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お茶かけごはん と ねこまんま

お茶かけごはん と ねこまんま

まちぼうけ

まちぼうけ

「6時には、お母さん家を出るからね。それまでに帰ってきなさいよ。」
そう母に言われて、私は外へ飛び出した。空き地で秘密基地を作って遊ぶのだ。友達ももう来ているはずだ。

夏の陽は沈むことを知らない。夢中で遊びながらも、太陽を見上げては、まだ高い、もうちょっと、もうちょっと…と、家に帰るのを引き伸ばした。いよいよ時間切れだと観念して、慌てて家に駆け戻ると、家の中はしんと静まり返って人気がない。台所に行くと、夕飯の支度が並べてあり、母は夕方からのスーパーのレジ打ちのパートに出た後だった。
時計を見ると、6時をはるかに過ぎていた。とたんに私の脳裏にはある記憶がよみがえった。

真夜中。ふと目が覚めると、ラジオから声が流れている。薄目を開けて見ると、母が一人でその前にぼんやりと座っている。今日も父は帰ってこない。私は父の顔を一生懸命思い出さなければならないほどだった。両親の喧嘩する声を聞いて、幼いながら父が浮気をしていることは知っていた。
帰ってくるか来ないか分からない父を待って、母は毎晩こんな風にラジオを聴いているのか…。
そのとき、「これで本日の放送を終了します」という声とともに、部屋がしんと静まり返った。母はスイッチを切りもせず、声も立てず、そのままじっとそこに座り続けていた。私はかわいそうで見ていられなくなり、反対側に寝返りを打って目をつむったままでぼろぼろ泣いた。

台所は母の寂しさで静まり返っているような気がした。飯台に並べられてすっかり冷めた夕飯は、待っても帰らない人を待ちくたびれて、諦めてしまった人のように見えた。

母は夕飯の支度をして、子供達が「ただいまぁ!わぁ、おいしそう!」と言うのを待っていたのだろう。それなのに、時計の針が6時を回っても誰も帰ってこない。母は待っていたのに…。

さっきまでの楽しかった思いがしぼんで、誰もいない台所で「ごめんなさい…。ごめんなさい…」とただ泣いた。


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