秋の終わり、新しい終活(2025年12月16日)
筋トレ散歩は無理というより、ちょっと筋トレをやろうという気にならない。これはただの言い訳だが、脚力の恢復はゆっくりでいいと考えている。もう冬に入ったので、春の山歩きに間に合うようにやればいいだろうとのんびり構えている。 12月5日に続いて8日、10日とカメラ散歩で街に出た。街角のちょっとしたもののスナップ写真を撮ろうというのは5日のときと同じである。それでもまだ街の中にも秋の気配は残っていて、かろうじて残っている紅葉(黄葉)の木もあった。 とはいえ、木々の多くは葉を振り落とし、残っているものはすっかり枯葉色のなっているのだった。実だけが残った柿の木が小さな紅葉もみじを従えている姿や市の駐車場の壁面一杯に広がっている蔦の葉の複雑な枯葉色が印象的だった。 街を歩けばポツポツと被写体になりそうなものが見つかる。私の興味を引く街角スナップの対象は、たいてい小さな店の前にあるのだった。たいていは店の装飾の一部だったりするが、配達用のバイクや自転車、玄関わきの鉢植えなどにも面白いものが多い。 街角のカメラ散歩も歩いて行ける範囲は限られている。仙台の輪王寺庭園と山形市のもみじ公園はカメラ散歩としては絶好の場所だったので、近く(宮城県内)の庭園を探したところ車で1時間ほどのところに「齋藤氏庭園」があることを知った。妻も行きたいということで12月16日のミニ旅行(道の駅と日帰り温泉も組み込んだ)を計画した。 ところがミニ旅行の二日前、仙台市の朝は慌てて雪掻きをするほどの雪降りだった。それほど寒くないせいかとても重い雪でまだ5cmmほどの積雪でもそこそこ疲れる雪掻きになった。 降る雪を眺めながら、「齋藤氏庭園」へのミニ旅行は春まで延期ということに妻と意見が一致した。脚力つくりのカメラ散歩計画はあらためて考えることにして、年末仕事をこなそうとミニ旅行が「障子張り」に変更になった。たしか5年ほど前にも障子張りをしたのだが、慣れない姿勢の仕事でこてこてに疲れたことを思い出して去年やるべき仕事をさぼっていたのだ。そのときのいくつかの小さな破れを家の猫(3匹の内、若い2匹)が面白がって見るも無残な大きな破れに広げてしまった。さぼる口実が完全に潰えたのだった。 障子張りが終われば、年賀状の準備である。私は来年の1月1日(この日が誕生日)で満80歳になる。これを区切りで年賀状での新年の挨拶は終わりにしようと考え、そのような文面を作った。妻は来年以降も出すというので、昨年同様の家猫の写真入りの文面を用意した。親戚には従来通り私と妻の連名で出すということで、3種類の年賀状を準備した。 私の友人、知人たちへの年賀状は今回で終わるが、季節の挨拶など折々の便りは出そうと思っていて、その旨も今回の年賀状に書いた。今も何人かの友人には私が撮った写真の絵葉書をときどき送っている。便りばかりではなく自分の写真を見てもらいたいという気分も強い。つまり、年賀状はやめるが折々の便りと写真自慢を友人、知人全体に拡大できることにしたのである。パソコンで一挙に仕上げるこれまでの年賀状よりははるかに労働量は増える。しかし、幼馴染、大学時代の友人、大学勤務中の先輩・同僚・教え子、遊び(釣り)仲間などそれぞれにふさわしい絵葉書と作ろうと思っている。これが80歳を区切りとした新しい終活である。 もうひとつの終活は、10歳ぐらいから読み始めた「詩」の読み返しである。私は文学の中では詩がとくに好きなのである。好きな詩人も多いし、感動した作品もたくさんある(あった)。古い詩集を読み返して、80歳の今でも感動が続いていたら改めてその詩を抜き出しておこうという作業である。こちらは思い立ってすぐに始めたので、15冊ほどの詩集は読み終えた。家にある詩集が終われば、いずれ借りて読んだ図書館にも通わなければならない。そこそこの期間を費やするだろうと思う。 新しい二つの終活は、カメラなどと比べたらはるかに「終活」らしい。一つは、人生で出会った人々それぞれに「便り」を出そうというのだから、出会いそのものをきちんと振り返らざるを得ない。もう一つは、幼いころから感じてきたこと、考えてきたことのおさらいのような作業である。どちらも作業量が多くなりそうで、私の人生に間に合うかどうかわからない。人生の終わりまで終わらなかった「終活」はどう評価されるのか。これは私がどう考えても答えは出せそうにない。読書や絵画鑑賞のブログかわたれどきの頁繰り(小野寺秀也)日々のささやかなことのブログヌードルランチ、ときどき花と犬、そして猫