2016.12.12

「12月9日 脱原発みやぎ日曜デモ」 脱原発犬「チョマランマ」がんばれ!

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テーマ:街歩き(515)
カテゴリ:街歩き
 胃の内視鏡検査の前日に、3食とも検査食を食べることになった。40歳で胃を5分の3だけ切除していることもあって、ここ5年ほど毎年内視鏡検査をしている。近所のかかりつけの医師が代替わりをして、息子先生が内視鏡検査の専門家ということでそういうことになったのである。
 胃切除の後遺症かもしれないが、医師の指示通りの食事法では検査時に胃に内容物が残ってしまうので、今年から検査食ということになってしまった。決して不味くはない食事だが、何せ小食の私でも食べたすぐにお腹が空いてしまうほど量が少ないのである。

 朝食の分を食べているとき、妻が「お昼はどうしよう?」と言う。昼食担当の私が検査食なので、私に昼食を作らせることにいくぶん躊躇したらしい。躊躇はしたが作ってほしい感がありありである。
 その昼食は、昨夜のクリームシチューの残りで我慢してもらうことになったが、夕食用に買ってきていた「メバルとソイはどうしよう?」と悩む素振りを見せるので、私が作ると約束せざるをえなかった。いつのころからか、たまにしか店に出ないような種類で、捌くことから料理しなければならない魚の料理は私の担当になってしまっているのだ。
 ところが、ソイとメバルの煮付けを作る約束にもかかわらず、すっかり忘れて別のことに熱中してしまった。さすがに遠慮だったのか、妻の再攻勢もなく、夕食のおかずには歳暮で頂いた鮭の粕漬が出てきた。妻は、私の領分に手を出して将来に禍根を残すことはしないのだ。

 金曜デモの日には私の夕食準備の手伝いはないので、ソイやメバルやドンコなどの皿が出てくることは決してないのである。








元鍛冶丁公園での集会風景。(2016/12/9 18:09~18:30)

 脱原発を目指す市民団体の支援を受けて当選した三反園鹿児島県知事の動向がネットばかりではなくマスコミで問題になっている。定期点検中の川内原発1号機が昨日(12月8日)再稼働されたが、知事はこれを黙認した。約束していた原子力問題検討委員会の設置も遅れているが、その人選を危ぶむ声もある。
 主催者挨拶では、少なくても現状では私たちの期待には添わないように見える鹿児島県知事の動向に触れながら、即時廃炉か、時間をかけての廃炉か、その方法は異なったにせよ、鹿児島、新潟と続いた知事選挙の流れ、脱原発を目指す世界の流れは止めようがないと強調された。

 福島県から参加された二人は、飯館村の村長選挙のとき「マスコミはオリンピックや都知事のことを一生懸命取り上げるが、私たちのことも忘れないでほしい」と訴えられた村民の言葉が痛いほど心に沁みたこと、国は何もない故郷へ帰還することを強要することで何ごともなかったかのようにオリンピックを開催しようとしていることが許せない、などと発言された。
 
 この9月にウクライナとベラルーシでチェルノブイリ事故被害の現状を見てきた人の報告があった。国立放射能医学研究所、放射線研究所、子どもたちの保養施設などを訪問し、放射線障害が呼吸器、循環器、消化器ばかりではなく脳を含む全身に及んでいることが明らかにされていて、福島事故でこれから顕われる晩発性障害がとても心配で、できるだけ多くこうしたチェルノブイリの現状を報告していきたいと話された。
 また、トリウム溶融塩炉にも触れられ、現在溶融塩炉が作られていないのは、核兵器となるプルトニウムの生産量が少ないため、兵器産業を支えるアメリカの金融資本が妨げているためだと話された。
 トリウム溶融塩炉は、溶融塩のなかにウランやトリウムを溶解したものを核燃料として、ウランの核分裂によってトリウムを核分裂可能なウラン233に転換できるため核燃料交換なしに30年以上の運転が続けられるとされていた。しかし、溶融塩そのものを冷却剤としているため炉の外部に循環させて熱交換しなければならない。溶融塩はきわめて腐食反応性が高いため配管系の事故が起こりやすく、いったん事故が起きれば核燃料(と核分裂生成物)が直接漏れ出してしまうことになる。一時期アメリカで開発研究がなされたが、今では幻の原子炉などと呼ばれている。
 増殖炉にせよ、溶融塩炉にせよ、新しい原子炉を作りたい人間(組織)はいつでも「夢の原子炉」みたいなことを言うのである。どんな原子炉であろうが、原子核の核分裂のエネルギーを利用するという原理を超えることができない。膨大な放射性核分裂生成物が発生するという結果を避けることができない。暴走すれば核兵器そのものであるという事実を否定することはできないのである。

 内部被ばくの危険性を訴え続けた肥田舜太郎医師のドキュメンタリー映画『ヒロシマ、そしてフクシマ』の再上映の案内があった。12月16日(金)11:00から桜井薬局セントラルホールで上映される。
 また、8000Bq/kg以下の放射能汚染廃棄物の一般ゴミ焼却問題について仙台市環境局との意見交換会が再度12月21日(水)14:00~15:00に仙台市役所本庁舎2階第二委員会室で開催されることになったとの案内もあった。
 この廃棄物焼却問題については、脱原発仙台市民会議主催で1月15日13:30~16:30に仙台市市民活動サポートセンターで「焼却問題学習交流会」を開催される(講師は、大槻憲四郎東北大学名誉教授と中島廉県議)。

 司会者から脱原発犬「チョモランマ」さんの現状報告があった。骨肉腫の手術で三本足になったチョモさんは200回記念の金デモに参加されて元気な顔を見せてくれたが、その後体調を崩されて寝たきりになっているという。
 金デモの開始以来、私たちの心を和ませ、励ましつづけてくれたチョモさんの症状を案じて、色紙が回されそれぞれの見舞いの言葉が記された。

飲食店街を抜けて一番町へ。(2016/12/9 18:34)









一番町(広瀬通りまで)。(2016/12/9 18:37~18:44)

 師走になって、しかも金曜日の夜ということで一番町の人出はとても多くなっている。今日が「光のページェント」の初日ということもあって賑わっているのかもしれないが、元鍛冶丁公園から一番町に出て「光のページェント」会場の定禅寺通りから遠ざかるように歩くのだが、人出はとくに減るわけではないようだ。
 広瀬通りまでくると、待ち合わせをしている若い人たちが真っ黒の大集団になっている。お巡りさんが必死にデモコースを開いてくれる。「光のページェント」の季節は、忘年会の季節でもあるのだ。
 私も、明日は一つ目の忘年会である。






一番町(青葉通りまで)。(2016/12/9 18:46~18:50)

 LEDが発明されて、街の電飾は一挙に華やかになった。仙台の「光のページェント」で大騒ぎしているが、今や日本中の街々で派手な電飾があふれていて、珍しくもなんともない。
 このような街の電飾がLEDが白熱球にとって替わって電力消費量は大いに減ったはずだ。LEDもまた脱原発、反原発運動のフロントの一員なのである。もっとも、街のイルミネーションをいくぶん控えめにしたら原発はいっそう肩身が狭くなるだろう。








青葉通り。 (2016/12/9 18:54~19:01)

 飼い犬が寝たきりになるとその世話はかなり大変である。チョモランマさんは、バーニーズ・マウンテン・ドッグという大型の犬種なのでその苦労はなおさらだろう。
 私の家に16年前までいたホシという雑種犬は15kgほどの体重の中型犬だったが、腰骨の癌のために歩けなくなって、4年ほど完全介護の日が続いた。しだいに目も見えなくなり耳も遠くなって、一日中居間の私の横のベッドで寝ていた。
 朝晩は、広瀬川の河原まで私が抱いて出て、排せつの用を足していた。15kgというのは、かろうじて妻が抱え上げることができる体重だったので、まだ仕事をしていた私も留守にすることは可能だった。

 今、一緒に住んでいるイオも16歳になって、家の周りの数百メートルほどを散歩するだけになった。その散歩も、3分の一くらいは私の腕の中である。プライドが傷つくのか、抱かれると怒る犬だったが、この頃はおとなしく抱かれているようになった。
 イオも耳はすっかり遠くなったが、目はまだ見える。日中は居間の私の横で寝ていることが多いのだが、ときどき部屋のなかを歩き回っている。あちこちの部屋の隅っこに行っては戻ってくるという徘徊である。そして、ときどきは台所の隅や義母のベッドと箪笥の間に挟まって立ち往生している。はじめは低い声で鳴いているだけだが、最後には大声で怒りだすので、家族の誰かが助けに走るのである。そんな日が続いている。
 この1ヶ月ほど、ときどきイオが私の顔に鼻を押し付けて小さな声でクーンと啼くことが増えてきた。どこか調子が悪いのか、ただ甘えたいだけなのか、よくわからないのだが、そんなときは頭から肩のあたりをわしゃわしゃと撫でてやるのである。

 寝たきりのホシを介護しているときも、こんな日がずっと続いてくれるようにと願っていた。そして、17歳まで頑張ってくれた。老いたイオの世話をしている今も同じ思いである。チョモランマさんの日々ももずっと続くように願っている。


 

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