年が変わるころに年齢のことを考えるのはごく当たり前のことだろうが、私の場合は誕生日が1月1日ということもあって、暮れの「お年とり」、元日の誕生日と畳みかけられるので多少面倒でもある。
加えて、今年は肉体的にも年齢ということをきつく思い知らされた。その手始めは暮れの障子張りだった。たった障子4枚の軽い作業だと気楽に始めたのだが、障子の細い桟を踏み抜かないように注意しながら、急いで糊を塗り上げるという姿勢が翌日の肉体にかなりこたえたのだった。疲労はたいしたことはないのに、体のあちこちが筋肉痛になったのである。
大晦日は朝から台所に立ちっぱなしで正月料理を作った。年が明ければ、朝一番に起きて餅焼きから仕事が始まる。元旦の夜の誕生祝いの料理も自分で作ったのだが、妻が「それではあんまりだから」といって茶碗蒸しを作ってくれた。わが家では元旦の私の誕生日にはかならず茶碗蒸しが付く。私が育った家では暮れの「お年とり」のごちそうの一つとして母が茶碗蒸しを必ず作っていて、母からそれを聞いた妻がその習慣を「お年とり」から私の誕生日に移してずっと続いているのである。
そんなこんなで正月をぐったりとして過ごした。傍目からはのんびりと過ごす正月に見えただろうが、本人は必至で疲労回復に努めたのである(そんな年齢だというきつい実感に苛まれながら……)。
そして、疲労がなんとか治まった頃、今年最初の脱原発デモである。
デモの時間帯の仙台の気温は0℃前後という予報なのだが、あいかわらず何を着ていいのか迷うのである。寒さ対策としてインナーを何にするか決めればいいのだが、たいして選択肢もないのにそこで悩むのである。そういえば、この頃はウールのセーターを着るということはほとんどなくなった。着膨れるのが嫌だということもあるが、寒気の下に長時間いるという行動がまるっきり無くなったということもあるだろう。寒気の中で3時間ほどという金デモは寒さ対策という点では中途半端な時間のように感じるのである。
今日はカメラのフラッシュを放り込んで家を出た。せめてスピーチする人の写真はフラッシュを焚いて撮ろうと思ったのである。フラッシュなしだとどうしても写真が粗くなるのである。
フェイスブックやツイッターなどのSNSに投稿する写真はサイズが小さいのであまり気にならないが、パソコンで写真の一枚一枚を見るとその粗さが嫌でも目に付くのである。
もっとも、フラッシュが役に立つのは距離が短いポートレートのような場合だけで、デモのときの写真にはほとんど役立たないのだが。
この冬は雪降りの日がけっこう多いのだが大雪にはならずにすんでいて、デモには全く支障がない。元鍛冶丁公園には25人ほどが集まっていた。今年最初の金デモということもあってか、次々にスピーチをする人が出てくる。最後に市会議員の猪股由美さんの挨拶もあった。
2012年から書き続けている金デモのブログを再読して、抜き書きをいくつかフェイスブックやツイッターに投稿しているのだが、「「11月16日 脱原発みやぎ金曜デモ」。 夜の街を行く、この心身不調」というブログから次のような部分を拾い出した。
それを語るであろう人は
誰も私達のあとにやって来ない。
私達がなさずに置いていたものを、
手に取りそして終らせる
人は誰もいない。
ヒルデ・ドミーン「誰も私達のあとにやってこない」部分
「後に続くものを信ずる」というのは古典的左翼運動の常套句であった。そう信じなければ前に進めない、という心情を私はけっして否定しない。しかし、振り返ったら誰もいない、ということはしばしば起こる。私のような者にすら、似たような経験はあった。だから、「後に続くものを信ずる」ことによって行為のエネルギーを獲得することは、普遍的に可能なわけではないし、誰かに推奨できるわけのものではない。
「私はこれをやりたい」、「いま、ここ、この私が私の意志を表明する」といった、さながら古典的左翼がプチブルと罵りそうな心情がその古典的左翼の情動を凌駕しうる、と私は思っている。それこそが、古典的左翼が力を失い、反原発運動は括りようのない雑多な市民、組織されていないが多数を形成しつつある市民によって担われ続けている情動としての機制である、と考える。私は誰も代表しない。私は私しか代表していない。そのような〈私〉が集まっているのだと思う。 (2012年11月16日)
もう一つは、「「11月30日 脱原発みやぎ金曜デモ」。 あのね、原発はエネルギー問題じゃないんだよ。人権問題なんだよ!」から。
原発をエネルギーや電力の問題、ひいては電力を要する産業の問題として括ろうとする人間がいるが、人命を超えてエネルギー問題を選択することは〈普通の人間〉には許されない。
自分の周囲に放射能被爆で亡くなったり、傷ついたり、病んだりする人がいないことをいいことに、原発を擁護しつつエネルギー問題を論じることを「大所・高所から社会を考えている」と思い込んでいるのは、たいてい田舎政治家である。それを「自分は立派な〈高い〉政治意識を持っているのだ」と自己欺瞞で思い込んでいるので、偉ぶって威張り散らす人間が多い。
彼らは、ただ単に社会全体に対する想像力が劣悪であるに過ぎない。「田舎」というのは、ローカルな周囲を世界の全てと信じているような視野が狭い喩えなので、東京に田舎政治家がたくさんいるのは不思議ではない。代表格は、東京と大阪に一人ずついる。私はそれを「大所・高所シンドローム」と呼んで、精神的(厳密に言えば思想的)な病気の一つに数えている。(2012年11月30日)
疲労がぶり返すということもなくデモは終わった。寒さも感じないし、着ぶくれて汗をかくということもない。何を着て外出するか悩む必要がなかったと思うのだが、次回もきっと悩むのである。そんなことを繰り返してきたし、これからも繰り返すのである。ほんとうに悩まなくてもいいつまらないことを悩んでいるのである。
こんな年齢になるまで悩むことはそれなりにあったのだが、そのどれも悩まなくてもよかったつまらないことだったのではないか、そんな怖ろしげな思いが頭をよぎって、いそいでそれを打ち消して、そんなふうな帰り道となった。