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今日も他人事

三国志調査記録

後漢末期、『魔王』と恐れられた亡国の独裁者、董卓仲穎。

辺境の異民族との戦いにて猛将として名を馳せ、中原の混乱に乗じて権勢を握った男の姿を追っていこうと、思った所から始めた調査記録。


■ 董卓 仲頴 ■



『我が覇道、止めさせはせぬ!』


漢王朝の腐敗に乗じて権勢を握り、暴虐の限りを尽くした「魔王」

三国志大戦では自城にダメージを与える代わりに大幅に武力と移動速度を向上させる「暴虐なる覇道」など癖のある号令計略を得意とする。


自身も文武両道の騎兵なので、主力として戦う事ができ、魅力と勇猛まで備えている。


元々は涼州の軍人でしかなかったが、狡猾な立ち回りで異民族の侵攻や涼州での反乱を防ぎ、次第に力を蓄えていった。


その後、宦官と対立し始めた大将軍・何進の召喚に応じて上洛。


何進と宦官が共倒れすると、幼い帝を手中に収め、徐々に朝廷内での権力を握っていく。


朝廷内で異を唱えた者は処断し、対抗する力を持っていた丁原を養子の呂布を誘って殺害。


敵となる者を武力をもって次々と放逐し、その軍勢を吸収するという形で中原最大の軍事勢力に伸し上がる。

その一方で、宦官によって抑圧されていた清流派の名士の登用、名門豪族の懐柔などを測るが、董卓自身による強引な専横や辺境勢力という背景もあり、次第に反発勢力を生み出す。


その際たるものが、袁紹らが結成した反董卓連合である。


この連合勢力は互いに牽制し合い、実体は緩慢としたものであった。


しかし、孫堅や公孫讃、曹操などの一部の戦意は高く、寡兵ながらも奮戦。


董卓も呂布や華雄、徐栄といった猛将を投入したが、徐々に苦戦を強いられ、結局、洛陽を放棄し、強引に長安へ遷都する事で反董卓連合をやり過ごしている。


この一件の頃から、董卓の暴虐は更に度を増していく。


近隣での略奪などは当たり前で、遷都に反対した者は容赦なく処刑。


更に、幼い帝や民を移すと、無用となった洛陽を焼き払い、王族の墳墓を暴いて金品も根こそぎ長安へ移送した。


その上で、自身は長安郊外に巨大な長城を築き、一族を率いて引き篭もった。


この城には大量の金品、食料、果ては長安中から集めた美女が溜め込まれており、三十年は暮らせる程であったという。


更に、悪質な貨幣を乱造し、一族郎党に領地を与えさせるなど政治面でも暴挙を極めた。


この時、孫娘の董白は十五歳にも満たなかったが、渭陽君に封ぜられ、正式に印綬も渡されている。


その後は諸侯が勢力拡大に乗り出す中、長城に篭って酒宴に耽り、残虐に捕虜を処刑する事を楽しむ日々を送っていたが、こうした狂態は結局、陣営の内部を崩壊させていく。


結局、重用していた司徒・王允と結託した養子・呂布によって殺害される。


かつては両手で騎射するほどの名手として辺境で武勇を誇っていた董卓も、天下無双の豪傑・呂布には敵うべくも無かったのである。


死後、長安にいた他の董卓派の官僚と一族は、王允によって悉く捕らえられ、殺される。


董卓の死と一族の処刑に、長安の人々はこぞって喜び祝いあったという。


その死骸は長安の街に引き出されて見せしめにされていたが、見張りの兵がへそに火をつけると数日燃え続け、脂が地面に流れ出る程であったという。


三国志大戦2董卓-仲頴- 【涼018/R】

『ふん、偽善者め……そのたわごと……
貫けるものなら貫きとおしてみせろ!地獄で眺めておくわ!』



郡雄伝においては、己が武力によって腐った権威の全てを破壊し、自らが創造しようとする野心家として描かれている。


特にその狡猾な部分が協調されて描かれていて、黄布賊との戦いでは首領・張角を追い詰めながらも、わざとこれを見逃している。


これに対し、漢王朝の老将・皇甫嵩が朝廷に報告すると怒っても、まるで平然とする太さを見せた。


既に董卓は、いずれ来るであろう乱世に備えて力を蓄える機会を欲していたのである。


それには、駿馬強兵を生み出す故郷の涼州が最適であった。


また、涼州は争いが耐えない地域で、兵を鍛え上げる機会に事足りない、という目算もあった。


この後、予想通り西涼で韓遂、馬騰が涼州兵を率いて叛乱を起こす。


韓遂は董卓を「朝廷の犬に成り下がったか!」と罵るが、董卓は嘲笑し、自らが漢王朝を支配しようという意思を見せ韓遂を圧倒する。


また、この戦に大勝した董卓は朝廷から多額の報酬を受け取るが、これを全て李郭ら部下に分け与えている。


恩賞によって部下達の忠誠を握ろうとする董卓の策略でも会ったが、いずれ天下を、と考えている董卓には報酬など大した意味を持たない。


そして、遂に待ち望んだ機会が訪れた。


大将軍・何進からの洛陽への召喚である。


これに従い、上洛していく間に何進ら軍人と宦官の対立は激化し、互いに共倒れに。


更に好都合な事に、幼い帝を連れて逃げようとしていた宦官達を董卓軍は補足する。


宦官の長・十常侍らは必死に命乞いをするが、董卓は元より孫娘の董白にさえ相手にされない。


国を乱すだけ乱した宦官は、もはや用済み。


彼は容赦なく十常侍を殲滅し、幼い帝を手中に収めた。


更に、幼い帝とその母である何太后を腹心の李儒に毒殺させて、次の帝に献帝を据える。


帝さえ自由に動かす事が出来る。


洛陽において最大の権力を握った董卓は暴虐を繰り返した。


洛陽は民の怨嗟と悲鳴で、阿鼻叫喚の地獄に変わってしまう。


これに対し、袁紹、曹操ら諸侯は団結して反董卓連合を結成し、董卓討伐を謀る。


しかし、これこそ董卓にとって描いた通りの展開であった。


反乱分子を引きずり出して、大軍を関所で迎え撃ち、一挙に壊滅しようという策だ、と見抜いたのは、新たに董卓軍に加わった知謀の士・カクだけであった。


この知略を董卓は大いに気に入り、カクを軍師に抜擢する。


一方、反董卓連合も優れた将が多く、激しい戦いの末に猛将・華雄も戦死してしまう。


勢いに乗って上洛せんとする連合軍だったが、董卓は次なる手として天下無双の豪傑・呂布の騎馬軍団を投入し、これを散々に打ち破る。


呂布の圧倒的な力に、連合軍は戦意を喪失し、瓦解していく。


そして、董卓は最後の仕上げとして、長安への遷都を強行した。


既に連合は瓦解していたが、自ら覇王にならんとする曹操は、必ず撤退しようとする董卓軍を狙ってくると考えたのである。


この董卓の策は見事に嵌り、遂に曹操は討ち取られてしまう。


もはや、董卓にとって外敵など存在しない……筈であった。


しかし、長安へ戻る董卓軍に、養子となっていた呂布の軍勢が襲い掛かる。


既に呂布は、董卓暗殺を測る使徒・王允とその養女・チョウセンに寝返っていたのである。


最強の武人・呂布との戦いは熾烈を極め、遂に董卓自身が刃を交える。


この戦いに勝利した時、董卓は献帝を抱いて遂に天下を我が物にした。


董卓は、正確な事実だけを記すと語る蔡ヨウにこう告げている。


『俺は後世の意見など気にしてはおらん。我が破壊と創造の歴史、全て克明に記すがよい』


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