山行:泉ヶ岳(1172m) 2018年7月31日
泉ヶ岳に登ることにしたのは、今の私の体力がどれほどのものか、早く知りたかったからである。440m(傾城森)、621.3m(寒成山)、994.2m(龍ガ岳)とリハビリ登山は進んできたが、龍ガ岳は途中で登山道を失ってほとんどリハビリに寄与していない。 かといって、龍ガ岳に代わる手ごろな山というのも思いつかない。それなら、少し無理目かもしれないが泉ヶ岳に行こうと思ったのである。泉ヶ岳に上れば、これからの山行がどれほどのものになるか、想像できるだろうと踏んだのである。 何度も登っている泉ヶ岳はとても手軽で、冬山をやらない私にとってシーズン初めには必ず登る山で、いわば年々衰える体力を確かめる基準になる山である。このブログにも、2012年5月7日、2013年5月18日、2015年5月18日と山の雪が消えかかるころに昇った泉ヶ岳の記事を掲載している。 全天雲に覆われた暑い日になった。 車で山麓に近づいて行っても、どの山も雲のなかである。泉ヶ岳スキー場の大駐車場はほぼ満杯になっていた。こんなことは初めてだが、夏休みの時期の午前9時半ごろに泉ヶ岳の登山を始めるのも初めての経験で。季節も時間帯も違うので何とも判断しがたい。Photo A 「オーエンス泉岳 自然ふれあい館」。 (2018/7/31 9:46)Photo B1,B2 コバギボウシとその白花(?)。Photo C シシウド。Photo D ガクアジサイ。 登山口から一番遠いところに車を止めて、歩き出した。昨夜、雨が降ったらしく地面が濡れていて、やたらと蒸し暑い。駐車場の西端近くに「オーエンス泉岳 自然ふれあい館」という施設があって、15人ほどが玄関に入って行った。駐車場が満杯なのはこの施設の利用者が多いということもあるのだろう。 施設横の舗装道路を通って登山口に向かう。前に私と同年配の先行者がいる。道端のコバギボウシやガクアジサイの写真を撮っている間に、その人は林のなかに見えなくなっていた。 舗装路が終わり、いよいよ登山道というところで女性二人の登山者が休憩している。私ももうすでに大量の汗をかいている。いくら夏とはいえ、ここの標高(580mくらい)で、この湿度、気温の高さは異常としか思えない。私は、汗の処理もせず、挨拶をして通り過ぎた。Photo E 先行者。(2018/7/31 10:23) Photo F 分岐。(2018/7/31 10:30)Photo G 水神。(2018/7/31 10:41) 泉ヶ岳の水神コースを上りに選んだが、このコースは水神までは傾斜が緩やかで体が慣れるまでの歩き出しとしてはいいコースである。振り返れば、林のなかにちらちら見えていた先ほどの女性二人の姿もしだいに見えなくなった。 できるだけゆっくりと歩くように心がけていたが、上の方に先行者が見え出した。私と同年配のご夫婦らしいカップルで、「どうぞお先に」と挨拶されて追い越した。今日は追い越されることはあっても追い越したりしないようにしよう、そんなふうに思っていたが、もう計画倒れである。 どんなゆっくりでも登り切って帰ろうと思っていたのだが、歩きながら「登り切れずに引き返すことになったらどうなるのだろう、ということに思い至った。ちゃんと登り切って帰ることばかり考えていたが、もしダメだったら私のこれからの登山はどうなってしまうのだろう。潔く諦めるのか、もっとしつこく体を鍛えることに向かうのか、この年齢で体力は回復するのか、などと考え出していたのだが、水神に到着し、そこから始まるごろごろ石の急坂に取りかかると、みんな吹っ飛んでしまった。とにかく登らなくては、そればかりになった。Photo H オヤマボクチ。Photo I1,I2 キンレイカ。Photo J 賽の河原。 (2018/7/31 11:44) 足は予想以上に動くのだが、息が切れて長続きしない。花の写真を撮っては一休み、大汗を書くので意識的に水分補給回数を増やしてひと休み、そんなペースになった。 途中、下ってくる2人連れ、2組に出合った。最初の二人ずれは、私を待っていてくれたので、礼を言って通り過ぎた。次の二人組のときは、私が先に止まって待っていた。そうやって休んだのだ。 「さいの河原」の道標がみえてほっとしたのだが、疲れた身にはその道標が賽の河原からかなり下の方に設置しているとしか思えないのだった。なんとか眺望がいいはずの賽の河原にたどり着いても、何にも見えない。賽の河原の上をガスが通り過ぎてゆくだけだった。Photo K フジバカマ。Photo L ヤマハハコ。Photo M 泉ヶ岳山頂。(2018/7/31 12:04)Photo N ノアザミ。 賽の河原を過ぎれば傾斜は緩やかになり、頂上はもうすぐだ。ヤマハハコの写真を撮るためにしゃがみこんでいる私に声をかけて登ってゆく人がいた。私がついた頂上にはその人が休んでいるだけだった。大駐車場を満杯にした人たちのほとんどはやはり下の施設の利用者ということらしい。 頂上尾根を北に向かい、いつも休憩をとる船形連山の眺望がある(はずの)場所で昼食とした。ここも眺望はまったくない。灰色の雲に覆い尽くされているだけである。 ここは、ずっと私の相棒だったイオと登った時に、いつも朝食をとりながら休んだ場所だ。泉ヶ岳に登ると決めたとき、イオのことを思い出して感傷的になるだろうとも思ったのだが、そんなことはなかった。たぶん、疲労が感傷を追い出してしまったのだろう。 20分ほどの昼食休憩で頂上に戻ったら、頂上広場は人で満杯だった。次々登ってくる二十歳前後の若い人たちで賑わっていて、かき分けて下山口に向かうのに苦労するほどだった。登り切った人々は、喜びからか、疲れからか、私など眼中にないのである。 下山路に入っても、次々登ってくる。集団の切れ目を見つけは下り、一グループをやり過ごしてから下り、ときにはリーダーらしい人が声をかけて待ってくれていたりして、ゆっくりと急坂を下って行った。最後の集団とすれ違う頃には、急坂の半分以上を下っていた。 Photo O オミナエシ。 Photo P ヤマユリ、コバギボウシ、ヤマドリショウマ。Photo Q1,Q2 ソバナ。 集団とすれ違う時にも、花を見つけては写真を撮っていたが、若い登山者のなかには写真を撮っていることに興味を示す人が結構いた。たしかに大集団の彼らのなかには一眼レフをぶら下げて登っている人は一人もいなかったので、珍しかったのだろう。 さて、その花の写真だが、オミナエシは写真のたった一本だけを見つけただけだった。上りの頂上近くで見つけたキンレイカは、はじめアキノキリンソウだと思ったのだが、澄んだ明るい黄色はアキノキリンソウのものではない。帰宅して写真を拡大してはじめてキンレイカということが分かった。オヤマボクチはまだまだ若くて、威厳ある風姿というわけにはいかなかった。 私には、頂上の尾根道にあったノアザミの色が見慣れているとはいえ、一番好もしかった。アザミは種類が多くて判別が難しいが、ノアザミだけは容易に見分けがつく。正確に言えば、私に見分けられるアザミはノアザミだけということだが………。Photo R 大壁。 (2018/7/31 12:57)Photo S 見返平。 (2018/7/31 12:57)Photo T お別れ峠。 (2018/7/31 12:57) 大集団と別れてからはもう新たな登山者とは行き会わなかった。「大壁」の」急斜面を下れば、ほどなく「見返平」に着く。上り道で振り返れば、遠く仙台平野が望め、下り道で振り返れば泉ヶ岳の山容が望める場所で、泉ヶ岳のコースの中で私がいちばん好きなところだ。 だが、今日は何も見えない。びっしり張りつめた雲で遠望はまったく効かない。泉ヶ岳は頂上がすっかり隠れている。 見返平からは緩やかな道になる。「お別れ峠」というのは私が下って来た「滑降コース」から「カモシカコース」や「水神コース」へ向かう道が交差している場所である。ここを過ぎれば、駆け出したくなるような快適な林の道になる。以前なら速足になるのだったが、今日はそうならない。 緩やかな下り道で、足の負担もさほど感じないし、息切れもしない。それなのに体全体がゆっくり歩くことを強要している。そんな感じだ。自覚はないが、とても疲れているのだろう。 大駐車場に着くと、出発する時にはなかった大型バスが3台駐車していた。あの大集団のグループが乗って来たものだろう。「いじめ○○リーダー研修会」という団体名が貼ってあった。○○がなんだったか思い出せない。バスの定員50人とすれば150人の集団で、すれ違ったときの実感とよく合う。 何とか登って降りてくることができた。疲れをさほど感じていないことが恐ろしいが、結果が判るのは二日後か、三日後か。それでも、少しは希望が繋げたということだ、そう結論した(心細いが、いちおう)。読書や絵画鑑賞のブログかわたれどきの頁繰り(小野寺秀也)日々のささやかなことのブログヌードルランチ、ときどき花と犬(小野寺秀也)