自分から環境を変えていく子供もいます。このクラブでは日々、自分の変化や成長を感じて欲しいんです。だからこの子供なら変えられると思ったら、直接親御さんに交渉する。この子を3年間、面倒を見させてください、と。そうやって預かった子供たちだからこそ、指導者にとっても責任がある。上のカテゴリーへ行っても、自らの特徴を発揮できるような選手に育って欲しいんです」と鈴木は考えている。

「春にこのサッカーで関西の強豪クラブと対戦しても、ある程度できることが分かった。全国大会では関東のクラブと対戦してみたい。そうすることでまた新しい課題が見つかりますから。今はそれが楽しみなんです」と鈴木は表情を緩める。セパレートという新しい発想が、鈴木のサッカーに対する見方や考え方も進化させた。「守備と攻撃だけではない。もう1つ別のクラブではドリブルとキック(フィード)というセパレートもあるんですよ」と、新しい発想に取り組んでいる鈴木は少年のような笑顔で語った。


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