からしまよねーずっ!

2005/05/08(日)12:20

いのちの電話

今日は私達夫婦の結婚記念日です。 12年前の今日、 大阪市内の小さな教会で私達は結婚式を挙げました。 反対されての結婚だったので、 ほとんどが友人の、本当にささやかな式でしたが、 私は嬉しくて嬉しくて、ずっと泣きっぱなしでした。 式のことを思い出す時、 いつも私は牧師様のことを想うんです。 実は、私には式を挙げるならここ!と決めていた教会が他にありました。 ですが、その教会の空いている日と私達の決めた日が合わなくて、 日を変えるか、それとも別の教会でするか、と迷っている時に、 とりあえず見に行った教会が島之内教会でした。 この教会を見た時、私の中で、何かズン、と来るものがありました。 日曜日だったので、そのまま日曜礼拝に出席し、 その後の食事会のかやくごはんを食べながら、牧師様とお話をしたんです。 どうしてその時、私のせいで結婚を反対されている事をお話ししようと思ったのかは いまだに分かりません。 でも、優しい牧師様の目に見つめられて、自然と話してしまったんです。 というより、この人に聞いてもらいたい、と心から思いました。 話しているうちに、涙が次から次へと溢れ、 かやくごはんのお茶碗を持ちながら、私は小さい子供のように 泣きながら話していました。 それを、牧師様は微笑みながら聞いて下さり、私が話し終わると、 「よく、話して下さいましたね」 と言って、笑いかけて下さいました。 その時、もう私は決めていました。 「この教会で、この牧師様に認めてもらって結婚しよう」 私もダンナ様もクリスチャンではありません。 ただ、教会は本当に祝福の気持ちがあれば、 式当日にたまたま前を通りがかった見知らぬ人でも、式に出席してもらえるそうで、 その祝福の気持ちが何よりも欲しかった私は、教会での式を望んだのでした。 教会で式を挙げる2人は、式の前に何度か教会で「勉強会」を受けなければいけません。 その会では、毎回牧師様が命の尊さ、愛の必要性、などを聖書を読みながら 教えて下さるのですが、それが私にはとても楽しく、 牧師様の話がいつも脱線してどんどんおかしなところに行ってしまうのを、 止めるどころか、一緒になって話を進めて行ったりしていました。 何度目かの勉強会で、いつもは何組か一緒に勉強するのに、 その日は私達2人だけだったことがありました。 いつものように楽しくて、心に響くお話を聞いた後、 牧師様が、私に向かってこう言われたんです。 「いのちの電話、知ってますか?」 「自殺しようとする人がかけてくる…あれですか?」 「ええ。うちの教会でやっているんですけどね。 あなた、手伝っていただけませんか?」 「えっ!?私なんて無理ですよ、牧師様!」 「あなたなら、きっと大丈夫。私はそう思いますよ」 結局、私の病気の事を話し、子供を望んでいることを話すと、牧師様は、 「子供さんが手を離れてからでも良いんです。考えておいて下さいね」 とおっしゃったんです。 何年か後、新聞で牧師様が関東の教会に行かれることになった、と知りました。 新聞には、今までの牧師様の色んな活動が取り上げられていました。 島之内寄席と銘打って落語会を催したり、音楽コンサートを開いたり、 若い芸術家に発表の場を広く提供していて、 今、活躍している笑福亭鶴瓶も若手の頃、ここで腕を磨いた、と書いてありました。 結婚後に何度か2人で礼拝に行かせてもらいましたが、 子供が生まれてからは育児に追われ、全くお目にかかってなかったので、 私は急いでお礼の手紙を書きました。 でも、それが牧師様の手元に届いたかどうかは分かりません。 今でも、あの時牧師様がどうして私に 「いのちの電話」の事を話して下さったのかは分かりません。 でも、ずっと心に残っています。 牧師様の沢山の言葉で私はものすごく救われました。 だから、誰かの一言が、とても大事な事だと知っています。 いつか、こんな私でももしその「誰か」になれたら、 言葉で少しでも助けてあげられたら、と思っています。 私の将来の夢、のようなものでしょうか。

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