「4月27日 脱原発みやぎ日曜昼デモ」 青葉・若葉の風に吹かれて、うらうらと!
集会前(錦町公園)。 (2014/4/27 14:16) 暖かい。「暑さ対策をして出かけてよ!」 暑くても寒くても妻は口うるさい。寒さではなく、気温の変化でしょっちゅう風邪を引く私にとっては、急に暖かくなれば、それはそれとして心配なのである。 でも、暖かいのはうらうらとして気分がよい。十分に余裕をもって家を出たのに、気持ちのよい風に吹かれてのんびりと歩いていて、結局はいつものように遅刻をして錦町公園に着くと、集会はまだ始まっていない。暖かさでふわっと惚けているのは、どうも私ばかりではないようだ。 ドイツと日本の国を超えて。(2014/4/27 14:25) フリートークでは、ドイツ語のスピーチがあって日本人の奥さんが通訳をしてくれた。「原発はドイツや日本という国の枠組みを超えた問題だ」という締めくくりが印象的だった。「フクシマ」は確かに個別・具体的でナショナルな深刻な問題ではあるけれども、「原子力エネルギー」として考えれば、全地球規模の人類そのものの未来への脅威として位置づけられる。つまりは、私たちの存在する社会的、時空間的なさまざまな位相で、私たちは原発と立ち向かわざるをえないということだ。 フリートークでは私も、宮城県の淡水の魚の汚染状況の話をした。福島から流れてくる阿武隈川の放射能汚染がひどいのは当然として、県内でも1000mを越すような奥羽山地の山間から流れ出すほとんどの河川のイワナは国の規制値(100Bq/kg)を超えて汚染され、禁漁措置が執られている。規制がないのは、鳴瀬川・吉田川水系と海辺の小河川のみである。 好きな釣が制限されていること、山菜採りや茸狩りといった季節の楽しみが奪われたことなど、原発問題のもっとも低い位相、つまり「個人的恨み」が私の話の締めくくりである。国家の枠組みを超えるというピンの話題に対して、私のはキリのレベルの話である。デモ出発準備。(2014/4/27 14:44) 今日が初めての参加という人のスピーチがあった。友人に参加を誘われたのだという。私がスピーチをして戻ると、その人に「小野寺さんが魚の話ですか」と声をかけられた。専門は違うが、職場の大学で同僚だった人である。 彼をデモに誘ったという人は不参加だったが、よくよく聞いたら知っている人だった。どこかで見かけた顔の人がずっとデモに参加されていたのだが、思い出せないままにいた。一時期同じ職場にいたものの早くに転出された人で、どうにも私の記憶が曖昧すぎていたのである。 昔の職場の同僚とデモで出会ったのは、これで四人目ということになる。悪くない人数ではある。 私は物理系の研究室に職を得たが、原子核工学科だった同級生のほとんどは原子力関係の職を得た(当たり前のことだが)。大学に残る少数を除けば、優秀な人たちは日本原子力研究所や動力炉・核燃料開発事業団に入った。原子力規制委員会の田中俊一委員長は、私より一年上で、学部卒業で日本原子力研究所に入った一人である。同級生の中には、職業人生のほとんどを高速増殖炉「もんじゅ」に関わりつづけて退職した友人もいる。 「もんじゅ」といえば、4月21日付けの読売新聞(私はネット記事で見たが)に「もんじゅ推進自信ない…原子力機構が意識調査」という記事が載った。日本原子力研究開発機構の高速増殖炉「もんじゅ」で、多数の機構職員が「もんじゅのプロジェクトを進めていく自信がない」と考えていることがわかった、という内容である。 日本原子力研究開発機構は、日本原子力研究所と核燃料サイクル開発機構と改めた動力炉・核燃料開発事業団が統合されてできた国家レベルの原子力研究機関である。私が卒業した頃の原子核工学科の就職状況から類推すれば、ここには原子力工学を専門とするなかでも優秀な部分が集まっているはずだ。そのような技術者、研究者の多くが「もんじゅのプロジェクトを進めていく自信がない」というのだ。福島の事故で「絶対安全」という盲信、非科学的信仰が崩壊してしまった現在、ノーマルな精神・知性を持つ技術者、研究者が原子炉、なかんずく高速増殖炉という不安定な原子炉に不安を持つのは当然と言えば当然なのである。 日本の原子力工学の中枢にいる人びとが不安に陥っている一方、政治・行政の世界では「世界最高水準の原子力安全基準」などというありもしない虚妄の根拠を問われて、政治家も役人も返答に窮している。なんという「反知性主義」の国なのだろう。最近、自民党・右翼的言動を「反知性主義」と呼んでいるようだが、阿倍的言説を反知性主義というのは正しいとは思えない。ただの無知を反知性主義とカテゴライズするのは過ちだと思うのだが。もしかしたら「無知+政治権力」を反知性主義と考えるのだろうか。【上】脱原発プラカードを下げたまま献金に。(2014/4/27 14:59)【下】通り過ぎるデモを見る猿回しのニホンザル。(2014/4/27 15:01) やや遅れぎみでデモは出発したが、暖かい日の連休の一番町は賑わっていた。交差点の角々では盲導犬育成資金の募金活動が行なわれていて、ラブラドールがおとなしく道行く人を眺めていた。 猿回しの大道芸も披露されていたが、デモが通り過ぎる間は一休みらしかった。 私の前方のデモの列。 (2014/4/27 15:00) 日曜デモで期待したほどの人数とは言えないのかもしれないが、いつもの金曜デモくらいの参加者だった。連休中のデモは参加者が少ないというのがこれまでの印象だったので、私には意外と多いなという感じである。デモ列の上をシャボン玉が。 (2014/4/27 15:07) お父さんがドイツ人の家族もデモに参加されていた。シャボン玉が飛んでくるので、二人のお子さんが飛ばしているのだろうと思っていたら、お父さんがずっと飛ばし続けていた。 暖かな陽をあびて、虹色に輝いて飛ぶシャボン玉はなぜかとても心が和む。こんな日には、みんなでたくさんのシャボン玉を飛ばしながらデモをするのも悪くない。そんなことをずっと前のデモで思ったことがあったが、また同じことを考えていた。 青葉通りの欅並木には若葉が萌え揃いつつあった。青葉通りの欅も若葉色に。 (2014/4/27 15:27)