仙台散歩 : 「4月26日 脱原発みやぎ日曜昼デモ」 青葉若葉の輝く「杜の都」で!
勾当台公園に向かう途中、西公園を通った。先週は花見客で賑わっていたが、桜はもうすっかり終わっていた。金デモで週に一度は勾当台公園に来ていたが、ここは桜が少ないとばかり思っていた。ところが、花期の遅いヤエザクラが満開である。この公園の桜はほとんどヤエザクラのようだ。勾当台公園。満開のヤエザクラの向こうが野外音楽堂。(2015/4/26 12:44)木漏れ日の下で。(2015/4/26 14:02) 今日は金デモの前に、「女川原発を再稼働させない仙台市民連絡会」の結成集会が12時半から開かれる。初夏のように暖かい日射しのなか、12時半を数分すぎて公園に着いた。 名称が長すぎるということで「脱原発市民会議」と改称されたこの団体は、「仙台市および仙台市議会に「女川原発を再稼働させないよう国・東北電力に働きかける」よう要請する」ことを主な目的としている。つまり、仙台市という地域性に特化した取り組みをめざすということのようだ。 現時点での「脱原発市民会議」は、22団体と186名の個人が参加している(連絡先、電話:022-379-3777、メール:hag07314(at)nifty.ne.jp((at)=@))。 結成集会では、二組のコーラスグループによる合唱、女川原発の反対運動に長年取り組んでいる女川町議の高野博さんのゲストトーク、最終処分場や放射能汚染ゴミの焼却問題などの喫緊の課題の報告や取り組みについての報告などが行われ、最後に全員で「命のふるさとを」と「大きな歌」の合唱で終わった。 「脱原発みやぎ金曜デモ」の集会は、時間通りに午後2時ちょうどに始まった。主催者挨拶は、当然のように川内原発の再稼働差し止めへの鹿児島地裁判決の残念な結果から始まった。あたかも福島の事故がなかったかのような、政府や電力会社の従前の主張をなぞるような無惨な判決だった。 いかなる判決であれ、福井地裁の二つの画期的な判決を思料せざるを得ないだろうと期待したのだが、ただただ権力の作りだす流れに乗っただけの判決だった。 本日のスピーカー。(2015/4/26 14:17~28) 季節がよくなり、これからは多くの行動、活動予定があるので積極的に参加して欲しいと、主催者挨拶が締めくくられたが、それに続くスピーカーの話はたしかにイベントの告知が続いた。 「子どもたちを放射能汚染から守り、原発から自然エネルギーへの転換をめざす女性ネットワークみやぎ」が結成3周年のイベントを5月10日13:30から仙台弁護士会館で行うという。 また、加美町の指定廃棄物の最終処分場候補地へのバスツアーの案内や、岩沼町で開かれる母親大会の脱原発セッションへの案内もあった。 野音脇で咲いていたムラサキヤシオと八重咲きのツツジ。(2015/4/26 14:24)さあ、出発。 (2015/4/26 14:37) ベンチに座っていてもとても暖かい。初夏のような日射しの木漏れ日が眩しい。動き出すと汗をかきそうで、上衣を脱ぐかどうかひとしきり悩んだ。急激に季節が変化する時期は、どんどん暖かくなるときでも私にとっては風邪の季節なのだ。暖かくて汗をかいても、汗冷えで簡単に風邪を引くのである。 平熱が低い人間は風邪を引きやすいといつかテレビで言っていたが、その通りなのだ。しょっちゅう風邪を引くので、風邪を「無視する」という手段を最近は講じるようになった。軽い風邪はないことにするのである。 ということで、汗をかいても気にしないと決めて、そのままデモに出発する。勾当台通りを渡る。(2015/4/26 14:44)一番町に入る(定禅寺通り)。(2015/4/26 14:50) 勾当台公園を先に出て勾当台通りに向かうデモを待ち構えていると、私と同じようにカメラを構えて待っている女性がいる。集会に参加していた人だ。私に気づいて会釈する。背のすらっとした若い人だ。 その女性は、写真を撮り終えるとデモの最後列に加わって歩き出した。後で聞いたら、ベトナムから日本に来ているということだった。詳細は分からないが、留学生らしい雰囲気の人だった。 本日のアピール・プラ。(2015/4/26 14:38~15:06)本日のコーラー。 (2015/4/26 14:58) 「脱原発市民会議」の結成集会に参加して、そのまま金デモにも参加した人がいたせいか、アピール用のプラカードもいつもとは違うものも見られた。 なによりも今日のコーラーも新しい若い人だ。いつもの長いコールを2節に分けてコールするなどの工夫があって、とても新鮮なのだった。撮影しながら応援する外国の人。(2015/4/26 14:55)デモの最後尾。(2015/4/26 14:59)賑わう一番町。(2015/4/26 15:01) 上天気のせいか、連休気分が始まったせいなのか、一番町は人出がとても多かった。できるだけデモの全体を撮そうとデモの列から少し離れると、デモの先頭が人混みの陰になるほどの人出である。 カメラを構えてデモの列を待ち構えている外国人らしい男性がいた。デモが近づくと、左手にカメラを構えたまま、コールに合わせて振り上げた右手をふって応援してくれる。デモが通り過ぎる間もカメラを構えたままだったので、ビデオ撮影をしていたのだろう。 外国の人はたいていデモに強い興味を示して、かなりの人が応援してくれる。日本人の人も応援してくれるが、その割合はそんなに多くない。 それでも今日は、通りかかったデモに手を振って近づいたかと思ったら、急に引き返して店に入ったご婦人がいた(もちろん、日本人である)。用事を済ませたのか誰かに話をしたのか、あっという間に戻って来てデモの列に加わったのだった。 最近は、通りかったデモにそのままくわわるという人がけっこういる。 「青葉通りの青葉」の下を。(2015/4/26 15:11、17)最後のコール。(2015/4/26 15:18) 一番町を抜けて青葉通りに出る。この青葉通りと定禅寺通りの並木の欅はとても大きくて、若葉が萌え盛るこれから5月にかけては「杜の都」という呼称もまんざらではないと思えるほど気持ちがいい。 「青葉通りの青葉」が素晴らしいのである。 いい季節のいいデモも終る。人出で賑わう街を抜けて、ぶらぶらと、ほんとうにぶらぶら歩きでわが家に帰るのである。