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カテゴリ:小説
![]() 祖父の訃報を受け取ったのは、平日の夕刻であった。 業務を終えた直後、私用の端末に入った一本の連絡が、その日の予定をすべて無意味なものへと変えた。 差出人は母である。簡潔な文面だった。 「祖父が亡くなりました。通夜と葬儀の日程は追って連絡します。都合がつくなら帰ってきなさい」 それだけであった。 川平敏昌は、しばらく画面を見つめたまま動かなかった。 祖父――母方の父にあたる人物とは、幼少期に何度か顔を合わせた記憶がある程度で、近年はほとんど交流がなかった。だが、まったくの無関係とも言い切れない距離感が、かえって判断を鈍らせる。 帰るべきか否か。 逡巡は長く続かなかった。結論としては、帰る以外に選択肢はなかった。 もともと川平家は、佐賀県内の地方に根を持つ家系である。父は転勤の多い職に就いており、敏昌は幼少期から都市部で育った。一方、母は生家との繋がりを断たず、年に数度は帰省していたが、敏昌自身は成長とともにその機会を減らしていった。 結果として、故郷と呼べる場所はあっても、そこに生活の実感はほとんど残っていない。 翌日、必要最低限の荷物をまとめ、移動の手配を整えた。 有給の申請は簡単に通った。理由が理由である以上、職場も深入りはしない。 移動は鉄道とバスを乗り継ぐ形になる。 都市部から離れるにつれて、景色は次第に単調なものへと変わっていった。整備された道路、規則的に並ぶ建物は減り、代わりに山と田畑が視界を占めるようになる。 記憶の底にある風景と、大きくは違わない。 だが、どこか輪郭が曖昧に感じられた。 最寄りの停留所でバスを降りた時、周囲にはほとんど人影がなかった。 時刻はまだ夕方に差し掛かる程度であるにもかかわらず、生活音の類が極端に少ない。 舗装の荒い道を進む。 やがて、見覚えのある家屋が点在し始めた。 ここが、母の生まれ育った村である。 川平敏昌は立ち止まり、周囲を見渡した。 変わっていないはずの風景に、説明のつかない違和感が混じっている。 理由は判然としない。 ただ、何かが欠けているような感覚だけが残る。 しばらくして、母の実家にあたる家屋の前へと辿り着いた。 門は開いたままで、玄関先には白い布が掛けられている。すでに通夜の準備が進められていることがわかった。 戸口の向こうに、人の気配がある。 川平敏昌は一度だけ深く息を吸い、静かに足を踏み入れた。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2026.04.07 16:45:37
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