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2016.12.16
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テーマ:街歩き(515)
カテゴリ:街歩き
 寒い一日だった。元鍛冶丁公園で集会が始まると雪が降りだした。この雪は45人のデモが一番町を歩いている途中まで続いた。
 仙台人の集まりといえども、みんな寒そうにしている。「1月、2月より寒く感じますね」、「体がまだ秋仕様だからね」などという会話ばかりである。私にとっての最大の問題は、昨年までこの時期にどんな服装だったのか思い出せないことである。いや、たとえ思い出したにせよ、代謝が落ちた身には役にたたないのかもしれない。
 それにしても寒い。今日初めて厚手の手袋をしてカメラを操作したが、不便なことこのうえもない。








元鍛冶丁公園。(2016/12/16 18:08~18:25)

 「今、鹿児島市の天文館では鹿児島反原連の人たちが川内原発反対の街宣をしています」と主催者挨拶は始まった。まもなく川内原発2号機の定期点検が始まるのだが、鹿児島の人たちは決してへこたれずに頑張っているという話である。
 また、11月28日に女川原発1号機で起きた約12.5トンの海水が原子炉建屋に漏出した事故についても触れられ、その原因は作業員が弁の名称「D」を「A」と聞き間違えたお粗末な理由だったという。安全に対する意識が欠如しているのか、あるいはそもそも安全に原発を維持、運転する技術や知識に欠けているのか、いずれにせよ、このような事故を多発させている東北電力には原発を運転する資格そのものがないということだ。


 安倍政権がイギリスの原発に1兆円支援するというニュースが紹介された。日立製作所が原発の建設・運営を受託したイギリスの原発建設プロジェクトに対して、日本政府が国際協力銀行や日本政策投資銀行を通じて投融資するというものである。
 ベトナムの新設計画が中止になったこともあって、官民連携であがいているのだ。日本政府は事故が起きたときの賠償の仕組みなどもイギリス政府と協議するのだという。事故後の補償付きの輸出という愚を繰り返そうという気配である。東芝がウェスティングハウスの不良債権を抱え込んだように、安倍政権は日立と一緒に膨大な不良債権を手にしようとしているようにしか見えない。


 12月21日(水)14:00から仙台市役所本庁舎2階第二委員会室で開催される仙台市環境局との意見交換会の案内もあった。11月29日の8000Bq/kg以下の放射能汚染廃棄物の一般ゴミ焼却問題についての意見交換会では仙台市はほとんど疑問に答えることができなかったことを受けての再度の開催となった。前回は94名もの市民の出席があった。今回も多くの方の出席をお願いしたいとの案内である。

 今週の月曜日(12日)に行われた福島脱被爆子ども裁判の傍聴報告もあった。本格的な公判が始まり、全国から集まった47人の傍聴者のなか、原告弁護士と二人の意見陳述人の心に迫る陳述があったという。今後、2ヶ月に1回の割合で公判が開かれる予定で、次回は2月15日となっている、多くの方の裁判傍聴を、と訴えられた。

 明日17日18:30から戦災復興会館4F研修室で開催される学習会『女川原発申請書等を“ぶっとばして”見ようぜ!!』の再度の告知があった。講師をされる川内原子力問題研究グループの石川徳春さんは、第28回多田謡子反権力人権賞を受賞した篠原弘典さんとともに東北電力女川原発への反対運動、裁判闘争を続けてこられた人という紹介もあった。

 先週の集会で回された色紙をもって脱原発犬「チョモランマ」さんのお見舞いに伺ってとき、飼い主さんからいただいてきたお礼の手紙が紹介された。チョモさんは、今月の9日ころからはほとんど目を開けなくなったという。
 「チョモは金デモで歩くことが好きでした。雷や花火ではガタガタ震えるビビりさんなのに、デモの大きな太鼓の音は平気でした。……もう一緒に歩くことはできませんが、きっと気持ちは一緒でしょう。」
 できるだけ苦しまないように家族で看病しています、ということだった。








一番町(広瀬通りまで)。(2016/12/16 18:31~18:44)

 デモの出発間際に、サンタの衣装が4、5人分ありますよ、という案内があった。何人かが着替えようとしていたが、公園の中で急ごしらえということもあって半サンタのままデモは出発した。
 先週よりもさらに街の人出は多くなっていた。歳末ということばかりではなく、日の暮れが一番早い時期なので、昼から夜への交替が圧縮された時間に起きているような印象を受ける。
 いつもなら45人のデモの集団は一番町ではそれなりのボリュームがあるのだが、今日は少し離れると人混みの中に隠れてしまいそうだ。後方からデモの遠景を写そうと思って距離をとると、あっという間に人混みに隠れてしまうのだった。
 しかし、その人混みの中から脱原発コールや「ええじゃないか」コールが聞えてくるというのは、えもいわれぬ新鮮な感じがするのである。

 






青葉通り。 (2016/12/16 18:45~18:51)

 チョモさんの話が出たとき、司会者が福島に残された動物のことにも触れた。「人も動物も安心して自然からの恵みを授かる日をいつか取り戻したいですね」と飼い主さんも書かれていた。
ある日 突然
町から人が消えた。
残された犬や猫や豚や鶏たち
牛や馬。
その他の動物たちは
何を思ったであろう。
言葉を話すことの出来ない
動物たちは
人っ子人いない町を
餌を求めて
あるいは人間を求めて
さまよい続けたに違いない。
いったい何がおきたのだろうと。
不思議に思ったに違いない。
そしておびえるように
鳴き声を上げたであろう。
やがて動物たちは
眼に涙を浮べて死んでいったのだ
ある日突然いなくなった
人間たちを恨みながら。
死んだ町は 今も
死んだままだ。
いつまでたっても死んだ町。
いつかは消えて行く町。
幻の町。
    根本昌幸「死んだ町」[1] から抜粋

 デモが終わった。カメラを抱えながら、デモの後先を走ってみても体が温まるようなことはまったくなかった。いつもは歩いて行く道を今日は地下鉄で帰るのである。
 広瀬川を越えて青葉山の麓で駅を出るとうっすらと雪景色である。広瀬川を越えれば仙台市街は青葉丘陵に変わり、気温も低いのである。

[1] 根本昌幸『詩集 荒野に立ちて――わが浪江町』(コールサック社、2014年) pp60-62。

 

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かわたれどきの頁繰り(小野寺秀也)

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