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今日も他人事

艦これSS「死闘の果てに」



海は荒れていた。波は高くうねり、風雨が激しく吹き付けている。
直進することすらままならない悪天候の中、長門は宿敵の姿をじっと追い続けた。

戦艦棲姫。戦場に似合わぬ黒いネグリジェを纏った美女。
だが、その本性は悪鬼羅刹の類だ。ちょうど傍らに佇む巨人風の艤装のように。
ここで討ち漏らせば、その圧倒的な火力で本土は火の海になりかねない。
例え、命に代えても討たねばならないのだ。
砲弾と飛沫が飛び交う中、長門は傍らの大和に向かって声を張り上げた。

「大和、遠距離射撃は効果が薄い。接近戦に持ち込むぞ」
「了解」
「援護する。北上を頼む、行け」
「大和、突貫します」

大和が声を上げ、全速で駆け始めた。目標は戦艦棲姫。同時に長門も主砲を撃ちまくった。
砲火に晒されながらも、気づいた敵艦が大和に向かって砲火を集中させる。
大和は一方的に撃たれた。撃たれながら進み続けた。
一弾が上部艤装に命中し、四方八方に飛んだ断片が大和の頬を切り裂いた。
鋭い痛みと特注の装甲服ですら防ぎ切れないほどの衝撃。
顔をしかめながらも、大和は速度を落とさなかった。
次々と炸裂する砲弾が艤装を砕き、あっという間に全身を血塗れにしていく。

その行く手を阻むように戦艦ル級が一隻飛び出してきた。

「薙ぎ払えっ」

大和の号令と同時に愛用の46cm三連装砲が火を噴く。
ほぼ同時に戦艦ル級も主砲を撃ち返してきた。
直撃を浴びた戦艦ル級は爆発四散した。
立ち上る黒煙を吹き飛ばしながら前進する大和だったが、蓄積されたダメージはすでに限界に達していた。
直進すらままならず、フラフラと戦列を離れていく大和。
その脇をすり抜けるようにして、背後から北上が飛び出した。

「大和、ありがとねっ」

言いながら北上は魚雷発射管の狙いを戦艦棲姫に定めた。
40門の発射管から一斉に発射された酸素魚雷は全て戦艦棲姫へと直進していく。
巨人型の艤装が騎士の如く戦艦棲姫を庇う。
次の瞬間、魚雷は炸裂し、爆音とともに巨大な水柱を噴き上げた。
火達磨と化した異形の巨人が耳をつんざくような悲鳴を上げて、のたうち回る。

「よっしゃあ」

ガッツポーズを取る北上。
だが、戦艦棲姫は健在だった。
異形の艤装は炎に包まれながらも両肩に取り付けられた三連装砲を斉射し、北上を吹き飛ばす。
かっとした。長門の全身を憤怒が駆け巡った。
主機の速度を上げて、一気に戦艦棲姫の懐に飛び込む。

「いい加減にくたばれっ」

長門の咆哮と同時に46cm三連装砲が火を噴いた。
至近距離から戦艦棲姫の胴体に鉄鋼弾が炸裂する。
怪物型の艤装の全身がひび割れ、粉々に砕け散っていく。
戦艦棲姫自身も糸が切れた人形のように海面へ倒れ込んだ。

その時、波浪の向こう側でキラリと何かが光った。

何だと思った瞬間、長門の全身を閃光と衝撃が襲った。
光の中、長門の装甲服が耐えきれず焼き焦げていく。

「もう一体、だと」

長門が呻く。
視界の中、二体の戦艦棲姫はニヤリと笑みを浮かべた。



「敵艦隊の殲滅ならず。戦艦棲姫は未だ健在なり」

大淀は真っ青な顔でその絶望的な事実を告げた。
提督はできるだけ平静を装い、その報告を受けた。
皆無事か確かめたい。その思いも抑え込む。
今は、目の前に迫った脅威に対処しなければならない。

「ビスマルク、陸奥からの連絡は?」
「こちらに向かって移動しています。しかし」
「間に合わない、か」
「潜水艦隊の報告によれば敵はこの鎮守府を目指して侵攻中の模様。
 残存艦隊を結集し、ビスマルク、陸奥の到着まで時間を稼ぐしかありません」
「だが、残存艦隊で戦艦棲姫を撃破することは不可能だ」
「それでも、やるしかありません。分かっている筈です、提督」

提督は押し黙った。
勝機がないからといって敵に抵抗せず、戦力を温存することは立場上、許されない。
何より、艦娘達がそれを望まないだろう。
若い娘の形をしているが、その魂は太平洋戦争で激闘を繰り広げた軍艦そのものなのだ。

「防衛の指揮は私が執ります。提督はすぐに避難を」
「逃げろというのか?」
「お言葉ですが、提督と鎮守府の両方を失えばどうなります。
 例え、鎮守府を失うことになろうとも提督にはその再建の指揮を執っていただかなくてはなりません。
 どうか、ご自重ください」

大淀の言葉に、しかし、提督は首を横に振った。

「俺はここに留まる。留まって君達の戦いを見届ける」
「提督。しかし」
「本当は、君の勧めに従って、避難できたらいいんだがね。
 だが、君達が命を懸けて戦っている時に、指揮官である俺が一人逃げることなどあってはならない。
 それは俺を信じて戦ってくれている者達への裏切りであり、また侮辱でもある。
 まぁ、これは師の受け売りなんだが」

苦笑いを浮かべる提督に、大淀はため息をついた。

「分かりました。ですが、作戦が失敗し、敵がこの鎮守府に到着した時には必ず避難してください」
「分かった、約束する」
「それでは、大淀、出撃します」
「死ぬなよ、大淀」

提督の言葉に、大淀は微笑みを返した。



戦艦棲姫は一路鎮守府へと進んでいた。

空母棲姫をはじめ前衛艦隊や護衛艦隊は轟沈したが、然したる犠牲ではない。
要は戦艦棲姫さえ健在ならばそれ済む話なのだ。

戦艦棲姫は眉をひそめた。
内蔵されたレーダーが四方から接近してくる敵艦を捉えたのだ。
視界には見えない。潜水艦だろう。
忙しなく水を掻き分けながら近づいてくる音も聞こえる。

戦艦棲姫が無表情に手をかざすと、巨人型の艤装が咆哮を上げた。
その両肩に取り付けられた三連装砲を海面に向けて斉射する。
海中に吸い込まれていった砲弾は潜水艦から放たれた魚雷を巻き込み、巨大な水柱を生み出した。
別方向から放たれた魚雷の幾つかが護衛の小型艦に命中したが、戦艦棲姫はあっさりとそれをかわした。

戦艦棲姫にとっては蚊に刺されたようなものだ。だが、だからといって蚊を放置しておく道理もない。
戦艦棲姫は怪魚の様なフォルムを持つ駆逐艦達に報復を命じた。
駆逐艦は水上艦としての戦闘力は低いが、装甲が薄く機動性も低い潜水艦にとっては正に天敵だ。
不埒な襲撃者共は自らの愚行を悔やみながら海の藻屑となることだろう。
それ以上の関心を抱くこともなく、戦艦棲姫は鎮守府への歩みを再開した。



瑞鶴の偵察機"彩雲"からもたらされた情報に、大淀は唇を噛んだ。
牽制として出撃させた潜水艦隊はほとんど敵の進行に影響を与えられなかった。
伊58達に落ち度があった訳ではない。
戦艦棲姫の戦闘力が高過ぎて生半可な攻撃を全く受け付けないのだ。
それどころから、駆逐艦の反撃に晒され、潜水艦隊は蜘蛛の子を散らすように遁走せざるを得なかった。

ビスマルクと陸奥が南北から戻ってくるまでにまだ時間はかかる。
それまでに鎮守府が灰塵と帰すのは火を見るよりも明らかだった。
考える時間は残っていない。大淀は苦心の末、残された艦娘達に作戦を伝えた。

「ちょっと、待って。こんなの特攻以外の何物でもないじゃない」

瑞鶴が悲痛な叫びをあげる。
練度の低い艦娘を囮として戦艦棲姫の不意を突く。それが作戦の概要だった。

練度、性能共に低い軽巡や駆逐艦では戦艦棲姫に対して有効な打撃を与えられない。
唯一、大量の魚雷を至近距離から叩き込めれば勝機はある。
だが、背後から近付いたとしても内蔵されているレーダーに捕捉されて迎撃されてしまうだけだ。
そこで全艦娘をもって正面突撃し、敵の注意を引き付け、反撃を誘う。
反撃の瞬間を狙って全速力で戦艦棲姫の背後に接近した大淀がすべての魚雷を叩き込む。

当然、囮役の艦娘達は大きな犠牲を被るだろう。奇襲役の大淀も無事ではすまない。
轟沈は覚悟しなければならない。

「他に手がありません。他の艦隊が戻ってくるまでに戦艦棲姫を無力化する。それしか」
「だからってこんな作戦、私は反対よ。ほかに何か手が」
「あるかもしれません。でも、それを見つける為の時間は私たちに残されていないんです」

大淀は諦めの混じった笑みを浮かべた。

「瑞鶴は距離を取って目標の監視と天山による第一次攻撃をお願いします。
 もし、作戦が失敗した時にはすぐに戦場を離脱し、提督と一緒に避難してください。
 幸運艦と呼ばれた貴女なら、少しでも生き残れる可能性が高いと思います」
「こういう時にその呼び方、止めてよ」

瑞鶴が非難の声を上げる。それでも大きく息を吐き、頷き返した。

「今、私たちにできることをやるしかない。それは分かったわ。
 でも、それなら私も囮役をやる」
「それは」
「翔鶴型の回避性能と機動力を舐めないでよね。
 必ず生き残って見せるわよ。幸運艦なんでしょ、あたし」

瑞鶴の有無を言わせぬ口調に大淀は苦笑しながらも承知した。

大淀はすぐさま瑞鶴達と別れると、ありったけの酸素魚雷を搭載する為、武器庫へと向かった。
轟沈した夕張と同様に大淀も他の艦娘に比べて、多数の艤装を搭載することができる。
雷撃専用に特化された重雷装巡洋艦には劣るが、合計で二十門の酸素魚雷を発射可能だ。
クレーンによって酸素魚雷が取り付けられていく中、大淀の脳裏に別れたばかりの艦娘達の姿が浮かんでいた。

瑞鶴、球磨、長月、望月、弥生、大潮、潮。

「ごめんなさい」

誰に語るでもなく、呟く。気づくと、頬を涙が伝っていた。
大淀は涙をそっと拭い去り、毅然とした表情を浮かべて出撃した。

作戦が開始された。大淀は戦艦棲姫の侵攻ルートを迂回し、その後方へと回り込むように全速で移動する。
戦艦棲姫の肉眼は勿論、内臓されたレーダーにも気づかれる訳にはいかない。
大淀はレーダーの予測射程範囲外に留まるように一定距離を取りながら、戦艦棲姫の跡を辿った。

囮部隊の砲撃。大淀は速度を落とし、その合図を待った。

不意に抑えがたい恐怖と不安が大淀の心の中に湧いてきた。
静めようと思ってもそれは後から後から湧いてくる。

この作戦は間違いではないのか。
本当は瑞鶴の言う通りもっと良い方法があったのではないか。
戦艦棲姫が囮部隊を相手にせず、蹴散らしていくことはないのか。
例え、相手の背後を取ったとしても、すぐに気づかれてしまうのではないか。

嫌な考えが湧いては尽きない。
体が震えていた。両肩を抱きしめ、何度も何度も深呼吸を繰り返す。

これまで無我夢中だった。
なんとかしなければならないという思いに突き動かされて、ここまで来た。
動きを止めた時、自分が大それたことをしているという事実に気づいてしまった。
大淀にとっては初陣なのだ。それが今、決死の作戦にぶち当たろうとしている。

砲声が聞こえた。

顔を上げた。視界よりも遠い先で雷が落ちたような爆音が鳴り響いている。
大淀は恐怖を振り払うように、全速で駆け出した。
見慣れた海上の景色が物凄い勢いで後方へと飛び去っていく。

見つけた。戦艦棲姫だ。
周りの海面が無数の砲弾で沸き立ち、炎が唸りをあげ、水柱が林立しながらも微動だにしない。
戦艦棲姫は完全に背後を晒している。
大淀は歯を食いしばり、その背後へと突っ込んでいった。
確実に全ての魚雷を命中させるために、できるだけ距離を詰めなければならない。

上空から艦上爆撃機"彗星"が猛烈な勢いで戦艦棲姫に突撃している。戦艦棲姫の注意はそちらに向いていた。
更に接近した。戦艦棲姫が肩越しに背後へと顔を向ける。同時に大淀も魚雷を発射した。
こちらに向き合るよりも僅かに早く、魚雷は戦艦棲姫に炸裂し、巨大な爆煙を生み出した。
耳をつんざく様な爆音と激しい突風に晒されながら、大淀は必死に魚雷を撃ち続けた。

一条の閃光が爆煙を切り裂き、大淀のすぐ傍で炸裂した。
横殴りの爆風と衝撃。吹き飛ばされながらも、海面を滑るようにして、なんとか態勢を立て直す。
爆煙を引き裂くようにして、戦艦棲姫がその姿を現した時、大淀は頭が真っ白になった。

――勝てない。

その絶望的な事実以外、何も思いつかない。
動かなければならない。
分かっているのに、感覚が麻痺したように体は動かない。

「馬鹿、何やってんの。早く逃げなさい」

瑞鶴の悲鳴。"彗星"が懸命に戦艦棲姫へ向かっていくが、巨人型の艤装はその剛腕を振るって軽々と叩き落した。
戦艦棲姫の冷酷な笑み。その艤装に取り付けられた三連装砲の砲口が大淀へと向けられる。
次の瞬間、巨人型艤装の横顔に砲弾が炸裂した。戦艦棲姫は目を細め、北へと視線を向ける。

「いかせないわよ」

ビスマルク。金髪を振り乱しながら、全速で向かってきていた。麻耶と筑摩の姿も見える。
巨人型艤装が怒り狂いながらビスマルク達へと砲撃を連射する。
周囲に炸裂する砲弾をものともせず、ビスマルクは突進を続けた。
更に戦艦棲姫の周囲に砲弾が降り注ぐ。ビスマルク達ではない。
南に向かっていた陸奥達が到着したのだ。

「長門姉の仇、撃たせてもらうわ」

流石に超弩級戦艦二隻の砲撃は無視できないのだろう。
戦艦棲姫は回避運動を取りながら、周囲へ砲弾を乱射する。
嵐の様な弾幕に艦娘達の動きが止まった僅かな隙をついて、戦艦棲姫は戦場を離脱していく。
逃がすまいとビスマルクもその後を追う。

「大丈夫?」

気遣うような陸奥の問いかけに大淀は小さく頷き返す。
生き延びた。それ以外、今は何も思いつかなかった。



「敵艦隊は撤退。鎮守府も提督も健在です」
「そうか、みんな、無事か」

肩を借りながらも、長門は大和の伝えてくれた朗報に安堵の表情を浮かべた。

「良かった。まだ、私は戦うことができるのだな」

長門の囁くような呟きに、はいと大和が力強く答えた。

「戦えます。だから、もっと強くなりましょう。私も、長門さんも。もう二度と、絶対に負けないように」

頷き返す。ぼやけた視界には、見慣れた光景が映っていた。

帰って来たのだな、と長門は思った。


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