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今日も他人事

艦これSS「再起」



体の節々が痛い。
思わず呻きながら、明石は身を捩った。

頭を上げる。薄暗い。机上の蛍光灯の光とカーテンの隙間から僅かに光が差し込んでいた。
工房の中だった。目の前には昨夜、読んでいた図面が広げられている。
どうやら、図面を見入ったまま眠ってしまったらしい。

「ん、また、やっちゃったかぁ」

身を起し、両腕を伸ばす。
机に突っ伏していたからか影響で体が固まっている。
僅かな痛みに耐えながら、大きく欠伸をした。
時計を見ると、まだ早朝と言っても良い時間だった。

明石は部屋の中を見渡した。
棚一杯に詰め込まれている図面と書籍。
小さな箱に区分けされてあちこちに置かれている金具。
そして、空席の机。予備の机で、今の所、所有者は決まっていない。
本来なら今頃、明石と同じようにその机に一人の艦娘が突っ伏していたことだろう。
けれど、彼女が、夕張がその席を利用することはもうないのだ。

思わず、明石は嘆息した。

「いつまで引きずってんの、もう」

呟きながら、髪をクシャクシャにする。
シャワーも浴びていなかったせいか髪は油っぽく、じっとりとして気持ち悪い。
明石は工房を出た。
今日も仕事なのだ。湯浴みでもして、身も心も綺麗にした方がいい。

夜勤の艦娘でも利用できるように、鎮守府に置かれた大浴場は早朝から深夜まで自由に利用できるようになっている。
大浴場には他に誰の姿もなかった。明石は制服を丁寧に畳み浴場に入ると、頭から熱いシャワーを浴びた。

四六時中、工具や艤装を触っているので手は汚れているし、油も張り付いている。
艤装を触ることは好きだからそこまで苦にもならないが、汚れたままベッドに潜り込むのは流石に避けたい。

「中々落ちないなぁ」

たっぷりと石鹸を付けて擦るが、肌にこびりついた汚れは簡単には落ちない。
それでも、二度、三度と繰り返すと薄れて来る。
それを眺めていると妙に嬉しい。

「おっと先客がいたか」

天龍が皐月と文月を連れて大浴場に入ってきた。

「へへっ、一番風呂はボクがもらうね」
「おい、お前ら、他に迷惑かけないようにあんまり騒ぐんじゃねえぞ」
「はぁーい、了解ですぅー」

元気一杯に駆けだしていく皐月とのんびりした口調でついていく文月。
天龍はため息をつきながら、明石の隣に腰を下ろした。

「朝から騒がしくして悪いな」
「いいえ~天龍さん達は今、帰投ですか?」
「ああ、南方海域までひとっ走りさ。昼まで休んで、また往復。その繰り返しだ」
「鼠輸送ですね、本当に大変だなぁ」

鼠輸送はかつての大戦中、日本海軍が行った駆逐艦による輸送作戦の俗称だ。
元々、輸送任務を想定していない駆逐艦なので、輸送効率は著しく低い。
それでも、制空権を奪われていた戦況に置いては他に有効な手立てがなかった。

今、艦娘達が闘っている深海棲艦は幽鬼のように不意を突いて襲ってくる。
流石に鎮守府近海や豊富な資源地帯である南西海域との交通路には厳重な警備体制を敷き、襲撃に備えている。
しかし、全ての海域に常時、護衛兵力を張り付けることは不可能に近かった。

そのため、深海棲艦との交戦が未だ続いている海域に関しては、タンカーなどの輸送船の使用が禁じられている。
代わりにドラム缶と呼ばれる専用コンテナに入れれるだけ物資を詰め込み、艦娘自身が輸送するのである。
専用コンテナは高い収納率を誇る優秀な装備だが、それにも限度があり、僅かな物資を何度も輸送してようやく効果が出る。

延々と繰り返される輸送任務には、燃費の良い、戦闘力を抑えた艦娘が適切だった。
しかし、敵に探知されないように注意しながら最前線を駆け回り、不意の事態や敵襲にも的確に対応しなければならない。
その為に、鼠輸送を任されるのは護衛艦隊でもっとも練度の高い艦娘達が割り当てられることになる。
天龍は護衛艦隊の副統括の立場につきながらも、鼠輸送艦隊の嚮導艦として常に最前線に身を置き続けていた。

「今回の渾作戦の為に、電と雷、陽炎まで引き抜かれちまった。
 かといって、鼠輸送のサイクルを伸ばす訳にもいかねえだろ?
 残ったメンバーでシフト増やしてなんとか対処してるのさ」
「それって大丈夫なんですか?腕利きが三人も抜けちゃって」
「まぁ、文月に皐月もいるからどうにかなってるけどな。
 早い所、作戦を完了して電達をこっちに戻して欲しいもんだよ」

頭を洗いながら天龍が言った。その口調にはどこか疲れの色が見える。

「天龍さん、偶にはドックの方で休まれては?
 ほとんど使ってませんよね」

ドックは艤装の修理や艦娘の治療とは別に様々な健康促進の為の設備が用意されている。
肉体疲労を軽減するための特殊な培養液もあり、僅かな負傷でも疲労困憊している艦娘が時折利用している。
艦艇修理施設を備えた工作艦用の艤装が完成するまで、明石はほとんどそこで艦娘の健康管理を担当していた。
今は工房の監督から艤装の応急修理も担当していてそちらまで手は回っていない。
それでも、定期的に艦娘の健康管理状態に目を通すことは続けていた。

「まぁ、渾作戦が落ち着いてから、ゆっくり休ませて貰うかな」
「そうですか」
「前線じゃ今も派手にどんぱちやってんだ。オレ達だけゆっくり休んでる訳にはいかねえな」

天龍の口調にはどこか口惜しさのようなものが滲み出している。
初めから非戦闘型として設計された明石と違い、天龍は水雷戦隊の旗艦を想定された軽巡洋艦だ。
他の艦娘に比べ戦闘力で劣りながらも、鎮守府創設直後は実戦部隊の一員として最前線で闘ってきたという実績もある。

鎮守府の規模が大きくなり、深海棲艦への攻撃用艦隊とシーレーンの維持を目的とする護衛艦隊に大きく分けられた。
天龍は姉妹の龍田とともに護衛艦隊の統括役を任されることになった。
天龍、龍田の手腕と適正を踏まえての配属ではあるのだが、実戦部隊から外されたという思いがあるのかもしれない。

明石は戦いが嫌いだった。
戦いなど折角作ったものを破壊し、物資を損耗するだけではないか。
戦没した夕張とは無二の親友だったと思っているが、それでも相容れないところはあった。
夕張は作った兵装を実戦で試すことを喜んでいたが、明石は作ること自体が楽しかったのだ。

天龍らと別れた後、明石は工房へと戻り、備え付けのベッドに潜り込んだ。
今日は昼まで仕事の予定は入っていない。目覚まし時計を正午にセットした。
夕張がいた頃はこうして寝食を共にしたことが何度かあった。
今、あの頃のことを思い返すと、切なさが胸を締め付けて苦しくなる。
夕張も同じように自分のことを想っていたのだろうか。
その答えを聞くことももはや叶わない。
夕張は沈んでしまったのだ。
視界が滲む。浮かんできた涙を拭わず、明石はただ目を閉じた。

ずっと何かを作り続けてきた。
工作艦として建造され、トラック泊地をはじめ各地を回りながら、多くの艦艇を直してきた。
それでも限界はあった。直しても直しても傷つく艦は減らず、次第に失われていく。
直しても直しても壊れていく仲間達。そして、最後には明石自身も沈んでいった。

戦いなんて嫌いだ。大っ嫌いだ。
戦いは明石からすべてを奪っていく。作ったものも、直したものも、大切な人も。
それでも戦いが終わることはない。自分の哀しみも終わることはないのだろうか。

呼び出し音。そちらに視線を向けると、工房内に据え付けられている電話が目に入った。
いつの間にか眠っていたのだろう。慌てて、明石は受話器を取った。

「はい、明石です」
「俺だ。後でそちらで話したいことがあるんだが、大丈夫かな?」

提督だった。時計に目をやると、11時を回っていた。

「えと、いつ頃、来られますか?」
「30分後かな」
「分かりました。お待ちしてます」

それから30分後、提督が一人の少女を伴って工房にやって来た。
明石は一瞬、言葉を失った。その容姿が夕張に良く似ていたからだ。
だが、違う。髪の色は真っ黒で、身長ももっと小さい。容貌もどこか幼げだ。
そして、明石はこの艦娘の事を知っていた。
姿形は違えど、魂のようなもので、かつて出会った艦艇だということがわかる。

秋月。明石の呟きに、少女はにっこりと笑った。

「はい、お久しぶりです、明石さん。
 トラック泊地ではお世話になりました」
「まだ秋月の艤装は完成していないが、先行して鎮守府に配属されることになった」

補足するように提督が口を開いた。

「今度の渾作戦では水上打撃を主体とする連合艦隊による艦隊決戦を想定している。
 対空火器を充実させて、少ない空母でも敵の艦載機に対抗できるようにしたい」
「それで防空駆逐艦の出番、ということですか。
 でも、対空火器ならうちの鎮守府にもすでに幾つもありますよね。
 使われてませんけど」
「噴進砲とかフラクとかな。だが、今、対空火器を有効に活用できているとは言い難い」
「それはそうですね。空中を高速で機動できる艦載機を撃ち落とすのは難しいですから」
「だから、火器そのものではなく、火器管制システムを増設できないかという意見が出てきている。
 その開発を明石にやって貰いたい」

提督の言葉に、明石は腕を組み、考え込んだ。

艤装は基本的に艦娘の意思に連動して動作する。
その為、ほとんどタイムラグを発生せずに射撃や機動を行うことができるという強みがあった。
それでも対空火器に関してはあまり有効な働きを見せていなかった。
空を駆ける艦載機があまりに高速なため、艦娘もそれを目で追うのがやっとなのだ。
しかも艦載機の数は10や20程度ではすまない。だから、対空火器で牽制するのが精一杯だった。
しかし、強化された火器管制システムがあれば、対空火器の制御を自動化できる。
艦娘の負担も減り、対空効果の向上にもつながるのだ。

弾着観測射撃が普及してから制空権の奪い合いは今まで以上に熾烈なものになっている。
これまで陽の目を見ることがなかった対空火器を実用化するという取り組みには確かに興味が湧く。
何よりも仲間達の被害を減らす為の取り組みだと思うと、明石の中にも沸き立つものがあった。

「やりましょう」
「そうか、引き受けてくれるか」

提督はほっとした表情を浮かべた。

「詳しいことは秋月に聞いてくれ。彼女は対空戦のエキスパートだ。
 他に必要なものがあれば、俺の方で手配しておく」
「分かりました。後でリストアップして連絡します」
「ああ、頼む」

それからしばらく今後のことを話し合った後、提督は工房を去っていた。
去り際に何か言いかけたが、何を言いたかったのか分からない。
ただ、その横顔が何処か申し訳なさそうに明石には映って見えた。

「さてと、秋月さん?」
「はい」
「これから忙しくなるけど、よろしくね。
 作るからには、提督がびっくりするような奴、作りましょう」
「はいっ、頑張ります」

秋月が声を上げる。明石は微笑みを返した。
ちらりと予備の机に目をやる。
毎日、明石が手入れをしていたので、ほこりは殆ど乗っていない。

――使わせあげても、いいよね?

心の中でそう呟く。夕張なら了承してくれた筈だ。

もし、夕張が生きていたら。ふとそんな思いが脳裏を過る。

きっと、新しい艤装の開発に向けて、目を輝かせていたに違いない。
その光景が目に浮かぶようだった。

頑張ろう。明石は思った。夕張の分まで頑張って良いものを作ろう。
それが自分に出来る友への精一杯の手向けなのだから。


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