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MAX HEART (カウンセラーのおすすめ)

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四国八十八ヵ所

2007年06月10日
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カテゴリ:四国八十八ヵ所
お寺に言って思うこと。八十八ヵ所の歩き遍路や車遍路は各自でおのおので動いているのでいい。
しかし、観光バスお遍路になると境内がうるさくなる。お参りしていればよそ見をして、お経が終わればおしゃべりをして、楽しそう。観光ツアーそのものである。そして納経は業者が朱印帳を預かり納経所であらかじめ入手しておく、オートマチックで合理的である。自転車をのっているとそんなお遍路観光バスがとおり、窓を見ると大きな口をあけて寝ている人もいる。最初は、遍路なのかこれと思っていたが、そのうちに人それぞれと思えてくるのである。

ただ、思えることは、団体の強さを感じる。お寺の雰囲気が変わる。また、参道のお店の対応もその団体には良心的になる。1人では弱いものであると実感する。買うときは1対1になるのにと思いながら、集客力には負けるから。ただ、見ていると団体は時間的になかり制約されて自由度がないのは感じる。「時間ですよ」といわれているのを見た。

「団体」は「制約」のかわりに「力」を
「個人」は力が弱いかわりに「自由」を


どちらがよいかその時に選択すればよいだけである。
善悪ではなく、すべて選択なんですよね。

でもお遍路は、自分の力を試した方がいいのではと思ってしまうのはいまの自分の感想です。
でも時間とお金の相談にもなるけどね。

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最終更新日  2007年07月28日 07時10分03秒
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2007年05月31日
カテゴリ:四国八十八ヵ所
この日は7つのお寺を巡りました。今日は、念願の岩屋寺へ向かうことにしました。
昨日の雨はあがり、天候もよし。ただ、足の痛みを怖がりながらも着実にすすむ。
足の痛みも無し、爆弾を抱えながら、ブレーキのききの悪い自転車にのりながら、
荷物を民宿に置いて、岩屋寺へ向かう。自転車が軽くて最高でした。
今日は最終日です。松山までいって、高松駅へ向かわなくていけない。


45番 岩屋寺
ここへは、久万高原からは下りで快走。ここは遍路の中でも必ず歩かなければいけないところとしては長く、高低差もあるらしい。ここは岩の壁面に吸い付くように寺院がたっている。なんだか中国の水墨画かブータンの寺院ににている。ここは参道は苔も生え、山深い感じがして、なんか心も体も洗われる様な自然のパワーをもらう。苔は屋久島を思わせる雰囲気がした。ここは今回のたびで一番きたかったところでした。ありがたくこのお寺をさる。そしてまた民宿へ荷物をとりにいく。そして浄瑠璃寺へここへは三坂峠をとおって、ずっと下り、600mから一気におりる。


46番 浄瑠璃寺
さあ、ここからは松山までフラットな道。ただ、ここは静かに落ち着る。私にはそう思えた。樹齢1000年の精木も境内にある。

47番 八坂寺
ここは天国と地獄を彩った絵が多数ある。ここにすべては見方によるといわれているように感じた。
地獄と天国これは人がつくりし世界とみえる。鬼は天女にもみえ、天女は鬼にもみえる。
人はみるものの見方できまってしまう。
だからこそ、とらわれない生き方をせよとここで教えられた気がした。

48番 西林寺
なんとも落ち着いたお寺である。ゆったりとした極楽浄土にもみえる。

49番 浄土寺

ここも町中にあるお寺。この辺のお寺はゆったりとした雰囲気で自分の心を和ましてくれる。


50番 繁多寺
ここは敷地が広い。ゆったりとした土地に寺院がゆったりとたつ。
48番あたりから、落ち着け。落ち着け。といっているようでもある。、

51番 石手寺
そして、ここにたどり着く、ここは見どころも多く、参拝客も多い。道後温泉のエリアにあるお寺だけある。ここで私は最後とした。これで東京へ戻ることにする。

さあ、最後のお寺。洞窟に金剛界と胎生界のことが示しているものをみながら。
結局、このことであったのかあ。
すべては、秩序は乱れ、乱れは秩序をもつ。
結局、秩序も乱れもあるようでない。
こんなことなんですよね。悟りとは。
ほどほどが一番。

これが最終回です。
長い期間ありがとうございました。3月18日~3月28日までの自転車お遍路でした。

御影は以下の通りです。
45-51番


曼荼羅ペンダント








最終更新日  2007年07月28日 07時09分14秒
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2007年05月28日
カテゴリ:四国八十八ヵ所
松屋旅館をでた。雨を避けるため早朝5:00から出発。辺りはくらい。そして、夜が空けようととしているときに自転車を走らす。途中、ふわーとゴミが飛んできたとおもったら、狸らしい・横切っていった。また、小さないたちのような動物がまた道を横切る。なんだか自然の中にいることを実感する。そして、峠を越えて、大洲へ大洲の町中はとおり、大洲城横目にみながら、大洲を後に、国道56号線を内子までむかう。
 
 そして、国道379号を経由して、380号線へ、この国道3桁の道は、国道と思わせるくらい細い道もあり、なんとも山間の道という感じでいい感じ。そして、新田というところで雨が降り出し、道の駅小田の郷で雨具を着替えて、峠越え、350mもの高さを登る、新真弓トンネルの前が、最高の標高(570m)でここで休む。体が峠越えのため、熱くなり、雨具の中が汗で濡れる。ここに休憩所には屋根があるため、ここで雨具や体の汗を拭く。でもここはちょっと寒い。体が冷える。そこで、暖かい缶コーヒーとみかんの接待を、車お遍路の方(お年を召した女性とその息子さん)からいただく、救いの神と思えました。
四国には普通に神が歩いているのかもなんて思えました。
 
 トンネルを抜けると今度は久万高原(くまこうげん)へ、ここからは下りです。自転車のくだりは気持ちがいいもののはずが、打って変わって10℃ぐらいの気温で、坂道を降りていくと凍るように寒く、肩や膝が冷える。挙句の果てに激痛が右膝からするようになった。久万高原の2kmくらい前だったのでよかったものの右足をかばいながら走行。多分、急に冷えたために筋肉がおかしくなったのかも、

 高度が、400~500mであるためしょうがないですよね。ストーブが食堂で炊いているくらいなので、ここは寒いところあるらしい。

 この日は山間の自然豊かなところを自転車で走行してきた。山間の町を眺めながらのいい旅であった。雨がふられるのがいやなので早めに出たのは正解だったようで、100km近く走ったのに20kmだけ雨だったのでよかった。また、いろいろなところで人に声をかけられる。そして、車で抜いていくときなどクラクションで挨拶をしてくれたりもしてくれる。一度しか会っていない人なのに。
そう旅という共有がそうさせるのでしょうね。また、今日の接待といい。自動車だから自転車の人にどうぞともらう。お接待は断ることはしないのも礼儀。

本来は一期一会であろうとも、人のふれあいは生じるもの。
そう考えるとこの旅で、
人からの「やさしさ」と「きびしさ」
自然からの「やさしさ」と「きびしさ」。


「やさしさ」と「きびしさ」を感じた。


都会では、自然はなく、人はいっぱいいるけど接点がない。
どちらもふれあいはあまりない。やっぱり孤独を感じるのでしょう。

だから「うつ」は増えるのもわかる気がした。最近、田舎も都市化しているもんなあ。

「ほどよく人や自然と結びつくから、1人でいられる自分ができるのかあ。」
と1人でいきることを実感した瞬間であった。
生きるのは、自分以外のふれあいなのかも、

それから、大寶寺へ到着。
第44番 大寶寺(たいほうじ)
参道は、とても神秘的な感じがした。
雨のためか杉の木が鬱蒼と生え、すこし霧がかかる。霊気を漂わせているようでした。ここは霊場だよと主張しているようでもあった。そして境内は雨が降っているにも関わらず明るい。陰と陽が調和したお寺に見え、歴史を感じさせる気がした。なんとなくこのお寺は言葉にすると「光」という印象が強いところでした。大宝寺ですからにそんな気持ちをもっただけでも宝ですよね。


そしてお寺の近くの一里木という民宿へ宿泊。今日は半日で終了。ペダルを漕ぐと膝に痛みが走るあるので、次の霊場はいかずに明日にすることにし、ゆっくり休むことに決定。午後1時には民宿にはいる。


お四国の喜多郎のCDをみつけた。
結構、いい曲でしたよ。







最終更新日  2007年07月28日 07時08分39秒
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2007年05月24日
カテゴリ:四国八十八ヵ所
話の続きです。

第41番 龍光寺(りゅうこうじ)
ここは盆地でとてもゆったりとして田舎の雰囲気が強い。なんというか三蔵法師がでてくるような西遊記の旅路を思わせるような景色である。特にお寺のお土産やが軒を連ねているところは特に感じた。妖怪でも出会えるのではと思いながら、参拝。あとでガイドを読むと弘法大師は出会っていたらしい。稲を背負った白髪の老人に出会って、老人が五穀大明神の化身であると悟って作ったお寺であることを後で知った。いまでの神がその辺をあるいているのかもしれません。

第42番 佛木寺(ぶつもくじ)
ここも弘法大師の伝説があり、牛を引く老人に出会って、乗せてもらったまましばらくいくと大きな楠の木があり。大師が唐から当方に投げたはずの宝珠が引っ掛かっているいたのでここを霊地としたらしい。ここは藁葺き屋根の鐘楼がある。なんとも見たことが無い感じのお寺の鐘でした。
でもここが昔から田んぼであったことがしのばれるつくりであった。

41番と42番は非常に近かったが、向かい風が強くいくのは近い割には疲れた。
でも、このとおりで、ここのお寺を回りながら、気づきは大事だなあ。
弘法大師の気づきがなければ、この二つの寺は存在しなかった。
ということは、人は気づくか気づかないことが重要で、事実はそのことには関係なく存在する。

通り過ぎていくことも多いことだろう。でも物事に気づいてあげることがとても大事な気がします。

それを思わせる体験をする。このお寺の下にアイスクリーム屋があり、ここでいわれたことは、ここ1時間で明石寺へいけるといわれたことから、ここで終了せずに向かうことにした。
峠もあるので、無理かなと思ったが、登って向かいことに、気づきとは人から教えられることもあるし、それを受け入れることから始る。よいアドバイスをもらった。

第43番 明石寺(めいせきじ)
歯長峠を25分で越えて無事到着。でも、明石寺の境内は丘の上にあり、駐車場まで急な坂道を押してあがる。そして、今日の巡礼は終了。ここから旅館までは、近い。


松屋旅館に宿泊。歴史のある旅館でした。新渡戸稲造など色々な著名人がとまったことがある旅館。離れにトイレがあるお部屋に通された。この日はお休みであったが、食事をとらないということをあらかじめいっていたので、泊まることが出来た。でも、ここは食事が美味しい旅館だった。惜しいことをした。
 テレビをみると天気予報が突然変わり、晴れから雨へ、昼前から降り始めるとのことだった。さあ、あしたは雨の中の自転車になるだろうから、朝早くできるだけ雨の降らない間になるべく進むように5:00に出発することとした。


弘法大師の持ち物といえば、五鈷杵、このストラップです。
開運の効果があるらしい。

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最終更新日  2007年07月28日 07時08分09秒
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2007年05月15日
カテゴリ:四国八十八ヵ所
民宿さくら 6:00出発
今日は朝食をなしで行くこととして、おにぎりのお接待をしてもらう。ありがたい。
さあ、今日も距離がある。目標は佛木寺と決めていた。予定よりも順調にすすめたので、
結果的には明石寺までいける。

第39番 延光寺(えんこうじ)
中村からここまでは高低差もなく楽しく自転車ですすめることができる。四万十川をわたり、
すすめる。この日は風もなくなんともありがたい。昨日の四万十川はかえる向かい風にあい。
2kmぐらい川沿いの道を通るが進むことができず、2kmが坂道に感じるほどの風でした。自然の力のすごさを学ばせてもらう。
自然を受け入れること第一であきらめるしかないですよね。抵抗すればするほど辛くなる。ただ、自分が抵抗しなければいけないのであれば、抵抗する辛さを受け入れる。そうして生きていくのが全てなんですよね。
「受け入れる=あきらめる=覚悟」であって、案外、あきらめるは悪いことではないようです。
覚悟することで、悟りの心境ってここにあるのでしょうね。

なんて感じながら到着。ここはいまは赤亀寺といい。この境内に鐘をのせた赤い亀の像がある。
朝であったせいもあり、清涼感を感じるお寺とみえる。国道から奥まったところにあるため、このあたりの中心的存在である。海からは遠く、なにをここまで鐘をのせて亀はきたのだろう。なんて思ってしまう。その梵鐘もあるという。なんともすてきな物語。いろいろなお寺に伝説はあるものです。
ただ、不思議なパワーを感じるエリアでありました。

そして、ここで修行の道は終わる。高知県ともおさらばして、愛媛県へむかう。

第40番 観自在寺(かんじざいじ)
ここが1番霊場から遠いところである。まだまだ先はながい。ここはわりと大きな町でした。
なにか町に優しさを感じる雰囲気がある町でした。川がながれ、そして、町がある。あるべくして人が住み着いた感じがして、あまり自然と逆らった感じがしないからでしょうか。
ここは宇和島藩の伊達家の祈願所であるお寺でりっぱなお寺でありました。なにか整然としてそこにすべてがある感じで心落ち着くお寺でありました。

ここから次のお寺までは50kmで、この間は、1.7kmのトンネルがある。ここが排ガスで難所になる。
マスクを準備して乗り越えた。ただこの行程でいえることは体が鍛え上げられていたので、わりと難なく宇和島まできたが、そこからの上り坂がつらい。そして、途中、遍路小屋により、ミカンを接待。疲れ果てたとおもったら、すぐ先でのぼり坂が終わっていました。結構、まだかまだか登り坂を苦労しているがいつも休みをいれるとすぐ終わる感じ。
坂でいつも思う。

一番最後の登りつめるときが一番苦しく、そしてたどり着いたときの嬉しさもある。

でも、それって人生そのものですよね。
目標を死と考えるやっぱり人生って苦行なのかも?
なんて思った瞬間でした。でも苦しいか楽しいかはそのときのとらえかたである。






最終更新日  2007年07月28日 07時07分22秒
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2007年05月13日
カテゴリ:四国八十八ヵ所
民宿からお昼のおにぎりをお接待してもらい出発。足摺岬まで片道50kmの工程。
朝のうちは雨がふっていたのものそのあとは止んでよかった。さあ、ゆっくりと
進めながら3時間で金剛福寺へ到着。

38番 金剛福寺(こんごうふくじ)
ここは池もあり、庭園風で、なかなか雰囲気がいい。なにか極楽にいる気分がする。
いいところです。亀の石造があったり、うつしい寺に私の目には映る。
ただ、以前にあった自転車遍路の人にあったり、歩き遍路の人と話したり、
なぜか。空をしったあとに人が出てきたような気がした。自分のことをしったら、そしたら、他の人がでてくるのかもしれない。
自分を知ってこそ、相手を知ることをできる。
私はまだまだ、相手を知ることを考えていない。自分のことにとっても興味があるみたいであることを私に教えてくれた日であった。まだまだ悟りの世界にはほど遠いです。ただ、自分の心の中で、ここがなんとなく八十八箇所の中間点のように思えた。

人を大事にするとは、自分を大事にする上でうまれること。このことにもつながる。
教えを得た。

そして、お遍路の目的はどうでもよく。お遍路とは自分を知り、人とつながる繰り返しを知る。そして早くまわろうが遅くまわろうが違った出会いがあるということを今が大事で、過去はその積み重ねだけ、未来はわからない。

過去:不変
今:可変
未来:不明


すなわち時間の流れの中で今だけなのですよね。変化をしているのは、他はもう変わらないものとわからないもの。そんなにそこを気にしても意味が無いんですよね。

そんな心境です。


「今を生きろ」

迷いをなくすためには、今を生きることの継続をすることなのです。


まるで哲学の本を読んでいるような気づきが生まれてきたのでした。

あと3日で松山までいったら旅をおわりにすることを決意した日でもあった。



38番






最終更新日  2007年07月28日 07時06分48秒
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カテゴリ:四国八十八ヵ所
高知県中村の駅前にいく。12:00にはつき、民宿探し。
民宿さくらに宿泊。雨であったので屋根のある自転車の置き場所があるのは
とてもうれしかった。ここで2日間とまることとする。早くから民宿にいれてくれた。

感謝。感謝。荷物を置いて、市内へ。靴下を買いにスーパーへ。
またそのあと喫茶店によって、2時間くらい時間つぶし。
若い子がしている喫茶店だった。若いのにすごいね。
近所の人が寄ってきているみたいでした。

なにかここで生きているという感じがして、とってもりっぱにみれた。

この日は自転車旅行の中休みのような感じの日になりました。






最終更新日  2007年07月28日 07時06分10秒
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2007年05月11日
カテゴリ:四国八十八ヵ所
窪川のまるか旅館に宿泊したおかげで、岩本寺に一直線。
朝一で参拝。

第35番 岩本寺(いわもとじ)
ここは天井に絵がはめられている。それが本堂を人の考えや人の煩悩を示しているようで、
みればみるほど。般若心経をよみながら、まさにこのことなのか。色即是空、空即是色とはと思える。天井の絵はひとつひとつ自己主張をしているようで、天井でしかなく。だから絵の主張は無いのです。みかた捕らえ方の違いですよね。またこのお寺は5体の本尊を安置しているお寺です。不動明王、観音菩薩、阿弥陀如来、薬師如来、地蔵菩薩です。賑やかですよね。四国霊場で唯一の5体だそうです。

そこを出発したが、すぐに雨が降り出し、先を急いだが、やっぱり途中から雨が降ってきた。この旅ではじめて、でも雨以外に邪魔をするものはなく、風はほとんどなくありがたいことに、天気は味方をしれくれたのだとうれしくなりました。

普通で言えば「天気はよくない」というでも、その日は「天気はいい」と思うものです。
その時場面場面で、その一瞬一瞬でどのような期待をしているかでどのように思うか変わってくる。

雨の中を自転車で40kmも走るのは初めてでした。やっぱり晴れた日を走っている方がよいが、でもこの初経験なんといえない感じがした。5時間かけて中村へ到着。

雨が降ろうと風が吹こうとそこに道はある。いつもある。
でも、この環境、この時間のこの道は今しかない。


存在はそこにあらずという感じですよね。

「あるようでなく、ないようである。」

遍路の笠に書かれた知恵の言葉
迷故三界城
悟故十方空
本来無東西
何処有南北

(迷うが故に三界は城 悟るが故に十方は空 本来東西なし いずくにか南北あらん)

 迷えば狭い世の中だが、悟れば広い宇宙の中である。もともと東西、南北なんてない、風にまかせて歩くだけ、とでもいうことか。たしかに東西南北なんてどこにもないですよね。でも、1点をさだめるとみえてくる。でも別にそれはなにを示しているの?なんかこの心境と似ているといまお遍路の本をみながら、日記と照らしあわしそう感じた。でも、この言葉の意味を浅く知っただけでしょう。
深く深く味わいたいものです。

37番 御影

37番






最終更新日  2007年07月28日 07時05分34秒
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2007年05月06日
カテゴリ:四国八十八ヵ所
3月22日は高知市郊外の高須地区のホテルに、そこでは、歩きお遍路で抜いていった人もとまっていた。顔まではみていなかったけど、相手はわかっていたようだ。強面の顔でした。ちょっとおどおどしながら、挨拶だけしました。今思えばもう少し話しておけばよかった。そしてゆっくりベットでねた。ベットはこの旅で初めてであった。

3月23日は、高知から岩本寺のある窪川まで行く予定。
今日もロングライドであるため、早めに6:30に出発。


第33番 雪 蹊 寺(せっけいじ)
ここにいくまでは、高知市内をとおる。私の同じ方向に向かう学生もあり、いつも通学大変だなあと感じる。意外にその自転車は早い。おつかれさまと思う。高知市内は路面電車がはしっており、古い車両もちらほら全国の廃線された路面電車もはしっているのだろう。なんとなく風情を感じながら、
高知港のわきをとおって、10キロ近く走ってお寺へ到着。ここは静かな町の古いお寺という感じです。ただ、仏像は国の重要文化財であり、運慶が作った仏像など価値のあるものらしい。見た感じに私はその価値はわからないが、参拝して、早速つぎへ。


第34番 種 間 寺(たねまじ)
ここまではゆったりとした平地。嬉しい限り、この気持ちがいいサイクリングをしながら到着。このお寺は名前の通り、田舎のお寺、田んぼのなかにぽつんと立派なお寺がある。弘法大師が五穀をまいたことから種間と名づけられたと言ういわれがある。弘法大師って土木、農業技術も導入していく開拓者でもあったのだろうなあ。なんて思う。ここでは観光バスのお遍路とであう。これをみながら
護送船団方式のお遍路だあ。なんて思ってしまう。久々の団体さんをみた。津波のように大量の人がきて去っていく。そしてそのときだけは「ベチャクチャ、ベチャクチャ」とお寺がどこかの市民ホールにいるかのようにうるさくなる。ご利益がありますようにと祈りながら見送る。

第35番 清 瀧 寺(きよたきじ)
ここはお寺が山の中腹にあり、急な坂があり、文柑などの柑橘系の木が多くあるところをとおる収穫間近であるらしく作業をしている人も多い。呼び止められてこの木のものをいくらでもとっていていっていいからとミカン?オレンジ?をもらう。4個もらい。(お接待)2つは自分でたべて3つはほかのお遍路さんに私からお接待した。ここで大学生と出会う。大学院受験の為に自分の気持ちを切り替えるために遍路をしているとのことであった。
私はなんのためにしているのでしょうか。考えさせられた。実は自分の心を探しているだけの気がした。

第36番 清 龍 寺(しょうりゅうじ)
ここは海の近くにあるお寺。弘法大師が密教の秘法をさずかった清龍寺を日本でもつくろと発願されたお寺。ここではお寺の駐車場にサンゴ細工の売店がありそこであんぱんとお茶のお接待をうけた。ありがたい。今日はお接待をしてもらったり、したり、これぞお遍路なのかな?ありがたい。

途中、別格5番 大善寺へ
窪川まで距離があるので四国別格二十霊場の一つに立ち寄る。ここでは納経所で自転車好きの人に出会う。30分くらい話したかも。疲れているわたしにはとてもいい時間でした。こんなところで自転車の話をするとは。ここでは今日17人くらい納経をもらいに来た人がいるらしい。でも不思議。これでも今日は多いほうだとのこと。別格はまわるものが少ないのだなあと感じた。

そして窪川まで進む。途中は七子峠を登らなければいかない。だらだら7kmのぼり。苦痛としかいわざるおえない。トラックや坂に不満を感じながら。乗り越え。窪川に到着。

今日は、旅館の客が私1人であったなんとも寂しい限りでした。初体験でした。



この日を通じて、お接待ということを通じてではあるが、人のふれあいを感じる。

だれかに受けたらまただれかに返す。

これを繰り返し、損得を考えずに行えるこの心が大事に感じた。

自分が積極的に関われば人は反応する。

あまりに相手の反応を考えすぎている自分に気がつく。断られたらどうじよう。変な人っておもわれないなかな。と思うことが多い。

ここで一つ。
「相手のことを考えている。」と「相手の反応を考えている」の違いを知ることが大事。

前者は相手を考えている。後者は自分のことを考えている。

どうでしょう。自分のことを考えすぎていませんか。

これを変える方法は、
まずは行動してみよう。自分のことは2の次。
基本的には良心で無意識に相手のことを考えているはずで割とこのほうが徳をすることも多いはず。
もしも、もしも、もしもこうなったら、こうなるかもと思っていることは。割と起こらないことが多い。

今までの生活観での感じ方とすこし大きな視点でものごとをみれるようになったような気がした日であった。

33-36






最終更新日  2007年07月28日 07時04分55秒
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2007年05月03日
カテゴリ:四国八十八ヵ所
つづき

第31番 竹林寺(ちくりんじ)
ここに向かう途中、道を間違えた。よく違える。また、竹林寺のあるこの丘はというか山は、登るがお寺にいくまでに丘一周させられた。入るところを間違ったのかも。とても疲れた。そして、なんだこれと不満を抱きながら一周。境内は立派だった。参道の石畳は立派で時代劇にでてきそう。


第32番 禅師峯寺(ぜんじぶじ)
ここに来る途中、武市半平太の旧宅があったが、横目に見ながらすすむ。
17:00ぎりぎりで到着。納経をもらいたいので、参道をクロスカントリーのように駆け上がりなんとか間に合う。ここはなんとも荒々しい感じのする境内。ここは不動明王が印象に残った。


この日は、よく怒りを感じた日であった。でも最後のこの不動明王をみて感じた。人として間違ったことをしているときに表面に怒りを出せばよく。それ以外は怒りの感情を感じて流すのがよいだろうと感じた。

怒りの出方とそれをどう表現するかを学んだような気がした。自分だけでなく広く見える心もって怒ることをしない限り怒りの表現はよくないことになる。

これがこの得たこと。
完全に内観にはいっているかもね。

いままでの2日から5日までの御影

みなさまにもご加護ありますように。
2日目 8-14番7-14番
3日目 15-22番
15-22番
4日目 23-26番
23-26番

5日目 27-32番
27-32






最終更新日  2007年07月28日 07時04分23秒
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