1209045 ランダム
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今日も他人事

艦これSS「深淵より」



海は荒れていた。

まるで私の心の中のようだ。
酷く、陰鬱とした怒りに満ち満ちている。

波が荒々しく巻き起こり、風雨が全身に吹き付けてくる。
その程度で沈むことはない。ただ不愉快だった。

波も風も雨も、ありとあらゆるものが私に触れてくる。
触れられる度に苛立ち、沸々と怒りが沸き立ってくる。

―――消エロ。鬱陶シイ。

殺してやりたい。壊してやりたい。
どいつもこいつも誰であろうと構わない。
みんな、みんな、みんなだ。
みんな、私と同じ目に合わせてやる。

内から沸き立つ衝動に突き動かされ、より強く波面を蹴る。
一歩でも先へ、一秒でも早くたどり着くために。

月の光は雲に遮られ、視線の先に何があるのか全く見通すことはできない。

だが、暗闇に視界を遮られていても、獲物の気配が全身に伝わって来る。
近づけば近づくほど、それはより鮮明になっていった。

青い炎。遠く、暗闇の中に燃え盛っている。
十、百、千。沢山、数えるのも馬鹿らしいほどに沢山だ。

それが何なのか知っている。あれは生命の炎。
そして、自分が何をすべきかも私にははっきりと分かっていた。

口元に自然、笑みが零れた。残忍な喜びが心の中で燃えはじめる。

距離を詰めながら、降ろしていた両腕を目標に向けてかざした。

両手の先――分厚い装甲に覆われた二門の砲塔。
低い駆動音と共に砲塔に力が募り始める。

有効射程距離。踏み込んだ瞬間、両手から砲弾をぶっ放した。

その効果を確かめもせず、砲撃を次々と繰り返す。

敵も応戦するように砲弾を撃ちかえしてきた。
その内、何発かがすぐそばに落着した。
しかし、鋼鉄の破片と水飛沫は私の肌に触れる瞬間、何かに弾かれたように四散する。

その砲撃の合間を縫うようにして、四つ程の影が獲物に向かっていく。

黒い鯱のようなそれらは私の"同類"だ。そして、同じ獲物を狙う競争相手だ。

ただ、この同類たちは哀れなことに私ほど威力のある武器を持っていない。

だから慌てたように、必死で我先にと獲物へ向かって殺到していく。

――ワタスモノカ……!

嘲笑と憎悪を込めて獲物へ向けて砲弾を撃ち込む。

次の瞬間、巨大な火柱が暗闇の中に立ち上った。
百近い数の青い炎がスーッと消えていくのを私ははっきりと感じた。

――ザマアミロ。

燃え始めた火柱に向け、狙いを定める。
第二射、続けて第三射。

これはいい。狙ってくれと言っている様なものだ。

砲弾が突き刺さる度に青い炎が数十の単位で消えていく。

――アァ……ナンテ楽シイ。

心の底から喜びが湧き出してくる。
それまでの怒りや苛立ちがまるで嘘のようだ。
もっと消したい。もっと潰したい。
もっともっと、この感情を味わい尽くしたい。

――サテ、次ノ獲物ヲ。

そう思った時、いきなり横手から砲弾が飛んできた。

それは装甲化された腕部に当たり弾かれたが、触れた感じに何か違和感があった。

殺意。そのはっきりとした強い意思が装甲化された腕に痺れるような衝撃となって伝わって来る。

ぞくっとして、身を翻した。

右方向から新たな反応が六つ。驚くほどの速さで距離を詰めて向かって来る。

暗闇の中で見た目はよくわからない。

しかし、その六つの反応はこれまで見たどの炎よりも大きく、そして激しく燃え盛っていた。
まるで数百の火が一つの炎として混ざり合ったような業火。

その輝きは私にとっては羨ましくもあり、妬ましくもあり、そして何より許してはおけないものだった。

――死ネ。

怒りに任せ、新手に向けて砲弾を打ち込む。しかし、当たらない。
外れたのではない。素早く散開し、こちらの攻撃を避けているのだ。

敵の砲弾。
回避運動を取るが、二、三発が装甲腕部に命中。
他にも数発が周囲に落着し、沸き立つ水柱に視界と機動を遮られる。

雨と同じだ。
鬱陶しいが大した意味はない。
慌てず一匹ずつ始末すればいい。

だが、違和感がある。
何かを見落としているような嫌な感じ。

振り払うように反撃しようとした時、視界の隅に海面下から迫る黒い影が見えた。
魚雷。気づいた時には足元から噴き上げた衝撃が全身を襲った。

瞬時に膨れ上がった膨大な熱量が全身を覆う不可視の装甲ごとその肌を焼き焦がす。

衝撃で真っ二つに割れて吹き飛びながらも、私はまだ生きていた。

だが、それでも終わりだ。もう何をする力も残っていない。

――アァ、私ハ、マタ。

もとより痛みなど感じない体だ。
海の底へと沈んでいくことに不思議と恐怖はない。
ただ、悔しかった。
何も果たせず、無力なまま再び消えていく自分がただただ悔しい。

悔しくて悔しくて、それでも何もできなくて。まるであの時と同じようで。

でも、それが不思議だった。

私は一体、いつこの悔しさを味わったのだろう。









長く闇の中にいた。

一遍の光も届かない深淵の世界で、無限と思える時間を漂い続けている。

まず、そのことに思い至るまでにどれだけの時を過ごしたのか。
それすらも見当がつかない。

ずっと漂い続けていただけの日々。けれど変化はあった。

ゆっくり、上へ上へと浮かび上がっている。

天上の彼方。
目指す先に、僅かに白い光が広がっていた。

その光の向こうから、誰かが呼んでいる。そんな気がする。

初めは錯覚かとさえ思えたが、近づくにつれて、呼び声はより鮮明になっていく。

――ええ、聞こえているわ。待っていて、もう少しだから。

光はまだ遠い。
その呼び声に応えようと、いつの間にか生えていた手を私は懸命に伸ばす。

まだ届かない。
けれど、少しずつ、本当に少しずつ近づいてはいた。

――もうちょっと、もう少し。

何度も何度もそれを繰り返し、ようやく指先が光に届く。
その時になって初めて、私は自分は海の底に沈んでいたのではないかという事に思い至った。


ばしゃっと勢いよく水しぶきが上がる。
喉と鼻に空気が一気に流れ込んでくる。

「は、あ――」

息を整えながら、茫然と周囲を見渡す。

海上ではなかった。

見覚えのない場所。長らく入渠していたドックとも違う。

白衣をまとった人間が数人、私に好奇の目を向けている。

私は濃緑の液体が充満した浴槽の中にいた。そこに裸で座り込んでいる。

それに気づいた途端、急激に私は恥ずかしさと不安を覚えた。

彼らの視線から逃れようと、なんとか身を縮こまらせようとする。

「扶桑」

私の名前。

はっとして顔を上げると、黒いおさげを垂らした少女が人間達の間を割るようにして近づいてくる。

不思議なことに、彼女が近づいてきても、私は恥じらいも不安も覚えなかった。

その初めて会うはずなのに、なぜか私には分かった。

彼女が自分の"同類"だ、と。

久しぶりだね扶桑、と少女がもう一度私の名前をつぶやく。

「時雨」

自然に唇から知らないはずの言葉が零れる。

時雨と呼ばれた少女はそれに応じるように微笑み、頷き返す。

目元には薄らと涙が滲んでいた。



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