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山行・水行・書筺 (小野寺秀也)

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2017.03.31
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カテゴリ:街歩き

 昨日(3月30日)、義母は何ごともなく113歳の誕生日を迎えることができた。今年に入ってから、正月明けにと3月初めにともに誤嚥性性肺炎で救急入院した。昨年の4回の救急入院のうち1回だけがインフルエンザであとはすべて誤嚥性肺炎だった。カテーテルでの痰の吸引もふくめてそれなりの口腔ケアをしているつもりだが、誤嚥性肺炎は「ある日突然に」やってくるのだ。
 妻も私も義母の入院には慣れたように思うが、妻は病院でつきっきりで看病し、私が家事一切と妻の三食を運ぶという毎日は、どちらかと言えば私の方がはやくへたばってしまうのだった。妻ほど精神的にタフではないということもあるのだが……。
 花やケーキ、カードなど誕生日のお祝いがたくさん届いた。義母から見たら「超若い」友人やひ孫からのものまで、配達日指定なのでどっと届くのである。昼食後、花やカードと一緒に義母の写真を撮る。お祝いの訪問客もあって、義日が疲れてしまわないか心配だったが、最後の訪問客の時にはぐっすりと眠り込んでいて挨拶もなしだった。誕生日のお祝いがかえって義母を疲れさせるのではないか。「誤嚥性肺炎」という言葉が脳裏をかすめて行ったり来たりしていた。
 翌日(つまり、今日だが)、昨日の午後に届いたお祝いと義母の写真を朝食後に写す。それぞれの写真をいくぶん調整して、写真用のはがき用紙に40枚ほど印刷する。そこまでが私の仕事で、住所、お礼文を書いて投函するのは妻の仕事である。
 「頑張ってお礼状を書くね」と意気込む妻を後に、私は金デモに出かける。





勾当台公園野外音楽堂の集会。(2017/3/31 18:08~18:07)

 先週ほど寒いことはないが、温かいとはとても言えない。ただ、誰もが防寒は十分といえるほどの服装(冬のままの服装ということだが)なので、今日はステージ上で寒風を避けることもなく、ベンチに座っての集会となった。

 高浜原発3,4号機の運転差し止めを命じた大津地裁の判決が大阪地裁で逆転されたことや、伊方原発3号機の運転差し止めが広島地裁で却下されたというニュースにはあえて触れずに、原発事故時の女川町の避難計画の話題から主催者挨拶は始まった。
 30日に、女川町が女川原発の重大事故時の広域避難計画を発表して、これで原発から30km圏内の緊急防護措置区域(UPZ)の全ての避難計画が出そろったことになる。女川町の避難は「原則として」自家用車で栗原市に避難するというもので、一部バスなどでの避難も想定しているという。
 「免許を持っていない私が女川町民だったらどうすればいいのでしょう」と主催者は語り、川内原発事故時の鹿児島市の避難計画がバス利用を想定しているのだが、民間のバス、民間人のバス運転手をどのような法的根拠で動員するのか、できるのかが問題だと指摘された。「原発ではない方法で電気を作りさえすれば何の問題もなくなるのですが」と話は続いた。
 主催者の話題を受けて、3・11と同じような事故が起きた場合の避難について家族と話し合ったら、一人が公務員なので一緒に避難はできないという結論にならざるをえなかったという話が紹介された。公務員が真っ先に犠牲になるかもしれないのだが、これも原発を止めさえすればあたら犠牲者を出すこともないのだという結論になった。


 28日のNHKの時事公論(正確には「時論公論」という解説番組)で報道された話題として、原子力災害対策本部が新たに3県での放射能検査が必要だと決めたが国民にきちんと知らせないのはけしからん、というスピーチがあったが、正確には次のようなことだ。
 東電1F事故後の2011年4月から食品の放射能検査や出荷制限が福島、茨城など11都県で始まったが、6月に山梨、静岡、神奈川を加え、さらに8月には岩手、秋田、青森3県を加えてあわせて17都県で検査が行われるようになっている(2011年中にすでに17都県になっていて、今年新たに加えられたということではない)。
 原子力災害対策本部がその検査をこの4月から縮小すると発表したことをNHKは「縮小できるのか? 放射能物質の検査」として取り上げ、消費者の不安の声や生産者の「生活を守るためには検査が必要だ」という意見などを紹介している。
 ガイドラインでは、人間が管理できない野生動植物の検査は従来通りとし、農畜産物では過去3年間の検査で50Bq/kg以下となったものは検査を止めることができると改めた。
 つい最近沖縄ソバから285Bq/kgの放射能が検出された。沖縄ソバに鹹水として使用した木灰が福島産の木材から作られたことが原因だが、木材の出荷時には汚染検査をしたのだという。検査をしたにもかかわらず、思わぬ形で食品に放射能が混入したことになる。ほかにも検査なしで出荷された食品の汚染がしばしばニュースに取り上げられる。
 こうした例が示しているのは、検査漏れ、検査の不十分さということで、むしろ検査を拡大することが国民の健康を守ることになるはずだが、ここでも、できるだけ福島事故をなかったことにしたいという意識が行政を支配しているのが見て取れる。


 3月29日付の河北新報の社説が高浜原発の再稼働を容認した大阪高裁の判断をきちんと批判していると紹介するスピーチもあった。「高浜原発 高裁決定/「基準」への吟味が足りない」と題する社説で、運転中の原発をストップさせた大津地裁の判決を高く評価し、新規制基準に適合しているという規制委員会の判断に寄りかかり、関電の安全対策は「不合理なものとは言えない」と結論付ける大阪高裁の判断には説得力がないと批判している。
 地元の新聞の高い意識を力にして、まずこの宮城で原発を止めて脱原発運動の先頭に立ちましょう、と訴えてスピーチを終えられた。スピーカーは、河北新報以外の報道を評価されなかったが、私の知るかぎりでは(読売、産経は問題外だが)、多くの新聞が大阪高裁の判決に批判的であったことは確かだ。


 「脱原発をめざす宮城県議の会」の角野さんも挨拶され、首相官邸前の脱原発抗議行動と同じように国会前で毎週金曜日に行われている「希望のエリア」の行動を紹介された。「希望のエリア」行動の参加されている仙台出身の人が来仙されて交流を持ったことなども話され、指定廃棄物の焼却問題も含め、運動の本番はこれからという思いで、東京も地方も手を取り合って頑張っていきましょう、と締めくくられた。

 最後に、東芝の株主総会の話題が紹介された。東芝の1兆円超という史上初の規模だという。その結果、東芝は6200億円の債務超過に陥っている。株主総会では半導体部門の分社化を決め、2兆円規模で売却したいという意向だが、おそらく買いたたかれるだろうし、旧東側への売却となれば政治問題化する恐れもある。すでに政府のなかには中国や台湾への売却を阻む意向があるという報道もなされている。
 また、東芝は子会社のウェスティングハウス(WH)の破産法適用を申請したが、このことで原発建設計画をもつアメリカの電力会社に甚大な損害を与える可能性が出てきた。アメリカ政府は電力会社の債務保証をしているため、場合によっては日米の外交問題となることも考えられる。つまり、国民の税金から損害補償の金がアメリカに支払われる可能性があるということだ。政策判断の間違い、経営判断の間違いが国民の税金で償われるというのはいかにも腹立たしいことではある。
 廃炉を決定したはずの「もんじゅ」の話題も提供された。廃炉のためにはまず198本のMOX燃料、172本の劣化ウラン燃料棒を引き抜く必要があるが、もんじゅでは燃料棒同士が支えあう構造になっているため引き抜いた燃料棒を同じ形の金属棒(模擬燃料棒)に置き換えなければならない。
 その模擬燃料棒は370本必要だが、170本以上不足していることが判明した。現有の模擬燃料棒も製作年が古くそのまま使えるかどうか不明だという。
 核燃料を装填したままの廃炉作業は安全面からはとうてい考えられず、もんじゅの廃炉の見通しは一段と暗くなった。本来、作るべきでなかった工業用核分裂施設のなれの果ての無残さが次々と顕わになってくるようだ。





勾当台公園から出発。(2017/3/31 18:32~18:41)


 今日は市会議員のひぐちのりこさんがチンドン屋さんのスタイルで参加されて、賑やかにデモを盛り上げてくれた。それにしても太鼓や鉦で構成されるあの楽器はなんという名前なのだろう(帰宅してからのWiki情報では、鉦(当たり鉦)、締太鼓、大胴を組み合わせて作られ、そのまんま「チンドン太鼓」と呼ぶという)。
 おなじく、市会議員のすげの直子さんがコーラーを引き受けてくれて、こちらもよく通る声で元気に呼びかけてくれた。









一番町を賑やかに。(2017/3/31 18:47~18:58)


 マスコミはアッキード疑獄や共謀罪法案などの重大な政治的局面の報道で賑わっている。また、高浜原発3,4号機の再稼働を大阪高裁が容認したこと(大津地裁判決を覆したこと)や広島地裁が伊方原発3号機の運転差し止めの訴えを却下したことなど脱原発運動にとって重要なニュースもあった。もちろん、全国で無数に起こされている(起こされようとしている)裁判のうちの2例にすぎないので、さほど落胆するには当たらないし、むしろ独立性を失った司法で福井地裁判決や大津地裁判決があったという価値の方が決定的だと言っていい。ある司法判断を徹底的に批判する司法判断を司法自体がその内部に抱え込んでいるというのは将来を見通すうえでとても重要だろう。
 さて、そうした大ニュースの陰でひっそりと流されたニュースがあった。1週間ほど前、原子力規制委員会はこの29日に4原発5基の廃止措置計画(廃炉の工程計画)を許可する方針だというニュースがあった。30日になったら、廃止措置計画の資料の一部に分かりにくい記述があったため、認可を見送ったというニュースになった。
 ニュース価値としていえば、4原発5基の廃炉はすでに決まっていて、規制委員会は単に事務的手続きな仕事をしているのであって、許可するとかしないとかはたいした問題ではない。私が気になったのは、「この5基の原発は運転開始から40年たったので廃炉が決まっていた」という意味の文が何の注釈もなしに記述されていることだった。間違いはないのだが、しかし、規制委員会は40年で廃炉という原則を破って別の3基は40年を越えて運転することをすでに認めているのである。つまり、40年は何のクライテリオンにもなっていないので、上の文章はあえて書く意味がないのである。
 廃止措置計画が審査されている4原発5基というのは、日本原電敦賀原発1号機(35.7万kW)、関西電力美浜原発1、2号機(各42万kW)、中国電力島根原発1号機(46万kW)▽九州電力玄海原発1号機(56万kW)で、それ以外ですでに廃炉が決定している原発には、浜岡原発1、2号機(各69万kW)、日本原電東海原発(16.6万kW)がある。
 一方、40年を越えて運転することを規制委員会が認めた原発は、美浜原発3号機(82.6万kW)、高浜原発1,2号機(各82.6万kW)である。
 これを見れば、廃炉か延長容認かを決定しているのは、明らかにその原発の発電量である。運転延長には数千億円規模の安全対策費用がかかるとされていて、70万kW以下では採算が取れず、80万kW以上では採算が取れるという判断である。ここには、40年経った老朽原発は危険だから廃炉にしようという安全性の観点を規制委員会はとっくに捨てているのである。安全性ではなく経済性がクライテリオンになっているのだ。
 おそらくこうした判断に関わった役人(規制委員会委員も実質的には上に逆らえない役人にすぎない)は、「社会的、経済的に合理的な判断」だとか「合理的に達成しうる目標」などという屁理屈で自己弁明しているに違いない。ここで言う「合理的」というのは「霞が関文学」ではきわめて恣意的、主観的な意味合いしかもたない。
 こうしたことから思い出されるのは、放射線被ばくの線量限度を定めるときに適用される「ALARA原則」である。国際放射線防護委員会(International Commission on Radiological Protection, ICRP)は「すべての被ばくは、経済的および社会的な要因を考慮に入れながら、合理的に達成できる限り低く保たれなければならない」と勧告している。この最後の部分「As Low As Reasonably Achievable」の頭文字をとって「ALARA原則」と呼ばれている。
 ICRPは、「ALARA原則」を前提にして東電1F事故による汚染地域における被ばく限度を1~20mSv/年とするよう勧告したが、日本政府はよりによって最大値の20mSv/年を採用したのである。1mSv/年とするのは「経済的および社会的要因」を考えると不合理で、合理的に達成できる数値ではないと考えたということだ。
 20mSv/年ではなく1mSv/年とすることで生じる問題は避難区域が広がって避難者が増大することだけである。つまり、避難者への経済的保証が増えるだけである。経済的にさほど裕福ではないベラルーシなどでは実現させているので、経済大国と自慢する日本では楽に実現できることである。しかも、1mSv/年とすることで将来間違いなく拡大する被爆者の晩発性障害にかかる医療費を大幅に抑える効果もある。どちらが経済的かはわからないのである。しかし、政治家と官僚は福島の被爆被害者に支払う目先の金が惜しいのである。
 彼らが考える経済的、社会的「合理性」というのはその程度のものにすぎない。議論を戦わせる価値もない。ただ一言「いやだね」と断言して反対することが唯一の正しい国民的態度だとしか思えないのである。







青葉通り。 (2017/3/31 18:58~19:06)

 今日のデモは40人だったが、じつは勾当台公園を出発するときにはいつもよりずっと多いような気がしていたのだ。一番町に入ってから40人だと知らされたときにはちょっと信じられない気分だった。
 最近は続けて野外音楽堂のステージ上で集会を持っていたのだが、少し寒さが緩んだこともあって今日はベンチに座っての集会だった。面積的にはだいぶ広い場所での集会だったので、そのボリューム感に幻惑されただけだったらしい。

 デモが終わり、今日の帰宅は本屋を2、3軒経由していく。安くて面白そうな本が見つかればいいのだが………。


 

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