Love at First Sight in Perth
【Love at First Sight in Perth】旅人ならば、旅の途中に恋に落ちることもある。旅そのものが、非日常の連続だから、突拍子もない、常識をひっくり返すようなことが起こったとしても決して不思議ではないのだ。1995年、西オーストラリア州パース。南半球の2月は真夏。気温は摂氏41度。肌に突き刺してくる強烈な太陽光線、真夏の午後の焼けつくような暑さ、そして人いきれ。パースの街はシティ・フェスティバル真っ只中。パースとその近郊の町に住む人々がほぼ全員集まってきたのではないかと思うくらい、ダウンタウンは賑わっていた。 大道芸人が綱渡りに興じているかと思えば、ストリートミュージシャンは自身の演奏に酔い痴れる。 道行く人は自らの好奇心を満たそうと、目に映るものをことごとく吟味するかのように、あちらこちらに忙しく動き回る。そんな活気あふれる街の、風景の一部になろうと、僕自身も好奇心を押し隠せず、珍しいものを追いかけまわす。彼女を見つけたのもそんな中での偶然だった。彼女はアクセサリーショップで店番をしていた。その屋台の前を僕が通り過ぎようとした、ほんの一瞬のことだったのかも知れない。彼女と目が合ったその瞬間、強烈な閃光が僕の体の中を走り抜けて行ったのだ。僕は、いったん店の前を通り過ぎて、再び店に戻ってきて、ゆっくりと、何度も、行ったり来たりを繰り返した。彼女はそんな自分を変に思ったことだろう。僕は早歩きで店の前にいる彼女のところに行って、「以前どこかで逢いませんでしたか(Haven't we met somewhere before?)」とたずねてみた。ある意味無神経とも思われるそのような振る舞いに、彼女は臆することもなく、「逢ったかもしれませんね(Oh, maybe yes?)」と笑顔で答えてくれた。意味のない(実際意味があったのかも知れないが)沈黙が続いたすぐその後、別のお客さんが彼女に話しかけたことで、それ以上二人が話すチャンスはなくなってしまった。僕はそのまますんなりその場を立ち去るのが名残り惜しくて、こっそり彼女の写真を撮って帰った。 年のころは20歳。艶のある漆黒のストレイトヘア。黒い瞳は、深い泉のように澄んでいてとてもきれいだった。細身で、すらっとしてて、タンクトップからこんがり焼けた細い腕と肩が見えている。目を閉じて聞いているだけでとても心安らぐ声、「逢ったかもしれませんね(Oh, maybe yes?)」彼女のその声が何度も頭の中でこだましていた。何度かシャッターを切る。カメラのレンズを通して、まるで彼女のすべてをフィルムに納めたかのような気持ちになった。翌日にはシティフェスティバルも終わってしまっていた。群衆は消え、街はいつも通りの様相を取り戻す。アクセサリーショップがあった場所には、もう屋台もなかったし、彼女の姿もなかった。風に吹かれて、紙屑がカサカサと乾いた音を立てて転がっていく。彼女が昨日いたであろう場所にひとり立ち、焼けつくような真夏の陽射しに打たれている。「以前どこかで逢いませんでしたか(Haven't we met somewhere before?)」「逢ったかもしれませんね(Oh, maybe yes?)」一期一会。彼女の写真を見るたびに、その会話が行われたシチュエーションがフラッシュバックする。黒い瞳のアクセサリショップの女の子名前さえ知らない僕の心を虜にして街の雑踏に消えていったもう二度と逢うこともない行きずりの恋の行方も今は風に吹かれて…