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★KAY'S BLOG★

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山を語る

2010.06.06
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カテゴリ:山を語る
【ネイチャー・ハイ】

山岳は人類の故郷である。

吾輩の遠き祖先はこの森に山に生活してゐた。

文化の惰力は今や天地創造の神の法則から脱線しつゝある。

危ない哉!恐るべし!人類は将に己の武器で自殺せんとしてゐる。

燦たる文明の光の裏にもなほ生存競争の悪魔は潜伏しているではないか!?

暗き森!高き山!これぞ實に神の住ひであり天國へ通ずるの門口である。

行け!急げ!森に!山に!

探れ!無盡の寶庫!

叩け!天然の偉大なる学堂を!

鍛へ!抜山蓋世の大和魂を!

洵に山巓は神の聖壇である。



---岡本勇治「世界の名山 大台ケ原山」から



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Last updated  2010.06.06 19:53:45
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2007.07.20
カテゴリ:山を語る

【Over The Top】

mtkongo1

生まれて初めてマウンテンバイクとであったのが25歳の頃。

バブル経済がピークに登り詰め始める1985年(昭和50年)のこと。

ミヤタのアイガープロというマウンテンバイクを約15万円で手に入れた。

MUSASHI号と名づけられたダークブルーのクロモリフレームは見るからに頑丈そうでたくましかった。

当時大阪南部に住んでいて、近場の二上山や大和葛城山、金剛山、岩湧山を登り、ヒマさえあれば林道のオフロードを開拓していた。

買った年の夏にこれで富士山(3776m)に登頂、翌年夏には大阪~浜松~糸魚川~能登半島~京都~大阪を走る道中で乗鞍岳(3026m)にも登頂した。

のちにこの自転車はアメリカ横断の旅(1991年)に使われることになる。

そして旅を終えたMUSASHI号は自分の知人に譲られて再び海を渡った。

当時勤めていた学校のOBの青年がアメリカへカヌー修行の旅に出るのだが、彼には車の免許もなく、とりあえず自転車はいるだろうとということで持って行くことになった。

自転車で山に登るといっても、ほとんど押しと担ぎが中心。大和葛城山などはルート選択を誤ったがために山頂を目指すルートの大半は階段、下山するのも階段というばかばかしいツーリングとなったのを覚えている。

山はいい。

山頂に立ち、深呼吸しながら、下界を眺めるのは最高だ。

そんなに標高が高くなくても、てっぺんから下界を見下ろすことで、何かとてつもなく大きな力を身につけたような気分にひたるのがいい。

自転車で水平距離を楽しむのももちろんいいのだが、垂直距離を楽しむのはまた別な意味での面白さがある。

頂点に立つことが目的ではないのだ。

頂点を越えることこそ楽しいのだ。

Over The Top

人生越えるべき峠はまだいくつもある…ということ。

 

mtkatsuragi1

 







Last updated  2007.07.21 00:00:13
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2007.07.02
カテゴリ:山を語る

【山について】

mtnijo

山とのつきあいは比較的長い。

幼少の頃は、父に連れられて、大阪府の最高峰金剛山(1125m)によく登ったもの。

大晦日の深夜に登り始めて、山頂から初日の出を拝むのだ。

すこぶる寒い。寒さで泣きたくなることもしばしば。それでも美しい日の出を見たとたんに寒さや辛さもぶっ飛んでしまった。

大学を出て一年目は大学の図書館で非常勤職員を勤める。そこで大学の事務職員のメンバーで構成される山の会に所属。月に一回、関西エリアの低山を登っていた。

低い山ではあってもけっこう道の険しいところもあったし、暑い時期、寒い時期、いろいろあった。

1985年に最初のマウンテンバイクを手に入れた。ミヤタのアイガープロというクロモリフレーム、確か前がトリプル、後ろは7速で21スピードだった。

この自転車であちこちの山に登った。大阪と奈良の県境、金剛山を筆頭に大和葛城山、二上山、岩湧山など1000m未満の山が多かったが、階段ばかりのルートとか、あまりにも急峻でほとんど押しと担ぎだけというのもあった。

1985年には3776mの富士山頂へ。1986年には大阪府枚方市から浜松~糸魚川~能登半島一周~敦賀~京都のツーリング途中に乗鞍岳(3026m)も制覇した。

水平志向から垂直志向を目指していた時期でもある。

いつかは出場しようと思って今だ実現していない富士登山競争が毎年7月に行われている。全国のレースで、恐らく完走率が一番低い(噂では3割)といわれているのは、その高低差に加えて、高山病との闘いもあげられるだろう。めまいや頭痛・吐き気、低酸素の状態で普通の人間はじっとしているだけでも苦痛を感じるはず。

初めて登った富士山はさすがに厳しかった。9合目から山頂はマウンテンバイクを担いでの登山だったが、2,3歩歩くだけで息切れがして数分休んで息を整えてから歩みだすというありさま。100m進むのに30分くらいかかっていたように思う。

 

富士山頂剣ヶ峰を極めた時に、ふと世界最高峰エヴェレストのことがちらっと頭の中を掠めた。

「いつかひょっとして…」

そのいつかが訪れるかも知れない。

Where there's a will, there's a way.

(意志がある所に道は開ける)

飽くなきチャレンジを求めるには必ず理由がある。

 

なぜ山に登るのか…そこに山があるから…。

なぜ走るのか…二本の脚があるから…。

なぜ旅に出るのか…人が、街が呼んでいるから…。

 

本当は明確な理由などなくてもいいのだ。

たとえこじつけであっても、自分があることをするのは、ある意味本能的なものだと信じている。

エヴェレストが呼んでいるのか、自分の内にある細胞の中に、ひょっとしてエヴェレストに関わる何らかのDNAが埋め込まれていたのか、そんなことは誰にも分からない。

誰かが誰かに恋をして結婚するように、すべてそうなるべくしてなるもの。

偶然の必然性を信じよう。

少しでも見知らぬ遠くの場所を求めて旅立つものがいるように、

宇宙に、あるいは神に、一歩でも近づくために、高みを極める人間がいる。

繰り返そう。

冒険に理由はいらない。

必要なのは、好奇心と忍耐。

理由はあとから分かるというもの。

 

ある山好きな知人は言った。

「山に登るのはね…下るためなんだ。山登りってのは、人生と同じで、平坦な道を好まない人が始めたと思うね。高いところに登ってみれば景色はずいぶん違って見える。高い所に登らなければ見えないものもたくさんあるんだ」

その通りなのかも知れない。

人生のピークは、いつか必ず越えなければならないけれど、山のピークはいつでも同じところにあって、求めればいつだってそこに行ける。気力と体力がある限りは登れるものだ。

遥かなる山の呼び声が聞こえる。

遠い未来から聞こえてくるのは、果てしない宇宙にこだまする自分自身の声だろうか…。

 

(写真:二上山雌岳にて、愛車MUSASHI号とともに 1985年)

 

 

 

 







Last updated  2007.07.02 16:01:13
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