DV
4月から、ある所で女性の就業に関するアドバイザーを務めている。そのおかげで、色々と勉強する機会を与えてもらう。先日はDVについて、詳しく聴講した。そこで思ったのは舅の姑への仕打ちは、まさしくDV以外の何者でもなかったということ。どんな理不尽な文句にも、要求にも全て「私が悪い」「私が我慢すれば」と思い続け、子どもたちにも言い続けた50年余りは姑にとって、どんな価値があったのだろう。息子と娘には、どんな影響が?週末ごとに姑を見舞って家にもどり舅に、その様子を話す。舅は、元気な頃とは変わり果てた姑を直視することができず昨年11月、入所1週間後に面会に行ったきり一度も会いに行ったことはない。「話しはできるとな」「いいや、話はできんけど、じっと顔をみたり、視線を辿ったりして時間をかけて言いたいことを推理するんよ。」「・・・」舅に話すたびに、同じ会話が繰り返される。二週間前。「……そこなった。」「え?」舅が言ったことが聞き取れず、聞き返すと「嫁をもらいそこなった。」私のことかと思い「あら、ごめんね。何が悪かったかいな」と返事すると「こげな、脳の病気になるなんて、思いもせんかった。もうちょっと違うのばもらわんばやった。」姑のことだ。「なんてこと言うんかね! 罰当たりな。口が腐るよ! 今までおばあちゃんから、どれだけのことをしてもらったとね!」私の大声に、舅は苦笑いして部屋に引っ込んだ。姑は、別れて暮らしてもなお舅のDVの被害者なのだ。夫や義妹には、とてもこんなことは言えない。これは、長男の嫁の胸に収めるしかなさそうだ。舅に、同情の余地があるだろうか。