人が獣に堕ちる時
先日から、とある道楽の為、久方ぶりに『ブラック・ラグーン』の2~3巻を読み直してます。TVが残ってれば、録画してたアニメ版、見返せるんだけど(苦笑)ロック「……みんなが寄ってたかって、あの子を虎に仕上げたンだ。人喰い虎にしちまったんだ!!畜生!!」で、ロックが双子の「お礼」を見た後に言ったのが、これなんですけども。……あれ、何を見たのか、観客には見せないのが上手いよね。あれは本当、演出の妙だと思う。まぁ、レヴィの「もう一度あいつをからかったら、殺してやるぞ」からも何となく察せられるけど。綺麗事ぬかしやがる「優しい」お兄さんに、描くのが憚られるような凄いもの見せちゃったんでしょうね。まさしく、人間がどこまで残酷になれるのか、を。……で、なんで急にその話をしたかというとですね。本当、偶然、数日前に『Vガンダム』の解説動画で、同じように「人食い虎」と呼ばれているパイロットに関する話題が流れてきたんです。彼は武人でもない。軍人でもない。虎だ、人食い虎だ。そして、それは主人公でありガンダムのパイロットであるウッソが将来なり得たかもしれない姿で、"虎"という呼称には、ちゃんと意味があるのだ、と。勿論、それが本当かは分かりませんけどね。ただ、なるほど、そういうのもあるのか、と中々、唸らされました。そう言えば、ラルとかノリスを武人とか思ったことはあるけど、"獣"とか"虎"と考えた事はあまりなかったんですよね。それは何故かというと、やはり、そこに何かしらの人間性が感じられるから。あの二人の場合。このランバ・ラル、戦いの中で戦いを忘れた!-ランバ・ラル(機動戦士ガンダム)pic.twitter.com/m22IrvAhsm— 哀戦士 (@gundam_media) September 4, 2022 #みんなのガンダム名場面教えて「アイナ様、合流できそうにありません。自分は死に場所を見つけました」 ノリス大佐はニムバス大尉に代わって、「ジオンの騎士」を名乗って、どうぞ(感涙) pic.twitter.com/jOAMs93jt7— c.m. (@cm_SIEG_Zabi) January 20, 2025 けど、所詮、殺しは殺しな訳ですよ。大義があろうか無かろうが。命を奪うという行為そのものが。それを延々と繰り返して馴れてしまい、習慣化し、生業とし、それこそ昼食を取るように平然と続けられるようになったとしたら。それはもう人間ではなく獣……すなわち「虎」なのではないか。言われてみると、中々、どうしてそうかもしれないなぁ、と思えて来る今日この頃なのでした。ちなみに、ガンダムシリーズにはヤザンという「猛獣のような男」と評されるキャラもいまして。ただし喪失したのは機体だけで、ヤザン自体はイジェクション・ポッドで脱出。彼の物語は『ガンダムZZ』に引き継がれることになります。#ガンダム・モビルスーツ・バイブル pic.twitter.com/LNFAP0c28n— ガンダム・モビルスーツ・バイブル(GMB)通信 (@SNRI8741) February 21, 2023 私も、このキャラ大好きなんですけど、最近、ちょっとヤザンが善い人っぽく持ち上げられてる風潮を感じる時があって、ちょっともにょる。基本的には悪人ですよ、悪人。じゃなきゃ、カミーユだって言わんでしょ。「貴様のような奴はクズだ!生きていちゃいけない奴なんだ!」って。でも、悪人だからって魅力が無い訳じゃなく……むしろ、悪人だからこその魅力がある訳でして。特に、強い悪人は。だからこそ、今、書いてる二次創作SSで双子と絡ませたりする訳でして。そのカミーユもね、自分の手でロザミィを射殺せざるを得ず、「できることといったら人殺しだけみたいだな」って自嘲した挙句、「俺は人殺しじゃない!」ってジェリドに叫び返したりする訳ですよ。その後にヤザンでしょう。そりゃ許せんよね。「貴様!」って言いたくなるのも分かるよ、うん。まぁ、要するに何が言いたいかって言うと……『ガンダム』シリーズは「戦争(人殺し)をせざるを得なくなった少年達の物語」という意味合いもあって、そこに『ブラクラ』の双子を絡ませると、中々、面白いものが滲み出してくるな、という話でした。カミーユとかハサウェイみたいなナイーブで自己の罪から目を逸らせられない少年を軸にすると、猶更……ね。※3月14日追記 強化が先か、狂気が先か###「おいおい、勘違いしないでくれよ」 アズラエルはやれやれと肩をすくめる。「あの双子は強化する前からああだったんだ。僕は何も吹き込んじゃいないし、何も強制なんてしちゃいない。ただ、誘っただけさ。もっと、殺したくないか…って」「確かに、ニタ研の強化計画では様々な障害が確認されている。記憶とか人格だとかね。でも、あの二人は、大して変わらなかった……何故か分かるかい?もうとっくに狂っていたからだよ。生まれつきじゃない。生きていく中で、そうなったのさ。僕が出会った時点で、あの二人はとっくに怪物だった。"殺した分だけ生きられる"……そんなお伽噺を信じて疑っていなかった。その歪みは、強化処置を施しても変わらなかったよ。僕はただ、拾った人形に油を差してやっただけ」「……おや、なにか言いたそうだね。変態共に慰み者として消費されるか、あるいは狂犬として処分されるぐらいなら、その才能を活かしてやってるボクの方がよっぽど良心的だと思うけど?」 アズラエルは小馬鹿にしたように笑う。「僕らは戦争をやっているんですよ。ジオンという野蛮な連中を倒すための戦争をね。なら、手段なんて選んでらんないでしょう? 使えるものはなんでも使わなきゃ……核も、モビルスーツも、あの二人も」###上は今やってる酔狂の為に、私が書き起こしたアズラエルの双子に対するモノローグです。仕方ないじゃん……こうでもしないと、ChatGPT君が中々、期待したものを出してくれないんだもの(苦笑)ちなみにこれは初期構想ではなく、ChatGPT君からの「双子が"強化人間"であることで、彼らの狂気性が"科学的な改造のせい"になってしまっている。これは、本来のブラック・ラグーンの"倫理観の崩壊した世界で育った結果、ああなった"という設定をぼかしてしまう」に対する返しでもあります。そりゃね、強化人間と言えば「悲劇」や「狂気」の代名詞ですよ。それは認めます。フォウ然り、ロザミィ然り、マシュマー然り、ファラ然り。鉄仮面とかも。でもね、それだけが全てじゃないでしょう。強化人間でもギュネイみたいな「若いのさ byシャア」の一言で流されて終わりな奴だっているし、プルツーとかマリーダみたいに最後の力で人を救うキャラだっている。逆に、強化もされてないのに勝手におかしくなってしまったカテジナさんとかもいれば、生粋のニュータイプだったのに精神が壊れてしまったカミーユだっている訳です。だったら、「強化人間だからおかしくなった」と初見で読み手に勘違いさせといて実は強化されても大して変わってなかった。強化されたことで、持ち前の勘の良さが冴え渡り、他人の恐怖や苦悶をダイレクトに感じられるようになって寧ろ喜んでいるキャラがいたっていいんじゃないの……と開きなおることにしました。勿論、それをどこかで上手く示してやらないとな訳ですが……うーん、ジュドーにアズラエルがぶん殴られた辺りか?(==ちなみに「強化されても双子の歪みは変わらなかった」というのは「強化されても変わらないもの、変えられないものがある」という原作の設定を都合よく解釈したものです。ロザミィにとっての「お兄ちゃん」とか、マシュマーにとっての「ハマーン様への忠誠」とか。どれだけ強化しても弄りきれないものがあるんでしょうね、人間には。逆に言えば、記憶を弄られても尚、カミーユを思い出したということは、それだけフォウの中でカミーユという存在が大きくなっていた……という証明ともいえるのかもしれません。双子の場合は、それが「Never Die」だった、ということで。僕は死なないよ、死なないんだ。こんなにも人を殺してきたんだ。いっぱいいっぱいいっぱいいっぱい殺してきてる。僕らはそれだけ生きることができるのよ。命を、命を増やせるの。私たちは永遠さ。そう永遠なのよ。 pic.twitter.com/0Ob1mbG2Ke— 神楽 (@kagurayam) May 8, 2018 「Never Die」の思想っていうのは稚拙なんです。それが妄想に過ぎないことは原作でも明かされてる。でも、二人はそれに縋るしかなかった。開き直って、突き進むしかなかった。これが世界の理なのだ、と。でないと、自分達の境遇が余りにも……だから。振り返ってみると、あの二人は劇中で両親を一度も思い出すこともなかった。それは孤児だから全く記憶にないんだろうけど、もう残ってるのは、お互いと辿り着いた「Never Die」の思想だけなんだ。あとは衝動に任せて走り続けるだけ……全部、私の勝手な解釈だけど。まぁ、強化しても二人が変わらなかった、というのは私のエゴでしかないんだけど……でも、そうすることで結果的に二人にとっては導き出した結論(思想)がいかに重たかったかを示すことにもなるんじゃないかな、という気もしました。逆説的に。あと、ついでに、双子の視点にも、その辺の描写を加えてみることにしました。↓の感じ。###「アハハハハッ、凄いや!」"おじさまが用意してくれた玩具"――量産型サイコガンダムは双子に非常な高揚感を与えていた。漆黒の宇宙空間を高速で自在に飛び回ることのできるバンパイアの乗り心地も素晴らしかったが、全長27.2mの巨躯は原型となったサイコガンダムMk-Ⅱのそれに比べれば遥かに小柄ながらも、ネオジオンのザクⅢやドライセンよりも一回り大きい。その鋼鉄の巨体がサイコミュによって双子の意思に従い、滑らかに動き、素早く応じる。指を動かすより先に、機体が敵を撃ち抜く。視線を向けるだけで、標的が爆ぜる。まるで、自分がこの機体になったようだ――いや、この機体こそが、自分なのだ。「楽しいね、"姉様"」「ええ、"兄様"」量産型サイコガンダムから放たれる高出力のメガ粒子の雨。空をカトンボのように逃げ回るネオジオンのモビルスーツの様子も、落ちた瓦礫が降り注ぎ、巻き添えとなってアリのように群衆が潰されていく光景も、二人の精神を余計に高揚させた。落ちる瓦礫、砕かれる肉体、潰える命――すべてが、二人に快楽を与える。逃げ惑う彼らの悲鳴が、分厚い装甲版越しに双子の脳へと直接、伝わってくる。この機体は素晴らしい――ただの戦争の道具ではない。かつて、大人の影に怯え、蹂躙され、這い蹲るしかなかった自分たちにとって、これは救済そのものだった。――もう、見下ろされる側じゃない。バンパイアの時は、まだ"対等"だった。だが今や、自分たちが巨人となり、大人たちを、この世界を、見下ろしている。自分達の方が"上"――その事実に双子は狂喜した。「さぁ……もっと殺しましょう。殺して、殺して、殺し尽くしましょう」迫りくる敵を。この町の全てを。それだけ殺せば……きっと自分達が死ぬことは無い。例え、"そら"が落ちてきたとしても。###こちらも原案と台詞は自作ですが、一部文章はChatGPT君に駄目だし喰らった挙句、提示された修正案を混ぜ合わせたものです。こいつ、ブリキ野郎の分際で……く、くやしぃ……(><;一方、サイコ・ガンダムの量産化を目指して、ティターンズの要請を受けたAE社が開発したのがMRX-011 量産型サイコ・ガンダム。全身に大出力ビーム兵器を装備しながら、頭頂高は27.2mに抑えています。その戦闘能力は第四世代MSに匹敵したようです。#ガンダム・モビルスーツ・バイブル pic.twitter.com/pxSHg4Qbmw— ガンダム・モビルスーツ・バイブル(GMB)通信 (@SNRI8741) January 30, 2020※3月19日追記 「第一、僕を殴ったあのガンダムのパイロット……あれだって、子供じゃない? 艦長さんにボクを非難する資格があるとは思えないんですけどねぇ」 アズラエルの言葉にブライトは窮した。 ジュドー達は本来、ネオジオンと戦う必要などなかった。アムロのようにジオンの攻撃に巻き込まれた訳でも、カミーユのように自分からエゥーゴに参加したわけでもない。 なし崩しとはいえ、彼らをネオジオンとエゥーゴの戦いに巻き込んだのは、自身だという負い目がブライトにはあった。これは先日書いたアズラエルの台詞の続き……と言うか、ブライトとの対話シーンと想定した場合の返しとして書いてた奴。続きはまだ無い。今回、ZZ編の辺りを色々書きながら、あぁこの時のブライトさんって実情はどうあれ子供達を戦わせてる大人だったんだな……って(今更)。一年戦争ではブライトさん自身も若かったし、グリプス戦役の時はカミーユやファ、カツが最年少で、後はもっと上ばかりだし。その後の逆シャア(ロンド・ベル)時代になるともう正規兵ばっかりだしで、そう考えると、異色過ぎるな、ZZ……。サイド1のシャングリラ・コロニーで、仲間とともにジャンク屋を営んでいたのがジュドー。若干14歳の少年ですが、父親は行方不明、母親は出稼ぎに出たまま不在の状態。そのため学校にも行かず、ジャンク屋稼業で最愛の妹リィナを養っていました。#ガンダム・モビルスーツ・バイブル#ZZガンダム pic.twitter.com/xUfQVD8nOq— ガンダム・モビルスーツ・バイブル(GMB)通信 (@SNRI8741) November 5, 2019 思えば『ガンダムZZ』が始まった頃は、リィナを山の手の学校に通わせるために自分本位な行動をすることもあったジュドーですが、戦いを通して人のために怒り、涙を流せるまでになりました。つらい経験だったでしょうが、ジュドーが成長を遂げたのも事実です。#ガンダム・モビルスーツ・バイブル pic.twitter.com/MEKSWh4k79— ガンダム・モビルスーツ・バイブル(GMB)通信 (@SNRI8741) January 18, 2024 丁度、『Vガンダム』の解説動画でも「子供を戦争に駆り立てる大人達」の歪さが語られてるのを見て「そうだよな、本当はやばいんだよな、そういう社会は……」と思いながら、リアタイ当時、何も違和感も持たずに見ていたという事実に気付いて驚いた。なんだろう、子供がロボット(ガンダム)に乗って敵(悪い奴)と戦って倒すのは当たり前だ、みたいな……今、考えると怖いなぁ、これ。やっぱ、まだまだ自分で考える力なんて持ってないんだな、小さい頃って。まぁ、今の自分も大して変わらんか。勿論、ブライトさんは自分の目的の為に平気で子供を使い捨てにできるクズな大人ではないんだけど……でも、マクロ視点で観れば難しいところよね。そして、多分、そういう自分達の不甲斐なさをブライトさん自身もよく分かってるだろうなぁ、とも。後、全く余談ですが、アズラエルって妻子持ちらしいです、ブライトさん同様。二人ともパパさんだったのね……ついでに言えばSEED時代のアズラエルは30歳で、ZZ時代のブライトさん28歳と結構、近いのがまた面白い。※3月25日追記 十で孤児 十五で少年兵 二十過ぎれば只の以前にも記事にしたが、伊藤計劃先生の短編集「The Indifference Engine」にルワンダ大虐殺と少年兵をモチーフにしたお話が掲載されている。『メタルギアソリッド』シリーズに影響を受けた作家・伊藤計劃『虐殺器官』『ハーモニー』『The Indifference Engine』期間限定カバーで発売中https://t.co/3FiQg8vei534歳でこの世を去った氏の生誕50周年記念施策。『The Indifference Engine』にはメタルギアの二次創作『フォックスの葬送』も収録 pic.twitter.com/9HhcZeO0cz— ファミ通.com (@famitsu) February 19, 2025 あまりネタバレにならない範囲で語るが、別の民族に家族を虐殺された少年が兵士として大人に鍛えられ、殺し合いに身を投じる。だが、彼らの戦いは大国の介入によって突然、中断されてしまう。彼ら元少年兵は戦災孤児として民族融和のスローガンの下に集められるが、他民族の少年達との争いは耐えることがなかった。しかし、ある日、大国の医者から不思議な投薬を受けた後、彼は敵の民族と出会うことが無くなり、久しぶりに穏やかな日々を過ごすことになる……。勿論、これでめでたしめでたし……などという話ではなく、これにはカラクリがあり、この偽りの平和は、あっという間に破綻する。その先に待ち受けていたものとは……おっと、これ以上は言えやしない、言えはしないよ、げふんげふん。まぁ、一つだけバラすと……少年は立派に成長したよ。本当、立派な戦士に。うん。何が言いたいかと言えば、幼い頃、暴力に晒されたり、暴力を強要されたり、暴力を正しいものとして教え込まれたりした子供に平和な生き方をしろ、敵(だった存在)と仲良くやれ、平和は尊い、暴力は良くないと言ったところで、そう上手くいく訳ねーだろう、という話。人間は過去に体験したことをチャラには出来ない。目を逸らし、押し殺すことはできても、その影響を死ぬまで引きずる羽目になる。まさに、地獄は頭の中、だ。【人物別場面カット&名セリフ:アレックス】本日はアレックスとリーランドのセリフを紹介します。まずはアレックス!クリスチャンで《地獄》の存在を信じるアレックスの一言。彼のこの発言と、のちの行動が、その後のクラヴィスたちに重く突き刺さる。#PJ_Itoh #虐殺器官 pic.twitter.com/mCNFzEqkrA— ジェノスタジオ (@geno_studio) September 12, 2017 これは逆も同様で、他人を殺してでも自分や家族、仲間、国家を守れる人間――戦士――を作るには、それ相応の教育や文化が不可欠でもある。俗に言う、戦士の文化という奴ね。実際、日本にも、そういう時代はあった。幕府によって、サラリーマン化してた江戸時代の旗本達じゃないよ。鎌倉時代の武士が基本そうだったし、戦国時代なんて百年近く日本人同士で奪い合い殺し合うのが当たり前だった。そうしなければ生き抜いていけない時代であり、社会だった。それが100年近く続いていた訳だから、当時、親から子、子から孫へと何が伝えられたかは想像に難くない。それは現代の私達、平和ボケした日本人にとって想像を絶する暴力に満ちた世界であり、そこで生まれた子供達がどういう思想や技術を獲得し、どういう大人になっていったかと考えると、まさしく冒頭に述べた獣――すなわち、「虎」だったのではなかろうか。しかし、彼らの生まれた「場所」が戦国時代のように暴力に満ちており、そして、暴力を振るわなければ生き残れない「世界」だったとしたら。果たして、「虎」になってしまった彼らを一体、誰が非難、出来ようか。いや、むしろ、「虎」にならずに生き抜ける人間なぞ、いないのかもしれない。何故なら。「虎」になれなかった人間は所詮、「虎」に食われるしかないのだから。「…ロック、ああいうものを、真っすぐ見るな。」-ベニー- 15話"Bloodsport Fairy tale PT.5"— BLACK LAGOON 名台詞集 (@BLACKLAGOONword) March 30, 2023 私達は大概、幸福なのかもしれない。このまま誰も殺さず、誰にも殺されずに、一生平和ボケしたまま、人生を終えられるとしたら、だ。……もし、その程度じゃ、少しも幸福と思えないとしたら。それは多分、人生における幸福のハードルとコストが上がり過ぎてると思うんだよ、うん。