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2006年11月06日
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カテゴリ:人生儀礼
<七五三祝>
男女児とも三歳を髪置、男児五歳を袴着、女児七歳を帯解の祝として、いずれも11月15日産土神に参詣する行事。

今日は七五三詣りの元になったお祝い事、「髪置」と「袴着」「帯解」をご説明致します。もともと、歳祝いの儀式が七五三詣りに由来しているのです。

「髪置の祝」は現在では、男女とも3才の11月15日に行われています。
11月は一陽来福の月であり、15日は満月の日であるといわれます。
髪置きの親として両親から子孫繁盛であり寿命長き目出度き人を依頼します。
この髪置というのは胎髪を取り(それまで、剃って短いままだった髪を)この日より髪を伸ばし始める儀式を行うものです。
髪置きの親は鋏を取り左の鬢を三度、右の鬢を三度、中の鬢を三度、挟むまねをし、(女子の場合には右から始めます。)綿を額より後ろに撫でかけて、熨斗と共に水引で結びます。綿を白髪に見立てて、小児の長寿を祈願したものです。
子どもが将来白髪頭になるまで長生きするようにという祈りを込めて、白髪に見立てた綿帽子を子どもの頭に載せる行事が、「髪置」です。

「袴着」は古くは男子7歳のとき着初めといいましたが、現在では5歳の年に行われています。
因みの親には子孫繁昌にして、寿命長久な人を頼み、袴の腰をあてさせ、紐を結んだものです。
小人は紐付きの着物で出て碁盤に乗り吉方に向かい、紋服等に着替え角帯を締め袴をはかせます。袴は因みの親が腰をあてさせ、紐を結びます。
この日から、自分で袴を穿けるようになるというけじめの儀式です。「袴」という大人が公の場で身につける衣服を男児が着用すると言うことで、現代では少し早い気もしますが、男として社会の一員としての自覚を持ってもらうという儀式です。

「帯直し」は女子7歳の11月15日に行います。
つけ紐を除いて帯をする所から帯解きの祝いともいわれます。
帯親には目出度い女の人を頼みます。帯は帯の親より贈られる、白地一筋、紅梅一筋または色は好みの物二筋、模様は宝づくし、鶴亀等のお目出度い物を縫い織りにし、常の帯より細くし(厚板の付け帯とくけ帯とする)たものです。
帯の親は小人に小袖を着せ、帯を取り二重回して後ろで両締めに結びます。この日から一人で帯が結べるようになっていくというけじめの儀式です。帯は「魂をその内にしっかりととどめおく」ものだそうで、帯を締めることによって、身を持ち崩すことのないようにと言う願いを込めるものとか。

以上、これらの習慣が一つになったのが七五三です。江戸時代に呉服屋がこの3つの行事を1つにまとめたのがきっかけとも言われています。
また、「7つ前は神の子」といわれ、昔は医療・衛生的に子供の成長が困難だった時代、大人になる子供は幸福とされていました。7歳までは成長が不安定とされていたのです。
その為、7つまでは神様がその子供の運命を決めるものと考えられており、子供の成長を無事に神様にお祈りするという気持ちがこの七五三詣りの1番の起源と言えるでしょう。

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では、何故11月15日なのでしょう。
元は、11月の吉日を選んで七五三の行事が行われており、「11月15日」と決まっていたわけではないのです。日付が現在のように固定されてきたのは江戸時代の中頃のこと。
三代将軍家光が、後の五代将軍綱吉(幼名徳松)の病弱であることを心配し、これの無事成長を祈るために、袴着の儀式を執り行ったのが11月15日だったのです。
庶民もやがてこれにならい現在のように11月の15日に歳祝いを行うようになったそうです。
また、11月15日は旧暦では満月であり、二十八宿の鬼宿日で、どんな祝い事にも最高の日とされることから、この日に祝われるようになったといわれています。

最近ではご家族のご都合により、七五三に近い、土日が1番多くお詣りがございます。

当社では七五三詣りのお子様に授与品の1つとして、「子供守り」を授与しております。
子供守






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最終更新日  2006年11月06日 18時18分38秒
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