1170603 ランダム
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今日も他人事

艦これSS「蒼い影」



南西海域で深海棲艦の大艦隊が攻勢に出てきた。

正確な規模や構成ははっきりしないが、敵の旗艦はあの戦艦棲姫らしい。
大艦隊をもって同海域の泊地へ進出し、その火砲をもって地上部隊に徹底的な砲撃を仕掛けているという。

上層部からの急報を受けて、提督はすぐさま連合艦隊を南西海域へ向けて出撃させた。
渾作戦の始まりである。

「まずは、成功か」

第一陣から送られてきた報告に目を通しながら、提督は呟いた。

渾作戦は三段階に分けられる。
一段階目はまっすぐ東進する形で敵艦隊の右翼を攻める。これは敵前衛の殲滅と敵本隊の注意を引き付ける為だ。
その敵前衛に開いた穴へ向けて、水雷戦隊が突入。これが二段階目で敵本隊の傍まで突入し、敵陣を撹乱する。
その上で、三段階目には本命の連合艦隊を南から回り込むようにして敵主力艦隊へ向かわせる予定だ。
その為に、目標地点の西側に位置する島に艦娘や物資を運び込み、前線拠点として扱っている。

「大和、長門達の様子はどうだ?」

提督は傍らに控えている大和に呼びかけた。
第一陣の連合艦隊旗艦として出撃した大淀の代わりに、今は大和が秘書艦を代行している。

「はい、艦隊の準備は完了しています。後、1時間で鎮守府を出発し、現地に向かいます」

連合艦隊方式での作戦行動だが、空母が主力だった夏と違い、今回は戦艦や重巡を主力としている。
戦艦棲姫の耐久力は圧倒的だ。生半可な火砲ではびくともしない。
しかし、手傷を与えることはできる。

戦艦の主砲、そして雷巡や駆逐艦による雷撃。
とにかく、相手に倍する火力を集中し、戦艦棲姫を圧倒する。
それが夏の敗戦から学び編み出した戦艦棲姫に対抗する為の戦術だった。

「今度は負けません。
 以前より練度も上がっていますし、大和型の名に恥じない戦いぶりを提督にお見せ出来るかと思います」
「分かった。しかし、気負い過ぎるなよ。
 気負い過ぎて、細かいことを見落とすことがないとも限らん」
「はい、心いたします」

にこりと微笑む大和に提督は頷き返し、それから壁に掛けられた時計に目をやった。

「21時か」

予定通りなら、今頃、第二水雷戦隊が敵艦隊を撹乱し、帰途についている頃だ。
今、鎮守府で待機中の第一水雷戦隊は旗艦の神通を筆頭に最精鋭の駆逐艦で構成されている。
一方、第二水雷戦隊はAL方面攻略に参加した艦娘や護衛艦隊でも古参となる駆逐艦で構成されており、実力では一段劣ると言わざるを得ない。

しかし、練度は十分高く、実戦の経験も積んでいる。
心配するようなことは何もない筈だ。
提督は飲みかけのコーヒーを啜り、報告書に目を通し直した。



水柱。噴き上がった海水を頭から被りながら、綾波はじっと闇に目を凝らしていた。

雲の僅かな隙間。差し込む月光に照らし出されながら、蒼い影が一つ、海面を疾走している。

蒼い影が発光した。次の瞬間には綾波の傍で炸裂音が鳴り響き、水飛沫が四方八方に飛び散った。

「あれのどこが駆逐艦よっ」
「文句言ってないで、ほら、砲撃よ、砲撃っ」

雷の悲鳴に怒鳴り返しながら、陽炎が高角砲を速射する。
砲弾がカーブを描いて次々と撃ち込まれるが、蒼い影は巧みに直撃を避けた。
蒼い影が陽炎に向けて撃ち返すのと同時に、綾波も12.7cm連装砲を斉射した。
命中を示す金属を叩く鈍い音がし、暗闇の中に炎が一瞬、激しく燃え盛ったが、蒼い影は速度を緩めることなく遠ざかっていく。

影の姿が完全に暗闇へと消えるのを見届けてから、綾波は肩で大きく呼吸をした。

「大丈夫ですか?」

綾波は左腕を抑えている天津風の傍に駆け寄った。

「まぁ、なんとか、ね。でも、恰好悪いったらありゃしない」

自嘲気味に天津風が呟く。
天津風は陽炎型の中では回避性能が高い艦娘だ。
その為、あの蒼い影に立ち向かったのだが、相手の予想以上の速度に振り回された挙句、直撃を受けている。

「何だったのでしょう、あれは」
「姫タイプの駆逐艦、ってことなんじゃない?あんな個体、聞いたことがないもの」
「なんとか一撃を浴びせるので精一杯でした。それも致命傷ではなかったようですし」

深海棲艦との実戦データは可能な限り、鎮守府に記録されている。
特に新型の深海棲艦や武装については最優先事項として、艦娘は自分の頭に叩き込まなければならない。

その中でも特に姫タイプと呼ばれる個体はその高いスペックや旗艦としての特性から、艦娘に最も恐れられる存在と言えた。
綾波はこれまで姫タイプと交戦したことがなかった。
天津風は夏のAL作戦中に遭遇したらしいが、駆逐艦だけで勝てる気はしなかったという。

「残念ね」
「え?」
「島風がいれば良い勝負になったでしょうに」

残念そうに呟く天津風に綾波は苦笑を浮かべた。

「みんな、結構やられたね」

状態をチェックしていた嚮導艦の川内が顔をしかめた。

第二水雷戦隊の内、無傷なのは綾波と雪風だけだ。
雷、陽炎、天津風は中波。川内も小破している。

「見逃してくれたと思う?」

流石にそんな虫の良い話があると思っている者は一人もいない。
川内の問いに皆、首を横に振った。
だよねー、と川内も苦笑いを浮かべている。

「綾波は敵の狙いをどう見る?」
「そうですね」

綾波はじっと考え込んだ。

第二次渾作戦はここまで順調に進んでいた。
前衛を抜けた後の敵の守りは薄く、敵主力艦隊のすぐそばまで接近し、それから引き返し始めた。
その時、別の一隊が驚くような速さで突っ込んできたのだ。
なんだ、と思った時にはすでに砲撃が始まっていた。
通常の駆逐艦は一掃することはできたが、結局、姫の撃破にまで至ってはいない。

「一度、随伴戦力の補充にいったのではないかと。
 敵の方が機動性は上ですし、何よりここは敵の勢力圏です。
 私たちが消耗するまで何度でも攻めて、疲弊しきった所を、仕留めようと考えているんじゃないでしょうか」
「入ってくるのは構わないけど、逃がしはしないってか?
 ったく、この川内相手に夜戦を挑むとはいい度胸じゃない」
「どうしましょう?もう弾もあまり残っていません」
「勿論、逃げるわよ。ま、綾波の言う通り、簡単には逃がしてくれないでしょうけどね」

問題はそこだった。姫をどうにかしない限り、逃げることもままならない。

「そこで私に良い考えがあるんだけど」

そういう川内の顔には不敵な笑みが浮かんでいた。



真夜中の海、聞こえてくるのは波の音だけだ。
月は雲に閉ざされ、海には漆黒の帳が落ちている。

綾波達は一列になって、一路、味方の勢力圏を目指して進んでいた。
中破した艦に合わせて速度は落としているが、仕方がない。
それに最大船速だとしても、姫の速度からは逃れられないのだ。

味方の勢力圏まであと1時間。皆、押し黙ったまま、ひたすら進んでいく。

なにか近づいてくる。綾波は右方向に顔を向けた。
はっきりと見える訳ではなかった。ただ、あるかなきかの気配を闇の中に感じている。

綾波が合図を出した直後、まばゆい光が闇を切り裂き、深海棲艦の一隊を照らし出した。
川内の探照灯だ。先頭で照らし出されているのは、間違いなくあの姫だ。
他に駆逐艦が4隻と、軽巡ツ級が1隻いる。
次の瞬間、海上を砲弾が嵐のように飛び交い始めた。

撃ち合いながらも、川内が右へ向けてぐるりと進路を変えた。
敵も斜めに突っ込むように向かって来る。
二つの蛇が互いの尾を食い合おうとしているようだ。

光に照らし出された敵艦隊に向けて火の雨が降り注ぐ。
通常型の駆逐艦が1隻、粉々になった。
敵も怒り狂ったように探照灯を構える川内へ向けて砲撃を集中する。

川内は舞っていた。舞うようにして何発もの砲弾を避けている。
しかし、滝のような砲火の前にあとどれだけ耐えていられるか。

砲火に晒されながら、川内が合図を出した。
綾波は強引に更に右へと進路を向けた。
丁度、敵の頭に、こちらも頭から向かっていくような形になる。
反航戦からあっという間に乱戦になった。

全員の砲火が先頭の姫に集中する。
多少、傷つきながらも姫はこちらに撃ちかえしてきた。
とんでもない装甲である。
駆逐艦の砲弾で致命傷を与えることはやはり難しい。
綾波はぐっと腹に力を込めた。
そして、次の合図と同時に全員一丸となって敵へと向かっていった。

魚雷による雷撃。
駆逐艦の切り札であり、重巡や戦艦でも沈めることが可能な必殺の一撃。
駆逐艦は常に雷撃の機会を狙っている。
だが、実際に当てるとなるとかなり難しい。
まず、速度が遅い。
射程も短いし、できるだけ接近してからでないと撃つだけ無駄だ。
しかし、敵の方が速度は上だ。

距離と速度。
二つの問題の内、距離は乱戦に持ち込んだことで解決できた。後は。

姫が綾波に向かって来る。
乱戦状態を強引に突破しようというのだろう。

――島風がいれば良い勝負になったでしょうに。

天津風の言葉が脳裏に浮かび上がる。

――負けません。綾波だって戦えます。

口に出す代わりに、最大船速で姫へと接近していく。

互いに高速で駆けている。
近づくに連れて綾波への命中弾も増えていった。
艦娘の装甲服は衝撃やダメージを大きく抑えることができる。
それでも、痛いものは痛い。
バットで殴られたような痛みに歯を食いしばって耐える。
掠った砲弾の破片が顔のどこかを切ったのか、左頬から生暖かいものがだらだらと流れ出ていく。

それにも耐えながら、綾波はじっと姫一隻に狙いを定めながら撃ち続けた。
一発、一発、狙い定めた砲弾が闇を貫き、姫の胴体に吸い込まれていく。

姫の動きが一瞬、硬くなった。
明らかに速度が落ちている。艤装のどこかにガタが来たのだ。
確かに姫の装甲は驚異的だ。
しかし、無傷という訳ではない。蓄積されたダメージは確実に姫の体を蝕んでいく。
そして、それで十分だった。姫の足さえ鈍らせることができれば。

綾波は雷撃の構えに入った。十。
標的を凝視し、距離と角度を測り続ける。五。
ほとんど相手の顔が見える距離まで接近した。

「え」

綾波が思わず声を上げたのと魚雷が発射されたのは同時だった。
膝に取り付けられた魚雷発射管から四本の魚雷が放たれ、海中に飛び込んでいく。

驚きが集中力を奪っていたのだろうか。
はっとした時には綾波に向かって二本の雷跡が向かってきていた。
慌てて舵を取ったが、僅かな反応の遅れは致命的だった。
次の瞬間、海中から爆発的に膨れ上がった衝撃と熱量が綾波の全身を襲った。


―――この感覚には覚えがある。


全身が海の底へと沈んでいく感覚。
その感覚すらも次第に薄れて、自分が自分で無くなっていく。
あぁ、そうか。これが死だ。
あのソロモンの海で、私は、一度、同じ感覚を体験したことがある。
あの時は艦長を初め、多くの船員が無事に脱出を果たすことができたという。
艦娘になった後、そう教えられた時、思わず涙が出た。
本当に嬉しかった。本当に良かった。

―――今度も、みんなが無事でありますように。

そう願った時、がしりと誰かが綾波の腕を掴んだ。
沈みゆく体がぐいっと上に引き上げられる。

「綾波ちゃんっ」
「雪風、ちゃん?」

雪風が心配そうな表情を浮かべて、綾波の顔を覗き込んでいる。

「私、は」

体を動かそうとした瞬間、全身に強烈な痛みが走った。
あまりの痛みに声にならない声を上げてしまう。

「あ、無理しないでくださいっ。敵の魚雷が直撃したんですから」
「敵は?姫は、どうなりましたか?」
「撃沈しました。あの新型は綾波ちゃんが仕留めたんですよ」
「よかった」

ほっとして、安堵の表情を浮かべる。
綾波は雪風に支えられていた。
自分の体を見ると、装甲服は焼け焦げ、体のあちこちに火傷の跡が見える。

自分と姫はほとんど相撃ちだったのだろう。
深海棲艦は堅牢な装甲を持っているが、艦娘の装甲服と違い、ダメージを大きく抑えるような特性はないという。
その僅かな差がなければ、今頃、姫と同様に海底へと沈んでいたに違いない。
僅かな差。それこそ運のようなものが二人の運命を分けたということなのか。

「なんとか無事みたいだね」

言ったのはボロボロになった川内だった。
他の艦娘も中破か大破といった酷い状況だ。

「さてと、これで最大の障害はなくなった。
 後はとにかく、味方の勢力圏までひた走る。
 みんな辛いと思うけど、もうひと踏ん張りいくよ。
 雪風、嚮導よろしく」
「分かりました」

一番、損害の少ない雪風が艦隊の先頭につく。
綾波は川内に肩を貸してもらうことになった。

「あの、川内さん、私、自分で」
「重症なんだから無理すんなって。
 まぁ、私も怪我人だけどさ。旗艦命令よ、いいね?」
「すみません、ありがとうございます」

立っているだけでも痛いが、綾波はじっとその痛みを堪えた。
他の艦娘も苦しいのは一緒だ。
ようやく、姫を撃破したが、川内の表情は険しい。
味方の勢力圏にたどり着くまでは安全とは言えないからだ。

―――お願い。このまま、無事に終わって。

今の綾波に戦う力は残されていない。
出来ることと言えば祈ることぐらいだ。
ようやく、作戦海域の寸前までたどり着いたと思った矢先、最後尾の雷が敵襲を告げた。

「後方から一個艦隊よ」

見れば確かに黒い艦影が幾つもこちらに向かってきていた。
綾波は下唇を噛んだ。川内も覚悟を決めた表情で敵を見据えている。

「あ、待ってください、前方からも別の艦隊。味方ですっ」

雪風が喜びの声を上げた。
前方から第一陣の水上打撃部隊がこちらに向かってきている。
数の不利を悟ったのか。敵の艦隊はすぐさま反転して戻っていった。

「お疲れ様です。かなり手酷い状況ですね」

言ったのは第一陣の旗艦を務めた大淀だった。
今はこの海域に留まり、敵艦隊の牽制を続けている。

「すぐに鎮守府へ向かう輸送艦を手配します。
 護衛艦隊からも人を付けますので、ゆっくり休んでください」
「ありがと、正直助かるよ」

川内は力なく笑った。
他の艦娘達も皆、疲弊しきっていた。

すぐに綾波達は前線拠点である島に運ばれ、そこで応急手当を受けた後、鎮守府へ護送された。
輸送艦内の寝台に横たわりながら、綾波はぼんやりと天井を眺めていた。
部屋に一人の駆逐艦が入って来る。阿武隈の指揮する護衛艦隊の一員だ。

「あの、綾波さん?春雨の顔に何かついていますか?」
「あ、い、いえ、なんでもないです」

思わず、顔をじっと見つめてしまったらしい。
あはは、と綾波が笑って誤魔化すと、春雨は不思議そうに首を傾げた。

―――言えませんよね、そっくりだったなんて。

綾波が思い出していたのは、あの姫のことだ。

間近で見た時、あまりに春雨と酷似していて思わず驚いてしまった。
あれは何だったのだろうか。
単なる偶然の一致かもしれないが、どこか不吉な感じがする。
このことは提督に報告しなければならないだろう。
それで春雨に迷惑をかけることにならないだろうか。

色々なことが頭の中を錯綜する。
しかし、それらについてじっくりと考える余裕は、綾波にはなかった。
とにかく、疲れた。今はただ、寝台で静かに眠りたい。


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