Fate Grand Order SS「悔悟を抱えて」「――――告げる。」そして、私は言葉を紡ぐ。 希望と期待を込め。英霊召喚の呪文を"もう一度"繰り返す。 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ 誓いを此処に。 我は常世総ての善と成る者、 我は常世総ての悪を敷く者。 汝三大の言霊を纏う七天 言葉とともに徐住に周囲に魔力が満ちていく。 魔法陣は金色に輝き、膨大な魔力が奔流となって迸る。 ―――いける。手応えありっ! 思わず、会心の笑みが浮かぶ。 あの時と同じだ。ヴラド三世、ジャンヌ、モードレッド、そしてエドモン・ダンテス。 念願のトップレアサーヴァントを引き当てた時と同じ感覚に胸が高鳴る。 「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」 最後の詠唱。同時に魔法陣が閃光に包まれていく。 光は徐々に輝きを失い、相反するように魔法陣の上に呼び出された"モノ"の輪郭が次第にはっきりとしていく。 「サーヴァント、諸葛孔明だ。 ……って、おい。 どうした。何を泣きそうな顔をしている?」 諸葛孔明を名乗った男が、怪訝な表情を浮かべて何か言っている。 けど、今の私の耳には全く入って来ない。 ……ああ、畜生。頭の中に浮かんでくるのはたった一言だけだ。 「な」 「ん?」 「なんでさーーーーーーーーーーーー!」 ***** 「なるほど、ジャンヌ・オルタの召喚を試みている所に、私が来てしまった、ということか」 「すみません、エルメロイ二世。先輩がご迷惑をお掛けして」 マシュが申し訳なさそうにエルメロイ二世――諸葛孔明の疑似サーヴァント――に頭を下げる。 「まぁ、旦那様ったら……私というものがありながら、他の方のことばかり。 本当に、どうしてあげましょう……?」 「大目に見てやれ、清姫。 あの娘、ジャンヌ・オルタを召喚できる日を長らく楽しみにしていたのだからな」 エミヤが諭すように言う。清姫はきっと睨み付けるが、すぐに不機嫌そうにその場を離れていった。 「まったく、色恋沙汰というものは何時の世も度し難いものだ」 「ああなのか、いつも?」 「いいや。近頃、マスターの娘が、あの竜の魔女の事ばかり語っていたからな。拗ねているのだろうよ」 苦笑するエミヤに、エルメロイ二世が呆れたように溜息をついた。 「それで、そのマスターは?あれから姿を見ていないが」 「その、自分の部屋に」 「部屋?」 「一人で閉じこもってます」 マシュの言葉に、エルメロイ二世の眉間に皺が寄る。 「困ったものだな、まったく」 「何か妙案があるかね、天才軍師には?」 エミヤの問いに、ああ、と不機嫌そうにエルメロイ二世が答える。 「要は……希望を持たせてやればよいのだろう」 ***** 「違う、違う違う」 寝台の上、私は膝を抱えて同じ言葉をつぶやき続ける。丁度、近くにいたフォウを抱っこしながら。 「フォウ……」 迷惑そうなフォウの鳴き声を無視しながら、私はフォウの獣毛に顔を埋める。 それから、何度目かの溜息を吐いた。 ちらりと、壁に掛けられた時計に目をやる。 15時過ぎ。ジャンヌ・オルタを呼び出せる可能性があったのは今日の14時までだ。 つまり、もう終わってしまったのだ。 もう、私にはジャンヌ・オルタを呼び出すことができない。 やれるだけのことはやったと思う。それでも召喚できなかったのだ。 縁がなかった。そういうことだろう。 そう割り切らなければ……やっていられない。 「縁がなかった、か。そりゃ、口では簡単に言えるけどさ」 また、溜息をつく。 「そんな簡単に諦められるんなら、苦労しないってーの」 誰に言うでもなく、ひとりごちる。 ――アナタが、きっちり、責任取るのよ? ――さよなら。 そう言って、彼女……ジャンヌ・オルタは虚空へと消えていった。 散々、自分の言いたいことだけ言って。私に希望と期待を持たせて。 思わず、力がこもってしまったのだろう。 腕の中で、フォウが苦しそうにじたばたともがき暴れる。 「私だって、責任取りたかったわよ……バカ」 ……まるで失恋したみたいだ。 いや、みたいじゃない。 私は間違いなく彼女に恋をして、そして、ふられたのだ。 一方的な片思いで、相手には掠りもしなかったけれど。 口が悪くて、冷酷で、その癖、どこか放っておけない奴。 "竜の魔女"にして"黒の聖女"、もう一人のジャンヌ・ダルク。 こうして機会を逃した今だからこそ分かる。 私はやっぱり、彼女のことが好きだったのだ。他の誰よりも。 諦めようとした。自分を納得させるために何度も理由を考えた。 あれやこれやと理屈を並べ立ててみた。でも、そんなの無意味だ。 諦められるか、諦めないか。それだけのことだったのだ。 そして、私は……今になっても、彼女を諦めきれていないのだ。 なんて、無様。 「分かってる。分かってるわよ、そんなことは」 その時、ドアをノックする音がした。 「どうぞ、開いてるわよ」 「失礼する」 やって来たのはエルメロイ二世だ。 愛想のない、しかめっ面を浮かべている。 「チェンジで」 「おい」 「嘘嘘、冗談よ、冗談。ごめんね、折角、来てくれたのに」 「別に、気にしてはいない。 しかし、私が言うのもなんだが、いつまでこうしているつもりだ? 君には他にやるべきことがあるだろう」 「分かってるわよ」 エルメロイ二世からそっと目を逸らす。 分かっていても、どうしようもないこともある。 人間は、そんなにお利巧じゃない。 そんな私の言い訳が聞こえたとでも言うように、エルメロイ二世は大きな溜息をついた。 「大体、こんなところで燻っている余裕などあるのかね? 今は、何月だ?」 「4月だけど」 「ではもう10ヵ月しかないな」 「なにそれ?来年の話なんて鬼が笑うよ」 「ふん、まったく……鈍いな、君は」 「……なによ。喧嘩売ってんの、あんた」 「2月14日、と言えば君でも分かるか?」 エルメロイ二世に指摘され、思わず、あ、と声が上がった。 「バレンタイン!」 そうだ。なんで、その事に気づかなかったのか。 今年の2月にもあったのだ。トップレアの女性サーヴァントをもう一度、引き当てるチャンスが。 まったく、どうしてすぐに気づかなかったのだろう。 私は、モードレッドを引き当てることに成功していたというのに。 「そっか、まだ、私にもチャンスがあるんだ」 「そういうことだ。それまでに出来るだけ準備を整えておくのだな」 「そうね、そうする。ありがと、エルメロイ二世。その、色々とごめんね」 「些細なことだ。気にするな」 エルメロイ二世の表情は、相変わらず、不機嫌そうなままだ。 ***** マスターの少女と別れ、エルメロイ二世はカルデアの廊下を一人歩いていた。 ―――全く、単純なマスターだ。これでは先が思いやられる。 来年のバレンタインにジャンヌ・オルタがピックアップされると決まった訳でもない。 いや、そもそもバレンタインのピックアップ自体が来年行われるとは限らないではないか。 「しかし、悩んで腐っていられるよりも、前に進める分だけ、単純馬鹿の方が百倍マシだろうよ」 その呟きに応じるかのように、フォウ、という鳴き声が廊下に響いた。 |