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山行・水行・書筺 (小野寺秀也)

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2014.01.21
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テーマ:街歩き(661)
カテゴリ:街歩き

  吉野弘が亡くなったと、新聞に出ていた。2014年1月15日没、87歳。

  一四,五歳の幼い心に吉野弘の二つの詩を刻み込み、それをずっと抱えて生きてきた。「I was born」と「夕焼け」である。私のシュトルム・ウント・ドラングの時代(つまり大学、大学院の学生時代)を駆け抜けようと、肩を怒らせ、空威張りしながら、谷川雁や黒田喜夫、鮎川信夫や吉本隆明の詩を読んでいたときには、なんとなく気恥ずかしくて吉野弘の詩の話はしなかったと思う。その時にも心の奥の方にはいつもその二つの詩があった。大声で生意気ぶってはいたが、あまり思い出したくない辛い時代のことだ。

  結婚する前の妻にその二つの詩を読んでやったことがある。今朝の食卓で、吉野弘の死亡記事を眺めながら、その話をしたら、妻は吉野弘の名前も忘れていた。
  吉野弘の死が悲しいのか、私の哀れな少年期を悲しんでいるのか、不意打ちのように涙が流れて、驚いている。

  その二つの詩を掲げて、吉野弘への弔意とする。


   I was born [1]

 確か英語を習い始めて間もない頃だ。

 或る夏の宵。父と一緒に寺の境内を歩いてゆくと 青い夕靄の奧
から浮き出るように白い女がこちらへやってくる。物憂げに ゆっ
くりと。

 女は身重らしかつた。父に気兼ねをしながらも僕は女の腹から眼
を離さなかった。頭を下にした胎児の 柔軟なうごめきを 腹のあ
たりに連想し それがやがて 世に生まれ出ることの不思議に打た
れていた。

 女はゆき過ぎた。

 少年の思いは飛躍しやすい。その時 僕は<生まれる>というこ
とが まさしく<受身>である訳を ふと諒解した。僕は興奮して
父に話しかけた。
――やっぱりI was bornなんだね――
父は怪訝そうに僕の顔をのぞきこんだ。僕は繰り返した。
――I was bornさ。受身形だよ。正しく言うと人間は生まれさせ
られるんだ。自分の意志ではないんだね――
 そのとき どんな驚きで 父は息子の言葉を聞いたか。僕の表情
が単に無邪気として父の眼にうつり得たか。それを察するには 僕
はまだ余りに幼なかった。僕にとってこの事は文法上の単純な発見
にすぎなかったのだから。
 父は無言で暫く歩いた後 思いがけない話をした。
――蜉蝣という虫はね。生まれてから二、三日で死ぬんだそうだが
それなら一体 何の為に世の中へ出てくるのかと そんな事がひ
どく気になった頃があってね――
僕は父を見た。父は続けた。
――友人にその話をしたら 或日 これが 蜉蝣の雌だと言って拡
大鏡で見せてくれた。説明によると 口は全く退化して食物を摂る
に適しない。胃の腑を開いても 入っているのは空気ばかり。見る
と その通りなんだ。ところが 卵だけは腹の中にぎっしり充満し
ていて ほっそりした胸の方にまで及んでいる。それはまるで 目
まぐるしく繰り返される生き死にの悲しみが 咽喉もとまで こみ
あげて居るように見えるのだ。つめたい光りの粒々だったね。私が
友人の方を振り向いて <卵>というと 彼も肯いて答えた。<せ
つなげだね> そんなことがあってから間もなくの事だったんだ
よ。お母さんがお前を生み落してすぐに死なれたのは――。

 父の話のそれからあとは もう覚えて居ない。ただひとつ痛みの
ように切なく 僕の脳裡に灼きついたものがあった。
――ほっそりした母の 胸の方まで 息苦しくふさいでいた白い僕
の肉体――。



    夕焼け [2]

いつものことだが
電車は満員だった。
そして
いつものことだが
若者と娘が腰をおろし
としよりが立っていた。
うつむいていた娘が立って
としよりに席をゆずった。
そそくさととしよりが坐った。
礼も言わずにとしよりは次の駅で降りた。
娘は座った。
別のとしよりが娘の前に
横あいから押されてきた。
娘はうつむいた。
しかし
又立って
席を
そのとしよりにゆずった。
としよりは次の駅で礼を言って降りた。
娘は坐った。
一度あることは と言う通り
別のとしよりが娘の前に
押し出された。
可哀想に
娘はうつむいて
そして今度は席を立たなかった。
次の駅も
次の駅も
下唇をキュッと噛んで
身体をこわばらせて――。
僕は電車を降りた。
固くなってうつむいて
娘はどこまで行ったろう。
やさしい心の持主は
いつでもどこでも
われにもあらず受難者となる。
何故って
やさしい心の持主は
他人のつらさを自分のつらさのように
感じるから。
やさしい心に責められながら
娘はどこまでゆけるだろう。
下唇を噛んで
つらい気持で
美しい夕焼けも見ないで。


[1] 吉野弘詩集『幻・方法』(飯塚書店、1959年)p. 104。
[2] 同上、p. 122。 






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Last updated  2014.01.21 14:44:03
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