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山行・水行・書筺 (小野寺秀也)

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全8件 (8件中 1-8件目)

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犬のいる生活

2016.01.01
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カテゴリ:犬のいる生活
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読書や絵画鑑賞のブログ
かわたれどきの頁繰り(小野寺秀也)







Last updated  2016.01.01 08:02:53
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2013.08.13
カテゴリ:犬のいる生活

私の生れ故郷へ、イオと妻と墓参りに行ってきました。

 

そのブログはこちらです。

 

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(2013/8/13 13:29)







Last updated  2013.08.15 09:38:33
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2013.03.28
カテゴリ:犬のいる生活
   『最後から二番目の恋』というテレビドラマがあった。ちらっとしか見たことはないが、いいタイトルだと思った。老いたひとりが恋をしたとして、それを最後の恋と考えるよりも、最後から2番目の恋として未来にある余地、ある場所を残しておく方がずっと良い。

  昨年の9月、イオは12才になった。十分な年齢である。富岡多恵子の詩にこういうのがある。

犬の一年はヒトの七年とか八年とか言われています
茶色の犬は生まれて二年の間に
わたしの十五,六年を行きました
わたしはハタチすぎから今日まで
茶色の犬の二年分ぐらいしか生きなかったのです
                                  富岡多恵子「年齢」部分 [1]

  7年としたら、イオは84才相当ということになる。犬に関する本では犬の1年が人間の4年ほどに相当するという説があって、そうであれば、ほぼ50才相当である。上の詩にはもちろん文学的誇張があるのだが、いずれにしても犬は駆け足で生を過ぎてゆく。

  だが、現在のイオは若い牡犬に夢中である。昨年あたりから見かけるようになったバロンという名の8才も年下のボーダーコリーである。
  イオにも私にもボーダーコリー経験はほとんどない。唯一の例は、ボーダーコリー2匹とミニチュアダックスを連れ歩いているご夫婦と出会うことである。この3匹はイオを見つけると遠くから吠えまくるので、たぶんイオも私もボーダーコリーの性格をそんなものと考えていた(たぶん、誤解なのだが)。後でバロンの飼い主さんに聞いた話では、そのボーダーコリーはしつけの学校でバロンと一緒だったのだが、バロンとも「天敵同士」のように仲が悪いのだという。

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         飼い主さんに気を遣いながらバロンに駆け寄るイオ。 (2012/3/11) 

  昨年くらいからバロンと出会うようになり、そのたびにイオが落ち着かなくなるのだった。ボーダーコリーのイメージが良くなかったこともあって、イオは嫌がっているのではないかと思って避けるようにしていたのだが、どうも様子がおかしい。イオがしきりに鼻を鳴らすのである。そばに行きたいということらしいので、おそるおそる近づいて挨拶をすると、イオは大はしゃぎでバロンに絡みつくのだった。
  イオは、遠くからバロンを眺めては恋い焦がれていたらしい。その年でそんなにはしゃぐのか、と飼い主が恥ずかしくなるほどの興奮ぶりなのだ。バロンの飼い主さんが、イオの年齢を聞いて「げんきですねぇ」と驚いて(たぶん、あきれて)いた。

年々に滅びて且つは鮮しき花の原型はわがうちにあり
                           中条ふみ子 [2]

  誰かを恋するに年齢は関係ないか、咲くべき花の原型はずっとイオの心の内にあったのだ、などと思い直した。それからはせめてもの飼い主のつとめとして、バロンと出会える確率の高い散歩コースと時間帯を選ぶようにしているのである。

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     ゆったりとした態度でバロンも相手をしてくれる。 (2012/3/11) 

  バロンという犬は、イオと私のなかにあったボーダーコリー観を一変させた。じつに穏やかな性格の犬で、はじめはまとわりつくイオにずいぶんと戸惑っていたが、静かに相手をしてくれるようになった。どっちが年上か分からないのである。
  まだ1才にもならないキャバリアや黒シバの子犬とも出会うのだが、バロンは丁寧に相手をしているのである。イオといえば、若いときのように子犬とじゃれ合うということはなくなって、まとわりつく子犬から逃げ回るばかりなのだ。恋をするほど若いのか、子犬の相手が面倒になるほど老いたのか、よくわからない。

  イオは、リードを離せる場所ではスィッチが入ったように駆け回ることもあるのだが、散歩の途中で歩きたくないという素振りを見せることが多くなった。飼い主としてはどの程度の運動量が適切なのか、迷っている状態である。
  立ち止まって、もう嫌だね、という表情をしたときは、遠くを見て「おっ、バロンだ」と言うととたんに張り切って歩き出す。もちろん、バロンと会った後、しばらくの間は溌溂として元気に歩くのだが、長くは続かない。

  2、3才の頃、サブちゃんという牡犬と激しく興奮して転げ回ったが、バロンとも同じように遊びたいと思っているらしい。夢中になりすぎてサブちゃんに激突してしまい、ふられてしまったことを忘れたのか。イオよりも年老いた飼い主は、12才になったのだから静かな大人の恋はどうですか、などと余計なことを考えてしまう。

交りは淡く淡くと思へども火腫れ戻りてくたりと坐る
                                           河野裕子  [3]

 

[1]『富岡多恵子集1』(筑摩書房 1999年)p.414。
[1]『現代歌人文庫4 中条ふみ子歌集』(国文社 1981年)p. 38。
[2] 河野裕子『歌集 家』(短歌研究社  2000年)p.39。







Last updated  2013.03.30 14:51:55
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2013.03.27
カテゴリ:犬のいる生活

花冠りも 墓碑もない
遊戯に似た
懸命な死を死んだ
ぼくたちの青春の死者たちは もう
強い匂いのする草と甲虫の犇きを
もちあげることができないだろう。
               長田弘「われら新鮮な旅人」部分 [1]

  イオが2才のとき、生後6ヶ月くらいのコジロウに初めて出会った。朝の散歩で以前から会うことがあって挨拶を交わすようになっていたご夫婦がコジロウを連れてやってきたのである。
  コジロウはまだイオより少しばかり体が小さい。じゃれ合うようにして2匹は遊ぶのだが、イオの早くて激しい動きをときどき怖がっているようだった。遊びたいけど少し乱暴な年上女は怖い、というのはよくありそうなことだ。イオはイオでまるっきり姉さん気取りで、しつけをするつもりか、ときどき威嚇したりするものだから、コジロウの遠慮は続くのだった。

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     イオに尻込みをするコジロウ。 (2003/9/4) 

  1才をすぎるころ、コジロウの体格はイオを上回り始める。そして、イオの態度が一変する。出会うと、威嚇して暴力的に屈服させようとする。いわば、自分の体格を超えて立派な牡に成長していくコジロウに、それまでの序列を維持しようと躍起になっていたらしい。
  そんなイオをコジロウは歯牙にもかけないというような態度で悠然と振る舞う。たぶん、それでイオはますます焦ってしまうらしく、激しく挑みかかるのである。

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             イオより大きくなって。 (2004/5/9) 

  会うたびにけんかを売るようでは困るので、おやつで何とかしようということになった。遠くからコジロウがやってくるのが見えると、「おはよう、おはようだよ」と言い聞かせる。できるだけ心を平静にするような声がけをして、小次郎と出会ってもできるだけ短時間で分かれるようにする。だから、ほとんどすれ違いのように通り過ぎるようにした。吠えかかるチャンスを少なくしたのだ。
  そして、とにかく吠えなければ、ご褒美としておやつをやる、というわけである。うなったり、吠えたりしたらおやつはやらない。この繰り返しで、何とか吠えかかったりしなくなり、以前と同じように遊ぶようになった。ただし、姉と弟という感じの関係はすっかり影を潜めて、リーダーの牡犬に付き従う従順な牝犬という風情なのである。

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                挨拶。 (2005/5/4) 

  しかし、それを機会にイオは新しい習慣を手に入れたのだった。コジロウとの仲が以前のように戻ってからも、コジロウと会えば「おはよう、おはようだよ」とイオに言い聞かせ、おやつをやる習慣は残ったのだが、イオはそれを「おはよう=おやつ」と理解したのである(らしい)。
  散歩の途中では、いろいろな散歩人と出会う。当然のように、たがいに「おはようございます」と挨拶を交わす人が多い。そのたびにイオはしっぽを振って私の前に回り、通せんぼをしながらおやつを要求するようになった。

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            微妙な関係のクッキーと。(2003/8/29)

  同じコースを散歩する立派な白髭を蓄えたおじいさんとクッキーという犬がいた(その人の娘さんが飼い主ということだったので、クッキーのおじいさんと呼ぶことにする)。イオとほとんど同じ頃の生れで、体格もほぼ同等、微妙なライバル関係にある牝犬である。
  出会えば2匹は夢中になって駆け寄ろうとするのだが、イオはおじいさんを、クッキーは私をめがけて走り寄ろうとするだけなのだ。私はクッキーに、おじいさんはイオにときどきはおやつをやっていたという単純な理由からである。

  そのクッキーがコジロウに恋をしたらしい。散歩コースでコジロウに先に出会い、しばらくしてクッキーに出会うときがあって(コジロウとクッキーは、イオとは反対回りにコースを歩いていた)、「いま、コジロウ君に会いましたよ」などと言おうものなら、クッキーがそわそわしはじめて私のおやつなどに見向きもしなくなる。そして、おじいさんを急かせてコジロウの後を追おうとするのである。「コジロウを見かけるといつもそうなって、この年で早足は大変」とおじいさんはにこにこしてはいたのだが。

  でも、イオにとってクッキーは恋のライバルではなかったようだ。その頃、イオはサブちゃんという犬に夢中だったし、コジロウとはどちらかと言えば「幼なじみ」という感じのつきあいだった。クッキーの恋の行方はわからない、というより今に至るまで確かめたことはない。

  コジロウが3才を過ぎた頃から、朝の散歩で出会うことが急激に少なくなった。コジロウの自宅に一番近い公園でたまたま見かけたとき、「最近はあまり遠くに出かけない」と飼い主さんがいう。テンカンのような症状が出て突然倒れるようになったということだった。時間がたてばすっかりよくなるのだが、心配なので散歩は近場を少しだけだという。

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       コジロウ:すっかり貫禄ある牡犬になって。 (2009/4/12) 

  たまにしかコジロウとは会えなくなったが、病院から薬をもらっていて、何事もなく元気でいることはたまに会う様子で分かっていた。コジロウはもともと性格が穏和な犬で、ますますゆったりとした風格のある姿になっていくのだった。

  平成11年の暮れ近く、コジロウの飼い主さんが一人で散歩しているのを見かけて尋ねると、コジロウは2ヶ月前に亡くなったという。病気持ちだったが、突然の死だったという。8年の生涯だった。

  この詩を、イオに優しくしてくれたコジロウに。

やはらかく
ゆっくりと
ゆるんで

もう 泣いてもいいのですよ
泣きながら 眠ってもいいのですよ
白い花のかげで うとうとと

やさしさの
深い 疲れを
         吉原幸子「虚像」部分 [2]

  この短歌を、コジロウの飼い主にさんに。

連れ歩む犬ももう無し裏山を日向づたひに落葉ふみゆく
                                 河野裕子 [3]


[1] 長田弘『詩集 われら新鮮な旅人』(思潮社 1965年) p.107。
[2] 『吉原幸子全詩 II』(思潮社 1981年) p.294。
[3] 河野裕子『歌集 家』(短歌研究社  2000年)p.98。







Last updated  2013.04.04 08:07:28
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2013.03.18
カテゴリ:犬のいる生活

呼吸(いき)合はせ歩きゐるなり人と犬犬たちは皆尻尾をあげて
                                                               河野裕子 [1]

  イオが2才から3才になる頃、「サブちゃん」という同い年の牡犬、「コロ」という牡の老犬に朝の散歩で出会うようになった。仙台城址近くの民家から離れたている広場に、3方向から集まるように、その広場をそれぞれの散歩コースに組み込んでいた。

  コロは飼い主も含め、「コロ」と呼んだり「コロちゃん」と呼んだりするのでコロという名前だと知れたが、サブちゃんは誰もが「サブちゃん」と呼ぶので、「サブ」、「サブ××」なのか、「サブちゃん」そのものが名前なのか、じつは今でも分からないのである。

  コロは泰然自若としているやや大型の柴犬で、大人というものはこういうものだということを振る舞いで示しているような犬だった。サブちゃんとイオは、出会えばはしゃぎ回るような挨拶をするのだが、コロは鼻面をちょっと近づけておしまいである。

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  コロのお父さんにおねだり(遠慮して前肢を触れないように)。 (2003/8/23)

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      サブちゃんのお母さんにお愛想。 (2003/9/4) 

  コロよりずっと若いサブちゃんとイオは大はしゃぎでじゃれ合っている。しばらくは追いかけっこをし、時々は山の端の藪に2匹で突っ込んでいく。コロはしばらく静かに2匹を眺めてから先に引き上げていく。

  2匹の藪遊びは、ある程度の時間がたてば終わるのだが、時にはイオだけが帰ってくることがある。サブちゃんは藪中の遊びが好きなようで、お母さんが呼んでも出てこないことがあった。お母さんが怒ってしまって、先に自宅に戻ってしまったことは1度だけではない。その広場からは山裾伝いに自宅に戻れるので、お母さんは心配していないようなのだ。

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              激しく絡み合って。 (2003/10/19) 

朝光を走る磨かれた凡な犬     金子兜太 [2]

  サブちゃんとイオの遊びは、全力疾走しながら絡み合い、転げ回り、また全力疾走なのである。サブちゃんと出会って挨拶を交わしているうちに、イオに突然スイッチが入って駆け出すのが合図のように遊びが始まる。
  遊びのきっかけはイオが作り、遊びが始まればサブちゃんが遊び場を決めているようで、結局は藪遊びに誘われるのだった。

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       元旦に出会って、行儀良く待つ。 (2004/1/1) 

  イオはとにかくサブちゃんに夢中だったのである。サブちゃんはといえば、激しい遊びにもつきあってくれるが、藪の中へイオを引き連れて入って行ったあと、イオが飼い主を気遣って藪から戻ってきても平気で一人遊びをしているらしかった。もしかすると、遊ぶのが好きなだけでイオには淡々としていたのかも知れない。
  それでも私としては、あれはイオの恋だったと思いたいのである。あの切実な表情はそんなに見られる訳ではなかったのだ。

  サブちゃんの自宅は、太平洋戦争後に仙台空襲の被災者や外地からの引き揚げ者のための住宅地として仙台市の公有地である仙台城址の麓に造られた住宅街である。戦後、50年ほど過ぎてから公園用地とするために市が立ち退きを迫っていて、ぽつぽつと引っ越しが始まっていた。サブちゃんの家でも近いうちに引っ越すのだと聞いていた。

  出会いから1年ほど過ぎて、しばらく会えなくなった。サブちゃんのお母さんも仕事を持っていて、たぶん散歩の時間帯が変わったのだろう。久しぶりに出会ったのは、ある年の元旦である。まずは、お年玉だよと言って、サブちゃんのお母さんがおやつを振る舞う (写真) 。
  それから近くの広場に移動して、いつものように遊ぶ。ところが、絡み合って遊んでいるうちに異様に興奮したイオは、全力疾走したままサブちゃんに体当たりをしてしまった。当然のように強打したサブちゃんは甲高い悲鳴を上げて逃げてしまった。それっきりイオに近づこうとしない。恐れをなしてしまったのだ。

  2、3日後にまた会ったが、サブちゃんはイオから微妙に距離をとっている。イオは不満そうに鼻を鳴らすのだが、じゃれ合って遊ぶ様子はさらさら見せない。イオの暴力遊戯がトラウマになって、イオはふられてしまったらしいのだ。

  いつか元に戻るでしょうね、などとサブちゃんのお母さんと笑いながら話していたのだったが、激突事件から3週間ほどでサブちゃんは引っ越して行ってしまった。

  突然のお別れで、イオの恋は終ったのである。

おもひ栄え大暑無言の別れかな    佐藤鬼房 [3]

    

[1] 河野裕子「季(とき)の栞 河野裕子歌集」(雁書館 2004年)p. 157。
[2]「金子兜太集 第一巻」(筑摩書房 平成14年)p. 147。
[3]「現代俳人文庫10 佐藤鬼房句集」(砂子屋書房 1999年)p. 70。

 







Last updated  2013.03.22 11:03:11
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2013.01.15
カテゴリ:犬のいる生活

  昨日(1月14日)は、1日中雪が降り続き、正午頃と午後3時半くらいに雪かきをしなければならなかった。仙台で大雪になる時はたいてい湿った重い雪で、雪かきはけっこうたいへんなのである。
  かといって、本格的な雪かき道具を揃えるほどには雪の降る回数もその量もたいしたことはない。じつに中途半端で地域で、さらに中途半端な道具でやる雪かきは手際よくやれないのだ。

  雪かきに一緒に出たがるイオは、リードに繋げば雪かきに邪魔で、放せば狂ったように雪を蹴散らして町内を駆け回る。それで、雪かき専用(じつは山歩き用)の長いリードに繫ぎ、雪かきをする。
  進行方向にイオがいて邪魔なときは長靴で尻をこづくと前に進む。こづく、進む、雪をかく。これを二,三回繰り返せば、イオもコツを呑みこんでスムーズに仕事がはかどるようになる。

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          昨日、雪かきの後で。 (2013/1/14 11:53)

  雪かきを終えて、広瀬川の堤防に出て、踏み跡のない広場で遊ぶ。全力疾走、雪に鼻面を突っ込み探索する、その繰り返し。
  12年前の12月1日、イオが生後3ヶ月で我が家にやってきた2日後、12月には珍しい大雪で、広瀬川の堤防から放り投げるとイオの背丈ほどの雪の中を駆け上がってくるという遊びがお気に入りだった。それ以来、積雪のときの外出のはしゃぎ方は尋常ではないのである。
  結局、昨日は昼の雪かきから四回も散歩を強要されてしまった。

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      広瀬川・大橋(左手の山稜が仙台城趾)。 (2013/1/15 6:23)

  今朝は4時半頃から攻勢が始まったが、何とか6時までしのいでから散歩に出発である。雪道の散歩は、足許を確かめることに気がいって、散歩の気分がいちじるしく損なわれる。ひたすら歩く、そんな感じになる。
  ただし、イオが連れだとほとんど前に進まない。雪の下の匂いの確認にいつもより時間がかかるためである。雪が地面に匂いを覆い隠した分だけ、かすかな匂いに執着するらしいのである。

  仙台城(青葉城)跡から大橋を渡り、西公園(桜ヶ丘公園)に入る。

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        西公園:ドイツトウヒ、ヒノキ、サワラなどの下道。 (2013/1/15 6:33)

  西公園の中でも西公園通りの沿った遊歩道は、道脇の大きなドイツトウヒやヒノキが防いでくれて積雪が少なく歩きやすい。雪にはドイツトウヒやモミの木がよく似合う。この道で、ヒノキとサワラの区別を勉強したのだが、すっかり忘れてしまった。その当時の樹種の名前を書いた木板も今は見えない。
  この道の左手に桜の木がたくさんある。周りの木々のせいか、春の花見の時期でも何となく暗い感じがする場所である。

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           西公園:桜の木々。 (2013/1/15 6:33)

  西公園の北端から定禅通りを眺めると、欅の幹にはまだ「SENDAI光りのページェント」の電源ボックスが括りつけられたままになっている。今は、イルミネーションの代わりに雪が枝枝を飾っている。

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     定禅寺通りの雪のページエント(西公園北口から)。 (2013/1/15 6:39)

  ふたたび西公園に入って、広瀬川沿いの道を歩く。公園の北側に模様部分がすかしになったこけしの塔がある。ドイツトウヒを背景にしてくすんでいるのだが、今日は頭に雪を被った分だけ目立っている。

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        西公園:ドイツトウヒに囲まれるこけし塔。 (2013/1/15 6:42)

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        西公園:広瀬川沿いの道。 (2013/1/15 6:42)

  広瀬川沿いの道には、大きな雪玉が転がっている。完成されなかった雪だるまのためだったのだろうか。道には数人分の踏み跡があって、さほど難儀をしないで歩くことができる。
  景色の写真ばかりでイオの写真はまったく撮っていなかったことに気付いた。それに、雪を漕ぐのはたいへんなので、これまでずっと踏み跡ばかり歩いてきた。最後に、踏み跡のない彫刻の前までイオを連れていく。飛びはねるように進むイオは、やはり楽しそうに見える。彫刻の前で記念写真を1枚。

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         西公園:雪をまとう彫刻の前で。 (2013/1/15 6:49)







Last updated  2013.01.16 08:18:55
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2012.12.09
カテゴリ:犬のいる生活

透きとほる扉の向う詩を愛する犬たちがゐる夏のしづけさ
                                  水原紫苑 [1]

  イオは牝犬である。生後6ヶ月くらい、初潮の頃に避妊手術をしたが、それでも正しく女である。女として生まれでて、つまり生物学的な性は女で、ボーヴォワールではないけれども、成長しつつジェンダーとしての女に育ち、そしてそのセクシュアリティはヘテロである。
  したがって、当然のことながら、イオは牡犬に恋をするのである。

  じつのところ、イオの初恋はどれなのか判断する根拠はない。人間よりは行動パターンは読みやすいような気はするものの、「淡い初恋」などということになったら、分かりようがない。考えてみれば、自分の初恋がどれで、どんなふうだったのか、それすら判然としていない私が考えるのだから、あいまいなこと極まりない。

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    恋どころか、まだ赤ちゃん。
    A:新聞を囓り散らし、次はお気に入りの人形。 (2000/12/2) 
    B:人形に飽きて、ブラシの柄。 (2000/12/18) 
    C:浴室から盗んできた湯桶(翌日、新品購入)。(2001/1/1) 
    D:1mのただの木の棒(これが1番の気に入り)。 (2000/12/3)

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                ワインだって囓るのだ。 (2000/12/9)

  イオの最初の異性との出会いは、シーズーの「マーくん」である。生後4ヶ月くらいで出会って、すぐにイオの方の体が大きくなったのだが、マーくんはいつも兄貴ぶって威張っていた。マーくんの後をついてまわっていたのは確かだが、初恋とは程遠かったのではなかろうか。それは、どちらかと言えば、成犬になるにしたがってシーズー嫌いになるような、なにか複雑な気持ちで付き従っていたようなのであった [2]。

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     まだテーブルのうえには届かない。1ヶ月後にはほぼ制覇。(2000/12/2/)

  同じ頃、たまにしか遭えなかったが、「ラッキー」という元気な牡犬がいた。成長した後のイオと同じ位の体格で、似たような毛並みをした雑種犬である。

  隻腕の飼い主と公園にやってくるラッキーは、もちろんリードに繋がれているのだが、まだ薄闇の「かわたれどき」に出会ったときには、ラッキーは広い公園を隅々まで走り回っているのであった。飼い主さんは、どうもラッキーを自由に走り回らせるために、誰もいない時間帯に出かけて来るらしいのである。

  職場の飲み会があって帰りの遅くなった私が、帰宅しようと夜中の一時半くらいに公園を横切ると、三人の人影のまわりを走り回るラッキーがいた。一人は飼い主さんで、もう一人は仕事帰りの中華飯店の若い経営者、もう一人はその公園を「ホーム」にしているホームレスの一人であった。その三人に酔っ払いの私が加わって、ラッキーと一緒に遊ぶ、そんなこともあった。

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            炬燵の周りでの寝姿。
            E:長々と (2000/12/20)。F:大股開きで (2001/1/31)。
            G:膝の上、両方とも熟睡  (2000/12/4)。

  時間帯を狙い澄まして現れては公園を駆け回るラッキーに出会うことができたときには、イオは必死になってその後を追いかけるのである。ラッキーは、けっしてイオを邪険に扱うことはないけれども、とくに相手をしてくれるわけでもない。ただ、ひたすらに自分のペースで走り回るのである。
  ラッキーはイオが目に入っていないようにふるまい、イオは自由に歩き回れるラッキーの後を必死になって追いかける。ラッキーはまるで広い公園のガイド役のようで、イオもそんな風に接しているように見えた。ある程度走り回ると、ラッキーがまだ走り回っていてもイオは私のところに戻ってきて、その日の遊びは終わるのである。

  イオの心のうちはよく分からなかったけれども、ラッキーへの恋心のようなものは感じられずに、割りとさばさばした遊びの先輩との付き合いふうなのであった。

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         広瀬川の堤防を駆け上がる雪中訓練。こうして筋肉系乙女に。
        丈夫な足腰とすさまじい突進力は「悲劇の恋」のもととなる。 
                                       (2001/1/12)

  初恋の相手は、人も犬もたくさん集まるその公園ではなく、民家から遠く離れた山沿いの早朝の広場である。

     (続く)

 

[1] 「くあんおん 水原紫苑歌集」(河出書房新社 1999年) p. 181。
[2] 「シーズーぎらひ」HP『ブリコラージュ@川内川前叢茅辺』

 







Last updated  2012.12.11 13:55:13
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2012.08.14
カテゴリ:犬のいる生活

  お盆で、私の田舎へ墓参りに行く。仙台から車で1時間、あまり遠くはないが、最近はお盆くらいしか行く機会がない。親も兄弟ももういない。甥たちが暮らしているが、どうしても足は遠のいてしまう。

  2日ほど前からイオは遠出を嗅ぎつけている。妻と相談を始めると、いつの間にか傍らで尻尾をぶんぶん振って喜んでいるのである。どうも、「○○時に」とか「明日」とかという言葉で何かを感じるらしい。
  11才のせいか、けっこう図々しくなっていて、名前を呼ばれても無反応のことが多いのだが、妻が「おとうちゃん、あした、10時にねぇ...」とわざとらしく大きな声で言うと、すっ飛んでくる。それが、妻の最近のイオ相手の遊びの一つ
だ。

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      左 : 「連れてって!」 (2012/8/14 11:04)
      右 : 「早く、早く!」 (2012/8/14 11:17)

  今日も2楷で着替えを始めたときからくっついていて、居間に降りてくると「早く、早く」とせき立てるのである。無視しようものならジャンプして4本足の跳び蹴りをくらう(この跳び蹴りは私にだけで、他の人には絶対やらない)。
  次にやるのもお決まりで、玄関の三和土にさっさと降りてしまう。イオなりの実力行使らしい。そこで「ワォワオ」騒ぎ立てるのだ。

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      左 : 「さぁ、出発進行!」 (2012/8/14 11:23)
      右 : 「……………」 (2012/8/14 11:30)

  助手席はイオの指定席になっていて、専用のシートが張られたままになっている。そこに座ればもう安心、あわてず騒がずどっしりと落ち着く。写真を撮るとき、何回か名前を呼んだが見向きもしないで前方注視である。
  車が動き出すと、途端に眠気が……。車が動き出してまだ5分くらい、後部座席の妻が、「もうウトウトしてる」という。向こう向きで運転席からは見えないが、いつものことで、妻とそっくりなのである。
  出発して15分ほどで東北自動車道に乗る。高速道でカメラをいじれないので証拠写真は撮れなかったが、30分も経つとすっかり横になって熟睡モードである。

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      左 : 「なに、なに、早く!」 (2012/8/14 12:23)
      右 : 「遅いなぁ、おかぁちゃん」 (2012/8/14 12:50)

  高速を降りるETC専用ゲートがあるサービスエリアで昼食だが、さすがにお盆休みらしく駐車待ちの車が並んでいる。そのまま、高速を出て、一般道沿いの駐車場に駐めて、歩いてSAに入る。

  帰省客で満杯のSAには、犬連れもまたたくさんいる。イオ連れの私たちは、初めからレストランはあきらめて、公園の藤棚の下のベンチに陣取り、まず私が少しの食料を仕入れてくる。それを食べ終えてから、妻が不足分、付け足しを買ってくる、ということにした。イオが心待ちに待っているが、残念ながら昼食はない。焼きそばに入っていた肉一切れだけの分配でおしまい。味付けが濃くてまずかったのか、2切れ目の催促はない。

  食い物に執着しないという点が、この犬の欠点でもあり、長所でもある。仔犬の頃は、心配するほど食が細くて困った。それがずっと続いていて、こちらが気を遣わずにおやつをやっても、肥満の心配のない犬である。
  「鼻パク」という芸がある。鼻の上におやつを載せて、それをふり落とす瞬間に口でパクッと咥えるという芸である。それをやらせようとしたら、1発目で機嫌を損ねてしまって、「そんなことまでしておやつなんか食いたくない」と言わんばかりの態度で逃亡してしまった。おやつで騙すのがむずかしいのだ。

io1-4
      左 : 「いい風!」 (2012/8/14 13:03)
      右 : 「あれは何だ?」 (2012/8/14 13:08)

  高速を出るとのんびりと田舎道である。窓を全開、風をビュンビュン受けて楽しむのもいつものパターン。山道などに入れば、野生が復活するのか、窓枠に手を掛けて乗り出すほどの興奮である(ベルトの長さ調整が大事)。

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      左 : 「ここだよ!」 (2012/8/14 13:56)
      右 : 「間違えちゃった」 (2012/8/14 14:02)

  涼しい内に墓参をすませたのだろうか、墓地にはほとんど人がいない。リードを放したら、さっさと行って「ここだよ」という顔で待っている。残念ながら、1列後ろの墓を間違えている。何度も来てはいるが、間違えた理由が分からない。自信満々で私たちを待っている根拠は何だったんだろう。

  ここの墓には、祖母、両親、次兄夫婦が眠っている。私たちの家族は、長男、次男、長女が生まれた後、この小さな町にやって来て住み着いたのである。6人兄弟の長男と次男がこの町に残り、残りは町を出た。その長男と次男は、もういない。

  io1-6
        「このお墓は始めて(少し緊張)」 (2012/8/14 14:52)

  次兄が家を継いで、長兄は同じ町内の旧家の婿養子になった。次は、その長兄の墓である。同じ町内でもずっと離れた集落で、広い青田の中の道を行くと、数本の大きなケヤキの屋敷木が遠くから見える。そのすぐ近くに寺と墓地がある。
  義姉への挨拶もそこそこに墓に向かう。イオは初めてである。きょうの予定はここでおわり。風邪をひいていて、熱がぶり返してきた私は、ただひたすら早く帰りたいのであった。







Last updated  2012.12.11 13:57:14
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