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山行・水行・書筺 (小野寺秀也)

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全9件 (9件中 1-9件目)

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カテゴリ未分類

2019.08.11
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テーマ:街歩き(515)
カテゴリ:カテゴリ未分類

 8月9日の金曜日、いつものように午後6時ころに家を出た。街にさしかかるころ、スマホを取り出して集会場所を確認しようとした。集会場所を間違えることがあった後の習慣である。
 集会場所の確認のためのスマホの画面に出てきたのは、集会そのものが2日後の11日に変更されているという記事である。3・11の月命日にサイレントデモを行うということは確かに知っていたはずだが、なぜかすっぽり抜け落ちてていたのだ。「ボーっと生きて」いるのである(暑さのせいというわけではない)。









元鍛冶丁公園から一番町へ。(2019/8/11 15:58~16:29)


 家を出るときには傘をさして出たのだが、元鍛冶丁公園のかなり手前で雨は上がった。雨を避けていたらしく、デモ人は屋根のあるステージの上に集まっている。
 月命日の鎮魂のサイレントデモだが、いつもよりとくに参加者が多いというわけではない。

 集会は黙祷から始まった。続いて3・11の後の発表された内池和子さんの「漂流する秋」という詩が朗読された。その詩は、次のような言葉で終えられている。

​​
人はもう かつてのつつましい日々には もどれない
世界中の物事を瞬時に見うる映像や 音のない世界にはもどれない
体臭のしない互いの映像でつながりいやしあういまからは もうもどれない

いまを漂流するフクシマの大地で 私たちは なつかしい情緒の日々に別れを告げ
未来への水路をみつけなければならない
滅びようとしているたくさんの種と共生できる未来を 沈黙させてはならない









一番町(1)。(2019/8/11 16:32~16:36)


​ 内池和子さんの詩で語られた言葉が、今日のデモの言葉のすべてである。ひそかに私はそう確信して、黙々と歩くデモ人を黙々と写すだけである。​









一番町(2)。(2019/8/11 16:37~16:42)


​ いつものデモの大きな声のコール、語り掛けるメッセージはデモ人の列から放射されるエネルギーとすれば、沈黙のデモはあたかも周囲に引力を及ぼしているようだ。デモの脇を通り抜ける人々は、スピーカーからの情報が得られないまま、しばしの間吸い付けられるようにその視線をデモの列に向けているように見える。横断幕やプラカでデモの趣旨を理解するまで目が離せないのだろう。​











青葉通り。(2019/8/11 16:43~16:53)


 暗い曇天だったが、デモの間は降られずに済んだ。2年前の8月11日もサイレントデモで、小雨の中を歩いた。一昨年は55人のサイレントデモ、今年は30人のサイレントデモ。残念と言えば残念だが、サイレントデモには小さな集団がふさわしいような気がする。たとえば3000人ほどのデモが黙々と歩いているというのは、かえって不気味で異様に威圧的なのではないか。そう思って、今日のデモを良しとする

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Last updated  2019.08.12 09:08:17
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2019.08.02
カテゴリ:カテゴリ未分類

〔都合により、写真のみ掲載〕







勾当台公園から一番町へ。(2019/8/2 18:47~19:01)










一番町(1)。(2019/8/2 19:06~19:08)










一番町(2)。(2019/7/26 19:09~19:12)








青葉通り。(2019/8/2 19:18~19:22)


​​

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Last updated  2019.08.26 08:30:16
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2019.01.01
カテゴリ:カテゴリ未分類
2種類の賀状で新年のご挨拶をいたします。
昨年同様、よろしくお願いいたします。






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ブリコラージュ@川内川前叢茅辺







Last updated  2019.01.01 02:36:02
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2018.10.26
テーマ:街歩き(515)
カテゴリ:カテゴリ未分類

​​ 『三つの革命――ドゥルーズ=ガタリの政治哲学』[1] をようやく読み終えた。遅々としてページは進んでいなかったのだが、二、三日前から続いている微熱のせいでメリハリなくぐずぐず暮していたら思いのほかに捗ってあっという間に読み終えてしまった。微熱といっても、その後に続くあれこれを畏れてぐずぐずしていたというだけなのだが。
 佐藤嘉幸さんと廣瀬純さんの共著の「結論」と題された最終章は次の文章で始まる。​

​​
 ドゥルーズ=ガタリは資本主義の打倒を目指している。資本主義をその下部から掘り崩すものとして彼らが構想する戦略(ストラテジー)は不変だ。『アンチ・オイディプス』で階級外主体集団の形成とされるものは、『千のプラトー』で万人によるマイノリティ性への生成変化とされるもの、『哲学とは何か』で絶対的な内在的脱領土化とされるものと同じである。『アンチ・オイディプス』ではブルジョワジーとの、『千のプラトー』ではマジョリティとの、『哲学とは何か』では人間との闘いがそれぞれ語られるが、「ブルジョワジー」、「マジョリティ」、「人間」はすべて同一の実体(資本主義的かつ民主主義的な主体)を指している。
 差異は戦術タクテイクスの水準に存する。『アンチ.オイディプス』ではブルジョワジーに対するプロレタリアによる階級闘争が、『千のプラトー』ではマジョリティに対するマイノリティによる公理闘争が、『哲学とは何か』では死せる動物(マイノリティ)を眼前にした人間(マジョリティ)による政治哲学が、それぞれ資本主義打倒闘争の主戦場に位置付けられる。ブルジョワジー/プロレタリアート、マジョリテイ/マイノリティ、人間/動物。戦術のこうした変更は、運動の趨勢に応じてなされたものだ。 ([1] pp. 311-312)​​


​ ドゥルーズ=ガタリが三つの革命を語ったのは、それぞれに時代状況の変化に応じてだったが、佐藤=廣瀬はその三つの革命が現代日本では同時発生的に進行していると分析している。​

​ 
​『アンチ・オイディプス』でブルジョワジーからプロレタリアートが割って出る運動として問題にされた階級の二極化(新たな階級の構成)は、二〇〇〇年代前半から日本のみならず世界各国で、プロレタリアートからプレカリアートが割って出る運動として闘われてきた。『千のプラトー』で問題にされたマイノリティによる公理闘争は、二〇一〇年に鳩山由紀夫民主党政権が普天間基地の「県外移設」を断念して以降の琉球での基地返還/独立闘争、また、二〇一一年に福島第一原発事故が始まって以降の福島での脱被曝/反原発闘争として闘われてきた。『哲学とは何か』で哲学の政治化として問題にされたマジョリティによる闘争は、一九九〇年代後半のオルターグローバライゼイション運動(G8に象徴されるような先進諸国のユニラテラリズムに対する異議申し立て)、二〇〇〇年代前半の反戦運動(国際的コンセンサスを無視した米英主導のアフガ二スタン及びイラクへの武力侵攻に対する異議申し立て)、アラブの春(チュニジア、エジプトなど)を契機とした世界各地での広場占拠運動において、また、日本ではとりわけ原発再稼働反対運動から安保法制反対運動へと至るこの六年間の一連の運動(民意をカウントしない閣議決定や強行採決への異議申し立て)において、民主主義をめぐる市民たちの運動として闘われてきた。​ ([1] pp. 316-317)​


 私たちの脱原発運動は、市民(マジョリティ)による民主主義をめぐる闘いとして位置付けられる。ドゥルーズ=ガタリ風に言えば、哲学の政治化ということになる。しかし私たちの運動体には、福島に隣接する宮城に住む者として放射能被曝棄民としてすら認知されない、無視された被曝棄民という強い意識を持つ人々も含まれている。
 また、なによりも原発設置県としての潜在的な被曝棄民としての未来を私たちは持っている。つまり、福島の人々と通底するような可能的マイノリティという自己意識もまた私たちの運動の基底として存在している。いわば、ドゥルーズ=ガタリの言う第三の闘いに第二の闘いが確実に埋め込まれている。
 マイノリティの公理闘争において「マイノリティはマイノリティ性へ生成変化する」とドゥルーズ=ガタリは語る。明確にその意味を理解できているとは言い難いが、その意味を考えさせられ、今も考え続けているが、さしあたって現時点では次のように考えておくことにする。
 様々なマイノリティが存在し、そのそれぞれはマイノリティゆえに孤立してる。その個別のマイノリティが個別の公理闘争に立ち上がり、その闘いの過程で個別特殊的なマイノリティから「マイノリティ性」(あらゆるマイノリティに共通するマイノリティとしての本性)へと生成変化する。その生成変化によって福島のマイノリティは沖縄のマイノリティと通底することが可能になる。理想的には、世界のあらゆるマイノリティと同じ基底に立つようになる(なりうる)ということだろう。

 私たちの「脱原発みやぎ金曜デモ」も6年を過ぎ、7年目に入った。そして、今日は300回金デモである。微熱は続いているが、今日だけは遅刻しないように早めに家を出た。






肴町公園。(2018/10/26 17:58~18:31)


 300回記念デモというものの実際は299回目である。今日のデモを300回記念デモと決めて準備を進めている間に、台風の接近で中止になったデモが1回あったためだ。

 肴町公園に集まってくる参加者は、それぞれハロウィーンらしい紛争に着替えたり、それらしい飾りをまとったりしている。
 シンガーソングライターの苫米地サトロさんの歌い出しを合図のように集会が始まる。代表の西さんの挨拶は、長く続く脱原発デモにもかかわらず参加し続けていることへの感謝から始まった。まだまだ続くだろう脱原発デモの当面の目標は女川原発2号機の再稼働阻止であるが、その先にはすべての電力会社がすべての原発を諦めるまでという目標があって、いつデモを終えることができるか定かではないが、デモ人の覚悟は十分の様に見える。
 ゲストスピーカーの一人目は、「女川原発再稼働の是非をみんなで決める県民投票を実現する会」代表の多々良哲さんである。東北電力が女川原発1号機を廃炉にすることを決定したというニュースに触れ、1号機廃炉を2号機再稼働の交換条件などに認めてはならないと強調された。その2号機の再稼働も政府や東北電力や宮城県知事に決めさせることなく、県民の総意として決定すべきだと県民投票の意義を語られ、現在精力的に進められている請願署名活動が署名するために人の列ができるほど活発に進んでいるという報告があった。
 二人目のスピーカーは、「カトリック正義と平和協議会」の木元さん。脱原発デモが長く続く不幸と長く続ける意気込みとのない交ぜの気持を率直に語られ、周囲から聞こえてくる脱原発運動を貶める声に負けずに頑張って参加したいと話された。
 集会の最後は、苫米地サトロさん作詞、作曲の「川」というとてもリリカルな歌で締め括られた。強い意志を持続させている50人のデモ人は、サトロさんの歌で優しい気持ちになって一番町目指してデモに出発したのである。








一番町。(2018/10/26 18:37~18:42)


 昨日の10月25日に東北電力が女川原発1号機を廃炉にするとして宮城県知事に表明したというニュースは各マスコミで一斉に報じられた。1号機は運転開始から35年を迎えているうえに、2号機、3号機と比べて出力も小さく、新規準適合のための改良工事も嵩んでコスト的に見合わないという判断で、​朝日新聞​はその事実を端的に伝えていた。
 ​日経​は、その事実を伝えた後で、「ただ女川原発では協力会社も含め約3000人が働く。地元にとっては雇用などの経済効果で極めて大きな存在で、自治体は税収面でも原発への依存度が大きい。こうした点を踏まえ村井知事は「関係する自治体への影響を検討する必要がある」との考えを示した。須田町長も「地域経済や住民への影響を精査する」としている」として、その経済的影響をネガティブに記述している。
 これに対して​毎日新聞​の記事は、「東北電によると、女川原発の社員や協力会社員約2700人の半数あまりが地元住民だが、今後も廃炉作業が続くことなどから、雇用に大きな影響はないという」と締めくくっていて、日経とはまったく逆の記述になっている。
 また、地元の​河北新報​には「廃炉決定には、審査が終盤を迎える女川2号機の再稼働に地元理解を得たいとの思惑もあるとみられる」という記述があって、デモに先立つ集会で多々良哲さんが「1号機廃炉を2号機再稼働の交換条件などに認めてはならない」と強調された話がじつにリアリティあるものだということがわかる内容である。
 たまたま4社の報道を目にすることができたが、短い記事ながらその比較はけっこう興味深いものだ。日経の立ち位置は想像通りだが、毎日がまったく逆の見解を紹介していて面白い。女川原発に関しては河北新報の真摯な姿勢に好感を持っているが、2号炉に関する私たちの心配と通底していることが目をひいた。






広瀬通り。(2018/10/26 18:43~18:42)


 10月12日(前回)のブログで、南相馬市議会議員の大山弘一さんが南相馬市立病院から提供された病名ごとの患者数推移のデータを井戸謙一弁護士がフェイスブックに投稿した記事を紹介した。東電1F事故前の平成22年から事故後の平成29年の甲状腺癌(成人)の疾患数が29倍に増加しているという驚異的な数値が含まれていた内容だった。
 その時、こうしたデータの評価はいずれ専門家によってなされるだろうと書いたが、ほかならぬ井戸弁護士から10月19日に追記の投稿があった。「疾患数」は単純な「患者数」ではないという批判があったと記されている。真偽は確定していないが、誤解のないように井戸弁護士の投稿記事の関連部分を転記しておく。


​私が10月7日に書き込みました南相馬市立総合病院の主傷病者数のデータについて、多くの人からご意見をいただきました。この「主傷病者数」というのは、前便でも書きましたとおり、同病院の医事会計システム上、その年度において「治療中」と把握されている患者の数であり、前年度の数字から、新規患者の数をプラスして、治癒、中止、転院、死亡等の患者の数をマイナスして当年度の数字が出したものです。したがって、理屈では、当年度に同病院で治療を受けた人の数(「患者数」といいます)であるはずです。そして私は、「主傷病者数」=「患者数」(当該年度に同病院で治療を受けた人の数)であるという認識で書き込みをしました。これに対し、批判される方は、病院がマイナスの人数を把握することは困難であるから、「主傷病者数」は累積することになる、すなわち、「主傷病者数」>「患者数」であると主張しておられます。この点は、調査をすればわかるでことしょうが、そうでない限り、同病院で実務を担っている方しか分からないことだろうと思います。ところで、この問題の発端は、2018年9月12日の南相馬市議会において、大山議員が、市立総合病院の「患者数」の推移について質問したところ、市立総合病院事務部長が、「患者数」として「主傷病者数」を回答したことにあります。平成22年から平成29年までの7年間に各種の病気の患者数が数倍に増加しているという回答に驚いた大山議員が、その要因の認識について質問したところ、事務部長は、増加していることを前提にした上で、その要因については分析中であると答え、市長も、増加の事実を認める答弁をしました。すなわち、市立総合病院当局や市当局は、少なくともこの答弁の時点では「主傷病者数」=「患者数」、少なくとも「主傷病者数」≒「患者数」と考えていたことがわかります。批判される方は、市立総合病院の事務担当の方が、「マイナスの把握は難しいから「主傷病者数」実質は累積されることになる」と説明したと主張されておられます。その説明内容の真偽は私には分かりませんが、少なくとも、「主傷病者数」と「患者数」の関係についての南相馬市や市立総合病院当局の公的な認識の表明は、上記の答弁しかないのではないかと思います。もし、他にあるのであれば、教えていただければありがたく思います。大山議員の質問に対する​南相馬市当局の回答は、ここ(12分から24分)​で見ることができます。​


​ 南相馬市の市長や病院関係者は患者数が増加しているという認識だと記されているものの、いずれにせよ、きわめて重要なデータなので、できるだけ早く精査されることを期待するしかない。​





青葉通り。(2018/10/26 18:50~17:15)


 50人のデモ人のなかにはハロウィーンの扮装や飾りをまとっているので、カメラの被写体には困らないのだが、今日のコースには明るい一番町はほんのわずかしか含まれていない。集会の肴町公園もかなり暗い公園だし、公園からの暗い路地から出るとあっという間に一番町を過ぎて暗い広瀬通りに曲がってしまう。
 120枚ほどの写真から50枚ほどを残したが、それでも満足できない写真がだいぶ含まれている。暗いシーンは暗くていいと思ってフラッシュを使わないので、これからもこんな撮影が続くのである。



[1] 佐藤嘉幸、廣瀬純『三つの革命――ドゥルーズ・ガタリの政治哲学』(講談社、2017年)。



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Last updated  2018.10.28 16:29:01
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2018.03.30
テーマ:街歩き(515)
カテゴリ:カテゴリ未分類

 四月は残酷な月だ、そう断じたのはエリオットだが、私には三月下旬からそんな思いになってしまう。東北生まれの三月は春の微かな匂いに心が躍るようなときだったはずなのだが、少し大げさに言えば、最近はどうも春の兆しは苦難の始まりの合図のように思えるのだ。
 花が好きで、若いころは温室でカトレヤやシンビジウム、ファレノプシスなどの洋ランを育てていた。ある時、洋ランをすべて譲って日本春蘭や中国春蘭、寒蘭などの東洋ランに切り替えた。同時にエビネ欄も集めはじめ、100鉢を越えた。
 仕事が忙しくなり、手入れが行き届かないまま少しずつ鉢数を減らしながら今に至っている。退職を機に庭の手入れをしようと思い立ったのだが、こなせる仕事量の少なさと、体のきつさに驚いたのもその時だった。庭の中で人生初めての「ぎっくり腰」になって動けなくなったのもそんな時だった。
 だから今は、春の匂いは庭仕事に追い立てられる合図でもあって、花が好きなのに苦痛でもあるという大いなる矛盾の季節に突入するのだ。
 いつからか、庭仕事は午前中だけになった。一日やるほどの体力がないのだ。今日も、午前中、温室で冬越したハンギングプランター植えのペチュニアを何種類か植え替えをし、ふたたび温室に戻す。パンジーやビオラの季節が終わった時にハンギングプランターを入れ替えるのだ。
 午後は金デモに備えてゆったり本を読んで過ごす。25日のデモではへとへとになったので、今日は慎重なのである。




勾当台公園から一番町へ。(2018/3/30 18:26~18:36)


 大きなデモの直後のデモはいつも寂しい。人数の落差による心理的効果もあるが、デモ疲れのせいか、やはりいつもより参加者が少なめになるのである。それでも30人が集まっていて、正直なところ、私の予想よりは少し多いのだった。
 先週のデモから、「原発いらない! 女川原発は廃炉に!」という幟旗が何本もアイテムとして準備されたのだが、今日は2本だけ用意されている。それでも、新しい幟旗は被写体に変化があって、私にはありがたい。






一番町(1)。(2018/3/30 18:44~18:50)


​ 金デモでは、デモをしながら通行人に呼びかけるアピール文をいくつか用意している。今日のアピール文の一つに次のような文言があった。​


​東北電力は、今年中にも女川原発2号機の再稼働を行う計画でしたが、3月29日の記者会見で、延期を表明しました。その理由として、「設備の安全対策に時間がかかっている」としています。東北電力は、安全対策や使用済燃料の処理に莫大な費用のかかる原発よりも、今こそ再生エネルギーの拡大にシフトするべきです。そのために送電網を空けるべきです!​​


 女川原発2号機の安全対策工事の完了を2018年後半とし、その時期の再稼働を目論んでいた東北電力は、規制委員会の審査が進むにつれて新たな安全工事が必要になって、その完了時期を先延ばしするというニュースがあったのだ​(3月30日付け河北新報ONLINEN NEWS)​。
 東電1F事故後に作られた原子力規制委員会の新規制基準というのは、もともと多少の改善で審査を通るようにでっち上げたものとしか思えない代物で、安倍自公政権が「世界最高水準の安全基準」と広言しているが、世界基準には到底及ばない「世界最低の安全基準」であることはつとに指摘されている。
 それにもかかわらず、最低の安全対策工事も十分に進んでいないうえに、その資金繰りを考えれば、明らかに原発は負の経済遺産でしかない。それを証明するように、四国電力は、安全対策工事をやったうえでの再稼働では経済的に採算が取れないとして伊方原発2号炉を廃炉にすると決断した​(3月26日付け朝日新聞デジタル)​。これについては、国策として国に押し付けられている「国策」原発事業に電力会社は嫌気がさしていて、これを契機に「廃炉ラッシュ」が始まるのではないかという興味深い解説記事も出ている​(3月30日付け M&A online)​。
また、3月23日に再稼働した玄海原発3号機は、再稼働から一週間もたたないうちに、2次冷却水系配管から蒸気漏れを起こし、急遽出力を下げるとともに電力の発送電も中止すると発表した​(3月31日付け東京新聞電子版)​。再稼働原発はこのような事故にしょっちゅう見舞われていて、これもまた原発の反経済性を押し上げている。
 原発の再稼働、原発事業への執着は日本経財の破綻を加速するだけだろう。じつは、政府もそのことをよく知っているらしく、通産省は再生可能エネルギーを主力電源とするべく基本政策を見直すというのだ​(3月26日付け日本経済新聞電子版)​。現段階では、どうも世界の動向に合わせたポーズ程度のささやかな「見直し」に終わりそうなのだが、「再生可能エネルギーを主力とする」という文言が通産省から発せられただけでもいくぶんかの価値はあろう。




一番町(2)。(2018/3/30 18:51~18:54)


 東海第二原発(日本原子力発電)の最稼働や運転延長に際して、これまでの立地自治体である東海村にくわえて、水戸市や日立市など周辺5市町の事前了承を必要とするという安全協定が結ばれたというニュース​(3月30日付け朝日新聞デジタル)​もあった。
 女川原発であれ、玄海原発であれ、事前了承を必要とする自治体は立地市町に限られているのだが、このように周辺自治体に拡大した例は初めてである。こうした動きが拡大することが望まれるが、じつはこの5自治体は東海第2原発の再稼働に対する態度を明らかにしていない。茨木県知事も含めて事前了承が得られると見越しての安全協定という恐れもある。いずれにせよ、どの原発においても、せめてUPZ圏内の周辺自治体と安全協定が結ばれるようになるかどうかは、自治体そのものも含めた今後の運動次第ということだろう。
 その日本原電は、東海第二原発の安全対策工事に1740億円ほど必要としている(ここでも経済性を無視した原発事業が推し進められている)。その日本原電に東京電力が経済支援するのだという​(3月31日付け朝日新聞デジタル)​。経済支援する当の東電は、福島事故の後、国から8兆円に及ぶ借金をしていて、実質的な破産(国有化)企業なのに、ほかの原発に金を出すという判断をするというのが理解できない。長く国策事業として保護されてきて、正常な経営感覚、経営倫理というものが壊滅してしまったとしか思えない。

 アッキード疑獄のニュースに埋もれるようだったが、原発をめぐるニュースもそれなりに報道されていたのである。新聞を読まないらしいどっかの財務大臣は、マスコミは森友問題ばかり報道していると言って顰蹙を買っていたが、まったくそんなことはないのである。漢字が読めない財務大臣がフリガナのない新聞を読むというのはたいへん苦痛だろうが、同情はしない。




青葉通り。(2018/3/30 18:56~19:01)


 デモが青葉通りを東進し、国道4号の大通りを渡っていくのを見送ったところで、私のデモを終わりとした。今日は疲れないで帰ろうと思ったのだったが、数軒の本屋をまわって歩いているうちにそこそこ疲れてしまった。
 まあ、どんなふうにしてみても、年齢相応に疲れて私の一日は終わりを迎えるということらしい。



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Last updated  2018.04.01 17:25:31
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2018.03.25
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 いい天気になった。こういうイベントがあるときは、天候が気になる。この時期に雨が降ったりすると、気温が急激に下がることもあるからだ。風邪ひき常習者としては外出が心配な季節だが、不思議なことにここのところ風邪をひくこともなく過ごしている。
 5年前の3月16日の​「福島原発事故を忘れない 女川原発再稼働を許さない! 3・16みやぎアクション」​は、今日のような暖かいデモ日和だった。4年前の​「3.16 NO Nukes みやぎ」​は冷たい雨で始まったが、デモが出発する午後3時ころには陽が射してきた。3年前の​「ふるさとを放射能から守ろう! 3・21みやぎアクション」​は柔らかな陽射しの好天、2年前の​「3.27 NO NUKES Parade」​も上天気で、昨年の​「福島原発事故を忘れない3・12アクション」​は陽が差せば暖かく、翳れば寒いという日だった。いずれにせよ、毎年のこのイベントは天候に恵まれている。
 勾当台公園には順調に人が集まってきている。時おり、強く吹く風にテントを設営するスタッフが悩まされていることを除けば、すべて順調に準備が進んでいて、私が手伝えることはまったく見当たらないのだった(スタッフよりずっと遅れてやってきて何を言ってるのかと叱られそうだが)。









勾当台公園野音の集会。(2018/3/25 13:51~15:18)


 集会のオープニングは、福島県二本松市在住の関久雄さんの「原発いらない 命が大事」という歌である。関さんは、佐渡に「へっついの家」を作って子どもたちを保養させるという活動に取り組んでいる。また、ご自身の家族も米沢市に自主避難しているが、現在住んでいる雇用促進住宅からの立ち退き訴訟を闘っている。いわば、東電1F事故の被害者としての〈活動〉と〈闘い〉の象徴的な存在である。
 主催者代表の開会宣言と東日本大震災で亡くなられた人たちへの黙祷の後に、合唱団「ふきのとう」によるコーラスが披露された。
 スピーチをされる登壇者は、7人。初めは、ゲストスピーカーである関久雄さん、続いて女川原発再稼働反対を現地で戦い続けている女川町議の阿部美紀子さん、「放射能から子どもたちを守る栗原ネットワーク」の本田さん、「放射能汚染廃棄物『一斉焼却』に反対する宮城県民連絡会」の仙南での焼却に反対する抗議アピールを読み上げる広幡さん、「女川原発UPZ住民の会」代表の勝又治子さん、「女川原発再稼働の是非をみんなで決める県民投票を実現する会(仮称)」の多々良哲さん、「脱原発をめざす宮城県議の会」事務局長の岸田清実さんが、それぞれの地域、組織での取り組みの報告や再稼働反対の訴えを次々と語られた。
 集会は、「国分町三丁目社中」によるちんどんパフォーマンスで元気よく賑やかに締めくくられた。派手な衣装で登場した「国分町三丁目社中」のリーダーは、仙台市議会議員のひぐちのりこさんで、脱原発への口上を朗々と述べあげられた。

 集会も終わり、350人の集会参加者のうち220人がデモに出発する準備中に金デモ常連のコーラーによるコールの練習も行われた。




勾当台公園から一番町へ(2018/3/25 15:18~15:28)


 いつもの金デモでは50人ほどの列の写真を撮っている老骨のカメラマンには、予想通り苦難の道行きが始まった。最初の信号で集団は2グループに分断された。次の信号で3グループに分断された。
 次の集団を待つ間に先頭集団はどんどん進んでしまう。最後の集団を撮り終えて、先頭集団に追いつくのはなかなか大変なのである。そこで思いついたのは、先頭から写し始めたら私が後方に急ぎ足で戻りながら撮影するのである。足は疲れるが時間は節約できる。先頭に戻るとき、駆け足を速足で済ませることができる。まあ。疲れることではどちらも同じだが……。







一番町。(2018/3/25 15:29~15:41)


 先頭を賑やかなちんどんグループが行くことだけでも人目を十分に引くのだが、今日のために「原発いらない! 女川原発を廃炉に!」という幟旗を何本も作ってのデモなので、遠目からみても賑やかな景色に見える。
 快晴の空の青に、幟旗の明るいブルーが呼応している。コールも「軽やかにリズムカルに」という呼びかけ通りに若いコーラーの声が一番町を響き渡っていく。
 コールの声に急き立てられるように、私は私で先頭集団を追いかける(へろへろになって……)。少しならず汗ばんできた。




青葉通り。(2018/3/25 15:41~15:55)


 暖かな午後の陽射しの中のデモが、遅い仙台の春がたしかにやって来たことをデモ人に確信させたに違いない。青葉通りで、カメラを構えてやってくるデモを待ち構えていると、傾いた太陽の光がまっすぐ目に入ってくる。立ち位置を自由にできない交差点では強い逆光に悩まされる。
 国道4号を越え、解散地点に近づいて、後ろの集団を迎えながら撮影して、これで終わりとカメラをバッグにしまってしばらくしたらもう一つの集団がやってきた。ふたたびカメラを取りだす気力もなくて拍手だけで取り繕った。
 それにしても、もいい運動にはちがいなかったが、とても疲れてしまった。なにしろ走り回ってたくさんの写真を撮って、その中からそれなりの写真を選ぶしかないので、避けられない疲労なのである。
 勘所だけで数枚撮って満足できるようなカメラの腕に憧れないわけではないが、憧れは憧れであって現実ではない。根拠のない夢を見るような齢でもないので、老化防止のためだと諦めて家路につくのである。



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Last updated  2018.03.26 16:22:41
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2017.02.05
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 早朝、5cmほどの積雪があった。昨日の夕方から降り出した雪は地面を濡らすだけだったのだが、夜更けから積もりだしたらしい。犬の散歩を終らせてから雪掻きをした。雪掻きといっても専用の箒で掃くだけである。15cmくらいまでならこの箒一本で済む。
 玄関前から掃きだしたが、3mほど進んだら箒の柄が根元から折れてしまった。木製の柄が差し込んだ中で朽ちていたらしい。仕方がないので、柄なしの箒で屈みこむようにしての残りの15mほどを掃きおえた。中腰の姿勢はぎっくり腰のおそれがあったが、何とか無事に終わらせることができた。
 柄の朽ちた部分をかき出し、残りの柄を差し込んで箒の修理を終えた。この冬はこれでなんとかやり過ごせるだろう。

 日中はけっこう暖かくて、雪はあっという間に消えてしまった。デモには積雪用の編み上げ靴(ただの登山靴)を履いて行こうと考えていたのだが、昼過ぎには雪の痕跡もなくなったので、いつものジョギングシューズで家を出た。


 








勾当台公園野音ステージで。(2017/2/3 18:07~18:28)

 雨のせいで二週連続して野外音楽堂のステージ上での集会だったが、今日は、「風が冷たいのでステージで」ということだったが、じつのところ、あまり風は強くなかった。みんなの距離が近い集会の感じがよかったので今週も、ということだろう。

 「否定する気はありませんが、私はデブです。それで何の話かというとデブリの話です」と、主催者挨拶は始まった。
 東京電力は、1月末に1F2号機の内部撮影を行い、圧力容器の下の作業台の大きな穴や溶融燃料(デブリ)らしい塊を見つけた。そのときの映像ノイズから格納容器の内側(圧力容器を支える円筒の外側)で放射線量が530Sv/hrに達すると推定した。そこはメルトダウンして圧力容器から落ちたと思われる場所から離れていて、なぜそのような高線量になっているか分からないのだという。このことは広範に高放射能汚染が広がっている(デブリが飛散している)ことを示唆していて、廃炉の道筋がいっそう暗澹たるものになったと言えよう。
 530Sv/hrは強烈な放射線量である。人間は積算線量3~10Svで骨髄死、8Sv以上で腸管死、20Sv以上では中枢神経死となると言われている。530Sv/hrの場所に1分もいれば確実に死に至るのだ。
 しかし、ニュースを見る限り、マスコミは530Sv/hrという数値に驚愕しているように見えるが、そもそもその原子炉のほんの一部が空中に吹き飛んだだけで10万人以上が避難しなければならないほどの放射能がまき散らされたことを考えれば、原子炉内がその程度の高線量というのは当然である。もともと原発というのはそういう存在だ。核分裂がもたらすのはそういう結果であることは物理的には自明である。今さら驚く方が不思議なのである。
 おそらく、じっさいには廃炉は困難であろう。たとえ可能であっても数十年という年月を必要とするだろう。チェルノブイリは早々に廃炉を諦めて石棺として封じ込める道を選んだ。東電1Fも汚染地下水の流出を封じる手立てをして石棺化を図るのが現実的だろう。しかし、「それでは福島の人たちの心が壊れるのではないか」と主催者は畏れる。石棺化は、チェルノブイリがそうであったように、東電1Fの近隣地域の永久的な遺棄につながってしまう。
 女川、伊方、川内をそのような故郷にしてしまうのか。誰が考えても答えは明らかだと思うのだが、なぜか日本の政治家と経済人にはそのことがまったく通用しない。

 仙台では長町地区でも金曜行動が行われているが、最近、その時間帯が夕方から昼に変わったという。夕方まで仕事があってそれに参加できなくなったのでこちらに来ました、といわれてスピーチに立った人の話題は東電2Fの冷却ポンプの故障についてだった。
 昨年11月22日早朝、福島県沖を震源とするマグニチュード7.4の地震で東京電力福島第2発電所2号機の燃料プールの冷却用ポンプが1時間半にわたって停止し、冷却水があふれ出した。東電は、それは事故ではなく安全装置が働いたためだと言い逃れしたが、それでは何も起きなかった1号機や3、4号機では安全装置が働かなかったということになって、それはそれで大問題ではないか。震度5弱の地震でその程度なら、3・11ではもっと重大な事故が起きていたのではないか、と東電の隠蔽体質を懸念する話だった。

 福島から参加された方のお兄さんが2011年6月に白血病を発症して、その後に亡くなられたという。その因果関係を断定することはできないが、低線量被ばくといえども、福島では今も被ばくが続いていることをとても心配されていた。また、福島での集会に参加していたとき、原発に反対するためにはSNSを利用してマスコミジャーナリズムに対抗する必要性を痛感して、今こうしてデモに参加したことなどを必ずSNSで発信するようにしていると話された。

 仙台の郊外で地域医療に携わっているお医者さんの話が紹介された。その地域では今までほとんど見られなかった膠原病や白血病になる人が現れたばかりではなく、甲状腺の患者さんが増えたという。このような事実が、みんなには届いていないことが問題ではないか、と話された。
 その話で思い出したのは、チェルノブイリでもこれまで全く見られなかった甲状腺がんの患者が3人も現れたとき、原発事故によると確信されたお医者さんがいたというニュースだった。しかし、IAEA(国際原子力機関)やICRP(国際放射線防護委員会)からは、統計的に有意義ではないと無視された。
 たしかに何十万人の中の3人であれば、統計的には有意義ではない。しかし、地域医療に携わっていれば、その母数ははるかに小さい。何よりも、職業医師としての人生で初めて3人の患者が同時に現れれば、放射線被ばくの影響を疑うのはきわめて正常な科学的態度である。結局、世界は甲状腺がんの異常な発生が放射能の影響であることを認めざるをえなかったが、それは事故後だいぶたってからである。
 甲状腺癌ばかりではない。おそらく、日本でも経験的に様々な異常を感じている医師がたくさんいても、それが表に出てきていないのではないかと思う。統計的な確度に自信がないということもあるだろうが、多くは陰に陽に働く圧力のせいではないか。はっきりした形をとらない圧力というものが、この社会に張り巡らされているだろう。それが権力というものだと言ったのは、ミシェル・フーコーである。

 1月29日に開催されたシンポジウム『原発のない東北の復興を考える』の報告もあった。3回目のシンポジウムだが、1回目の530人、2回目の630人に対して今回の参加者は780人に達した。
 基調講演された金子勝慶応大学教授の著書も販売されたが、すべて完売ということだった。金子教授は、原発は衰退産業そのものであり、そもそも経済的には成り立たないこと、原発そのものが日本経済の足かせになっていることなどを強調された。パネルディスカッションでは、原発に頼らない地域経済を主題として議論され、今後の活動にとってとても有意義な意見がたくさん出された、という報告だった。





勾当台公園から一番町へ。(2017/2/3 18:35~18:44)

 デモに出発する準備をする人たちがいつもよりずっと多いような気がした。たぶんそんな気がするだけだろうと思っていたが、今日の参加者は45人だとスタッフの一人から教えられた。
 先週までの2回のデモは35人だったので、たしかに今日は多い。これくらいの人数での10人の増減はけっこう印象を変えるようだ。






一番町。(2017/2/3 18:46~18:52)


 東電1F2号機の格納容器の写真の記事に続いて、東京電力は今月中にもロボットを投入して格納容器内を調べるというニュースもあった。
 前にも何度か失敗しているように、今度もおそらくロボット投入直後に動かなくなるだろう。失敗する可能性が極めて高いのだ。格納容器内の530Svという線量の推定が写真のノイズから推定したというのは、カメラが放射線損傷を受けている程度から判断したということである。高エネルギーの放射線は、どのような固体材料においてもその原子配列を壊す形で損傷を与える。
 その物理的性質がもっともダメージを受けやすい固体材料は半導体である。半導体の性能は、きれいに配列した母体結晶に導入されたごく少量の不純物が作る電子(または電子空孔)のある定まったエネルギー順位で決まる。放射線損傷は母体結晶の原子配列を乱雑に壊してしまい、いろんな種類の格子欠陥(電子レベルでは不純物と同じ役割をする)が大量に(様々なエネルギー順位が大量に)発生するので、電子制御できる半導体ではなくなる。格納容器に投入されるロボットの制御部分は半導体からなる集積回路で構成されているので、格納容器内ではあっという間にその性能を失ってしまう。
 半導体ばかりではなく、カメラのレンズもあっという間に不透明になってしまうだろう。ソーダガラスであれ石英ガラスであれ、それが透明なのは光を吸収する電子のエネルギー順位が存在しないためである。半導体の場合と同様に、放射線損傷はガラス固体の中に様々な電子のエネルギー順位を大量に作ってしまい、それが光を吸収してしまう。ガラスが放射線損傷で真っ黒になるのはよく知られた事実である。(ちなみに、私は、私の研究生活の最初期の短い期間、半導体や金属合金の放射線損傷をテーマにしていた。1個の放射線が固体内のどれだけの原子配列を壊すか、モデル計算をしたことを思い出した。)
 高エネルギー放射線の大量被ばくの前では、人知を絞ったロボットもまったく無力なのである。どんなに科学が発達しても、人間にはできないことがあるのだ。それを知ることこそ科学そのものの前提なのである。




青葉通り。 (2017/2/3 19:00~19:04)

 一番町も広瀬通りを過ぎ、さらに中央通りの入り口を過ぎると急に人通りが少なくなる。青葉通りに曲がれば、デモ人とくるまばかりという感じである。バスはたくさん通るので、バスの方にプラカを掲げ、乗客に向かってコールをあげることが多くなる。
 バスの乗客には声が届いているのだろうか。バスの乗客としてデモを眺めてみたいと思ったが、たしかそんな短歌があったのではないか。抜き書きノートで探して見た。三人目として探した岡井隆のノートにあった。


じりじりとデモ隊のなか遡行するバスに居りたり酸き孤独嚙み
                 岡井隆 [1]


 長いデモの列を遡るようにバスはのろのろ進み、デモに加わっていない作者には忸怩たる思いがわいているのだ。バスの中からデモの列を眺めてみたいなどと単純にはいかないようだ。デモに加わっていない自分をどう見るかの方が心に重くのしかかってくるのだ、きっと。たぶん、私でも……。

[1] 『現代短歌全集 第十三巻』(筑摩書房、1980年)p. 293)

 

 

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Last updated  2017.03.19 10:33:08
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2017.01.08
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 2017年第1回目のデモに参加するため家を出る。雪は降っていないが寒い。いや、雪が降っていないから寒いのだ。仙台では、雪の降らない晴天の日は寒いと相場が決まっている。
 代謝が落ちているはずなのでもう少し厚着が必要かなと思っていたのだが、今のところ、去年と同じ服装でも間に合いそうだ。こうやって冬が越せれば、それはそれでありがたい。











元鍛冶丁公園。(2017/1/6 18:05~18:27)

 2017年最初の集会では、新年の挨拶と今年へ続く思いを語られる人が次々に手を挙げてフリー・スピーチに立った。

 「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。けど、こんなデモ、早くやめたいんだ!」と始まった主催者挨拶は、パブリックコメントの話題に続いた。福島事故に対する東京電力の責任がいっさい問われないままに、経済産業省は福島第一原発事故の廃炉・賠償費用の一部や他の原発の廃炉費用の一部を、送電網を使う時の「託送料金」に上乗せして回収できるようにするという政策が導入しようとしている。たった2か月ほどで「中間とりまとめ」が出され、現在、1月17日締め切りでパブリックコメントを集めている。
 政府が集めるパブリックコメントは、その内容はほとんど読まれず、どれだけ賛成、反対があったか、その数が問題にされる。それなら、一言でも、一行でも反対の意見を書いて出すのがいい。ネットにはたくさんの文例も載っているので、ぜひ参考にして多くの人が意見を提出してほしいと語られた。

 暮れも押し詰まった12月27日に8000Bq/kg以下の放射能汚染廃棄物を一般ゴミとして焼却する問題を議論した宮城県市町村長会では全首長の合意が得られず、半年ほど結論が先延ばしにされた、という報告が当日スタンディング抗議に参加された人から報告された。脱原発仙台市民会議では、半年後の全県合意を目指す宮城県の動きに対応するため、1月15日には県内諸団体との活動経験学習交流会、1月27日の松森焼却場見学会などを計画している。
 放射性ゴミの一般焼却は一旦延期されたものの、焼却に反対した栗原市などは放射能汚染ゴミの堆肥化、農地へのすき込みを計画しているという別の問題も明らかになった。集会でも、放射能ゴミを農地にすき込むことで私たちが毎日口にする野菜類が危険になることはないのかと心配する声もあがった。
 これは汚染されたもの、これは汚染されていないものと区別されている限り、私たちは自分で注意して自分たちの身の安全を守ることができる。それが、焼却で大気中に広くばらまかれたり、堆肥として農地に薄くすき込まれたり、建設用土として全国で使用されてしまえば、私たちには放射能から身を守る方法がなくなる。空気も土地も、私たちの生きる環境はべったりと放射性物質で汚染されてしまうことになる。
 低線量被ばくの影響に関する医学的知識はまだまだ十分ではない。十分ではないうえに、原発で金儲けしたいと考える政府と大企業とマスコミによって次第に明らかになる健康被害の情報は封じ込められている。将来、新たな低線量長期被爆の影響が隠しおおせなくなるほどはっきりと問題になった時、広く薄く拡散された放射性物質を回収することは不可能になってしまうのである。
 そのため、従来の放射施物質管理の原則は、汚染を広げないこと、できるだけ集めて管理することであったが、この原則は福島事故以降政府や行政、御用科学者によって捻じ曲げられてしまったのである。

 東北文化学園大学の震災復興と原発問題をテーマとした特別講座の最後の2回の講義について案内があった。1月12日、仙台原子力問題研究グループ、放射能対策支援室いずみ顧問の篠原弘典さんの「日本の原子力の歴史を問う」、1月19日、てらさわ小児科院長寺澤政彦さんの「甲状腺の異常と放射線被ばく チェルノブイリから福島まで」。ともに木曜日午後3時から4時半、東北文化学園大学1号館2階1257教室で開かれる。
 1月12日の講師の篠原さんが多田瑤子反権力人権賞を受賞されたこと、この賞の前回の受賞者は、辺野古や高江の反基地運動を牽引していた山城博治さんだったことなども紹介された。

 多田瑤子反権力人権賞を受賞された篠原弘典さんの講演会と受賞祝賀会が開催される(2017年2月19日(日)16時半からアエル6階の情報・産業プラザ・セミナールーム2)。出席申し込み方法は、FBの『講演会・受賞祝賀会』の頁に掲載されているが、会場の関係でできるだけ早く申し込んだ方がよいというアドバイスもあった。




元鍛冶町通りから一番町へ。(2017/1/6 18:32~18:35)

 集会が終わり、45人がデモに出発する。夜のデモのときにはいつも+1ほど露出補正をして明るく写るようにしているのだが、今日は補正なしで写している。だから写る写真はどれも暗い。夜なのだからこれが自然と思えるといいのだが、なかなかそうもいかない。
 露出補正をすればISO感度が上がって写真が粗くなってしまう。それも不満なのである。フラッシュを使う手もあるが、フラッシュ光の不自然さが嫌いなので使ったことはない。一応はあれこれ考えるのだが、知識も技術もないので、適当に妥協するだけなのである。













 
一番町を歩く。(2017/1/6 18:39~18:49)

 「暮れから正月まで、ぜひお話ししたくなるようなニュースはありませんでした」と主催者挨拶にあった。さすがに年末年始は政府も電力会社もたいした動きをせずに休暇に入ったのかもしれない。彼らが行動を起こせば、必ず(と言っていいほど)悪いニュースが伝わってくるので、こちらもひと休みできたということになったということだ。
 とはいえ、二つほど目に留まるニュースがあった。一つは、暮れのどん詰まりの28日、東芝株がストップ安で市場が始まったというニュースである。前日、東芝は、この12月に原発建設等を行うCB&I社の子会社CB&Iストーン・アンド・ウエブスター社(S&W社)を買収したばかりだが、その資産価値は当初の予想よりはるかに低く、損失が数千億円(たぶん5000億円程度)に上ることを発表している。子会社のウェスチングハウスの損失分を含めると東芝は一兆円以上の損失を抱えることになる。
 もう一つのニュースは、さらにもうひとつの日本の原子力企業・三菱のものである。三菱は、経営危機に陥ったフランスの原子力大手、アレバに500億円の融資を行うことを決定した。問題は、この融資がフランス政府の要請で、けっしてアレバの将来を見込んだ経営的判断だったとは言えないことである。これは アメリカでは資産価値がないとみなされている原発関連企業を東芝が次々買収して膨大な不良資産を抱え込んだ道を、三菱もまた歩み始めたのではないかと思わせるニュースである。

 世界的レベルで言えば、原発産業はすでに斜陽である。原発大国のフランスの最大手、アレバですら例外ではなかった。原発先進国アメリカでも原発関連企業は売却される運命にあるほど原発産業は不況である。とうの昔に世界は脱原発に踏み出しているのである。そして今、世界の原発企業をめぐる負債は、東アジアの後進国の愚かな企業に押し付けられている構図になっている。周回遅れの先進国(つまりは後進国)では、国も企業も原発があれば経済が回るという妄想を脱却できないでいる。そして、この国の政官民一体となってもっと周回遅れの国々へ原発を強引に売り込んで生き延びようとあがいている。
 エコノミストの中には日本の原発企業の抜本的見直しを期待する向きもあるが、企業ばかりでなく後押ししてきた政府も自分たちにとって好ましくない政治的判断を強いられる「抜本的な」見直しなんてできるのか、私は疑っている。
 いずれにせよ、国民を道連れにしないでほしい。かれらと心中なんてごめんこうむりたい!







青葉通り。 (2017/1/6 18:50~18:58)


 デモが終わって、冬らしくきりっと冷えた青葉通りのデモが来た道を戻って家に帰る。いつものようにワイン(今日は赤)を飲み、少し飲み過ぎたと思いながら遅い食事を終えた。まったくアルコールを受け付けない日も多いのだが、体を動かした日は飲めることが多いような気がする。
 いいあんばいの酔い加減で寝ようと思ったころ、義母の熱が高い、血中酸素量が低いと妻が言い出し、訪問医に電話をかけ始めた。状況を報告したら、即入院ということになって救急車を待つことになった。
 バタバタと入院の必要な荷物を二つの大きなバッグに詰め終えるころ、救急車が到着し、義母と付き添いの妻を送り出した。時計は12時を回っていた。眠る気になれなかったので、デモ写真の整理をした。どれも暗い写真で、RAWデータ写真の修正は楽ではないが、暗いものは暗く、それでいいんだと言い聞かせながら進めたが、半分も終わらすことができずに床に入った。

 そんな一日の終わり………。

 

 

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Last updated  2017.03.19 10:34:36
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2013.12.31
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14年賀

 







Last updated  2014.01.01 07:33:24
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