2009/08/03(月)19:57
夏野(3) 誰でも一つはとりえがあるさ。
江利より三才年上の良も早起きだ。毎日五時半には起きる。
結婚してから今日まで、江利は一度も良を起こしたことがない。良は目覚まし時計なしで、
自分で決めた時間に起きることができる特技がある。
江利は感心し、何故そんなことができるのかと聞くと、良はへへへ、と照れ笑いをし、
まあ、誰にも一つはとりえがあるさ、と言った。その時の良の笑顔を、江利はとても可愛らし
く思い、何度でも見たいと思ったのだった。
良は笑顔は可愛いが、普段は口数が少なく、おはようとかただいまとかの挨拶以外は
ほとんど、おお、という返事だけですます。見かけが一昔前のお侍のような風貌なので、初対
面の人には怖がられることが多い。
良は朝ごはんをしっかり食べると、行ってきます、と言い玄関にむかった。そして、靴を
はきながら、
「紀子さんに、近いうちに伺いたいと電話をしておいて。」
と言った。
江利は、うん、分かった、と答え、久しぶりにまた紀子に会えることを嬉しく思った。
紀子の家に行くときは、またお弁当を持って行こう。
良に庭の剪定を三年前から定期的に頼んでいる紀子は、江利の手作り弁当を大喜びして食べ
る江利の年の離れた友人でもあった。
さあ、今日もがんばるぞ、と江利が思ったとたん、奥の部屋から大きな声がした。
「おかあさ~ん、良平がおねしょしているよ~。早く来て。」
長男の良太の声だった。江利が急いで子どもたちのところへ行くと、まもなく二才になる次
男の良平が、にこにこ笑っていた。