「10月27日 脱原発みやぎ金曜デモ」 私たちは被ばくを強いられている!
選挙は終わった。いい結果ではなかったが、ことごとく落胆するという結果でもない。たとえば、「立憲3野党38から69議席へ躍進!」というとてもポジティヴな見出しのニュースだって可能である。あるいは、民進党から出てきた立憲民主党の政党支持率がかつての民進党のそれを大幅に上回ったことも挙げられる。政党がその政治思想、意志を明確に示しさえすれば一定の支持が得られるのである。 これまで、市民プラス野党共闘という形の選挙では民進党員を候補者とすることが多かったが、憲法改正や脱原発についてはどことなく曖昧にしたままの共闘で、個人的にはもやもやした気持ちのままで選挙に臨んできた。 自民党にしても民進党にしても、選挙互助会としての要素が強く、リベラル保守から極右までまで抱えてしまっているという点ではまったく同じだった。それが、いまや議員数はともかくとして、政党は「右翼(極右も含む)」、「リベラル」、「左翼」と分けられるようになった。 リベラルを左翼とする人たちもいるが、リベラルは現行の国家システム、法システムを是認したうえで政策を考えるという意味では保守である。自民党や公明党は、歴史を逆に回したような国家体制を目指しているという点ではもはや保守ではない。憲法を無視する政策を強行していることから、右翼クーデター組織といってよい。 より良い国家を目指すという意味では、リベラルと左翼がそれを担うしかない。ごたごただったこの選挙を通じて、そのような政治的構図がすこしだけ明瞭になったことは、未来のためにはよかったのではないかと思う。元鍛冶丁公園から一番町へ。(2017/10/27 18:13~18:34) 元鍛冶丁公園には50人が集まっていた。中には、衆議院全国比例区東北ブロック候補として選挙戦を闘ってきたふなやま由美さんの姿も見えた。 ふなやまさんは、司会者に促されて挨拶され、デモではコーラーを引き受けられた。選挙では東北一円を駆けめぐっていたというのに、疲れをまったく感じさせない姿と声に驚いてしまった。一番町(その1)。(2017/10/27 18:35~18:39) 選挙の間は、フェイスブックもツィッターも政治の話で満ち満ちていた。その中で、立憲民主党に人気が集まった機微に触れるようなツィッターの投稿を見つけた。 いま、政治の世界(というよりは政権党の世界)に溢れているのはディスコミュニケーションというコミュニケーションである。会話が成立していないのだ。 マスコミやネットでは、安倍首相を「息を吐くように嘘をつく」などと評しているが、私には、彼は「嘘つきで」はなくて、「ほんとうのことが話せない」人なのではないかと思えるのだ。それは、ほんとうのことを知らないということもあるのだろうが、眼前する事象を理解して言葉にすることができないのではないかとしか思えないのである。 ほんとうのことを話す能力がないために、質問されれば、とりとめのない言葉の羅列か、質問者への感情的な反発となり、あらかじめ準備された言葉は事実の裏付けがない政治的な美辞麗句ばかりで、それは誰が聞いても「嘘」としか思えない内容になってしまう。 彼は、政治の世界で語られる「言辞」については嫌というほど薫陶を受けてきたに違いないのである。不幸なことに、その政治言語を、事実とか真実、あるいは善悪や眼前する状況と関係づける能力に欠けているのである。善悪に関する言語の混乱。この症候を、国家の目印だと考えればいい。じっさい、死への意志をこの症候は示している! フリードリッヒ・ニーチェ [1] この言語の混乱を許していては、国家は「国家の死」に向かうのである。人によっては今、今度の選挙を最悪の結果だと評するが、「善悪に関する言語の混乱」を乗り越える兆しが見えてきたということもできる。まあ、それが政治家の「普通の受け答え」というのは情けないと言えば情けないが……。一番町(その2)。(2017/10/27 18:41) 人間というのは、世界や環境への認識を少しずつ進化せてきた。政治的、社会的認識も、長いスパンで考えればやはり進歩していると考えていい。しかし、歴史の時間を短く区切ると、進化どころか退化しているのではないかと思えてしまう。 先に引用したニーチェは、100年以上も前に亡くなっている。ナチス・ドイツから逃れ、フランス・スペイン国境で77年前に死んだベンヤミンは、次のように書いている。現代の人間のプロレタリア化の進行と広範な大衆層の形式は、おなじひとつの事象のふたつの面である。あたらしく生まれたプロレタリア大衆は、現在の所有関係の変革をせまっているが、ファシズムは、所有関係はそのままにして、プロレタリア大衆を組織しようとする。ファシズムにとっては、大衆にこの意味での表現の機会を与えることは、大いに歓迎すべきことなのだ(それは大衆の権利を認めることと同一では絶対にない)。所有関係の変革を要求している大衆にたいして、ファシズムは、現在の所有関係を温存させたまま発言させようとする。当然、行きつくところは、政治生命の耽美主義である。大衆を征服して、かれらを指導者崇拝のなかでふみにじることと、マスコミ機構を征服して、礼拝的価値をつくりだすためにそれを利用することは、表裏一体をなしている。 ヴァルター・ベンヤミン [1] 時代は変わって「プロレタリア化の進行」は「プロレタリアの二極化、貧困層プロレタリアの急増」とでも呼べるような状況になっているが、ファシズムの機制はまったく変わらない。 マスコミジャーナリズムは、あたかも自由な言説を謳歌しているように見えながら、じっさいにはほとんど自公政権の言論統制下にある。みんな、自由にモノが言えると信じて疑わないが、その「モノ」はテレビや新聞が政治的圧力下で創り上げたフェイクという時代である。自由だと思い込んでしまう隷属こそ現代ファシズムの特徴だろう。 そして「美しい日本」という幻想への耽美的趣味、テレビでは「すごいぞ、日本!」的な番組が氾濫している。もうすでに、ベンヤミンが描くファシズムそのものである。 進化とか退化とかいう前に、ほんの80年前のことを覚えていられない日本人がここにはいる。ドイツも日本も、70数年前の記憶を憲法の形で記憶化した。一方はそれを順守する形で西欧先進国のリーダーの道を歩み、一方はそれを形骸化することで東アジアの後進国への道を歩んでいる。 立憲政党の誕生が歓迎され、喜ばれ、支持される所以である。青葉通り。(2017/10/27 18:51~18:55) 脱原発デモのことを書こうというブログなので、選挙(政治)の話ばかりではなく、最後に原発事故関連の話題を一つ。 先ごろ、「生業(なりわい)を返せ、地域を返せ!」訴訟で国や東電の責任を明確に認める福島地裁の判決が出されたが、「子ども脱被爆裁判」も福島地裁で行われている。その第12回口頭弁論で新潟に妻子を非難させている福島大学准教授の荒木田岳さんの弁論内容が『民の声新聞』で紹介されている。 「政府や福島県が(原発)事故前に定められていた原発事故対応の手続きを守らなかったゆえに、避ける事が出来たはずの被曝を住民、とりわけ子どもたちに強要した。その責任は重大だ」 〔……〕「住民をいかに被曝から守るか、という原子力防災の目的はないがしろにされ、住民は情報の隠蔽ゆえに被曝を避ける事が出来なかったのです」と訴えた。 原発事故後の放射線モニタリング一つとっても、実測と予測の二方向で放射線の拡散を調べるよう事細かく決められていたはずだった。「『緊急時環境放射線モニタリング指針』(以下、指針)では、計測する場所も使用する機器も、計測方法も細かく決められていた。それは乾電池一個、鉛筆一本にまで及んでいた」。そうして得られたデータに従えば、福島県民にばかりでなく、さらに広い範囲の住民に対して避難が呼びかけられたはずだと指摘する。とりわけ、荒木田さんが重視しているのが、ウランが核分裂する際に発生する「テルル132」だ。 「福島県原子力センターは2011年3月12日の朝には大熊町や浪江町で、昼過ぎには南相馬市で自然界に存在しないテルル132を検出していた。それが意味するのはメルトダウンの蓋然性であり、住民被曝の可能性。しかし福島県はこのデータを隠蔽し、住民の避難に活かさなかった」 データの隠蔽ばかりではない。いわば、サボタージュとでも呼ぶべきことも行われていた。原発事故以前に定められていた除染(スクリーニング)基準値が被曝現場でどのようにごまかされ、被ばくにつながったか。そうした事情は、『見捨てられた初期被曝』[3] に詳しい。 福島事故で起きたこと、行われたことは、政府や県や電力会社がいまどのような被ばく防護基準や対策をそれらしく作成したとしても、住民の安全のためにそれが守られる保証はないということを示している。 原発事故が起きたら、被ばく限度を1mSv/yから20mSv/yに引き上げてしまうように法律そのものを変えてしまう。そのような政府の安全対策を信じることは難しい。再び事故が起きたら、また法律を好きなように改ざんして政府や行政はサボタージュを決め込むだろうと考えるのは、ごくごく自然な論理的帰結である。 引き続いている裁判において、政府や自治体の責任を厳しく問うこと以外にこうした事態を防ぐ手立てはない。もちろん、政権をそっくり変えて、行政の体質に根本的なメスを入れる方法がもっとも正しいことだろう。だが、今度の選挙結果は、それは先延ばしにせざるを得ない手段であることを示している。それが残念である。[1] フリードリッヒ・ニーチェ(丘沢静也訳)「ツァラトゥストラ 上巻」(光文社古典新訳文庫 2010年)p.97。[2] ヴァルター・ベンヤミン(佐々木基一編集解説)『複製技術時代の芸術』(晶文社、1999年)pp. 46-47 。[3] studey2007『見擦れられた初期被曝』(岩波書店、2015年)。 読書や絵画鑑賞のブログかわたれどきの頁繰り(小野寺秀也)日々のささやかなことのブログヌードルランチ、ときどき花と犬(小野寺秀也) 小野寺秀也のホームページブリコラージュ@川内川前叢茅辺