片桐早希 おむすびころりん

2008/11/18(火)22:06

深い眠り(47)

 十二月になり、社内は一層あわただしさを増していた。 「皆さん、三日後に本社から会長が来社されます。身の回りをきっちり整頓しておいてくださ い。当日は、朝、全員でお迎えしますので、失礼のない服装で来ること。よろしいですね。」  社員が整列する前で、松井部長は声を張り上げた。  丸い顔の中で、細い目がいつもより強い光を放っていた。 「おお、部長のテンション、また上がったなあ。」  雪乃の後ろで、中堅の男性社員が小声で呟いた。すると、その隣の男性が、 「あまり近寄らないようにしようぜ。どんなとばっちりを受けるか分からないもんな。」 と言い、小さく笑う声がした。 「ところで、会長が来るから全員でお迎えって、なんかやりすぎじゃない?」 「ああ、それはね、会長が俺らの顔を見たいっていう希望があるからなんだってさ。日々、 汗水流して働いている俺ら社員と会いたいからだそうだ。」 「へえー、それってちょっと時代錯誤じゃない?」 「まあな、でも、どこの支店でもやるみたいだ。」 「そうか、まあ、それなら、笑顔でお迎えするか。」  雪乃は、二人の会話をそれとなく聞きながら、自分の席に戻った。  昭に会った日の夜、思い切り泣いたら、何だかすっきりした気持ちになっていた。  静香が、気持ちが沈む時のためと言って、静香専用の椅子とお酒を用意していてくれた。 その椅子に座ってお酒を飲みながら、雪乃は静香の自分に対する気持ちに感謝した。  そして、静香に昭のことを話したら、静香はきっと怒りまくり、雪乃に、何やってんの、 そんなこと言われて黙って引き下がるの?あなたにはプライドというものはないの?そんな 男は、百発ぐらい張り倒してやりなさい、と言うだろうと思い、雪乃は自分の空想に笑った。 笑いながら泣いて、泣きながらお酒を飲んだ。そして酔っ払って、ぐっすり眠ったの だった。  あと、1年間はがんばる、という自分の決意を、雪乃はあらためて思った。  あれこれと考えずに、とにかく自分でできることからやっていこう。  雪乃は背筋を伸ばし、パソコンに向かった。

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