1203523 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

今日も他人事

艦これSS「時雨の想い」



あの日、見た光景を今でも覚えている。

初めに扶桑が沈んだ。次は満潮。山城が沈んで、最上も沈んだ。
西村艦隊で生き残ったのはボクだけだった。

炎と煙が周囲を覆い包み、あちこちで炸裂音が雷鳴の様に鳴り響いている。
残骸に成り果てた仲間達。海洋に投げ出された兵士達。
流れ出た血と油は海に吸い込まれ、消えていく。
まるで海が悪意を持って数多の生命を啜っているような光景だった。

その時、ボクは何もできなかった。
ただ、見ていることしかできなかった。

 時雨の想い

「ねえ、聞いてるの?時雨」

自分の名を呼ばれ、時雨は我に返った。
目の前には、御猪口を片手に顔を赤らめている山城と呆れたような表情を浮かべている満潮の姿があった。
時雨は頭を振った。
普段飲まない日本酒を呑んだからだろうか。思いの外、酔いが回ったらしい。
山城に付き合って飲んでみたものの、やはり慣れないことはしない方がいい。

「うん、何かな?」
「何かな、じゃないわよ。扶桑姉さまのこと」

山城は御猪口をテーブルに置き、それから唇を尖らせた。

「本当なら今頃、扶桑姉さまと一緒の部屋で暮らせてた筈。
 あの男さえいなければ」

山城の言うあの男とは、この鎮守府で艦隊を指揮する司令官のことだった。
司令官と扶桑が婚姻を結んでいるという事実が山城にはよほどショックだったらしく、ことあるごとに愚痴を漏らしている。
そんな山城の愚痴に付き合わされるのは、同じ西村艦隊に所属していた時雨と満潮の役回りだった。

「扶桑だって強制されて嫁いだ訳じゃないでしょ。だったら、別にいいじゃない」
「それは。でもね、満潮。許せないものは許せないわ。
 姉さまったら、あんな男のどこがいいのかしら」

際限なく続く愚痴に満潮はうんざりした様に大きく息を吐いた。
山城は明らかに酔っぱらっていた。
既に日本酒一合は一人で飲んでいる。

「あたし、もう行くわ。明日は朝から輸送船団の護衛任務で南西海域まで行かないといけないし」
「ちょっと、満潮。まだ話は終わってないわよ」
「うっさい、酔っ払い。あんたもう黙って寝てなさい」

山城の恨みがましい視線を無視して、満潮は席を立ち、五千円札を置いた。

「足りない分は今度払うから。時雨、悪いけど酔っ払いのことお願いね」
「うん、分かったよ。満潮も遠征頑張ってね」
「ありがと。それじゃお先」

笑みを浮かべて、満潮は去っていく。
山城は机の上に突っ伏しながら、小声でぶつぶつと呟いていた。

「見捨てられた。不幸だわ、不幸過ぎる」
「山城、しっかりしてよ。満潮も帰っちゃったよ」
「ふん、いいわよ。あんな薄情者。ねえ、時雨はまだ付き合ってくれるわよね?」
「まぁ、もう少しなら大丈夫かな」
「良かったぁ。やっぱり、時雨は良い子ね。私、貴方の事、扶桑姉さまの次に好きよ」

艶やかな笑みを浮かべて、山城は時雨をぎゅっと抱きしめる。

「ありがと。でも、ちょっと離れてくれないかな。流石に、恥ずかしいよ」

小柄な時雨に比べて、山城は長身でスタイルも良い。
モデル顔負けの抜群のプロポーションの持ち主だ。
周囲の艦娘達がこちらを見て笑っているのを見て、時雨は顔を赤らめて俯いた。

それから一時間、山城の愚痴や扶桑との思い出話に付き合わされた挙句、時雨は酔い潰れた山城を担ぎ千歳の店を出た。
半分眠りこけている山城をなんとか部屋まで担ぎ込み、寝台へと寝かせ付ける。
当の山城は幸せそうに毛布を抱きしめ、扶桑姉さまと呟き続けている。
時雨は苦笑しながら、駆逐艦寮へと戻った。

「ただいま」
「あ、おかえりー」

部屋では同室の夕立が寝台に寝ころびながら、足をバタつかせていた。

「今夜は遅かったのね。飲み会が長引いたっぽい?」
「うん、山城が大分、酔っぱらっちゃってね。部屋まで送って来たよ」
「それは大変っぽい」
「夕立は何かあった?なんだか嬉しそうだけど」

夕立が足をバタつかせている時は何か嬉しい事がある時だ。
犬が尻尾を振っている様なもので、わんこっぽいと周りからも評されている。

「だって、明日は突撃艦隊の夜戦演習よ。久しぶりに砲雷撃戦が楽しめるわ」
「夕立は本当に砲雷撃戦が好きなんだね」
「うん。主砲も魚雷もどっちも好きよ」

夕立は屈託のない笑みを浮かべる。
かつて、夕立はガダルカナル島のヘンダーソン飛行場への砲撃任務に向かう途中、迎撃に現れた米艦隊へと単艦で突入し、大混乱に陥れたことがある。
戦闘後に撃沈されたが、重巡一隻を含む、かなりの敵艦に損害を与えており、駆逐艦としては珍しい武闘派でもあった。
その為か、他の駆逐艦よりも火力が高く、艦隊戦をダンスパーティと称して、嬉しがるようなところがあった。
同じ白露型駆逐艦でも、時雨はあまり戦闘そのものが好きではなかった。
どちらかといえば、艦隊支援や護衛任務の方が性に合っている。

「そうだ」

突然、何かを閃いた様に夕立が声を上げた。

「如何したの、夕立?」
「ねえ、時雨、明日の演習で負けたら間宮さんの所のデザートを奢るとかどう?」
「デザートか」

ちょっと時雨は考え込んだ。
不謹慎かもしれないが、何か賭けた方がただ演習するよりも楽しい。
それに6月に入って徐々に気温が高くなっており、喫茶店で冷たいデザートを食べるというのは惹かれるものがある。

「いいよ、やろうか」
「やったあ。明日が楽しみっぽい。夕立、負けないよ」
「うん、僕も負けるつもりはないよ」

時雨はニコリと笑みを返した。



翌日、突撃艦隊に所属する艦娘がブリーフィングルームに集められた。
突撃艦隊の総隊長にあたる金剛から今回の夜間演習についての概要が語られる。

「榛名隊とビスマルク隊にはこの後、それぞれ目標ポイントを伝えマース。
 時間になったら作戦スタート。相手艦隊を索敵しつつ、撃破を目指してくだサーイ。
 先に全艦大破判定した方の負けデスから、ラストまで手を抜いたらノーですからネ」
「金剛お姉さま、燃料や弾薬の前提は?」
「全て整っている状態として扱いマース」
「面白そうじゃない。腕が鳴るわね」

不敵な笑みを浮かべるビスマルクに対し、榛名は緊張した面持ちで頷いている。
夜間演習ではもっぱら主砲は使わない。砲塔や装甲への負担が大きいためで、代わりに探照灯の照射時間で損害判定を行う。
その他には模擬弾を装填した小口径の速射砲や爆薬の入っていない訓練用魚雷を使用する。
金剛からの説明が終わると、ビスマルクは作戦会議の為、時雨、摩耶、天津風を別室に集めた。

「相手の主力は榛名と羽黒。戦艦級の火力二隻分を活かされると不利だわ。
 まずはこの二隻を引き離し、各個撃破する様に仕掛けましょう」
「狙いは良いかもしれないけどさ、榛名と羽黒が固まってたらどうするんだ?」

海図に模型を並べるビスマルクに、難しい表情を浮かべて摩耶が疑問の声を上げた。

「分かれなければ、こちらが二手に分かれて挟撃するまでよ。
 もし、相手が二手に分かれるようなら、私と摩耶で榛名をまずは狙う。
 その間、時雨と天津風にはなんとか榛名を大破させるまでの時間を稼いでもらいたいの」
「つまり、羽黒達を引き付けてそちらに向かわせない様にすればいいんだね?」
「そういうこと。困難な任務だと思うけれど、頼めるかしら?」
「うん、頑張るよ」
「いいじゃない、任せて」

ビスマルクの問いに時雨と天津風が強く頷き返す。
それからしばらく、作戦についての細かい取り決めが為された。
会議が終わり、出撃準備へ向かう途中、時雨は小声で天津風に囁きかけた。

「ねえ、今日のビスマルク、いつもより気合入ってないかな?」
「昨日、明石と夕張に艤装を再調整してもらったそうよ」
「へぇ、珍しいね」
「折角、第二次改造を受けたのにあまり性能が上がってないって前からぼやいてたしね。
 これで榛名や金剛にも負けないって気合が入ってるんじゃないかしら」
「何か言った?」

声が聞こえたのか、前を歩いていたビスマルクが不審そうに背後を振り返った。

「ううん、なんでもないよ」
「そうよ、気にしないで」

慌てて言い繕う二人にビスマルクは首を傾げつつも前に進んでいく。
その後ろにいた摩耶にも聞こえていた筈だが、素知らぬ顔をしている。

倉庫で訓練用魚雷と10cm連装高角砲を受け取ると、時雨は夜の海へと向かった。
金剛から指示された目標ポイントへの移動では灯りを使用することも許されるが、作戦が始まってからは無灯状態で行動することになる。
水上偵察機も夜間では使用できない以上、頼りになるのは艤装に内蔵された電探と自分の両眼だけである。
時雨達は無言で、漆黒の海を進んでいく。
先頭を進むビスマルクとは時折、電信を使って連絡を取り合うが、その間も周囲の警戒は怠らない。

こうして夜間、洋上を進んでいると、しばしばかつての戦争を思い出す。
時雨がまだ人の姿をしていなかった頃。軍艦として海を駆けていた頃の記憶だ。
多くの仲間が消えていったあの光景がいつまでも脳裏に焼き付いて離れないのだ。

「目標発見。左二十。各自、戦闘機動へ移行」

ビスマルクの指示に時雨の意識は現実に引き戻された。
すぐさま主機を巡航モードから戦闘機動モードへ切り替え、速度を上げる。
ビスマルクを先頭に摩耶、天津風、時雨の順に単縦陣で突っ込んでいく。
榛名隊も正面から突っ込んできている。反航戦のまま撃ちあうつもりなのか。
そう思った時、不意に榛名隊が二手に分かれた。榛名が左、羽黒が右だ。
先頭を行くビスマルクは真ん中を突き進み、距離を取ってから反転の合図を出した。
ビスマルク、摩耶が榛名達を追っていく。
天津風と時雨は逆に羽黒のいる方へ向かった。

時雨達を迎え撃つために、羽黒と夕立が艤装を仕掛けてくる。
羽黒の探照灯が闇を斬り裂き、夕立の高角砲が火を噴いた。
直撃を避ける為、時雨も天津風も縦横に駆け回り、牽制の為に模擬弾を撃ち返した。
目的はあくまで時間稼ぎだ。敵の撃破ではない。
ここは、付かず離れず、蜂のように付き纏い、1秒でも多くの時を稼ぐべきだと時雨は判断した。

不意に、夕立が飛び出してきた。
それまでの蛇のような滑らかな動きではない。弾丸のように直線的な動きだ。
意表を突かれ、時雨と天津風の動きが一瞬、止まる。
同時に羽黒が急速に別方向へ向けて速度を上げた。

「天津風、羽黒を追って。ビスマルク達を挟撃するつもりだ」
「分かったわ。頼むわよ」
「行かせないよっ」

羽黒を追う天津風。その背中に夕立が高角砲の砲口を向ける。
時雨は咄嗟に模擬弾を夕立の高角砲目掛けて連射した。

完璧に狙いを付けた訳ではなかったが、何発か運良く直撃し、高角砲の一つを使用不能に追い込んだ。
舌打ちしながら夕立は残った高角砲を時雨に向けて突っ込んでくる。
時雨も回避運動をとりながら、高角砲を撃ち返していく。

小口径の高角砲による撃ち合いの為、互いに装甲は無事だった。
しかし、いずれどちらかに大破判定が出るだろう。
時雨は覚悟を決めた。次に接近した時。そこでケリを付ける。

互いに接近するその瞬間、夕立が真紅の瞳を爛々と輝かせた。
そして、次の瞬間、腰から四連装酸素魚雷を発射した。

時雨は驚愕した。夕立の魚雷は真っ直ぐ時雨に向かってくる。
その魚雷と交錯し、時雨の放っていた魚雷が夕立へと吸い込まれていく。
夕立も全く同じ狙いだったのだ。最接近時の雷撃を狙っていた。



「分け、かな」

時雨は近くの岩礁に腰を下ろし、呟きを漏らした。
装甲服には大破判定が表示されている。
横では同時に大破判定になった夕立がしょんぼりしていた。

「勝てなかったっぽい。う~、あと一歩だったのに」

悔しげに唸る夕立に、時雨は苦笑いを浮かべた。

「けど本当にびっくりしたよ。まさか夕立もあのタイミングで魚雷を狙っていたとはね」
「私も。時雨はギリギリまで時間を稼ぐつもりなんだと思ってたわ」
「僕も駆逐艦だからね。撃破できるなら狙うよ」
「夕立、ちょっと油断してたっぽい。次回は負けないよ」
「うん、僕も負けないよ」

時雨はちらりと夜空を見上げた。
暗闇の中、雲の隙間から月が輝いているのが見える。

「あの日も、月は出ていたのかな」
「月がどうかした?」
「いや、なんでもないよ」

不思議そうに首を傾げる夕立に時雨は首を振った。

あの日。かつてレイテ沖での戦いの時。ボクは何もできなかった。
けれど、今は違う。敵と戦うための力とそれを貫く意思がある。

今、ボクは幸せだ。
姉妹や西村艦隊の仲間達と笑い合える日々が来るなんて夢にも思わなかった。
この幸福な夢を守りたい。あの地獄のような光景だけは絶対に再現させてはいけないんだ。

だから、ボクは戦う。今度は、仲間を必ず守り抜いて見せる。

例え、ボク自身が犠牲になったとしてもだ。


Copyright (c) 1997-2020 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.