今日も・・・アクシデント。
今日の午前中はちょっと私が精神的に独り参ってしまいそうな出来事があった。大したことないと思われてしまえばそれまでかもしれないが、私にとっては混乱をきたす出来事だった。この日は小学校に通う三人の子供たちの試験日だった。起きるのに問題ない長女はほっといて、寝坊常習犯の次女と長男を叩き起こした。珍しく次女が今日は早めに出て行ったが、長男が起きない。やっとのことで起こし、朝食を食べさせるともう9時になりそうだったので自転車で送ってやった。帰り道に放課後の図書館見学のための交通費を長男に持たせ忘れたのを思い出したし、出てみると空気が冷たかったので見学もある事だしもっと暖かい上着を持っていってあげたほうがよさそうだ・・・とも思ったが家であれこれしていて時間だけが過ぎていった。火曜日は11時に心理相談を受ける日なのでそれに行く前か放課後に届けてもいいので、後でもいいか、と思う中、9時55分にケータイが突然鳴った。末娘の幼稚園の担任からだった。今日の放送局見学に○○ちゃん(末娘)は来ないんですか?と。そういえば明日は見学に行くんだと昨日、口伝えで末娘が私に言ってきていた。どこに行くのかはよく分かっていない様子だったが。しかし昨日貰ったプリントにはそう出ていなかった。17日のキムチ工場見学が放送局見学に変わったとしか。今日はもう間に合わないので出発しますから、でなければ直接見学先に連れて行ってあげるかして下さい、と言われてしまった。一旦娘を起こしてタクシーに乗って幼稚園に向かい10時5分に着いたが既に出発してしまった後だった。園長の女性が出てきたので私がプリントの内容に対する事を抗議めいてちょっと話したが登園時間通りに来ないからだと言われてしまった。でも、担任の教師が電話をどうせくれるのなら、あと10分早くしてくれても出発前に間に合えたのに・・・とちょっと興奮が治まらなかった。こういう特別な行事だったら、尚の事・・・と。今まで通っていたところはこうした時には比較的柔軟性のある対応(行事なのに子供が来ない場合直接連絡して確認してくれる等)をしてくれていたので、失望感も拭い去れなかった。尤も、今の担任は若い独身女性、過去の他の施設での担任はもっと年のいった配慮もある既婚女性だったが。そこにツレからの電話がちょうど来たのでぶわあぁぁっ!とこれら一連の事を吐き捨てた。規模が前に通ってた所より大きいならしょうがないし、向こうの言うことももっともな事だから、今回は仕方ないと言われてしまった。複雑な気持ちのままバスに乗り家に戻るとその放送局の位置を検索した。ヨイド(汝矣島)ではなくヤンジェ(良才)で、思っていたより遠くなかったが、そのとき既に10時半。その時点でまた幼稚園に寄って放送局まで行っても・・・とそれ以上考える余裕もない混乱めいた頭で考え長男のバス代を渡しに学校に寄ってから心理相談に真っ直ぐ向かった。バスの中で末娘の担任にメッセージを送った。今まで通ってた所はそれでも間に合うように連絡をくれてたのにこの一件で受けた失望感は大きい、と。返ってきたメッセージは、娘宛に案内は行った、全員が参加できない形になって残念だ、次からは遅れないで来て欲しい、といった事務的な内容だった。それと一緒に確認したのだが当日の行事内容の連絡メッセージが朝8時7分に来ていたのだった。私はベルが鳴らなければ朝の時間はメッセージなど確認しないので見ていなかったのだった。しかもメッセージ到着の音量設定もゼロ(無音)になっていた。でも、あともう少し電話を早くくれていても・・・とどうしようもない焦りと落ち着きを取り戻せない状態で心理相談士の待つ部屋に入った。私はケータイで再度末娘の担任宛のメッセージを打ちながら入室し、相談士に「今私、心理状態がちょっと不安定ですから・・・」と断った。相談士は職員を呼んでお茶を頼んでくれようとした。職員は緑茶がいいかと訊いてきたが私はコーヒーを頼んだ。この心理相談士にも朝のこの一連の出来事を話した。興奮がまだ治まらず少し涙ぐみながら。私を担当する相談士の女性はいつも寛容に私の話を受け止め、整理してくれる。旦那も一緒にいないのに独りで4人の子供を見てる○○○氏(ワタシ)が、どれだけ大変か・・・ その担任っていう女の対応も笑っちゃう、と私の立場を擁護し、理解してもくれた。話すにつれて精神状態は少し落ち着いたがコーヒーを飲む私の唇は震えが止まらずにいた。しかし息継ぐごとにあっという間に飲み干してしまい、二杯目を勧められて私は緑茶を自分で淹れた。相談士の女性はオーストラリアに住んでいたこともあり、そこで日本人とも親しくしていたという。外国人や外国を知らない韓国人とは明らかに違うし、日本人に対して理解もある。なので私にも当時の日本の友人と共通する日本人らしい側面(簡素、エコ、その他意識や思考等)を感じて私がとても興味深いし、そうした部分にとっても惹かれるし、私との相談の時間が待ち遠しいとも言ってくれるのだ。相談士が韓国人同士で話すのと変わらない感じで話してくれるので結構難しい?深い話も時にしたりするのだが今日の内容は冒頭のものしか覚えていない。そうして相談を終えると大分気も晴れたように感じた。午後には長男のダウンジャケットを届け、その帰りに近所の整形外科に寄って今日はレントゲンも撮ってもらい治療を受けた。最初に撮影した一直線だった時よりも首の骨が曲線を帯びていた。少し回復したようである。とはいえ依然として5番目の頚椎にヘルニアが見えるとの事だったが。ここの整形外科は今までのところより医者が経験が少ないようで少々自信なさげなのだが、物理治療担当の女性たちはある程度年もいっていて親切なところに好感が行く。最後の牽引治療は前の所では仰向けになって引っ張られたのだがここでは座った姿勢で牽引された。こっちのほうが効果があるように感じた。治療中は昔聴いた懐かしい曲がラジオから流れてきてたし・・・ホテル・カリフォルニア、 YES SIR, I CAN BOOGIE(誘惑のブギー)、 ダンスに夢中、 フラッシュダンス~What a feelig~・・・懐かしい音楽による治癒効果と鎮静作用は絶大である。聴いている私の心に雑念のほぼない至福の安心感をもたらしてくれたので。気分良く治療も受けられたし、これからはこっちに通おうと決めた私であった。おわり