移り行く季節の狭間で想う事

LDは遺伝か?

本によって、諸説あるようだ。

よく、親の会での雑談ではどの親も自分にも心あたりがあるらしい。「ごめんねーーやっぱり親もこんなんだからねーー」と普通に会話に出てくる。

私も心当たりがある。

私が小学生の頃の記憶。

かなり落ち着きがなかった。授業が理解できないということはなかったと思う。逆に途中で全部わかってしまうので、その先を聞く忍耐がない。後ろを向いてしゃべったり、隣の子にちょっかいをだしたり・・・かなり落ち着きがなかった。よく先生に「また、○○か」としかられていた。

忘れ物が多い。忘れ物をするとグラフにチェックされるのだが、ダントツトップを守っていた。(いばれない)本人は一応反省はしている。明日こそ忘れ物はするまい。と毎日心の誓う。しかし、また別のものを忘れてしまう。


今にして思うと、ADHDの要素ありだと思う。
学習面での困難はなかったと思うのだけど、親は気に病んだらしい。小さいころもよくまわりに謝ってまわっていたらしい。

だんなの話。

だんなは、こうちゃんのことがわりと理解できるらしい。

「俺も小学生の頃は先生が何を言っているかわからなかった」のだそう。
でも、だんなは学力が低いわけではない。一応大学まで出ているし、大学名も「ほーー」といわれほどの大学ではないが、「ふーーん」くらいの誰もがしっている(関西では)大学だ。一浪ではいったらしいけどね。

おとなしい。やさしい。は父似だと思う。努力家もそうかな、

中学、高校はかなり勉強したらしい。

私は、勉強あんまりしなかったのよねーー。
中学ぐらいまでは、まじめに勉強しなくても、そこそこの成績はとれていたので甘くみていました。
高校も、実力以下のところに入ったので、(親の進めで商業高校)受験勉強もあまりせずに合格してしまった。
高校にはいってもまじめに勉強しなかったので成績はよくありませんでした。赤点をとらない程度でなんとか卒業ってとこかな、
だから、一生懸命しても、結果がでないこうちゃんは理解ができないところがある。

でも、父も母も大人になってみれば、まあ普通の(と本人たちは思っている)大人にはなれているので、こうちゃんも多くは望まないから普通の大人にはなれるかなーと、楽観しているんだけどね。

私の妹もかなりLD要素があったと思う。
人間関係が苦手で小、中と大分いじめにあっていた。不登校になったりもした。好きなことにはものすごい力を発揮するがきらいなことはまったく努力もできない。人の顔と名前がおぼえられない。これは常人には理解しがたいほどひどい。同じクラスの子の顔を3学期になってもまだ覚えられなかったというのだ。
成績も得意科目は学年トップをとるが、苦手な科目は学年で下から一桁代と落差が激しい。
親も、姉(私)もこの子は大きくなって社会でやっていけるのだろうか、とかなり心配した。
そんな、妹でも、看護学校に入り、看護婦になり、今は結婚もして、子供もいる。
まだ、どっちが子供かわからない所もあるんだけどね・・それでもなんとかだんなさま(この人がものすごく良く出来たいいご主人)に助けられて生活している。ちょっと変わった普通のおとな。ぐらいかな。

まあ、そう言い出すと、私の父親もかなり変わった人物で・・・

と話出すときりがないので父親の話はまたの機会に。


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