榴岡天満宮の梅(2026年3月2日)
ブログの更新が著しく遅れている。忙しいのである(気分だけかもしれないが)。昨年の暮から新しい終活の一つとしてたくさん読んできた詩の読み直しを始めたのだが、本が見つからないことが多くそれを探すことが一仕事で、家のなかで見つからなければ図書館で探したり(ネット検索で)、それでもなければ古本を探して注文したりしなければならない(これもネットで)。 詩の読み直しだけでもけっこう時間がとられるが、そのほかに短歌や俳句も読んで気に入ったものを抜き書き(PCに)しているのが大量にある。これの見直しも始めた。そこで気が付いたことは、かなりたくさんの本を読んでいると思っていたが、詩人でも歌人でも俳人でもまったく読まないですっぽりと抜けている人がいるということだった。読んでいない人の中にいい詩、いい短歌、いい俳句を書いている人がいたら、せっかくの読書人生が台無しになると思い始めたのである。そこで現代短歌全集とか俳句全集で網羅的に読んでないものを探すことにしたのである。これは、まったくいくら時間あっても足りないような作業になった。とにかく忙しいのである。という言い訳をしたうえで、かなり前(3月2日)のカメラ散歩について書き始めるのである。 ネットには季節に応じて梅の花の写真があふれている。そんな写真を見ても仙台ではまだまだと思っていたのだが、仙台でも十分に開花する時期になった。梅の花といえば天満宮である。菅原道真である。というわけで、仙台の天満宮、榴岡天満宮に行ってみることにした。とはいうものの、一度も行ったことがなくて梅の木があるかどうかも定かではない。 仙台では桜の名所として知られている榴岡公園の横を通って天満宮に入ると、古木は少ないが若木の梅がたくさん植えられていた。長いこと仙台に住んでいるが榴岡天満宮に来たのは初めてである。社務所の横の小さな門から入ったので、改めて参道の階段を下って大鳥居のところから入りなおしてみた。 若い梅の木は目の高さ付近に花があるので、カメラには都合がよい。品種名は分からないが、たくさんの白梅の中に種類の違う紅梅も混じっていて行きつ戻りつしながらシャッターを切った。梅の花の写真をきちんと撮るのはこれが始めてである。マクロレンズも持って行ったのだが、ズームレンズでサイズを変えながらとるほうが楽なのでそればっかりになった(手間を惜しんではいい写真は散れないとは思うのだが)。 小さな紅梅の前でカメラを構えていると3人連れの年配の女性に話しかけられた。といっても、「きれいですね」、「そうですね」というようなたわいのない話だが、写真を撮っているときに話しかけられるのは珍しい。 梅の写真もだが、社務所の横に桜の古木があって目を引いた。桜の時期に再訪して、隣の榴岡公園の桜とあわせてとって見たい。読書や絵画鑑賞のブログかわたれどきの頁繰り(小野寺秀也)日々のささやかなことのブログヌードルランチ、ときどき花と犬、そして猫