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シアトルからこんにちは

2002年8月前半の日記


8月 12日 月曜日 のち
エリヤが天に召された後エリシャは神を信じつづけた。列王記下 / 2章 11節 から15節
信仰生活を続けているとある時ひとりで歩まなければならないことに気付く。信仰での生みの親とか、育ての親とか友など、多くの人に囲まれている間は、自分の信仰の強さはわからない。ところが試練に遭うとき、顕著に見える。

今日のデイボーションは列王記下2:11-15
エリヤが服だけ残して嵐の中で天国に召されたあと、エリシャは悲しみに暮れた。ところが神様はエリシャに霊と必要な力を与えてくださった話だ。

長い信仰生活の中で、多くの人に助けられてきた。
しかし、何らかの形でこれらの人との別れがやってくる時、
自分にあるのは聖書と聖霊と信仰だ。

去年癌でなくなった親友は私にとって、信仰の母であり、姉であり友達だった。他界後、聖書研究のリーダーに「これから彼女があなたにそうしたように、あなたがほかの人のmentorになりなさいね。」といわれ、ぞっとしたのを覚えている。
今まで、たっぷり、ママに抱かれて、授乳していた赤子が、「自分で、スプーンを持ってご飯を食べなさい。」と言われたかのように、私は戸惑った。

でも、神様は私に必要なもの全てを与えてくださるのだから、
怖がることはない。

聖書に「神様は臆病の霊でなく、勇気の霊を与えてくださる。」と書いてある。

感謝

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8月 11日 日曜日 のち
親友の死が私に教えてくれたこと
楽天日記で岸見さんの「自分の気持ちに忠実でありたい」を読んでいると(http://plaza.rakuten.co.jp/kishimi/diary/ )
去年なくなった親友のことを思いだした。

振り返ってみると親友を亡くす前まで私はいつもリストを作っていた。「To do list」で毎日これとこれをすると決めていた。

アメリカの大学ではTime managementを教えてくれる。「いかにして大学で成功するか?」というとても大切なことだった。
40歳になって大学に戻った私にとって、Time managementは非常に難解なことで毎晩夜寝る前、今日はリストからいくつチェックできた(終えるとチェックマークを残す)と喜んだり悲しんだりした。

私の親友は、全く逆の人だった。その日計画していたことが全然果たせなくてもニコニコして幸せな人だった。彼女にとって大切なのはいくつの仕事をなしとげたかではなく、必要に応じて、人のニーズに応えることだった。おかげで教会でも、お店でも、学校でも、一人一人に丁寧に話をし、いつも時間に遅れていた。

お葬式には教会が一杯で入りきれないないほどの方々が来られた。

そのとき私は、「人が死後残すのは自分が愛した人々だ。」と学んだ。
 
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8月 10日 土曜日 のち
マルタとマリア
ルカによる福音書 / 10章 38節

彼女にはマリアという姉妹がいた。マリアは主の足もとに座って、その話に聞き入っていた。

マルタとマリアの話は有名だが私にとってこの節は、心の慰めだ。というのは私は主婦の仕事が苦手でだ。お料理、洗濯、掃除と何でもてきぱきとこなす人を見てすごいとは思うが、とても自分にはとても無理だと思う。

そんな私でも主の足元に座ってイエスの話を聞くことはできる。
イエス様の私達に期待していることってすごくシンプルだな。
だけどやろうと思うと結構難しい。

クリスチャンになったときも「ただ信じなさい。」といわれた。
罪も全てイエスのところに持っていったら、新しい人に変えてくださった。修行のようなものはなく、キリスト教の原点は、罪なる者も信仰によって神様が義としてくださり救ってくださったことにある。

ところがクリスチャンになると、ついつい自分に対する期待が増えてきて、私はクリスチャン的じゃないとか批判的になりやすい。そういう時いつも原点にもどる。

マリアのようにただ足元に座ってイエスの話に聞き入る。
 
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8月 9日 金曜日 のち
友達
この間のおばあちゃんのグループのキャンプ主題は「女友達」だった。結婚したとき、義理のお姉さんに、「1つ忠告させてね。女友達を作りなさい。」と言われたそうだ。その意味が、後でわかったと彼女は言っている。結婚して子供を産んで育てて、いろんな病気、苦労、幸せを経て、その姑の言った意味がやっとわかったという。

私の友達歴史を振り返ってみると、クリスチャンになる前の友達とクリスチャンになった後の友達とに別れる。クリスチャンになる前の友達は色々誤解とか落胆して、離れ離れになった。

でもクリスチャンになった後の友達は、なんていうか、私があまり人間そのものに期待しなくなったというか、なにがあっても許せる。相手はわたしのことを今でも怒ってるかもしれないけど私は、許せる。だから昔のように傷つくことが怖くない。というか傷ついても忘れる。

親友を癌で亡くしたときすごく辛かった。
でも又天国で会える...

全ての祝福を神は与えてくださる。感謝
p.s.
「赦し」についてじゅんぽろりんさんのHPにとても面白い記事が載ってました。ご覧ください。

http://www.geocities.co.jp/PowderRoom-Rose/5964/geodiary.html

赦すとは、”お互いの関係が破壊されることを拒否すること”である。「ごめんなさい」とわびるのは良いことだ。また「すべて赦したよ」と語りかけるのもすばらしい。
しかし、両者がそう言い交わす目的は、二人の関係を再び建て上げるためであることを忘れてはいけない。
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8月 8日 木曜日 のち
イエス様のような生き方
イエス様のような生き方をしなさいと今日のデボーションにあった。「イエスのような生き方とは人の中で生きる。」ことだ。

どこかの山に隠れて何年も祈るのではなく、人とご飯を食べ、結婚式に出て、人と歩き、人を癒す。これらは父から与えられた仕事だった。確かに生活のために大工をしてはいたが時間を見つけては人のために愛を注いだ。

神様の命令というのはシンプルなようで実際やってみると大変。疲れているときに、人に何かを頼まれると無視したくなるし、、、

でもイエス様はどの人をも重要視した。

今日も出会う一人一人をたいせつにしよう。
 
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8月 7日 水曜日 のち
Best is yet to be
毎朝私はOswald Chambersのデイボーションを読んでいる。この人はロンドンの聖書学校の校長で、(Bible Training College)学校のイニシャルを「Better to Come」と口癖のように言っていた。他界後、奥さまが、彼のスピーチを「My utmost for Highest。」 という名のデイボーションにして出版した。Oswald ChambersはRobert BrowiningやRabbi Ben Ezraの詩歌が大好きで引用していたが、その中でもよく使っていた言葉に「The best is yet to be.」があった。
クリスチャンは死後、天国に行くと約束されているので確かに「The best is yet to be.」なのだが、彼の言っているのは、地上で残された日々のことだ。

「The best is yet to be.」

ローマ人への手紙でポールが言っているように、何も神の愛から私達を引き離すことが出来ない。これからどんなことが起ころうとより深くより密接に神と生きつづけるのだから、もっと良いことが待っている。
 
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8月 6日 火曜日 のち
結婚に役立つ情報(特に国際結婚)
結婚生活をもっと豊かにと願っている夫婦に薦めたいことが2つある。

1つはMarriage encounter
もう1つはGottman Institute

どちらも楽天ホームページのお気に入りのリンクに追加してあるのでどうぞごらんになってください。

Marriage encounterは、もともとカトリックの神父がはじめたが、今ではどの宗派でもあり、無信者のかたのためにもある。
根本的にはどれも同じ。2泊3日でテーマを与えられてお互い宛てに手紙を書く。受け取ったほうは、議論せず、ただ受け入れる。
私も一度行ったが、離婚寸前の夫婦が仲良くなったという方々が何組もおられた。

Dr.GottmanはUniversity of Washingtonの心理学教授で、何万組という夫婦を研究して発見したことは、「けんかをするとき、どのように相手を扱うかによってこのカップルが5年後離婚するかどうかわかる。」といって、世を騒がせた人だ。けんかをしているとき、相手の尊厳を無視するカップルはだめ。意見がちがっていても相手に対する尊敬の意を持っているカップルは、大丈夫だそうだ。

国際結婚をしている人の離婚率は75%だし、「ぱたのうち」などのウエブサイトをみていても離婚を考えている人の投稿をよく見かける。ワシントン州では、どちらか一人が別れたければ、もう一人がいやでも離婚が成立する。no-fault divorceといって、理由も要らない。無理やり離婚させられた人を何人か知っている。
だから離婚したからといってその人の意思であったかどうかもわからない。1ついえることは離婚すると傷が残る。
「離婚」という言葉を見るたび心が痛む。一人でも離婚をとどまってほしい。

神様は離婚を憎んでおられる...
なぜなら神様は当人がいかに苦しむかをご存知だから。
 

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8月 5日 月曜日 のち
イエスが選んだ人たち
スポーツにしても、組織にしても、才能のある人や優秀な人が選ばれる。

イエスは絶対的な愛で無能なひとを救ってくださる。
私達がなにをしたからでもなく、一方的に愛してくださった。
私が救われたときもそうだった。自分がイヤでいやで、こんなじぶんなんて生まれてこなきゃ良かったと思っていたとき、イエスは「私はあなたを愛している」とおっしゃった。

クリスチャンになってから、時々もしかしてイエス様が私を選んでくれたのは私の中に何か特別なものがあったのかもしれないと思うたび、それが間違った考えであることをイエスは聖書の言葉で見せてくださる。

1 Corinthians 1:26-31
コリントの信徒への手紙一 / 1章 26節
兄弟たち、あなたがたが召されたときのことを、思い起こしてみなさい。人間的に見て知恵のある者が多かったわけではなく、能力のある者や、家柄のよい者が多かったわけでもありません。
ところが、神は知恵ある者に恥をかかせるため、世の無学な者を選び、力ある者に恥をかかせるため、世の無力な者を選ばれました。
また、神は地位のある者を無力な者とするため、世の無に等しい者、身分の卑しい者や見下げられている者を選ばれたのです。
それは、だれ一人、神の前で誇ることがないようにするためです。
神によってあなたがたはキリスト・イエスに結ばれ、このキリストは、わたしたちにとって神の知恵となり、義と聖と贖いとなられたのです。
「誇る者は主を誇れ」と書いてあるとおりになるためです。


自分の無力さ、無能さに感謝します。
貴方は私の義、聖と償い。
あなたを誇ります。

 
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8月 4日 日曜日 のち
教会=信仰
はるみさんのHP読みながら私の現在の教会生活について考えた。
http://www21.u-page.so-net.ne.jp/df7/harumin/ -


実は今行っている教会であまりアクテイブにしていない。というのは、この教会にうつって日があさいしどうも教会の社交的な面を主人が嫌うからだ。
だから私にとっては聖書研究の仲間とかおばあちゃんのグループの人たちとの方がよっぽど心が近しい。

「2人以上集まるところに神は臨在する。」と聖書に書いてある。
教会は建物ではないし、どうも組織化された教会は霊の動きに忠実になりにくい傾向がある。

交じり合うことはすばらしく楽しいけど、今はこれでいい。
電池を充電する時期なのかもしれない。

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8月 3日 土曜日 のち
人間関係
人間関係って難しいなーと思うときがある。

私と主人は親戚が近くにいなかったので、寂しかったし、親戚のよさを知らずに育った子供達がかわいそうだと思ったこともあったが、4人家族で気楽だった。

でも婿の家族は、親戚が会社を経営している。親戚=ビジネスで約100人くらいの親戚が近辺に住んでいる。

2人の生活を確立していないうちに、いろいろ、親戚との関係の問題が生じる。

かなりすばやく成熟する必要がある。なんて考えるとすごいストレスになる。

でもね、いいのよ。一番大切なのは彼女が自分自身を好きであること。

イエス様だって、いろんな人に嫌われてたんだから。

あなたはそのままでいいの。

そう言ってあげよう。
8月 2日 金曜日 のち
身辺整理
去年同年齢の親友が癌で急死したあと、ご主人は彼女のものを整理なさった。彼にとってとても辛い仕事だったことを私は知っている。

もし自分が今死んだら、主人は片付けるのが大変。思い切って整理しようと思う。じゅごんさんのHPにも病気になったとき、整理する決心をしたと書かれている。

http://w3.v-net.ne.jp/~jugon/html/essay.htm#014
<私は捨てられない人間だった。何でもかんでも保存してきた。けれど最近の病気で自分の死後の事を考えさせられ、ようやく身辺整理に踏み切った。(ちなみに病気は完治して今は元気いっぱいである)。<中略>もし私が長生きするとしても、荷物は少ない方が何かと便利だ>

人間いつ死ぬかわからない。
考えてみると生きていられるほうが奇跡だ。

いつ死んでも迷惑がかからないように身軽にしておきたい。

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8月 1日 木曜日
自由
個人的な自由についてとても面白いことが遠山じゅごんさんのHPに書いてあった。「自由とは、しないでいられる状態である」
http://w3.v-net.ne.jp/~jugon/html/essay.htm#014

同じことを今朝大好きなミスター・ロジャーズが歌っていた。

そういえばじゅんぽろりんさんが感情は選択肢だと仰っていたのも思い出す。

「怒りを感じるときどうする?」
歌詞を下に載せておきますが、要約すると、

すごく腹が立っているときかんだり、袋をたたいたりできるけど、それを止めることもできる。
自分の感情はいつでもそれを止めることができる。
自分の感情をコントロールできるのははいい気持ち。
覚えておきなさい。心の深いところにあるものが成長をたすけてくれる。
いつか少女が女性になり少年が男性になる。

「自制」は「自由」だということ。
つまり、怒ってほかの人に当り散らしたり暴力に走る人は怒りの奴隷になっている人。本当に自由な人は感情をコントロールできる。

What Do You Do
c 1968, Fred M. Rogers

What do you do with the mad that you feel
When you feel so mad you could bite?
When the whole wide world seems oh, so wrong...
And nothing you do seems very right?

What do you do? Do you punch a bag?
Do you pound some clay or some dough?
Do you round up friends for a game of tag?
Or see how fast you go?

It’s great to be able to stop
When you’ve planned a thing that’s wrong,
And be able to do something else instead
And think this song:

I can stop when I want to
Can stop when I wish.
I can stop, stop, stop any time.
And what a good feeling to feel like this
And know that the feeling is really mine.
Know that there’s something deep inside
That helps us become what we can.
For a girl can be someday a woman
And a boy can be someday a man.


今日一日、自分の感情をコントロールして、人のしたいことに付き合った。今朝はイーサンとハイキングに出かけ、主人の大好きな家探しに行った。自分の気持ちよりも人の気持ちを大切に一日中頑張ったら疲れた。

でもいい事をしたのでいい気持ち。


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