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今日も他人事

今日も他人事

艦これSS「懐かしの海へ」



「Fieru!」

ビスマルクの叫びと共に背部に直結された38cm連装砲改が火を噴いた。
砲弾は弧を描いて宙を飛び、狙い違わず目標地点に着弾、爆炎を噴き上げる。

その様子を見やり、ビスマルクはにやりと笑みを浮かべた。
だが、その余裕は一瞬で崩れる。

黒煙を吹き飛ばすように轟音が鳴り響き、砲弾がビスマルクへと降り注ぐ。
咄嗟の回避行動で直撃は避けるも、間近で発生した衝撃と高熱が霊子によって編まれた不可視の装甲をズタズタに引き裂いていく。

ビスマルクが速度を落としながら、ふらふらと落伍していく光景を一瞥し、グラーフは目標を睨みつけた。

黒煙と爆炎を引き裂くように、悪鬼のごとき巨体がその姿を現す。
傍らには全身焼けただれた女の姿。

「戦艦二隻大破か……化け物め」

霊子で機能強化された視覚に映り込んでいる敵……戦艦棲姫を見据えたまま、グラーフは瑞鶴に通信をつないだ。

「駆逐艦二隻ではあれの相手は荷が重すぎる。私達で仕留めるぞ」
「分かってるわよ」
「私から仕掛ける。Vorwarts!」

素早く腰のポーチから引き抜いた金属製のカードを艤装のカードスロットに突っ込みながら、叫ぶ。
実体化し、空へと飛翔したのは日本製の攻撃機"天山"だ。
祖国のJu87C改でないのは残念だが、背に腹は変えられない。

「頼むぞ、トモナガ」

飛龍から借りた雷撃隊に思念を送りつつ、グラーフは素早く回避行動に移った。

グラーフと瑞鶴の第一次攻撃、そして長門とビスマルクの主砲を受けて傷付いた戦艦棲姫が怒りに任せ、こちらに砲弾の雨を降らせてきたのだ。

トモナガ隊が猛然と敵艦へと向けて突撃する。

猛烈な対空砲火を避けながら、二手に分かれ、戦艦棲姫の前後から魚雷を放つ。

その巨体に違わず、戦艦棲姫の動きは鈍い。

次々と水面下を走る雷撃がその足元へと突き刺さり、水柱を噴き上げた。

だが、まだ倒れない。

装甲はひび割れ、剥がれ落ちながらも。
咆哮を上げて、巨体を振るわせている。

思わず唇をかみしめた時、轟音を上げて十数機の見慣れない特異な機体がグラーフの上空を飛び越えていった。

「いっけーーーー!」

通信機越しに耳に響く瑞鶴の叫び。

残った数少ないジェット機・橘花改が30mm機銃を打ちまくりながら、異形の怪物へと猛然と突っ込んでいった。


ーーー艦これSS 懐かしの海へーーー


「怪我はもう大丈夫か?」

グラ―フの問い掛けに隣を歩くビスマルクがええ、とうなずいた。
二人は今、長門の指揮する第一特務艦隊に編入されていた。
マルタ島近海の制海権を掌握し、アラビア湾と西地中海を結ぶ海上ルートの維持が目標だ。
先の任務で近海にはびこっていた深海棲艦を撃滅したことで、一旦その目標は達成されている。

「問題は艤装ね。破壊しつくされてて、まだ修理中。そっちは?」
「私は掠った程度だ。心配ない。航空機の補充の方が問題だ」

空母系の艦娘は航空機を媒体となる霊子兵装を利用して具現化させる。
霊子兵装の種類は艦娘によってまちまちだ。
グラーフはカード状の札を用いるが、赤城ら日本の空母の場合は矢の形を成している。
そうした媒体の補充自体は簡単に行える。
ただし、媒体に籠った魂まですぐに蘇らせることはできない。

この航空隊は一度、死んだのだ。
今、グラーフの手元にいるのは別の誰か。
先の任務の時に比べ、練度も大分劣っている。
少しでも練度を上げる為に、暇を見ては飛行訓練を続けているが、まだ動きは見劣りしている。

「大変ね、空母も」
「まぁな。ついたぞ」

グラーフとビスマルクが作戦会議室のドアをくぐると、長門と数人の海軍将校の姿があった。
この作戦において、長門は前線指揮官として、日本の鎮守府にいる提督の代行を務めていた。

「来たな、座ってくれ」

全員で会議卓を挟んで椅子に座る。
会議卓には何枚もの海図が拡げられていた。

「諸君も知っての通り、我ら第一特務の働きにより、地中海東部の制海権は確保した。
 そして、昨日、第二特務がマルタ島沖に展開していた敵機動部隊と交戦、撃滅に成功したと報告が入った」
「ほう」
「これにより、我らも新たな局面へと移ることになる。
 再編の為、すでに各海域からジブラルタルへと向けて生え抜きの艦娘が移動しつつある。
 第一特務からも二名、ジブラルタルへと向かうことが決まった」
「それで、誰が?」
「ビスマルク、グラーフ。提督からの指示だ。二人ともジブラルタルに向かえ」

長門が二人に指令書を渡した。そこには確かに提督のサインが記されている。

ビスマルクの配属先は連合艦隊第二艦隊だった。
連合艦隊における前衛部隊で、本隊の梅雨払いから夜戦での追撃戦まで幅広くこなす。
夜戦を得意とするビスマルクにはうってつけといえる。

一方、グラーフは第一艦隊。連合艦隊の主力だ。
空母なのだから、そこまでは予想できていた。

「旗艦、だと?」

思わず、声を上げて書類をまじまじと見つめてしまう。

「驚いたか?」

長門がにやっと笑みを浮かべた。

「少し、な」
「ここ数年でグラーフは空母の中でも特に練度を上げたからな。
 提督も艦隊旗艦を任せて心配ないと判断したのだろう」
「悔しいけど、やったじゃない、グラーフ」

ビスマルクが言う。

「地中海の守りは私達に任せておけ。二人とも存分に暴れてこい」
「ダンケ。恩に着るわ、長門」

長門が微笑む。

今後の作戦について行く通りか話し合った後、その足でグラーフとビスマルクはジブラルタル行きの輸送船に乗り込んだ。







「飽きないわね、それ」

呆れたようなビスマルクの声に、グラーフは読みかけの兵書から視線を上げた。

「読書はいいぞ。気が安らぐ。貴女は読まないのか、ビスマルク?」
「普段は読むわよ。作戦前は遠慮しとくわ。ゆっくりと休みたいし」

ビスマルクはちらりと窓の外に目をやった。
輸送船の窓からは波濤が幾重にも砕けている光景が見えた。

「特に、大きな作戦の前はね」

大西洋で勢いを増しつつある深海棲艦。

欧州支援の為、スエズ運河に巣食う敵艦隊を撃破するのが当初の目標だった。

この時点で今までにない長距離航海である。

にも拘らず、更に北上して北海の敵主力艦隊を討つ。

途中の軍港で補給を受けられるとはいえ、合計距離は一万km にも達する。

昨年、太平洋上の深海中枢泊地を攻めた時よりも距離だけなら長いくらいだ。

艦娘達に対して提督は深く語らなかったが、作戦を巡ってニホン政府が紛糾したことは間違いないだろう。

提督がどういう思いを抱いているのか艦娘には語らない。
艦娘達も敢えて聞くことはしない。
ただ、提督や参謀達の苦渋に満ちた表情だけはグラーフの印象に強く残っていた。

「それにしても、まさか二人揃って決戦艦隊に配属とはね」
「貴女は意外ではないだろう、ビスマルク。
 予想外だったのは私のほうだ。
 装甲空母の二人はともかく、旗艦は加賀か飛龍だろうと思っていたからな」
「長門も言ってたでしょ。腕を買われたってことよ。不満なわけ?」
「いや、選ばれて悪い気はしないさ」

何故、自分が選ばれたのだろう、というのが少しだけ気になるのだ。
ビスマルクにも言った通り、選ばれたことに不満も不安もない。

グラーフの空母としての力は多少、特殊だ。

火力には自信があるが、搭載できる艦載機の数は他の正式空母たちに比べてそれほど多くはない。

夜戦で砲撃戦を行うこともできるが、砲撃火力が低く、高性能化した深海棲艦には牽制程度しかできない。

各艦娘には基礎となる性能の差が歴然として存在する。

グラーフも幾つかの作戦で活躍したが、重要な海戦では翔鶴や瑞鶴、加賀達の活躍を見守ることが少なくなかった。

―――私は実戦を経験することもなく終わった艦だ。
かつて死闘を演じたニホンやアメリカの空母達と差があってもおかしくない。

悔しさはあったが、それもやむを得ないことだと割り切った。
ただ、それを言い訳にしたくはない。

劣っている分だけ、頑張ろう。
そして、自分にできることをしよう。

航空戦だけでなく、夜戦や対空射撃の訓練を重ね、腕を磨き続けた。
訓練の合間には軍学の講義を受け、兵書を読み漁った。
ある頃から、提督の秘書艦も任されることも増えた。
自分にできることが増えるのはいいことだ、とグラーフは思う。
だから、連合艦隊の旗艦を任された時、嬉しくもあり、同時に悩みもあった。

私が連合艦隊の旗艦で良いのだろうか、と。

「見えて来たわよ」

グラーフの思考を遮ったのは、ビスマルクの声だった。
視界の先には長く白い壁が続いている。
ホワイトクリフ。ドーバー海峡だ。

「帰って来たのだな、この海に」
「ええ」

ビスマルクが頷く。

「懐かしいわね。また、この海で戦える日が来るなんて思わなかったわ」

感慨深げに語るビスマルクの表情はどこか遠くを見つめているようだった。

―――私はこの海を駆けることができなかった。ただ、眺めることしかできなかった。

潮の香り。知っている。

日の光り。知っている。

風。雨。雪。水の感触。全て知っている。

ただ、実際に海を駆けることだけは叶わなかった。

それを悔しいとも、悲しいとも思ったことはない。
かつては、そう思える心もなかったからだ。

今は、違う。
海を自由に駆けられる体を持っている。
それを喜ぶことができる心も。

「もしかすると」
「ん?」
「いや、なんでもない」
「なによ、それ」

……もしかすると。
提督は地の利があるという理由だけで私達を選んだのではないのかもしれない。

ビスマルクは初航海の時、この海で沈んだ。
グラーフにはこの海で戦う機会さえ与えられなかった。

この大西洋で存分に戦わせてやろう。
それは提督なりの気遣いだったのかもしれない。

勿論、真実は分からない。
聞きたいとも思わなかった。
自分でそう思っておけばいいだけのこと。

――人に気を使われるのも悪くないものだ。

グラーフは口元に笑みを浮かべ、純白の壁を見つめた。


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