[小説「月の欠片(かけら)」] カテゴリの記事

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  月の欠片ー悪夢再来その３

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  2011年04月30日

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  月の欠片ー悪夢再来その２

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  2011年04月27日

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  月の欠片ー悪夢再来その２Mobile

  この作品はフィクションであり実在の人物団体等とは一切関係ありません。Copyright(C) 2008-2011 Kazuo KAWAHARA All rights reserved.   　イブラヒムには、やはりアブドルアジズの気持ちが分からなかった。アブドルアジズが小皿と言ったが、アフガンで出土したその皿は直径二〇センチほどだから、それほど小さい分けではない。しかし、だからと言って、それがイブラヒムの貰った金塊の二倍以上の価値があるとは、とても思えなかった。月の彫られた、その皿をアブドルアジズは、余程気に入っているのだろう、まじまじと見詰めていた。　悠久の歴史を秘めたその皿は、アブドルアジズの心を惹き付けて離さなかったのだ。イスタンブールのムスタファは、それを祭器ではないかと推測していたが、確かに、神が宿るに相応しいもののように見える。「殿下、それでは私めはそろそろ失礼致します」　イブラヒムは、夢中になってその皿に見入っているアブドルアジズに恐る恐る話しかけた。アブドルアジズは、その声でハッと我に返った。「おう、そうだった。イブラヒム。まだ、いたんだったな。いや～、この皿に見入ってしまって、つい、お前がいるのを忘れてしまっていた」「殿下がそのようにお気に入りのものをお持ち出来まして本当に幸いでした」「うむ。改めて礼を言うぞ。そうそう、その金塊を運ぶのを手伝わせよう」　アブドルアジズは、側に控えていた侍従にイブラヒムの手助けをするよう命じた。侍従は仲間を呼び、二人でイブラヒムが金塊を運ぶのを手伝った。 　イブラヒムは、インターコンチネンタル・ホテルの自室で、ニヤニヤとしながら昨日のことを思い出していた。　そこに、シルバーマンサックスのブラウン会長から電話が掛かって来た。「イブラヒム。馬鹿に楽しそうだな」　ブラウンは、イブラヒムがまた大儲けでもしたに違いないと思っていた。「会長こそ、愉快そうですね」　確かにブラウンの声は弾んでいた。ここのところ原油価格が思う通りの高騰ぶりだったので、楽しくて堪らないのだ。昨年末までに九〇ドルを超したものの、それは本当に年も押し迫った一二月二二日だった。しかも、一月上旬、下旬、そして二月の上旬、中旬と九〇ドル割れとなってしまった。この時には、さしものブラウンも、イブラヒムに何度もぼやいていた。　しかし、二月下旬に、イランの軍艦がスエズを通過していると報じられたり、リビア情勢が悪化して、流れは大きく変わった。ブラウンは以降、俄かに活気付いた。　三月上旬に一〇〇ドルを超えると、もう有頂天だった。　もっとも、ブラウンは、アブドルアジズにブレントに投資をするよう依頼していたし、ブレントは一足先に一二月初めには九〇ドルを超え、一月末には一〇〇ドルを超えていた。しかし、それはロンドンの話であり、やはり取引規模も大きく本拠を置くニューヨークで低迷していたのでは仕方が無い。その意味ではようやく満足の行く状況になってきたばかりと言えそうだ。「まあな。時期が遅れたが、ようやく、思う通りになって来たと言えるだろう。だがな、これからだ」人気ブログランキングに参加しています。クリックのほどよろしく  

  2011年04月27日

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  月の欠片ー悪夢再来その１Mobile

   この作品はフィクションであり実在の人物団体等とは一切関係ありません。Copyright(C) 2008-2011 Kazuo KAWAHARA All rights reserved. 悪夢再来 　リヤドの四月下旬の気温は、既に東京の真夏のそれを上回っている。三月には気温が急上昇して、灼熱の国と化しているのだが、それでも、湿度が極端に低いから、東京のように不快ではない。それどころか、夜に気温が二〇度台になると過ごし易いと言って良いくらいだ。最低気温が三〇度に近付く六月までは、そんな気がする。 　インターコンチネンタル・ホテルに宿泊しているイブラヒムも、インドの海岸線に近い出身地・ケララに比べて、湿気が低いだけ快適だと思っていた。　イブラヒムは昨日アブドルアジズ邸に呼ばれて、歓待されて来たから、気分は一層ハイだった。 「殿下、そのようにご褒美を頂戴すると気が引けます。今回は、快適なイスタンブールの旅をさせて頂いたようなものですから。どれほど価値のあるものかは存じませんが、たかが、直に壊れそうな小皿を一枚運んだだけです。このようにずっしりと重い、金の延棒を頂戴してしまいました。こんなに重いと、持って帰ることが出来るやら」　イブラヒムはおどけながら言ったが、本当に重かった。自動車まで運ぶのがしんどい。誰かの手助けを借りなければ、無理のように思えた。アブドルアジズはそれを聞いて、ただにやにやと笑っている。「それに殿下、ここのところ、金は連日史上最高値を更新しております。日毎に価格が上昇している分けですから、私と致しましては笑いが止まりません。現在、既に一オンス当り一五〇〇ドルを超えました。もう直ぐに二〇〇〇ドルなどと言うものもおります」　イブラヒムは、アブドルアジズの気が変わりはしないかとその顔色を窺った。「イブラヒム。わしにはそんなことは関係無い。ドルで上げても良かったのだが、急にドル安になってしまった。ヨーロッパに遊ぶに行くにも不便だろう。それで、金なら良かろうと思ったのだ。屋敷の奥に転がっていたものの一部を引き出して来た。足りなければ、もっと上げても良いと思っていたくらいだ。しかし、お前が言っているように運ぶのも一苦労ではな」　イブラヒムの前には、燦燦と輝く金の延棒が積み上げられていた。その一つを手にとると、ずっしりと重たい。一キロはありそうだ。最近の相場では、四〇〇万円は下らない。それが二〇個ほど置いてある。「いえいえ。ぜんぜん、苦労ではありません。どんなに重いものも軽石のように軽く感じます」　イブラヒムは持って帰って、ホテルのセーフティボックスに一部を入れ、残りを金スーク(市場)に持って行って売り払うつもりだった。イブラヒムはもう直ぐに二〇〇〇ドルになるなどという話を信用してはいなかった。「軽石のようか。わっはっは。イブラヒムは誠に愉快だ。お前の運んでくれた、あの小皿の価値はそんなものではないぞ。優に二倍はする。それに、何よりも、わしはあれが気に入っている。わしの全財産を投入しても悔いは無いくらいだ。その価値は、金には換えられん」人気ブログランキングに参加しています。クリックのほどよろしく  

  2011年04月24日

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  月の欠片ー悪夢再来その１

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  2011年04月24日

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  月の欠片ー払暁の出立その５８Mobile

    この作品はフィクションであり実在の人物団体等とは一切関係ありません。Copyright(C) 2008-2011 Kazuo KAWAHARA All rights reserved. 　やがて、陽が落ちて辺りは薄暗くなった。たそがれ。　その薄暗闇の中で、スルタンは死んだ父イスマイルの顔を思い浮かべていた。"悠久の歴史を持つシェイク家がどうしてサウド家、それも有力なロイヤルファミリーの一員とは言え、第三世代のアブドルアジズなどに苦しまされなければいけないのか。自分は止むを得ず頭を下げたが、スルタン、お前は従うことはない。むしろ、シェイク家の面目を見せてくれ。今は、例え、敗れても、例え、シェイク家が潰れても良い。戦え"と、語りかけているように思えた。　シェイク家の面目のため、長い間、一緒に栄えて来た養蜂業者のため、今こそ立ち上がらなければいけない。　それは、養蜂業者も分かっている。ファリーファも是非お助け下さいと言っていたではないか。スルタンは、イスマイルの顔、ファリーファの顔、そして養蜂業者達の顔を思い浮かべていた。　とは言え、義弟のムハンマドを初めとする、シェイク家の若手は皆アブドルアジズによって、リヤドの国軍に召集されてしまった。老兵を中心とする、しかし、シェイク家としては精鋭の部隊を編成してリヤドに向かわなければならない。 　数時間後には、スルタンの執務室に精鋭が集まった。「シェイク。良くぞ、お決め下さいました。我々は、シェイクの下に一丸となってリヤドに立ち向かいます。例え、死んでも構いません。シェイク家のために死ぬのですから、光栄です。それがアラーの思し召しです。それが天国への道と思っております」　既に四〇を過ぎてはいるが、駆け付けた中では若手の部類に入る、アリは力強くそう叫んだ。集まった二〇人ばかしの老兵達もアリに続けて叫んだ。　スルタンは、その熱気の中で、応えた。「有難う。皆、有難う。亡き父シェイク・イスマイルも草葉の影で喜んでいることと思う。皆の命は預かった。お前達を犬死はさせない。きっと、アブドルアジズを追い込んで、我々の正しさを認めさせてやる。きっと、生きて我々の願いを叶えたいと思っている。それがアラーの思し召しである」　遠くの空が白み始めた。そろそろ陽が上がってくる頃合だ。「蜂起した養蜂業者の者達は、我々、シェイク軍と戦闘を開始したと声明を発表することになっている。それがリヤドに伝われば、暫くは様子を見ることになろう。その後、痺れを切らして治安部隊を派遣するだろうが、その時には、我々はリヤドに着いて、アブドルアジズ邸を襲撃していることだろう。成算は我にある」　スルタンはすっと立ち上がった。　皆もそれに続いて喊声を上げた。　払暁の中、少数精鋭のシェイク軍は、アブドルアジズ邸のある首都リヤドに向かって進軍を開始した。  人気ブログランキングに参加しています。クリックのほどよろしく   

  2011年04月19日

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  月の欠片ー払暁の出立その５８

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  2011年04月19日

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  月の欠片ー払暁の出立その５７Mobile

  この作品はフィクションであり実在の人物団体等とは一切関係ありません。Copyright(C) 2008-2011 Kazuo KAWAHARA All rights reserved. 少しの間があってアブドルアジズの声が聞こえて来た。「・・・きっとだぞ。これが最後のチャンスだ。数日だな」　低く太い、どすの利いた声だった。　スルタンの腹はとっくに決まっていたが、数日間の時間を稼ぐことにしたのだ。普通に考えれば、権力中枢にいるアブドルアジズを敵に回して勝てる分けは無いが、少数精鋭の部隊が大軍を打ち負かすこともある。今、スルタンが電話で話しをしているアブドルアジズの祖父アブドルアジズ大王も、政権を奪還してサウジアラビアの基礎を作ったのはリヤド城への少人数による奇襲作戦だった。「必ず、数日以内に答えを出します。必ずです」　スルタンは、余程、数日の内にアブドルアジズ、お前を打ち負かすぞと言いたかった。が、しかし、それをぐっと堪えていた。「それでは、数日間はシェイク・スルタン、あなたに任せることにしよう。だがな、治安部隊はいつでも動けることを忘れるな」　アブドルアジズは、そう言うと電話を切った。 　スルタンは、直ぐに、アブドルアジズ邸をどのようにして奇襲するかを頭に描き始めた。リヤド城の時代とは、セキュリティは格段に高まっている。そう簡単に忍び込むことは出来ない。それでも、義弟のカシムとカラムがアブドルアジズ邸に忍び込むことが出来た。その後、セキュリティをより高めただろうが、不可能と言うことはないだろう。あとは、いかにして殺されたカラムの仇討ちをするかということだ。アブドルアジズのことだから、今度も決闘をするというかもしれない。スルタンには勝算が無い分けではないが、決闘などは避けたい。アブドルアジズに非を認めさせて、その罪を償って欲しいと思っていた。　スルタンは、まだ、アブドルアジズの指示で看護士のサミーラがシェイク・イスマイルを殺害したとは思っていない。　サード国王、サウジ国軍にいるムハンマドの協力を得たいとは思っても、国王は未だ完全に療養が終わったわけではないし、ムハンマドに連絡してアブドルアジズ邸襲撃に加わって貰う分けには行かない。アブドルアジズの信頼を得ているムハンマドには、スルタンが失敗した場合でもその信頼を繋ぎ止めて欲しいと思っているからだ。　スルタンはイスマイルが長年使っていたシェイクとしての執務室を見回した。嗣子だったスルタンは、幼少の頃からイスマイルに連れられて、この執務室に来たものだ。思い出がぎっしりと詰まった場所だ。思わず涙が流れた。その涙はイスマイルを偲んだものか。悠久の歴史を持つシェイク家を偲んだものか。自分の幼少の頃を思い出したせいか。スルタンには分からなかった。複雑な涙だった。きっと、イスマイルもそうやって幼少の頃からここに来ていたことだろう。サウド家よりも長い歴史を持つシェイク家の執務室、それを自分の代で終わらせてしまうかもしれないと思うと辛かった。　いや、終わらせる分けには行かないとは思っても、スルタンにはそれを完全に回避する自信は無かった。　執務室の窓からは、赤々と燃える夕陽が見えた。斜陽、綺麗だ。この世のものとは思えないほどの美しさだった。 人気ブログランキングに参加しています。クリックのほどよろしく   

  2011年04月17日

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  月の欠片ー払暁の出立その５７

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  2011年04月17日

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  月の欠片ー払暁の出立その５６Mobile

  この作品はフィクションであり実在の人物団体等とは一切関係ありません。Copyright(C) 2008-2011 Kazuo KAWAHARA All rights reserved. 　サミーラは受話器を置くと、手早に荷物を纏めた。ドアを開けて外に飛び出すまでにはほんの数分だった。 　ムサイドがサミーラの部屋にスルタンの言葉を伝えに来た時には、もう蛻の殻だった。ムサイドは部屋を見渡して、開け放たれたドアにカーテンが舞っているのを見た時に、サミーラがここを逃げ出したことを悟った。　それでも、きっと詰問されるのを恐れて姿を消したのだろうと思うだけで、アブドルアジズの指示で逃げたなど、到底思い付く筈はない。 　スルタンは思いも寄らないイスマイルの死だったが、悲嘆に暮れている暇は無かった。アブドルアジズから矢のような催促が今度は、スルタンになされたからだ。　イスマイルの葬儀、スルタンの、イスマイルの後継者としての公式表明などは、難しいことではなかった。イスラムの葬儀は至って簡単だ。葬式は速やかに行われ、直ぐに土葬されてしまう。墓地とは名ばかりの砂地に、シェイクといえども只あっさりと埋められてしまう。初めこそ土饅頭のようになっているが、数年経てばどこに埋められたのか分からなくなってしまう。あっさりとしたものだ。　ただ、それはないがしろにされるという分けではない。イスラムでは、死を一生の終わりとは見ていない。やがて、アラーの審判に日に蘇ると信じられているからだ。　スルタンがイスマイルの後を継ぐことには、長老達が賛成した。全会一致だった。そもそも嗣子だったし、能力、体力、どこをとっても、イスマイルには引けを取らない。むしろ、秀でている。 「スルタン。シェイク職を正式に継いだそうだな。おめでとう。宜しく」　電話の向こうのアブドルアジズは、機嫌が良さそうだった。イスマイルを目の上のたんこぶのように思っていたから、自分より若く、リヤドにいたこともあるスルタンをより御し易いと思っていたからだ。「殿下。有難うございます。早速のお祝いの品々有難く頂戴致しました。身に余る光栄です。父同様宜しくお願い申し上げます」　スルタンはアブドルアジズが自分をイスマイルよりも御し易いと思っているだろうことは判っていた。しかし、リヤド時代の自分とは違う。特に、矢のような催促が来ている養蜂業者への対応では、イスマイルよりずっと養蜂業者寄りだった。「うむ。うむ。こちらこそ宜しくな。それで、先日来、調整をして貰っている養蜂業者の蜂起の件だが、そろそろ決着を付けて欲しいと思っている。お前が困っているなら、こちらから応援を出しても良いぞ。遠慮なく言ってくれ」　アブドルアジズは、治安部隊を派遣しても一気にけりをつけたかった。「殿下。折角、有難いお言葉を賜りましたが、この件については私にお任せ願います。応援はご無用でございます。数日中には決着を付けるつもりでおります」　電話の向こうのアブドルアジズがむっとした様子だったことは、直ぐに応えが無かったことで明らかだった。人気ブログランキングに参加しています。クリックのほどよろしく   

  2011年04月14日

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  月の欠片ー払暁の出立その５６

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  2011年04月14日

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  月の欠片ー払暁の出立その５５Mobile

   この作品はフィクションであり実在の人物団体等とは一切関係ありません。Copyright(C) 2008-2011 Kazuo KAWAHARA All rights reserved.  「ところがその翌日にシェイクが亡くなってしまった・・」　ムサイドは額にじっとりと脂汗を流していた。　スルタンが考えていることは手に取るように判っていた。「仰る通りです。私は、まさか一日でシェイクの症状がそこまで悪化するとは考えておりませんでした」　しかし、ムサイドはそれ以上のことを言うことは出来なかった。スルタンに嘘をつくことは出来ない。　スルタンはムサイドの苦しみが良く判っていた。これ以上ムサイドを詰問する分けには行かない。　「そうでしょうね。ところで、当日、シェイクのお世話をしていてくれた看護士は誰でした」「昼食までがサミーラで、その後がリナです」　ムサイドはスルタンが死亡診断についての質問を止めてくれたことでホッとしていた。「つまり、おむつを替えに行ってシェイクが息をされていないのを見つけたのはリナです」　スルタンはこんな時には看護士が説明をすることはないことは承知していた。主治医が責任を持って話をする。それはスルタンも良く判っていた。呼び付けて、詰問する分けには行かない。　ムサイドは、若い医師からサミーラがイスマイルの死を聞いて泣いていたことを知っていたので、そんなことは無いだろうと思いながらも、スルタンがサミーラを呼び付けるのではないかと冷や冷やとしていた。　スルタンはそんなムサイドの気持ちを察していた。サミーラは特にイスマイルの面倒を見てくれていたから、スルタンとしては礼を言いたかったが、そんなムサイドの気持ちを汲めば、サミーラを無闇に呼び付ける分けには行かない。「シェイクは、サミーラに良く面倒を看て貰ったようですね。シェイクから何度も聞いていました。是非、宜しくお伝え願います」「判りました。必ず、お伝えします」　ムサイドはスルタンの配慮に救われていた。　スルタンは悔しい思いで胸が張り裂けようだったが、じっと堪えていた。ムサイド、サミーラに詰め寄ったところで、イスマイルが生き返る分けではない。ムサイドは、スルタンの気持ちを察していたのだろう。目に涙を一杯溜めていた。「スルタン様。今回は本当に残念なことを致しました。私の力が及びませんで誠に申し訳ありませんでした」　スルタンは、ムサイドの医師としての精一杯の言葉を受け容れていた。「ムサイド先生。あなたが一生懸命にシェイクを診てくれていたこともシェイクから聞いていました。シェイクもきっと礼を言いたかったに違いない」　ムサイドはスルタンの優しい言葉に溜まらず、涙を流した。　サミーラは病院の自室で携帯電話を掛けていた。「シェイク・イスマイルは死にました。お言葉有難うございます」　電話の相手はリヤドのアブドルアジズだった。「はい、畏まりました。それでは、私は、早速、リヤドに向かいます。そうですね。仰せの通りです。ここにいますと、いらぬ詮索を受けるかもしれません」人気ブログランキングに参加しています。クリックのほどよろしく  

  2011年04月13日

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  月の欠片ー払暁の出立その５５

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  2011年04月13日

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  月の欠片ー払暁の出立その５４Mobile

   この作品はフィクションであり実在の人物団体等とは一切関係ありません。Copyright(C) 2008-2011 Kazuo KAWAHARA All rights reserved. 　若い医師の応えは驚くべきものだった。-申し訳ありません。私が駆け付けました時には既に手の施しようが無かったのです。いえ、おむつを替えに行った看護士がシェイクが息をされていないのを発見したのです。　医師の額からタラリと冷や汗が流れた。-窒息死のようでしたから、直ぐに吸引をしました。すると食べ物が喉に詰まっていたのです。　ムサイドは直ぐにピンと来た。看護士が食べさせた食事が喉に詰まったに違いないと。食事中なら、その場で処置出来るが、食事を終え、看護士が帰った後に、何等かの理由で、例えば、咳をして肺に入ってしまうこともあるかもしれない。発見に時間が掛かれば、息が出来ずに死亡してしまう。ムサイドはこれまで何度と無くそんな患者を目にして来た。しかし、まさか、シェイクがそんなことになるとは。-一体誰が食事を食べさせたのだ。　ムサイドはその医師に聞いた。-サミーラです。　ムサイドは信じられなかった。最も、優秀な看護士、サミーラとは。ムサイドは言葉に詰まった。-サミーラは泣いていました。自分のせいでこんなことになってしまってと、かなり取り乱していました。　医師は、直ぐに集中治療室に移して、心臓マッサージ、人工呼吸器で蘇生を試みたが、一時間以上は経過していたと思われるので、息が戻ることは無かったと言う。 　ムサイドは、こんな時にはどうしたら良いか良く分かっていた。看護士、若い医師の責任にすることは出来ない。病院側としては、落ち度が無いことにしなければならない。それは相手が例えシェイクであっても同じだ。しかも、この病院はシェイクが建てたのだが、この数年間は完全に自立していた。　進んで病院側から医療ミスでしたなどとは決して言わない。 -判った。良いか。これは、君と僕、そしてサミーラの三人だけの話にしよう。他言は無用だ。　若い医師はムサイドの言葉に救われたようだった。-君とサミーラを責めたところで、シェイクが生き返る分けではない。-ムサイド先生、有難うございます。 「急性腎不全を誘因にした多臓器不全ね」　スルタンはムサイドの顔を見詰めた。ムサイドは顔を逸らせた。スルタンがそのような死因説明で納得するわけがないことは良く判っていたからだ。　スルタンは、大学病院の医師をしていたこともあったから、様々なケースを見て来たし、病院側の対応については端々まで判っていた。病院側に何か都合の悪いことが起こったに違いないと思っていた。「ムサイド先生は、シェイクに一週間くらい掛けて徹底的検査をすると仰っていたそうですね」「ええ。そう申し上げておりました」　それならば、ムサイドは少なくとも一週間以内に腎臓を悪くして死亡するなどとは考えてはいなかったのではないか。人気ブログランキングに参加しています。クリックのほどよろしく  

  2011年04月12日

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  月の欠片ー払暁の出立その５４

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  2011年04月12日

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  月の欠片ー払暁の出立その５３Mobile

   この作品はフィクションであり実在の人物団体等とは一切関係ありません。Copyright(C) 2008-2011 Kazuo KAWAHARA All rights reserved.  　スルタンは空しくそのモニター画面を眺めていた。黒い画面の下の方に緑色の線が張り付くのが見えた。「ムサイド先生。仰る通りですね。本来ならとっくに心臓が止まっていたのに、私が来るまで、動かしていてくれた分けですね」　ムサイドは、ただ、黙って頷いていた。そして、スルタンの目をまともに見られずに目をそらした。ムサイドはスルタンがリヤドのキング・サウド大学付属病院にもいたことのある優秀な医師であることを知っていたから、この後の死因説明に気が重かった。　ムサイドは再び人工呼吸器のスイッチを入れると、若い医師に心臓マッサージを再開するよう指示した。イスマイルの胸が大きくへこみ、血圧が少し上がった。　スルタンは、四人の夫人とともにイスマイルの側に行った。スルタンがムサイドの顔を見ると、ムサイドは全てを察して若い医師に心臓マッサージを止めるよう促した。心臓マッサージを止めると、またス～と血圧が下がった。しかし、人工呼吸器が動いていたので、イスマイルの温もりは残っていた。　スルタンはその手をしっかりと握り締めた。「シェイク。遅れて申し訳ありませんでした。お別れの言葉が言えなかったことが残念です。最後にお会いした時にはこんなことになるとは夢にも思いませんでした。私にはとても信じられません」　話し掛けたいことは山ほどあったが、スルタンはイスマイルの手をそっと離すと四人の夫人に場所を譲った。四人の夫人は順番にイスマイルに別れを告げた。　シェイクとの思い出を語り掛けるもの、今後のことを話すものさまざまに思いの丈を告げた。　スルタンは、皆が話し終えると、ムサイドに人工呼吸器を止めるよう頼んだ。　ムサイドが人工呼吸器のスイッチを切ると、イスマイルの呼吸が止まった。ムサイドはイスマイルの瞳孔を懐中電灯で照らし、脈をとった。　そして、腕時計を見た。「四月八日、午後六時二十五分。ご臨終です」　夫人の中からすすり泣きがもれた。隣の夫人がその肩を優しく抱き締めた。 「シェイクの死因は多臓器不全です」　ムサイドがそう言った時、スルタンは怪訝な顔をした。ムサイドはその意味が良く分かった。多臓器不全などという死因が死因にならないことはスルタンが知らない分けはない。多臓器不全とは老衰とほぼ同義だ。イスマイルは、カテーテルを入れられ、オムツを履かされて、急にまるで寝たきり老人のようになってはいたが、決してその翌日に死亡するような状態ではなかった。それもスルタンは判っていた筈だ。「多臓器不全は急性腎不全が誘因でした」　ムサイドの額に汗が流れた。ムサイドも自分からシェイクに一週間掛けて徹底的に検査をしましょうと言ったくらいだから、イスマイルが、まさか翌日の自分がたまたま非番の日に死ぬなどとは夢にも思っていなかった。しかも自分が駆けつけた時には既に心肺停止状態だった。手の施しようが無かった。ムサイドは、診察を任せていた若い医師に死因を問質した。いや、あまりの不条理に思わず怒鳴りつけていた。 人気ブログランキングに参加しています。クリックのほどよろしく  

  2011年04月08日

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  月の欠片ー払暁の出立その５３

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  2011年04月08日

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  月の欠片ー払暁の出立その５２Mobile

  この作品はフィクションであり実在の人物団体等とは一切関係ありません。Copyright(C) 2008-2011 Kazuo KAWAHARA All rights reserved. 　アリは床に落ちた遺言の草稿を急いで拾い集めたが、その行為の空しさに気付き、怒りに震える手でそれらを丸めると、思い切りゴミ箱に投げ入れた。「なんということだ。ああ、なんということだ。畜生」　アリはそのゴミ箱を力一杯蹴飛ばした。ゴミ箱は大きな弧を描いて飛び、壁にぶつかった。そして、鈍い音を立てて、真下に落ちた。　　集中治療室では、引き続き、人工呼吸器と心臓マッサージによる延命治療が行われていた。ムサイドがイスマイルの脇に立って上から懸命に心臓マッサージを行っていた。ムサイドがイスマイルの胸を強く押す度に四、五センチほど沈んでいた。額からはだらだらと汗が流れていた。　ムサイドは決して生き返らせることの出来ない空しい治療だとは分かってはいたが、スルタンが来るまでは手を休める分けには行かなかった。既に小一時間は経っていた。　ムサイドが来る前には、若手の医師が交代で三時間近く心臓マッサージをしていたから、イスマイルのあばら骨はそろそろこれ以上のマッサージには耐えられないところまで来ていた。「スルタン様はまだか。これ以上続けるとシェイクの肋骨が折れてしまうぞ」　言っても仕方の無いことだったが、ムサイドはそう叫ばざるを得なかった。　　　集中治療室の外には第一夫人から第四夫人までイスマイルの全ての妃が集まっていた。一時間ほど前に中に入れられたが、その時には既にイスマイルの意識は無く、人工呼吸器と心臓マッサージでようやく生かされているだけのイスマイルの姿を悲しく見詰めるだけだった。　第一夫人から順番にイスマイルに話しかけ、手を取ったりしたが、その温もりは残っていたものの、イスマイルからの反応は全く何も無かった。　血圧は既に百を切り、実質的には死んだも同然だった。 　スルタンは三〇分ほど後に集中治療室に付いた。治療室の前でスルタンの到着を待っていたサミーラが治療室の中に入り、ムサイドとともに出て来た。 「スルタン様。これからお連れしますので、シェイクとお会い願います。残念ながら、既に意識は全くございません。最後のお別れをなさってください」　スルタンは無言で夫人達と一緒に中に入った。 　ムサイドと交代した医師が生命維持管理装置、沢山の医療機器に囲まれながら懸命に心臓マッサージを続けていた。スルタンは、イスマイルの手を握った。話しかけても何の反応も無かったが、温もりが残っていたのがせめてもの慰めだった。「スルタン様。シェイクは自力では既に呼吸を出来ません。心臓もマッサージを止めれば止まります」　そう言って、ムサイドは人工呼吸器を止めてみた。確かに自力の呼吸は無かった。続いて、心臓マッサージを止めると生体情報モニターに表示された心拍数がさっと下がる。人気ブログランキングに参加しています。クリックのほどよろしく  

  2011年04月04日

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  月の欠片ー払暁の出立その５２

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  2011年04月04日

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  月の欠片ー払暁の出立その５１Mobile

  この作品はフィクションであり実在の人物団体等とは一切関係ありません。Copyright(C) 2008-2011 Kazuo KAWAHARA All rights reserved. 「分かった。前に言った通り、シャリーファには財産を最も多く残すようにしよう。お前の言った通り、第一夫人には既にこれまで長い間いろいろと与えて来た。第二夫人、第三夫人もそうだ。しかも、二人ともアルバハの人間ではないし、そもそも子供達の印税のお陰で大分潤っておる。それに、第一夫人、第二夫人、第三夫人ともにテロリストの統領や、犯罪者を出してしまった。ただ、シャリーファの子供はまだ小さい。シェイクを継げるに十分なほど大きくなるまでは、スルタンにシェイクをやらせてやってくれ」　アリは、スルタンを飛ばして、シャリーファの子供にシェイクを継がせて欲しいと言いたかったが、ここは百歩譲って、とにかく、イスマイルに遺言を書かせることが先決だと思っていた。いずれ、シェイクになれることには変わりがないのだからと自分に言い聞かせていた。時間を掛けて説得している内にイスマイルが死んでしまうかもしれない。「それはもう、シェイクがそう仰るのであれば、それで結構ですよ。それでは、早速戻りまして、準備をして参ります」　アリはイスマイルが確かな内に手続きを済ませそうなのでホッとしていた。急いで、病室を出て行った。病室の外に出ると、イスマイルの病状を心配して塞ぎこんでいた顔が一変して笑顔になり、やがて声を抑えながら笑い出した。 　アリが書類を揃えて急いで病院に戻ると、病院の医師、看護士が慌しく動いていた。しかし、アリは、シェイク・イスマイル病院が救急医療機関だったから、急病人でも出たかとあまり気に留めていなかった。　それにしても、皆、妙にがさがさと忙しそうだと思いながらイスマイルの病室の前まで来ると、病室はもぬけの殻だった。アリは嫌な胸騒ぎがした。　すると、看護士のサミーラが急ぎ足で病室に入って来た。アリの姿を見つけると、目に涙を浮かべながらアリに話し掛けた。「アリ様。シェイクは今集中治療室で救急治療をお受けになっていらっしゃいます」「えっ」　アリは言葉が詰まった。「非番で自宅にいらっしゃったムサイド医師も駆け付けましたが、来られた時には既にシェイクの意識はありませんでした。今は、人工呼吸器と心臓マッサージで懸命に処置をされているところです。既に奥方達もお集まりです」　早口でそう喋ると、病室をさっと見渡しただけで、直ぐに病室を出て行った。　アリは暫し茫然自失だった。　知らない内に、用意した遺言の草稿がパラパラと床に落ちていた。アリはそれを拾うでもなく、そのまま床にへなへなと崩れ落ちて行った。　アリには現在の状態を受け容れることが出来なかった。確かにイスマイルは寝たきり老人のようだった。しかし、急に病状が悪化して救急処置を受けるような状態では無かった。少なくとも遺言を余裕で書ける程の状態だったのではなかったか。「おかしい、信じられない」　アリは何度も独り言を繰り返していた。「そんな馬鹿な」人気ブログランキングに参加しています。クリックのほどよろしく 

  2011年04月02日

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  月の欠片ー払暁の出立その５１

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  2011年04月02日

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  月の欠片ー払暁の出立その５０Mobile

  この作品はフィクションであり実在の人物団体等とは一切関係ありません。Copyright(C) 2008-2011 Kazuo KAWAHARA All rights reserved. 「頼むぞ、スルタン」　スルタンはイスマイルが手を差し伸べて来たので、その手をとった。イスマイルは力一杯握り締めたつもりだったが、思うように力が入らなかった。スルタンは、弱々しい、震えるイスマイルの手を両手で包み込んだ。　イスマイルの目には涙が一杯溜まっていた。スルタンは、イスマイルの手の甲を、何度か優しく軽く叩いた。「シェイク。直ぐに戻ります。その時にはお元気なお顔を見せてください」　スルタンが励ますと、イスマイルは無言で頷いた。目から一筋の涙が流れた。 　第四夫人の兄、アリは、イスマイルの急変を聞いて、血相を変えた。十中八九上手く行っていたのに、このままイスマイルに死なれでもしたら、元も子も無くなる。遺言の作成を急がなければならないと焦っていた。アリは、急遽、公証人、弁護士と専門家の間を飛び回った後、イスマイルの様子を見に病院を訪れた。アリも導尿カテーテルを挿入し、オムツをしたイスマイルの姿を見て自分の目を疑った。とても信じられなかった。-何と言うことだ。一体全体どうしたと言うのだ。アラーよ、シェイクをお助けください。遺言を書いて貰うまではお救いください　イスマイルは、丁度、サミーラに食事を食べさせて貰っていたところだったから、アリの目には、イスマイルがまさに自分で食べることも出来ない寝たきり老人のように写った。　サミーラの手に追いつかず、時に、むせ返しもしていた。そんな時は、食事も碌に喉を通らない、明日をも知れない状態のように見えた。　イスマイルは救いを求めるような目でアリを見た。イスマイルは食べることで精も根も尽き果てていた。「看護士さん。そんなに勢い良く食べさせないでもよろしいんじゃないですか」　アリは思わず叫んでしまった。サミーラはアリの方を振り向いたが、その手を休めずにスプーンに流動食を入れると、イスマイルの口に素早く運んだ。「これはアリ様。畏れ入ります。ご心配は有難いのですが、シェイクには一刻も早く元気になって貰わなくてはいけませんので無理にでもお食べ頂かなければいけないのです。それが主治医ムサイド先生からのご指示でもあります」　そう言われれば、アリも返す言葉が無い。イスマイルは苦しそうにスプーン一杯の流動食をごくりと飲み込むと、アリを震える手で制した。サミーラは、アリに一礼すると、食器を持ってイスマイルの病室から出て行った。 「アリ。ありがとう。だがな。サミーラの気持ちも良く分かる。許してやってくれ」　イスマイルはアリに全幅の信頼を置いていた。いつも自分のことを思ってくれていると信じていた。サミーラへの注意も自分を心配してのものだと感謝していた。「分かりました。シェイク。それで、少しでも早くお元気になられるのなら止むを得ません。ところで、シェイク。先日の遺言のことですが、ようやく、弁護士と草稿を作ることが出来ました。今晩にでもお持ちしたいと思っております」人気ブログランキングに参加しています。クリックのほどよろしく 

  2011年03月31日

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  月の欠片ー払暁の出立その５０

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  2011年03月31日

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  月の欠片ー払暁の出立その４９Mobile

  この作品はフィクションであり実在の人物団体等とは一切関係ありません。Copyright(C) 2008-2011 Kazuo KAWAHARA All rights reserved. 「先生。ありがとう」　思い出したようにイスマイルはムサイドに礼を言った。やはり声は震えている。さっきは気が動転していて礼を言うのさえ忘れていたのだ。ムサイドは振り返ってイスマイルに笑顔を見せた。「シェイク。本当に大丈夫ですからね。明日は私はお休みですが、その後、一週間くらいかけてじっくりと精密検査をしましょう。そんなに悪い結果が出るとは思えませんのでご安心願います」　ムサイドは気休めを言うような医師ではない。イスマイルは少し気が楽になった。「導尿をしましたので、痛みもとれ、食欲も戻って来ると思われます。しっかり食事をして早く元気になりましょう。暫くは、横になったままで、サミーラの手を借りて食事をしてください」　ムサイドはそう言い残して部屋を去った。イスマイルがサミーラの顔を見ると、サミーラは微笑みながら頷いていた。 　翌日、スルタンが養蜂業者の立て籠もる断崖の城に向かうため、イスマイルにしばしの別れを言いに来た。　スルタンはイスマイルの姿を見て驚いた。三日前には、高血圧症で弱ったスルタンに驚かされたが、今度は、尿道カテーテルとオムツを付けた姿だから、驚きはそんなものではなかった。スルタンは、ごく短期間の内の変わりようを信じられなかった。　スルタンが目を見張っていたのを、イスマイルが感じない分けが無い。イスマイルは、変わり果てた惨めな自分の姿を思い知らざるを得なかった。更に気が萎えた。 「シェイク。私はこれから養蜂業者達との交渉に行って参ります。直ぐに戻りますので、お気を確かに。ムサイド先生は今日は非番とのことですが、サミーラはおりますし、一流の先生方がいらっしゃいます。ご安心してお過ごしください」　スルタンがそう話し掛けたが、イスマイルは意気消沈していて直ぐには応えることが出来なかった。「スルタン。わしはもうだめだ。リヤドとは上手くやってくれ」　もうだめだと言うのは、ここのところのイスマイルの口癖だった。スルタンは、これまでそれを軽く受け流して励まして来たが、今度はそうするわけにはいかなかった。「シェイク。ご心配は無用です。アブドルアジズもいずれきっと分かってくれることでしょう。それに、これまでのように力尽くで話を進めるのには躊躇することでしょう」　確かに、リヤドもここのところの中東アフリカの混乱振りには懸念を抱いていた。しかも、橋で繋がった目と鼻の先のバーレーンでも民衆蜂起があった。これには気が気では無かった。ついこの間、堪り兼ねてバーレーンに治安部隊を派遣したが、それは例外的手段だったし、ＧＣＣ(湾岸協力評議会)の名の下に行われたものだった。アルバハの養蜂業者の蜂起に治安部隊を派遣することなど決定はしていなかった。　リヤドは、慎重に民主化を進めることが肝要だとの認識だった。延び延びになっていた地方議会選挙を来月行うことも決めたばかりだ。未だ、女性の参政権を認める分けにはいかなかったが、これ以上選挙を先延ばしにすることは出来ない。人気ブログランキングに参加しています。クリックのほどよろしく 

  2011年03月30日

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  月の欠片ー払暁の出立その４９

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  2011年03月30日

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  月の欠片ー払暁の出立その４８Mobile

  この作品はフィクションであり実在の人物団体等とは一切関係ありません。Copyright(C) 2008-2011 Kazuo KAWAHARA All rights reserved. 　イスマイルは、耳を疑った。驚いて目を丸くしたまま呆然としていた。相当前だったが、導尿カテーテルはかなり痛いと聞いていたし、まさか自分がそんなことになるとは、思いもよらなかったからだ。「ムサイド。ちょっと、ちょっと。ムサイド」　イスマイルはようやく、喋りだしたが、言葉が続かなかった。そんなことは止してくれと言いたかったが、そうしなければ、どうにもならないことは明白だった。「シェイク。大丈夫ですよ。麻酔をしますから痛くはありませんよ」　ムサイドはそう言いながら、サミーラに準備をするよう指示した。サミーラは、気の毒そうにイスマイルを見詰めながら、麻酔の準備を始めた。　イスマイルは、サミーラが処置をしてくれることが唯一の救いだった。ただ、惨めな姿をサミーラに曝さなければならないという残念な気持ちとが交錯してはいたが。　地獄のような痛みと聞いていたので、痛くはありませんというムサイドの言葉を信じることが出来なかったが、ムサイドを信じる他は無かった。 　感覚は麻痺していた筈だが、サミーラの手が触れると精一杯膨張して行くのが分かった。サミーラの美しい横顔を眺めていると、ますます膨張して行って、これほどのものはそんじょそこらには無いぞと思い切りいきり立ってみせた。しかし、誇らしげにしていられたのはそこまでだった。　ムサイドの言った通り痛みは無かったが、カテーテルがどんどんと奥深く挿入されるにともない、イスマイルの気持ちはどんどんと萎えて行った。それに何とも言えない気持ち悪さが嵩じて行った。　こんな形でサミーラに自分を曝け出すことになったのは無念なことだった。やがて、カテーテルを通じて尿が出て来ると何故か無性に恥ずかしくなった。　そんな気持ちはサミーラの優しい笑顔に癒された。　イスマイルにとってサミーラは針地獄で会った天使のようなものだ。サミーラは、今度は、手際良くイスマイルにオムツをあてがった。何でオムツなんだなどと言う余裕は無かった。カテーテルにオムツ。イスマイルはあっと言う間に重症患者のようになってしまった。　イスマイルの気力は完全に萎えた。何でこの俺がと思っても仕方が無い。それは現実だった。導尿したことによって下腹部の痛みがとれたことがせめてもの慰めだ。 「シェイク。大分、すっきりされたのではないですか」　ムサイドは膨れのおさまったイスマイルの腹部に触れながら言った。「そうだな」　震える声がやっとのことでイスマイルの口から出た。高血圧症で入院してろくに食事が出来なかったのに加えて、閉尿で気分も悪くなり、殆ど食事が喉を通らなかった。体力が衰えるのも道理だ。それに、今は、導尿カテーテルにオムツだ。　完全に体力、気力が萎えていた。どっと疲れが出て、一気に寝たきり老人のようになっていた。「サミーラ。シェイクは落ち着かれたようだから、私はこれで失礼する。後は食事のお世話など宜しく」人気ブログランキングに参加しています。クリックのほどよろしく 

  2011年03月29日

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  月の欠片ー払暁の出立その４８

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  2011年03月29日

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  月の欠片ー払暁の出立その４７Mobile

  この作品はフィクションであり実在の人物団体等とは一切関係ありません。Copyright(C) 2008-2011 Kazuo KAWAHARA All rights reserved. 　シェイク・イスマイルは震える手で錠剤のありかをスルタンに示した。スルタンはイスマイルの指示通り素早く動くと、側にあった水の入ったコップとともにその錠剤をイスマイルに渡した。　イスマイルは震える手でその錠剤を飲んだ。薬を飲んだことでほっとしたのか、イスマイルは直ぐに落ち着き始めた。「有難う。スルタン。わしももう終わりだな」　イスマイルは寂しそうに苦笑いをした。目にうっすらと涙が浮かび、ほんの一筋、頬を伝って流れた。スルタンは、イスマイルの急変振りに言葉が詰まり慰めることも出来ない。 　次の日、イスマイルの尿が止まった。その日は、イスマイルが言わなかったこともあり、看護士のサミーラも気が付かなかった。　しかし、その次の日には、イスマイルが下腹の痛みを訴え、尿が止まっていることをサミーラに伝えると、医師のムサイドが飛んで来た。「シェイク。ちょっとお体を診させてください」　ムサイドはサミーラの手を借りてさっとイスマイルの下着を脱がせると、腹部に手を当て診察を始めた。イスマイルの腹部は膨れ上がっていた。「シェイク。思ったよりお腹が膨らんでいます。触診では、腫瘤のようなものも感じられました。悪いものとは思われませんが、念のため、ＣＴ、超音波検査などをしましょう」　イスマイルは、痛みもあるし、気持ちも悪くなっていたので、ムサイドに任せるしか無かった。サミーラは心配そうにムサイドの言葉を聞いていた。「サミーラ。それでは、早速、検査の準備をするよう連絡してくれ」　サミーラは、病室の電話を取ると関係先に迅速に連絡をした。その指示は適切で鮮やかだった。　直ぐに車椅子を持った看護士がやって来た。「シェイク。お歩きになれるかも知れませんが、お具合も悪そうですし、車椅子をお使いください」　ムサイドは、そう言いながら、看護士にイスマイルを車椅子に乗せるよう指示した。「分かった、ムサイド。何でもお前の言う通りにするから、何でも遠慮なくやってくれ」　余程、具合が悪いのだろう。イスマイルは以前には考えられないほど素直になっていた。 　検査は小一時間ほどで終わった。この病院では何でもイスマイル優先だったから結果も直ぐに分かった。心配そうに見詰めるイスマイルにムサイドは言った。「シェイク。幸い、悪い腫瘤はありませんでした。心臓病の治療薬が影響したのか、あるいは前立腺も肥大化していましたから、その影響があるのか。いずれにしても、もう少し詳しい検査が必要になります」　イスマイルは癌かも知れないと心配していただけに、ホッと胸を撫で下ろしていた。しかし、その後に、ムサイドから出た言葉は辛いものだった。「シェイク。申し訳ありませんが、取りあえず尿道にカテーテルを挿入して膀胱内の尿を導尿せざるを得ません」人気ブログランキングに参加しています。クリックのほどよろしく   

  2011年03月27日

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  月の欠片ー払暁の出立その４７

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  2011年03月27日

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  月の欠片ー払暁の出立その４６Mobile

  この作品はフィクションであり実在の人物団体等とは一切関係ありません。Copyright(C) 2008-2011 Kazuo KAWAHARA All rights reserved. 　イスマイルは冗談半分にそう言ったのだが、その後、イスマイルの体調が急変することになるとは、主治医のムサイドもこの時には思いも寄らなかった。 　急変するには分けがあった。　病室のイスマイルにリヤドのアブドルアジズから養蜂業者の蜂起を鎮圧するよう矢のような催促が続いたのだった。イスマイルには蜂起をどうすることも出来なかったし、また、進んで鎮圧する気にもなれなかったからだ。イスマイルの血圧は再び上がり、ストレスが溜まって、糖尿が急速に悪化した。病魔が忍び寄って来ていた。　調整に当っているスルタンからの連絡も芳しくないものだった。スルタンは指導者のファリーファに何度と無くアブドルアジズと和解するよう勧めたが、ファリーファは一向にその気にならなかった。　ファリーファの立て籠もっている城は、崖の上にあって難攻不落だったが、食料、水の補給路を絶てば、いずれは落ちることは確実だ。しかし、スルタンはそうすることは出来なかった。いや、そうする気など無かった。　イスマイルもそれは良く判っていた。無体な要求をしているのはアブドルアジズの方だと、イスマイルも思っていたからだ。とは言え、ファリーファや養蜂業者の味方になってアブドルアジズと戦うことも出来なかった。シェイク家は地方豪族の雄とは言っても、サウド家のアブドルアジズと戦って勝てる筈も無い。　伝統あるシェイク家を自分の代で終わらせる分けには行かない。　イスマイルはシェイク家が育てて来た、正当な主張をしている養蜂業者とアブドルアジズの板ばさみになっていた。スルタンはと言えば、最後の最後はファリーファ達、養蜂業者の側に立ち、アブドルアジズと対立するつもりでいた。病み上がりのサード国王が後ろ楯になってくれるかもしれないと言う淡い期待もあった。 「スルタン。どうだ。ファリーファ達はそろそろ音を上げたか」　イスマイルはそんなことはないだろうとは思ったが、一応そう聞いてみた。イスマイルの声は弱々しかった。それは否定的な答えが返ってくることを予想していたからと言うだけではなかった。イスマイルの食欲は衰え、殆ど何も食べていなかったからだ。いつもどうにもならないことをくどくどと考え、時には眠れず、心身ともに弱って来ていた。「それどころか。ますます意気盛んなのです。同調者の数もどんどんと膨れ上がって来ています。勿論、その気はありませんが、あれでは、我が軍を持ってしても鎮圧することは容易ではないでしょう」　イスマイルはそれを聞いて、ふ～と深い溜息をついた。頭の中でジージーとまるで無数の蝉が鳴いているような音が聞こえた。体が自然によろけるのを感じた。「父上。どうされました。お体の具合でも悪いのですか。ムサイド先生を呼びましょう」　スルタンがそう言うのを、イスマイルはやっとのことで止めた。「スルタン。そこにある錠剤をくれ。それで落ち着く筈だ」人気ブログランキングに参加しています。クリックのほどよろしく    

  2011年03月25日

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  月の欠片ー払暁の出立その４６

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  2011年03月25日

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  月の欠片ー払暁の出立その４５Mobile

  この作品はフィクションであり実在の人物団体等とは一切関係ありません。Copyright(C) 2008-2011 Kazuo KAWAHARA All rights reserved. 　イスマイルは四人の妻の顔を順番に見詰めて行った。「おう、ラミアも来てくれたか。遠いところを駆け付けてくれて有難う。ご苦労だった。嬉しいぞ。一時は本当に危ないところだったからな。勘弁してくれ」　第三夫人のラミアはイスマイルが危篤との知らせを受けて死に目に会えないかもしれないと思いつつイスタンブールから急ぎ戻って来ていた。「シェイク。案じておりましたが、思いの外、お元気になられたようで安心致しました」　イスマイルはラミアの手をとると、目にぽろぽろと涙をながしながら泣き出した。イスマイルはここのところ涙もろくなっていた。イスマイルは感極まって泣いたのだが、ラミアは以前には考えられなかったイスマイルの変わりように驚かされていた。「シェイク。私もずっとご心配しておりました」　第四夫人のシャリーファがイスマイルのもう一つの手を握り締めた。「おう、おう。シャリーファ。有難う。有難う。入院の時には世話になったな」　イスマイルは最愛のシャリーファの手の感触を楽しんでいた。第一夫人、第二夫人は一歩下がって、その光景を眺めていた。感情を表に出さない、昔かたぎの夫人達には、馴染めない光景だった。　そこに主治医のムサイドがサミーラとともに病室に入って来た。「これは、これは。奥方様がた。ようこそ、お越し頂きました。まずは病状をご説明致しましょう」　イスマイルは入退院を繰り返していたから、ムサイドは夫人達とは顔馴染みだった。夫人達のムサイドに対する信頼は高い。「今は、ご覧になった通りお元気になられたのですが、入院当時は大変危険な状態でした。あと、五分入院が遅れていましたら、ここにこのように横になっておられることはありませんでした。急性高血圧症は恐ろしい病気です。一刻、一秒が勝負なのです。当院も総出で迅速かつ間違いの無い様対処させて頂きました。幸いでした」　病院に運びこまれた時には、ムサイドを含め五人の医師がイスマイルの周囲を固め、直ぐに心電図用の配線を体中に張り巡らせ、ＣＴスキャン、ＭＲＩと最新の医療器具を駆使して病状を正確に把握し、ニトログリセリンなどを投与して万全を期した。勿論、点滴をして、排泄も寝ながら出来るようにオムツを着けていた。患者を動かさないことが最重要の配慮だったからだ。ムサイドの言うことは決して大袈裟なことでは無かった。　その時を知っているのは、付き添って来た第四夫人のシャリーファだけだった。　それに比べれば今は嘘のような変わりようだった。「何しろ、その時は最高血圧が二四〇を超えていましたから皆緊張していました。今は、ちょっと高めですが、ほぼ正常に戻っています。念のため、少し検査をさせて頂きますが、いつでもご退院が可能な状態と言えます」　ムサイドの言葉に皆ホッと肩を撫で下ろしていた。「おい、おい。そんな冷たいことを言わずにもう少しここに居させてくれよ」人気ブログランキングに参加しています。クリックのほどよろしく    

  2011年03月20日

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  月の欠片ー払暁の出立その４５

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  2011年03月20日

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  月の欠片ー払暁の出立その４４Mobile

  この作品はフィクションであり実在の人物団体等とは一切関係ありません。Copyright(C) 2008-2011 Kazuo KAWAHARA All rights reserved. 「サミーラ。わしはもう直ぐ死ぬ。わしには分かる。寿命じゃ」　イスマイルは苦笑いを浮かべていた。その声は弱弱しく、僅かに震えていた。イスマイルは入退院を繰り返す内に、急激に老いた。一病息災などと言うが、イスマイルのような人間にはそれは通じない。気休めなどは嫌いな人間だ。とにかく、イスマイルには、こうなる前の精悍だった時の面影は全く無い。高血圧症が全てを奪ったと思っていた。「シェイク。何を仰っているのですか。そんな弱気になってはいけません。気を確かにお持ちになって養生されれば、きっと直ぐに元気になりますわ」　イスマイルには、サミーラが天使のように思えた。その笑みは、イスマイルを支えていた。思わず、握る手に力が入る。その手をサミーラのもう一つの手が優しく包む。イスマイルはそのまま抱き寄せたくなるような衝動に駆られた。　その時、病室の扉がいきなり開いた。　黒いアバヤに身を包み、黒いヒジャーブを被った女性が四人。ス～と中に入って来た。顔の前にはやはり黒い二カーブ(ベール)を垂らしている。　イスマイルの顔色が一瞬変わった。サミーラは、背中に強い視線を感じ、イスマイルの手を離して振り向いた。四人は、二カーブを上げ、鋭い視線でサミーラを睨み付けている。　サミーラは四人に丁寧にお辞儀をした。その優雅で平然とした態度は四人の鋭い視線を殺ぐには十分だった。「これは、これは奥方様。シェイクはお見えになるのを心待ちされていました。お顔も急にパッと明るくなられました」　四人の顔は直ぐに穏やかになった。「サミーラ。いつも有難う。お陰でシェイクも安心しておられることでしょう」　最も年長らしい女性がサミーラに微笑みかけた。サミーラはもう一度お辞儀をした。「シェイクのご容態は随分と改善しました。たった今、血圧を測らせて頂きましたが、一時の危険な状態ではありません。まだまだ養生が必要でしょうが、直ぐに良くなられることと思います」「それもお前とムサイドのお陰です。有難う」　イスマイルは、サミーラと夫人達のやりとりを聞きながら第一夫人から第四夫人までの顔を交互に見詰めていた。イスマイルは、イスラムの規律通り四人を分け隔て無く、平等に扱って来た。しかし、それは建前で第四夫人のシャリーファを見る目は他の三人とは異なっていた。交互に見比べながら、シャリーファは可愛いとつくづく思っている。シャリーファの兄、アリに言われるまでも無く、イスマイルはシャリーファには特別の財産を残したいと思っていた。シェイク家の将来を託しても良いとまで思っていた。　愛くるしいシャリーファの顔がまぶしい。「それでは、奥方様。私は主治医のムサイドを呼んで参りますので、少々お待ち願いますか」　サミーラは、そう言って、そこを離れた。 「良く来たな。サミーラが言った通り、大分楽になった。救急車で運ばれた時にはどうなることかと心配だったが、ムサイド、サミーラ、そして病院の皆が懸命に看病してくれてな。病院の食事も楽しんで食べられるくらいになった」人気ブログランキングに参加しています。クリックのほどよろしく    

  2011年03月18日

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  月の欠片ー払暁の出立その４４

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  2011年03月18日

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  月の欠片ー払暁の出立その４３Mobile

  この作品はフィクションであり実在の人物団体等とは一切関係ありません。Copyright(C) 2008-2011 Kazuo KAWAHARA All rights reserved. 　シェイク・イスマイルは、体力の衰えを自覚していた。医師からは、高血圧症だから無理をしないようにと言われていたが、言われるまでもなく、無理をした後には体が揺れるような異様な状態になり、死ぬのではないかと恐怖心に苛まれていた。そんな時には、決まって相当の高血圧になっていた。　頭の中で無数の蝉が鳴き、ボーとして来て、無理のしようもなくなる。恐怖心が高まると、それが嵩じて来る。最悪の状態だ。自宅にいるとますますその恐怖心に駆られるので、入院する。そして、かかりつけの医師や看護士の顔を見ていると落ち着いて血圧が安定する。安定すれば退院する。そんなことの繰り返しだった。 　自分の名前を冠したシェイク・イスマイル病院は、アルバハで最高の病院だった。病床数二〇〇と規模もトップクラスを誇った。総合病院で循環器科もある。入院すれば、医師、看護士が総絡みでイスマイルを看る。皆、懸命だ。イスマイルは、最も恵まれた患者で、医療ミスなど起きる筈も無い環境だった。それでも、イスマイルには、お気に入りの医師と看護士がいた。その医師の名はムサイド。そして、看護士の名はサミーラ。ムサイドは循環器の名医で、人柄も良かったから常に予約が一杯で普通の患者はなかなか診て貰うことが出来なかった。サミーラは、首都リヤドで経験を積んだエリート看護士だった。彼女のようなエリート看護士は地元アルバハ出身の看護士達を見下ろすようなところがあったが、彼女は違った。常に相手の良いところを見つけ、相手を立てていた。患者からも絶大の信頼を得ていた。サミーラはイスマイル病院に来てまだ間もなかったが、あっと言う間にリーダーに担ぎ上げられ指導的立場になっていた。イスマイルは、サミーラの美貌に惹かれていた。親切丁寧な看護にも感謝していたが、それは他の看護士も一緒だった。サミーラは既に三〇代だったが、若々しいその肢体と相俟って二〇代にしか見えなかった。イスマイルのサミーラを見る目は、常に潤んでうっとりとしていて、まるで恋焦がれた恋人、あるいは有名タレントを追うおっかけのそれのようだった。 「シェイク。おはようございます。今日は良い天気ですね。鳥たちも気持ち良さそうに木々の間を飛び交っています」　サミーラは、他の看護士のように、シェイクを畏れ、まるで腫れ物に触るような接し方はしなかった。物怖じはしないで、シェイクを意識しながらも、ごく普通の患者に接するように振舞っていた。　シェイクは、それを嬉しがっているようだった。「おはよう。サミーラ。ありがとう。お前が病室に入って来ると、とたんに部屋がパッと明るくなるような気がする。いつも元気を貰っている」　シェイクが弱弱しく手を差し伸べると、サミーラはそれを優しく握る。シェイクは力を入れて握り返す。それだけのことだったが、シェイクは、それを楽しみにしていた。「ありがとう。サミーラ。ありがとう」　時にシェイクは涙ぐんでいた。サミーラはそんなシェイクに微笑み返す。シェイクはもうメロメロだった。人気ブログランキングに参加しています。クリックのほどよろしく    

  2011年03月12日

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  月の欠片ー払暁の出立その４３

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  2011年03月12日

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  月の欠片ー払暁の出立その４２Mobile

  この作品はフィクションであり実在の人物団体等とは一切関係ありません。Copyright(C) 2008-2011 Kazuo KAWAHARA All rights reserved. 「ガイス。アブドルアジズはそんなに甘くはないわ。他の国は他の国、別世界と考えた方が良いでしょう。ただ、あの"沙漠のたそがれ"の流行には支えられます。サウジ内では発禁ですが、レバノンを中心にアラブ諸国には相当の広がりが見られるようです。あのジャスミン革命にも少なからずあの歌が影響を与えたと評判です」　ジャスミン革命には、今流行りのフェイスブック、ツイッター、ウィキリークスなどのソーシャル・メディア・ツールも大きな影響を与えたとされているが、フランス革命を支え、後にフランス国歌になったラ・マルセイエーズのように革命歌も大きな影響を与えたとされている。エジプトでもそうだった。ムバラクを追い出した人々に勇気を与えた歌があった。その曲名は「サウンド・オブ・フリーダム(自由の歌)」。人々は国旗を手に、この歌を口ずさみながら行進した。　ペンは剣より強し、いや、歌は銃より強しだった。「あのシェイク家の息子達が作った歌ですね」「そう。二人が生きている内にヒットすれば良かったのにと思うけど、それが二人の定めだったのかもしれませんね」「仰せの通りですね。この世には、そんな残念なことが沢山あるものです」　ガウスは、ちょっとしんみりとしていた。「お二人はきっと悔しい気持ちであの世に行ったことでしょう。でも、いずれその良さが判って貰えると信じていたに違いありません」「そうだね。ガウス。私達も、そんな気持ちでアブドルアジズに向かいましょう」「ファリファ様。それはちょっといただけません。私達は、この世に生のある内に、思いを遂げたいと思います」「そうだったね。ガウス」　ファリファは、強大な政府権力を前に非現実的だとは思いながらもそう言った。 「シャリーファ。喜べ。シェイクが遺言を書いてくれることになった」　イスマイルの見舞いから帰ったアリは満面に笑みを浮かべていた。「兄上。有難う。さすがです」　第四夫人のシャリーファは嬉しさを隠せなかった。「お前とまだ幼いファハドが可愛いのは勿論だが、良く考えて見れば、第一夫人の子供にもアルカイダ・サウジ支部、沙漠のサソリの統領"月の欠片"を出してしまったし、第二夫人、第三夫人の子供にもアブドルアジズ邸に侵入した罪人、それに第二の"月の欠片"がいる。それに第三夫人に至っては、レバノンの名家などとは言っても所詮はパレスチナ人だ。どいつもこいつも問題ありだ。それに比べ、お前はまっさらだ。シェイクの判断は間違ってはいない。一気に第四夫人に任せれば良いと思うのは当然だ」　シャリーファは、思ってもいなかった展開に驚かされていた。アリの力量にも今更ながら感心させられていた。「気が変わらない内に、遺言を書かせてしまおうと思っている。シェイクの話を聞いた時には、どれだけ、直ぐに書いてくれと言いたかったことか。喉から手が出そうだった。それをぐっと堪えて、それでは、シェイク、弁護士を連れてまた参上致しますと、やっとのことで言ったのだ」人気ブログランキングに参加しています。クリックのほどよろしく    

  2011年03月05日

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  月の欠片ー払暁の出立その４２

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  2011年03月05日

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  月の欠片ー払暁の出立その４１Mobile

  この作品はフィクションであり実在の人物団体等とは一切関係ありません。Copyright(C) 2008-2011 Kazuo KAWAHARA All rights reserved. 　その男の名はアリ。妹シャリーファがシェイク家に嫁ぐと、一緒にシェイク家に住み着いた。アリは、スルタンがリヤド、日本、アメリカと転々とお役所勤めをしている内に、シェイク家に影響力を高めて行った。彼は身内が憚るようなお世辞も平気で喋る。それを聞いた身内は歯が浮いたりしたが、シェイク・イスマイルは心地良さそうだった。　イスマイルは、入退院を繰り返すようになって、多少、気が弱くなっていた。それもあったのだろう、次第に、アリを頼りにするようになった。 「兄上、ここのところ、シェイクが心も体も大分弱くなって来ています。私はシェイクに最も可愛がって貰ってはいますが、このままでは、古くから一緒に過ごして来ている第一から第三までの夫人に殆ど全てを持っていかれてしまう気がしています。このまま、何もしなければ、まるでぼろきれのように放り出されてしまうのではないでしょうか」「うむ。わしもそれを心配している。幸い、シェイクは我々を気に入ってくれている。頭がしっかりしている内に、遺言でも何でも書いておいてもらおう」　アリは自信ありげに笑いながら言った。「このシェイク家はその数六〇〇〇人とも、七〇〇〇人とも言われているリヤドのロイヤルファミリーとは違う。影響力のあるのはほんの一握りだ。それに、シェイクの力が絶大だから、シェイクさえ、その気になれば何でも出来る」　アリは、イスマイルが自分を気に入っていること、信頼していることを十分に承知していた。「でも、兄上、今は戻っているあのスルタンを何とかしなければ、私達の思うとおりにはならないわ」　第四夫人シャリーファは心配そうだった。「スルタンか。そうだな。彼は、嫡男で誰もが彼がイスマイルの後を継ぐと思っている。それに、徳があり、優秀ときている。彼を排除するのは難しい。しかしだ。誰もどこかに弱点があるものだ。私はそれをきっと見つけてみせる」　シャリーファはアリを頼もしそうに見詰めた。 　養蜂業者の立て籠もるアルバハの断崖に建てられた城は、今日も霧に囲まれていた。ガイスはリーダーのファリファに収集した周辺各国の政治情勢を報告しに来ていた。「ファリファ様。今年は考えもしなかった急激な変化が周辺各国で起きております」　ガイスは目を輝かせながら喋り始めた。「そうだね。まさか、あのムバラク大統領が辞任に追い込まれるとは思ってもいなかった」　ファリファは感慨深けだった。「エジプトだけではない。チュニジアのジャスミン革命が中東アフリカの主要国に広がり始めている」「私達が蜂起しました時には、こんなことが起きるとは夢にも思ってはいませんでした。大変な勇気を貰いました。お陰でサウジ政府も我々に強行手段を使うことが出来なくなったのではないでしょうか」　サウジでは東部油田地帯でもシーア派の一部が政治犯釈放を求めてデモを行っていた。しかし、それは、チュニジア、リビア、イエメン、そして隣国バハレーンのそれほど激しいものではなかった。イラン、オマーンも揺れ始めていた。人気ブログランキングに参加しています。クリックのほどよろしく    

  2011年03月02日

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  月の欠片ー払暁の出立その４１

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  2011年03月02日

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  月の欠片ー払暁の出立その４０Mobile

  この作品はフィクションであり実在の人物団体等とは一切関係ありません。Copyright(C) 2008-2011 Kazuo KAWAHARA All rights reserved. 「イブラヒム。お前は私の頼みたいことが手に取るように分かるようだな。そうだ、原油先物だ。ただ、今回は、シルバーマンの連中がＷＴＩではなく、ブレントを買うように勧めている。ＮＹＭＥＸではなくＩＣＥということだな」　アブドルアジズはブレント、ＩＣＥなどと言いながら、ロンドン時代を懐かしんでいた。ＩＣＥは買収される前はＩＰＥ（国際石油取引所）と言って、ＮＹＭＥＸ同様、立会いがあって賑やかなものだった。今は電子取引だけだ。しかも、相変わらずプラットフォームはロンドンベースだったが、経営はアメリカの会社だ。「殿下。分かりました。それでは、知り合いに頼みまして、ブレントの先物取引を始めてみましょう。サイモンが生きていれば、ツーカーなのですが、少し要領を得ないかもしれません。その辺りはご了承願います」　イブラヒムは、活動がニューヨークベースだったから、ＩＣＥで取引をしたことが無かった。しかし、アブドルアジズに出来ませんなどと言うことは出来ない。やるしかない。ただ、普通に取引をするのでは素人と変わりが無いことになってしまうから、イブラヒムはそれなりのツテを頼って取引に参加することにしたのだ。「うむ。わしもロンドンにいたことがあるから、それなりの者を知ってはいるが、イブラヒム、わしは原油先物の取引については、すべてお前に任せたいと思っている。宜しくたのむぞ」　イブラヒムは有難いことだと思っていた。そんな気持ちに応えたいと出来るだけのことはするつもりだった。それにしても原油市場の最近の展開にはほとほと困っていた。ＷＴＩは、アメリカの需給を反映して思ったように価格が上がらない。それに比べ、ブレントは世界的に原油がだぶついてはいても、中東などの政情不安を背景にどんどんと価格が上昇した。シルバーマンがアブドルアジズを焚き付けたのは正しい。「イブラヒム。実は、他にまだ頼みたいことがある。そちらの方がより重要なことだ。まあ、しかし、それは、ブレントの取引が済んでからにしよう」　イブラヒムは嫌な予感がした。しかし、それも仕方の無いことだ。アブドルアジズのために何でもやるしかない。 　アルバハのシェイク・イスマイルは、入退院を繰り返していたが、これと言って、致命的な病気に陥っているということではなかったから、スルタンも一病息災などと割り切っていた。高血圧は時に致命的になるのだろうが、今は、それに慣れて生活をしていた。イスマイルは、危機的な状態が分かるようになったから、そのような状態に持っていかないよう心がけていた。　スルタンは、ここのところのイスマイルの心の移ろいを感じていた。イスマイルは余命を意識するようになってから、第四夫人のことを盛んに気にし始めていた。時に、第一夫人をないがしろにするようなこともあった。イスマイルが死ねば、スルタンがシェイク家を継ぐことは決定していた筈だが、それがぐらつき始めているのではないかと思われる節があったのだ。第四夫人の兄の一人が曲者で、イスマイルに取り入り、シェイク家のリーダーシップをとろうとしていた。スルタンはそれを見抜いていたがイスマイルはそうではなかった。イスマイルはその男を完全に信じていた。人気ブログランキングに参加しています。クリックのほどよろしく    

  2011年02月22日

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  月の欠片ー払暁の出立その４０

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  2011年02月22日

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  月の欠片ー払暁の出立その３９Mobile

  この作品はフィクションであり実在の人物団体等とは一切関係ありません。Copyright(C) 2008-2011 Kazuo KAWAHARA All rights reserved. イブラヒムは、スレイマンから買い取ったアフガンの古美術品を携えて無事リヤドに向かって飛び立った。出国時には、税関のチェックに引っ掛からなかった。アルカイダが盗掘した古美術品は、アフガンから陸路で運ばれて来る時には、殆ど問題はなかったが、スレイマンは、イスタンブール空港を無事通過出来るか気を揉んでいた。これでアブドルアジズの手に無事届くのは確実だ。リヤドの空港で審査に引っ掛かるようであれば、アブドルアジズに連絡すればそれで良い。アブドルアジズ宛の荷物に難くせを付ける空港係官などいる筈もない。　　イブラヒムはファイサリア・レジデンスを引き払ってインターコンチネンタル・ホテルに滞在していた。ファイサリア・レジデンスは家具付きで、自分の物は殆ど無かったから気楽なものだ。身の周りのものなどは、インターコンチのスイートルームなら問題なく全て収容することが出来た。 イブラヒムはそれなりに緊張して税関の審査を通過した。　アブドルアジズに連絡すれば、何の問題も無いと思ってはいたが、空港係官と面倒なやりとりをするのは嫌だった。アブドルアジズの名前を出せば平身低頭するのだが、それまでは自分より偉いものはいないかのような横柄な態度をとる。何かみつけでもしたら、まるで鬼の首を取ったように勝ち誇り、びしびしと辛らつに責めて来る。　イブラヒムは何度と無くそんな経験をして来た。それが今回はスムーズに空港を出ることが出来た。ラッキーだった。 　ホテルの部屋で落ち着いて眺めて見れば、貴重なアフガンの古美術品も何のことはない。古びた一枚の皿に過ぎなかった。　今は、こんなものに空港係官が目を付ける分けはないと思っているが、税関では、何を質問されるかと緊張していた。意識すればするほど、あらぬことを考えるものだ。　　イブラヒムは、荷物の整理が終わると直ぐにアブドルアジズに電話を入れた。お待ちかねの筈だ。「おう、イブラヒムか。そうか、もう、ホテルに入ったか。何の連絡も無かったから、無事とは思ってはいたが、良かった。良かった。それで、早速、届けたいと。感心だ」　アブドルアジズは機嫌が良かった。旅の疲れも厭わずにまず自分のところに来たいというイブラヒムの気持ちが嬉しかったからだが、それだけではない。ここのところ、サード国王が、まだ静養中で父トルキ皇太子が実質的国王になっていることから知らず知らずに浮き浮きとしていたのだ。「うん、うん。一刻も早く見てみたい」　地位も権力も何でも欲しい物が手に入ったアブドルアジズだったが、アフガンの盗掘品のような物は滅多に手に入るものではない。「それでは、待っておるぞ。それから、また、お前に頼みたいことが出来てな」　イブラヒムは、それが何であるか推測出来た。きっと、原油先物に違いない。そう思っていた。こんな時期だ。シルバーマンの連中がアブドルアジズを焚き付けたかもしれない。「原油先物の件でしょうか」人気ブログランキングに参加しています。クリックのほどよろしく    

  2011年02月07日

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  月の欠片ー払暁の出立その３９

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  2011年02月07日

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  月の欠片ー払暁の出立その３８Mobile

  この作品はフィクションであり実在の人物団体等とは一切関係ありません。Copyright(C) 2008-2011 Kazuo KAWAHARA All rights reserved. 　まあ、しかし世の中の変化は大きい、このサウジでは、その程度の変化だから、良い方だろう、とスルタンは考えていた。アメリカに留学した時には同級生からサウジについて様々な質問を受けた。テキサス大学では異文化に興味を持っていた者、好奇心旺盛で質問攻めをする者、様々だった。イスラムに関する質問には答え易かったが、民主化についての質問には答え難かったことを覚えている。　彼等には、イスラム、もしくは沙漠の民主主義と言っても、なかなか理解は出来なかった。国王には独裁専制君主などとレッテルを貼って、譲らない者もいた。　スルタンは、そんな時、イスラムを理解しなければ、判る筈もないと匙を投げたものだ。　それが、ここのところ、イスラム世界でも新たな風が吹き始めた。チュニジア、そして、イスラム大国、エジプトの動乱は、特に、スルタンに考えさせることが多かった。　アブドルアジズに言われて、何度か蜂起した養蜂家を訪れて、説得を繰り返していた中での、今回の動乱発生は、スルタンの身に染みた。　いかに統制をしようとしても、外国のニュースは衛星などを通じて入って来てしまう。ファリファ達は、エジプトの動乱を見て勢いづいていた。その矛先は、シェイク家に向いていた分けではないが、事と次第によっては、シェイク家に向けられるかもしれないのだ。スルタンはもともとアブドルアジズのために養蜂家達の蜂起を鎮めるつもりなどなかったが、それを表面に出す訳には行かなかった。　協力をしなければ、アブドルアジズは、大軍を率いて、シェイク家を攻めることだろう。今、養蜂家達が立て篭もっている城は難攻不落だが、シェイク家の館は、ずっと攻め易い。それこそ、一溜りも無いことだろう。それに、シェイク・イスマイルは、アブドルアジズに楯突くことなど出来はしない。　スルタンは、霧深い、断崖の城へと足を運んでいた。 　スレイマンは、ムハンマド達の自爆テロ計画に参加して多くのことを学んだ。リヤドに戻って、同様の計画を実行するためにはどうしたら良いのか、既に多くのヒントを得ていた。それに、アブドルアジズにアフガンの古美術品を売って潤沢な資金も手に入れていた。　リヤドに戻ったら、ファイサリア・タワーの爆破に直ぐ着手するつもりだったが、ここのところ急に高まって来た中東の不安を何とか利用出来ないものかと考えていた。　イスタンブール支部のムハンマドは、エジプトの動乱を自分達の活動に上手く取り込むつもりでいた。サウジでは、同様のことが出来るとは思ってはいなかったが、あのエネルギーを何とか利用したいと思っていた。　アブハには、エジプトのイスラム原理主義の流れを汲む者が沢山いる。リヤドにも、それほどではないが、イスラム原理主義を標榜する者がいる。そんな勢力を上手く生かせないものだろうかと思いを巡らせていた。　アルカイダ・サウジ支部、沙漠のサソリの勢力を増強するには良い環境が整って来た。サウジでは、カイロのように動乱が直ぐ起きるとは思えないが、カイロの動きに共鳴するものも多数いるに違いない。　自爆テロの次の目標が、スレイマンの頭の中に浮かんで来た。サウジ政府転覆も決して遠い夢ではない。人気ブログランキングに参加しています。クリックのほどよろしく     

  2011年02月06日

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  月の欠片ー払暁の出立その３８

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  2011年02月06日

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  月の欠片ー払暁の出立その３７Mobile

  この作品はフィクションであり実在の人物団体等とは一切関係ありません。Copyright(C) 2008-2010 Kazuo KAWAHARA All rights reserved. 　褒められると、やはり自分の歌は天才的だと自信が蘇る。ヤシンはこの地中海に面した明るい街で、それを世界に発信するのだと思っていた。　ハキムは、デモテープを遥かに上回るヤシンの歌唱能力にやる気を出していた。志半ばで果てた、カラム、カシムの義兄弟の無念さを、この若者は背負って頑張ってくれるかも知れないとまで考え始めていた。　これも縁かもしれないと思っていた。　ミカとは異なる魅力も持ち備えている。技術的には荒削り、というか全く専門的訓練を受けていない、未熟なところもあるが、それだけに今後大きく成長する可能性も秘めていると言える。それに、容姿は秀でている。　マルチメディアの世の中では、それは重要なことだ。　想いを巡らしている内に、ハキムは体の内がワクワクとして来た。一流のプロデューサー・ハキムは、これまでも直感で仕事を続けて来た。様々な客観的分析はするが、最後はそれだと確信していた。「ムハンマド、今、私は、ヤシンを真剣に鍛え上げようと想っている。それが大ヒットをさせてくれた、カラム、カシムに対する恩返しになるかもしれない」　ムハンマドは久し振りに目を輝かせているハキムの顔を眩しそうに眺めていた。ムハンマドは、販売促進担当らしく、ギャラの高いミカに比べて、思い通りに決められるヤシンの方が当たれば殆ど丸儲けになると、ニンマリとしていた。　ハキムがやる気を出してくれたのを最も喜んでいたのは、ムハンマドだった。それに、ラミアがデビュー資金を提供すると約束してくれていたから、失敗しても何の損失も無い。丸儲け、丸儲けとウキウキしていた。「そうですよね。是非、ヒットさせましょう」 　アルバハのスルタンは、直ぐ近くのモスクから聞えて来るアザーンを不満足そうに聞いていた。　スレイマン、カシム、ヤシンと、イマームからも標榜されたムアッジン候補を、次々と失ったことを悔いている性もあるのかも知れないと考えたりしたが、声の良いものがムアッジンを継げていないというのは事実だ。　スルタンは、良い声を持った若者達が歌手になることを夢見て、故郷を出て行ってしまうことを嘆いていた。昔はそんなことは考えられなかった。皆、敬虔なモスレムとして、ムアッジンになることを夢見ていた。 -音楽で金銭を得るということは罪だ。天性の美声を持ったものは、イスラムの道を歩むべきだ。人々を礼拝に誘うムアッジンなどは、目指すべき最良の方向だ。そして、イスラムを勉強してイマームになるべきだ 　それは、敬虔なモスレム、シェイク・スルタンとしては、間違えの無い、考えだった。しかし、若者達は、自分の才能で大金を手に入れたいと考えるようになって来ていた。マスメディアを通じて知った世界では、それはより妥当な考えだった。成功した歌手達の報道は、失敗も多い筈の世界だったが、若者達の心を捉えていた。　スルタンが嘆いてもどうにもなるものではない。このサウジにもそんな流れは大きな影響を与え出していた。人気ブログランキングに参加しています。クリックのほどよろしく    

  2011年02月05日

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  月の欠片ー払暁の出立その３７

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  2011年02月05日

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  月の欠片ー払暁の出立その３５＆３６Mobile

  この作品はフィクションであり実在の人物団体等とは一切関係ありません。Copyright(C) 2008-2010 Kazuo KAWAHARA All rights reserved.    　それは凄いな、と思ったが、ヤシンは、それよりも何よりも、生まれて初めて味あう、この自由な雰囲気に浸っていた。　ヤシンは背伸びをして、思い切り空気を胸いっぱいに吸い込んだ。「スキーと水泳を一日で・・・素晴らしいですね。ここにいることが、まるで夢のようです。母上の故郷、このベイルートはとにかく素晴らしいところです。アルバハとは、山と海と違う以上の違いがあります」　ラミアはヤシンの生き生きとした顔を眺めていた。 　リヤドのアブドルアジズは、一向に好転しないアルバハの蜂起に苛立っていた。そんな時は、周囲の者は腫れ物に触るように恐る恐るアブドルアジズに接していた。近付かないで済む者は決して近付かない。「このコーヒーは何だ。こんな生温い物が飲めるか」　アブドルアジズは、コーヒーを一口啜るや、いきなり大声で怒鳴った。お茶汲みは、目を瞑って身を竦めた。　アルバハの冬は寒い。淹れた時には、丁度良くとも、運ぶ内に冷めてしまう。とは言え、熱すぎても、また問題だ。「申しわけございません。それでは、早速、淹れ直して参ります」　お茶汲みは、ただそう言って直ぐにコーヒーを震える手に持つと、急いで下がって行った。「どういつもこいつも・・・」　そう言いながら、アブドルアジズは受話器を取り上げてダイヤルを回し始めた。　やがて、発信音が鳴る。アブドルアジズは懸命に冷静になろうと努めていた。相手はシェイク・スルタンだ。 「おお、シェイクか」　もう、猫撫で声に変わっていた。「それで、どうした。あの、ファリファとか言う、首謀者は捕まえたか」　配下の者からは、一向に収拾が付いていないと報告を受けてはいたが、アブドルアジズはそう切り出した。「いえ、彼等は城に閉籠もって抵抗しております」「そうか、手古摺っておるようだな。何ならこちらのセキュリティを向かわせようか。あるいは、国軍にいる、シェイクの弟、ムハンマドを首領にした国軍を派遣しても良いぞ」　アブドルアジズは、アルバハの蜂起がチュニジアやエジプトの市民の抗議、いや暴動のようになりはしないかと憂慮していた。サウジはあのようなところとは違うと思ってはいたが、なまじ外交官として海外経験の長いアブドルアジズは西欧の民主主義にも馴染んでいたから、国内派のように鈍感でもいられなかった。「殿下、それには及びません。それに、あの城は、ご存知の通り天然の要塞でして、簡単には墜ちません。あそこの地形に馴染んだムハンマドとは言え、きっと手古摺ることでしょう」　アブドルアジズも、切り立った断崖の上に立つ難攻不落の城を良く知っていた。それに今はこの寒さだ。「しかしだ。手を拱いている分けにもいかん。良い加減に収めないと図に乗ってしまうぞ。一刻も早く力で押さえつけないといけない」 　アブドルアジズはよほど"もういい。それなら、国軍を派遣して一気に握りつぶしてやる"と怒鳴りたかったが、相手は、地方豪族とは言え、それなりの家だ、ぐっと堪えていた。それに、ここのところの、中東・アフリカの市民暴動を目の当たりにしていると、自分達は違うとは言え、弾圧していると取られかねない。　アブドルアジズの手はわなわなと震えていた。「殿下。力で抑えるというのは得策ではありません。それに、今や海外のメディアの目が中東・アフリカに向いています。ここのところは、私にお任せ頂いた方が宜しいのではないでしょうか」　アブドルアジズは嫌な時代になったものだと悔しかったが、スルタンの言っていることは良く判った。西欧の民主主義、デモクラシーなるものがどんなものであるかも、アブドルアジズは、井の中の蛙でまるで石頭のような連中よりはずっと良く判っていた。「そうかも知れんな。デモクラシーか。それに、シェイクの言う通り、あそこは攻め難い。寒さもそうだが、あの深い霧が出れば、手に負えん」　アブドラアジズも一寸先が見えない、アルバハの霧を体験したことがあった。あの断崖を手探りで歩いていたのでは、戦闘にはならない。「殿下。この際、養蜂家達の要求をお聞きになって、歩み寄られることもお考えになった方が宜しいかも知れません」　アブドルアジズは、心の中では、そんなことはするものかと思ってはいたが、そのままそれを言うわけには行かなかった。「シェイク。それは、もう一押しして貰ってから考えることにしよう」　スルタンは、埒が明かないかも知れないとは思ったが、戦闘に入るよりはましだと安堵していた。 　ヤシンは、エイブル・レコードの変わりように驚かされていた。ターハが交渉した時にはけんもほろろだったが、伯父のサード・ハリーリーを通じると下にも置かぬもてなしだった。ムハンマドは、ヤシンのギターをべたほめだった。もっとも、前に送ったデモテープでは、ギターを弾いてはいなかった。このギターは、母ラミアが、このベイルートで買ってくれた高価なものだった。良いギターからは、良い音が出る。当然のことだったが、ヤシンはそれを見せ付けてくれた。「ヤシン様。ギターをお弾きになると、一段と素晴らしい。いえ、ターハの持って来たデモテープでは十分には判らなかった、ヤシン様の魅力が今は良く判ります。音楽プロデューサーのハキムも、ヤシン様との仕事を楽しみにしています」　ヤシンは、カラムとカシムの"沙漠のたそがれ"をプロデュースしたハキムがヤシンのデビューを担当することになってくれたことに感謝していた。　沙漠のたそがれを世界的にヒットさせたのはイギリスのキングレコードだったが、まずレバノンでヒットを生み、そこまで繋げたのは、エイブル・レコードのハキムだった。ミカを起用したのもハキムの功績だ。　ヤシンは、まるで夢のようだと思っていた。そして、母ラミアも勿論だが、サウジ出国をいとも簡単に実現させてくれたシェイク・スルタンに感謝していた。人気ブログランキングに参加しています。クリックのほどよろしく    

  2011年02月02日

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