316660 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

シアトルからこんにちは

2002年12月後半の日記

12月 31日 火曜日 のち
主はいつまでも私たちの祈りを覚えてくださっている
ルカによる福音書 / 1章 13節
天使は言った。「恐れることはない。ザカリア、あなたの願いは聞き入れられた。あなたの妻エリサベトは男の子を産む。その子をヨハネと名付けなさい。
その子はあなたにとって喜びとなり、楽しみとなる。多くの人もその誕生を喜ぶ。
彼は主の御前に偉大な人になり、ぶどう酒や強い酒を飲まず、既に母の胎にいるときから聖霊に満たされていて、
イスラエルの多くの子らをその神である主のもとに立ち帰らせる。
彼はエリヤの霊と力で主に先立って行き、父の心を子に向けさせ、逆らう者に正しい人の分別を持たせて、準備のできた民を主のために用意する。」
----------
クリスマスのメッセージの中でおそらく、いろんな教会で、ザカリアとエリザベスの話が出ただろうが、この節を読むたび、いかに人間は祈ったことを忘れてしまっているが主は全てを覚えてくださっていることがわかる。

天使がザカリアの前に現れて、

1. 男の子を産む
2.その子はあなたにとって喜びとなり、楽しみとなる
3. 主の御前に偉大な人になる
4.準備の出来た民を主のために用意する。

と言った。
ザカリアはあまりにも昔の祈りなので、疑って、口を聞けなくなってしまうのは有名な話だ。
-----------

私と主人の人生の中でも20数年前祈ったことに主がこたえてくださろうとしている。もう忘れかけてしまっていた心の願いを主は覚えてくださっていた。

なんと素晴らしい主だろう。

祈りましょう。心の願いを主に捧げましょう。

主は私たちを愛しておられます。ハレルヤ
-------------
けさこの日記を書いた後、バラの花束が贈られてきた。

今日は娘夫婦の結婚記念日なので婿が娘のために真っ赤なバラを1ダース送ってきたのだ。
ついたカードに「一生愛しています。」とかいてあった。

娘達は出来ちゃった結婚だったし、若い二人は、色々困難を乗り越えてきた。

主人と私は心を痛め孫のお世話のお手伝いをしながら、ずっと祈りつづけてきた。

主は私たちの祈りに答えてくださった。

娘が固くなった心を和らげ、神様の祝福を喜んで受け入れられますように...

主よ、ありがとうございます

主に感謝
 

--------------------------------------------------------------------------------

12月 30日 月曜日 のち
福音を伝えると言うこと
ルカによる福音書 / 3章 10節

そこで群衆は、「では、わたしたちはどうすればよいのですか」と尋ねた。
ヨハネは、「下着を二枚持っている者は、一枚も持たない者に分けてやれ。食べ物を持っている者も同じようにせよ」と答えた。
徴税人も洗礼を受けるために来て、「先生、わたしたちはどうすればよいのですか」と言った。
ヨハネは、「規定以上のものは取り立てるな」と言った。
兵士も、「このわたしたちはどうすればよいのですか」と尋ねた。ヨハネは、「だれからも金をゆすり取ったり、だまし取ったりするな。自分の給料で満足せよ」と言った。
-------------
わたしの母教会では毎年クリスマス時期になると、靴の箱に、子供達の好きそうなお菓子や、シールや、鉛筆や紙などをつめて全世界に送る習慣がある。今年も700箱ほど送った。

その靴箱プレゼントを受け取ったチェチニアの13歳のある男の子から返事がきたので牧師さんが読んで下った。

それによると、彼は、幼い頃から怒りに満ち、お父さんのようにゲリラになり銃をもって戦うことが正しいと思っていたそうだ。

ところがあるとき、アメリカ人の宣教師に会って、「おまえは何か武器を持っているか?」とたずねると、「持っている」といって聖書を見せたそうだ。宣教師は彼に「私はあなたのために祈っている」といって去った。

それから数ヶ月たって、お兄さんが、キャンプに連れて行ってくれた。そこで、アメリカから送られた靴箱のクリスマスプレゼントをもらい、救いのメッセージを聞いた。

今まで戦ったり、殺すことだけを考えていた少年は愛を知り、イエス様のために生きる決心をした。

靴箱を集めていたとき、これほどの影響があるとはほとんどの人が思っていなかっただろう。

でも、主に従ってすると、どんなに小さなことでも、主は豊かに祝福してくださる。

福音を伝道するのはそんなに難しいことではないのかもしれない。

ヨハネが言うように、2つ持っている者が1つも持たないものに分ける。

そしたら、主が豊かに祝福してくださるのだ。

神様の仕事、ミッションというと大それた仕事のように考えがちだが、神様から頂いたものを、持っていない人と分かち合おう。

ハレルヤ
1. 12/30 09:49 世界宣教というととても大仕事のように思えていましたが、分かち合うことから始めたらいいのですね。Vivi

 
----------------------------------------------------------------------
12月 29日 日曜日 のち
停電でした
夕べは嵐のため午後1時から午前1時まで停電だった。たまたまお友達のうちに夕食を招待されていたので、暖かい料理と、電気こうこうとした家でビデオを一緒に観たりして楽しいひと時を過ごせた。10時ごろ帰宅したときにはまだ停電だった。

電池のポータブルテレビのニュースを聞くと、15万人の人が停電しているそうだ。だんだん家が冷たくなってきた。ろうそくをあちこちに飾り、なんとなくロマンチック。
真っ暗な部屋にひとつろうそくをともすたび、闇の中に光をもたらしてくださったイエス様のことを考える。

この世からクリスチャンがいなくなったらまさに世の中は真っ暗になるだろうな...

なんて考えながら、早めに寝た。

朝起きたら、電気が戻っていた。

夕べ遅くまで働いてくれた電気会社の皆さんありがとうと思わず言った。日ごろ存在をも忘れているけど、つくづく、電気会社に感謝する。
------------
それにしても私たちの生活はなんと電気に依存していることか...
お隣さんはgeneratorを持っているので、こうこうと電気がついていましたが、他の家は真っ暗でした。
----------
こんなとき、ふと主の再臨の準備が出来ているものと出来ていないものについて考えさせられます。いつ再臨があっても準備が出来ているように聖霊の油を持っていたいものです。

主の平安と慰めがあなたの上にありますように


 

--------------------------------------------------------------------------------

12月 28日 土曜日 のち
新年を目の前にして...
見よ、新しいことをわたしは行う。
今や、それは芽生えている。
あなたたちはそれを悟らないのか。
わたしは荒れ野に道を敷き
砂漠に大河を流れさせる。
(イザヤ書43:19)
----------
神様は時間と超越しておられるが私たちには時間が必要だと思う。どんなに暗くても朝になると太陽が上がるというのはおそらく、私たちのために、一日だけ、頑張ればいいんだよという神様の憐れみから考え出した神の計画だったと思う。(母親が、食べ物を小さく小刻みにして下さるように...)

新しい年がやってこようとしている。

今家を売りに出している。主人と私は来年RVで、短期ミッションをするつもりだ。まだはっきりと、どの地方にいって何をするのかはわからないが、主が心に喜びを与えてくださっている。主人と方を並べて働いたことがないので、これもチャレンジかもしれない。
子供達のことも気になるが、もう大人なので、主を信じて子離れすることにした。正直言うと孫を連れて行きたいがそういうわけにもいかない。

今年一年霊的にずいぶん変わった。親友が天国に召されて、人生の短さを痛感したので、賢くなれたのだと思う。主のためにすることのみ永遠の価値があると改めて学んだ。

それにとてもよい教会に恵まれたこと、おばあちゃんのグループに参加したこと、BSFを続けたこと、結城さんのところで素晴らしいクリスチャン達と知り合いになれ交わりを持てたことが霊的成長の大きな理由となっている。

以前は一匹狼クリスチャンだったが、今では、サポートの大事さが身にしみる。

----------
皆さんは来年の抱負をたてましたか?

私はクリスマスの日に感じた光が毎日心の奥で輝き、救い主イエス様に感謝と喜びで毎日を過ごすことです。

今朝シアトル地方に冬の嵐が来ると天気予報で言っていた。
90kmの風がふくそうだ。外は嵐でも私は暖かい家のなかで守られ安心してPCの前に向かっている。

これって神様の保護みたい。どんなきびしいの嵐があってもイエス様に留まっていたら、暖かい腕に守られている。
---------------
聖霊様の平和と慰めと喜びがあなたの心に与えられますように
 

--------------------------------------------------------------------------------

12月 27日 金曜日 のち
光の中で歩む
ヨハネの手紙一 / 1章 7節

しかし、神が光の中におられるように、わたしたちが光の中を歩むなら、互いに交わりを持ち、御子イエスの血によってあらゆる罪から清められます。
----------------

私は、クリスチャンホームで育たなかったけど、なんとなく、クリスチャンホームに対する理想像のようなものがあった。キリスト者に対する理想像のようなものもあった。

だから、自分がクリスチャンになったとき、その理想像とかけ離れているので自分がクリスチャンであると言いにくかった。

この考え方はかなり間違っていた事に気付かされた。

というのは私が光の中に歩いているから自分の罪に敏感なのだ。もし私が罪びとだったら、おそらく、自分の罪?何?それ?と鈍感になっていたと思う。

毎朝、聖書を開けるたび、自分が、いかに主の考えからかけ離れているのかに気付く。

そのとき落胆するのではなく、私の罪を主に委ねて光を当ててもらう。

そしたら、主は、心の底から私をひっくり返してくださる。

もし、自己嫌悪に陥っていたり、気分が優れない人がこれを読んでいたら、全てを主の光に当ててください。

その瞬間主の光の輝きで、闇は消えてしまいます。

主の暖かい愛の中で日向ぼっこして体を温めてもらってください。
そして、頑なに凍った人の手を取って、一緒に主の光に当ててもらいましょう。

ハレルヤ



1. 12/27 10:04 このところ読む事ができなかったので、3日分を今朝まとめて読み涙がでました。ありがとう員こさん、ありがとう神様!この日分を今読んだという事にも、ご計画を感じずにはいられません・・・・//じょい♪
2. 12/27 13:01 まったく、まったく、アーメンです。/shino

 

--------------------------------------------------------------------------------

12月 26日 木曜日 のち
「一人の孤独な生涯」  
彼は、あまり世に知られていない小さな村に生まれた。母親は、貧しい村の人であった。

彼が育った村も、あまり世に知られていない村であった。彼は、30歳になるまで、大工として働いた。
 
それから彼は、旅から旅への説教者としての3年をすごした。

1冊の本も書かず、自分の事務所も持たず、自分の家さえ持たなかった。

彼は、自分の生まれた村から300キロ以上出たことがなく、有名人につきものの業績は、何も残さなかった。

彼は、人に見せる紹介状を持たず、自分を見てもらうことが、ただひとつの頼りであった。

彼は旅を続け、病人をいやし、足の不自由な人を歩かせ、盲人の目を開き、神の愛を説いた。

ほどなく、この世の権力者たちは、彼に敵対し始め、世間もそれに同調した。彼の友は、みな逃げ去った。

彼は裏切られ、敵の手に渡され、ののしられ、つばをかけられ、なぐられ、引きずり回された。
 
彼は十字架につけられ、ふたりの犯罪人の十字架の間に立てられた。

彼はさらし者にされ、まさに死につつある時、処刑者たちは、彼の地上におけるただひとつの財産、

すなわち彼の上着をくじ引きにした。

彼が死ぬと、その死体は十字架からおろされ、借り物の墓に横たえられた。

ある友人からのせめてものプレゼントだった。
 
長い19世紀が過ぎていった。

今日、彼は人間の歴史の中心であり、前進する人類の先頭に立っている。

かつて進軍したすべての軍隊と、かつて組織されたすべての海軍、かつて開催されたすべての議会と、

かつて権力を振るいながら統治したすべての王たちの影響力のすべてをあわせてひとつにしても、

人類に与えた影響、人々のいのちに与えた影響の大きさにおいて、

この1人の孤独な生涯には、到底、比べようがないと言っても、決して誤りでないと思う。
--------------------- 
 (英語版)

One Solitary Life

(the original version by Dr James Allan Francis)

A child is born in an obscure village. He is brought up in another obscure village. He works in a carpenter shop until he is thirty, and then for three brief years is an itinerant preacher, proclaiming a message and living a life. He never writes a book. He never holds an office. He never raises an army. He never has a family of his own. He never owns a home. He never goes to college. He never travels two hundred miles from the place where he was born. He gathers a little group of friends about him and teaches them his way of life. While still a young man, the tide of popular feeling turns against him. One denies him; another betrays him. He is turned over to his enemies. He goes through the mockery of a trial; he is nailed to a cross between two thieves, and when dead is laid in a borrowed grave by the kindness of a friend.
Those are the facts of his human life. He rises from the dead. Today we look back across nineteen hundred years and ask, What kind of trail has he left across the centuries? When we try to sum up his influence, all the armies that ever marched, all the parliaments that ever sat, all the kings that ever reigned are absolutely picayune in their influence on mankind compared with that of this one solitary life…


I understand that this is the original essay by Dr James Allan Francis in “The Real Jesus and Other Sermons” © 1926 by the Judson Press of Philadelphia (pp 123-124 titled “Arise Sir Knight!”). Graham Pockett

-------
ハレルヤ!
 

--------------------------------------------------------------------------------

12月 25日 水曜日 のち
メリークリスマス
ヨハネによる福音書 / 14章 27節

わたしは、平和をあなたがたに残し、わたしの平和を与える。わたしはこれを、世が与えるように与えるのではない。心を騒がせるな。おびえるな。
----------

今朝、2人亡くなった人の報告があった。1人は娘の行っていた小学校の校長先生で、もう1人は、日本文化セミナーの創始者。

とっても素敵な日本女性だった。

彼女は離婚後一人暮らしだったそうだ。子供もいず、階段かどっかから落っこちて怪我をして、他にも病気があったらしく、救急車で運ばれて数時間後天国に召された。

昔アメリカに来られた方々、特に女性は、優秀な方が多い。確か彼女も留学生としてこられたと聞いた。私の母くらいの年齢だろう。たしか哲学専門でミュージッシャンだった。クリスチャンで、よく教会で、歌ったり演奏しておられたらしい。
知的で、ユーモアのある魅力的な方だった。
---------
今年のクリスマスは、なんだかすごく感傷的になる。
プレゼントもツリーもリースもぴんと来ない。

人の暖かさだけが身にしみる。

初めてのクリスマスもこんなだったのだろうか?
冷たくて、何にもないのに喜びと平安がある。

年のせいか今年は、クリスマスのメッセージが心に染みる。

世界をみると、なんというひどい状態なのだろうとあきれてしまう。よくここまで、人間は自己中心に生きてきて、地球を滅ぼさずにいると思うほど、歴史は残酷。

それでも主は、人間を愛してくださっている。

罪深い私たちを、今日も呼んでくださっている。
------------
今年のクリスマスは、私の心の中の新しいページが開いたような気がする。

天国にいって、主と会う日がたのしみになるよう、もっと主のために働きたいと思うようになった。

自分の思っていた働きと主の思っていた働きがずいぶん違うことにも気付かされた。

イエス様をあがめよう。
イエス様のことを広めよう。
イエス様が一番だから。

皆さんの上に主の豊かな祝福がありますように
 

--------------------------------------------------------------------------------

12月 24日 火曜日 のち
クリスマスイヴ
きょうダビデの町で、あなたがたのために、
救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。
あなたがたは、布にくるまって飼葉おけに寝ておられるみどりごを見つけます。
これが、あなたがたのためのしるしです。」

(ルカの福音書2章11節~12節)
--------------

ヘイフォード牧師の話では、イスラエルに行って、イエスが寝かされていた石造りの桶を見て驚いたそうだ。なんと汚く冷たいごみ箱に使う石だそうだ。

神の子でありながら、イエスはありとあらゆる苦労を経験し、そして私のために十字架にかかってくださった。

そして、死を克服し、3日後復活された。
今父なる神と共に天国におられる。

ハレルヤ、ハレルヤ、
素晴らしい主よ。

貴方が私の汚い心に入ってきてくださったおかげで私の心に灯が灯りました。

私の罪で全て赦してくださり、新しい私が誕生しました。

主は素晴らしい

感謝です。

貴方の聖霊によって喜びに満ちた人生を与えてくださいました。

感謝です。

ホザンナ
ホザンナ

もしこれを読んでいる方でまだイエス様を救い主として受け入れておられない方は、是非、罪を告白して、イエス様を受け入れてください。怒りも、不満も、全てをイエス様にぶつけてください。
主は、貴方の全てを受け入れてくださいます。

主は貴方を愛しておられるのですから。
貴方の親やあなた自身以上に貴方を愛しておられます。
歴史上、あなたと言う人間は、これまで一人もいません。とってもユニークな貴方のために、主は十字架にかかってくださいました。
もし、世界に貴方一人しかいなくても主は貴方のためだけに十字架にかかってくれました。

それほど貴方は主にとって大切な人なのです。

どうかあなたが、救い主イエス様を受け入れますように。
 



12月 23日 月曜日 のち
主を信じる決心
ガラテヤの信徒への手紙 / 1章 15節
しかし、わたしを母の胎内にあるときから選び分け、恵みによって召し出してくださった神が、御心のままに、御子をわたしに示して、その福音を異邦人に告げ知らせるようにされたとき、わたしは、すぐ血肉に相談するようなことはせず、また、エルサレムに上って、わたしより先に使徒として召された人たちのもとに行くこともせず、アラビアに退いて、そこから再びダマスコに戻ったのでした。
-------------------

ビリーグラムが、天国にいったら、神様に「どうして私を選んだのですか?」と聞きたい。と言った。

主が選ぶ人は、本当におもしろい。
スポーツや、征治選挙、会社の昇進で選ばれる人はそれなりの資格をもった優れた人材だ。

ところが主が選ぶ人にそんな資格は関係ない。

ただ、主を受け入れる柔らかな心を持った人であることだけだ。

なぜ私が、家族の中で1人救われたのか、何故、主人が16歳のときすごい田舎にすんでいて、その家を、間違って見つけた人によって救われたのか、わからない。

おそらく主は、私たちの渇いた心をご存知だったからだろう。

夕べの牧師の説教は、心に響いた。

みんな誰も死ぬ。

シメオンは救いを見てこれで死んでもいいと思った。

今週トレント・ロット氏の人類差別的な言葉で、アメリかは再び、
人類差別の根深さを思い知らされた。
おそらく、人間がいる限り別人類に対する偏見はあるだろう。

ところが神様が人間を見るときの見方は全然違う。

心をご存知だからだ。

正直言ってこれまで私は、社会的に、人類的に、年齢的に心のどこかで人を区別してきた。日本人であることが優越心になったり、劣等感になったりした。

ところが夕べ180度覆された。

これからは人と会うとき、その人の外観的なことに気を取られず、内的な共通点に焦点を当ててみよう。

今日もまた主が私を変えてくださった。

神様ありがとう。


--------------------------------------------------------------------------------

12月 22日 日曜日 のち
信仰は個人の経験に基づくのではなくイエスに基づく
ローマの信徒への手紙 / 2章 4節 ~7節

あるいは、神の憐れみがあなたを悔い改めに導くことも知らないで、その豊かな慈愛と寛容と忍耐とを軽んじるのですか。

あなたは、かたくなで心を改めようとせず、神の怒りを自分のために蓄えています。この怒りは、神が正しい裁きを行われる怒りの日に現れるでしょう。

神はおのおのの行いに従ってお報いになります。

すなわち、忍耐強く善を行い、栄光と誉れと不滅のものを求める者には、永遠の命をお与えになり、反抗心にかられ、真理ではなく不義に従う者には、怒りと憤りをお示しになります。

すべて悪を行う者には、ユダヤ人はもとよりギリシア人にも、苦しみと悩みが下り、

すべて善を行う者には、ユダヤ人はもとよりギリシア人にも、栄光と誉れと平和が与えられます。
----------------

昨日久しぶりに会ったお友達とランチして帰宅後、ふと聖霊様に友達との会話に私の愚痴が多かったことを示された。

クリスマスという素晴らしい機会の時に、わたしは、イエス様の話をせず、自分の悩み、苦しみを分かち合った。

あーあ。せっかくクリスマスのgood newsを話すチャンスだったのに、自分のことで精一杯だったわたし。
考えれば考えるほど自己嫌悪になる。

どうして、自分のことばかり考えてしまうのだろう?

年を取ってくると、気をつけないと、つい愚痴っぽくなりやすい。

いじわるばあさんにならないように気をつけなければ...
-----------------

私の信仰は自分の経験に基づくものではなく神様の真理に基づくものだ。

私の状況が良かろうが悪かろうが、主が私のためにひとり子を十字架につけ、そして、死を克服したことには変わらない。

神様つぶやいた私を赦してください。

主よあなたの御名を褒め称えます。

ピリピ人への手紙4:11のようにどんな境遇に会っても、満ち足りることを教えて下さい。

主は素晴らしい
主は素晴らしい
主は素晴らしい
私の主

主の平安があなたの心に与えられますように


--------------------------------------------------------------------------------

12月 21日 土曜日 のち
主人のための祈り
去年結城さんのところの「良かった探しリース」に参加しようかなと思ったとき、「今年は一体何かよかったことあったのか?」と思ったのを覚えている。4人の葬式に参加して、特に親友の葬式に行ったあと、悲しみに暮れていた。ところが書き始めると主が、色々祝福を与えてくださっていたことに気付かされた。

今年はどうだろう?オリンピックにも行ったし日本へも行った。外面的には結構良かった年のようにも見える。

でも真の意味で何が良かったのだろう?

主と近しくなれたのだろうか?毎日読んでいる聖書をただ機械的に習慣的に読んでいるだけではないだろうか?

聖書の言葉を通して、イエスと言う人が少し理解できるようになったのだろうか?

振り返って今年、一番良かったことは、主人と一緒にいる時間が増えたことだ。それによって、少し主人のよさを改めて知って、より仲良くなれたことだと思う。

これは些細なことのように思えるけど、空の巣夫婦にとってはかなり大きなパーセントを締める重大事だ。

日本に住んでいたことがあるアメリカ人の同僚に、「日本人女性は一般的に母であることを重視しすぎて、主人を大切にしない。」と言われたことがある。(彼によると、「日本人の奥さんはだんなを褒めないので、落胆しただんなたちはホステスとか言う商売をもったわけのわからない女性に励ましてもらいに、しょっちゅう行くのだ。」とか)言われたときは「むっ」としたけど、一理あるのかもしれない。

とにかく主人を励ますことは私にとって結構難しい。
------------------

ストーミーの祈りを載せておきますので、ご主人や愛する人のために是非一緒に祈ってください。

主よ

「あなただけが私の主人(愛人)の抱えている重荷の深さをご存知です。私は少しだけ知っていますが、あなたは彼の肩にかかっている重さまでご存知です。あなたが、彼の人生で行っていることを縮小するのではあリません。というのは貴方が試練の中で、偉大なことを成し遂げている事を知っています。
私は、彼が面しなくてはならないことから守ろうとしているのでもありません。

ただ、私は、この戦いを、彼が勝者として突き抜けることができるため支援したいだけです。

----------
46編 2節

神はわたしたちの避けどころ、わたしたちの砦。苦難のとき、必ずそこにいまして助けてくださる。
------------
あなたはわたしたちに勇気を出して、恵を受けるために、来なさいとおっしゃっています。

------------
ヘブライ人への手紙 / 4章 16節
だから、憐れみを受け、恵みにあずかって、時宜にかなった助けをいただくために、大胆に恵みの座に近づこうではありませんか。
-----------
あなたのところにきて、主人のために恵を与えてくださいますようお願いします。

どうか主人の心をつよくして下さり、忍耐強く待てますように、又その忍耐を与えてください。

----------
詩篇27:1-4
主はわたしの光、わたしの救い/わたしは誰を恐れよう。主はわたしの命の砦/わたしは誰の前におののくことがあろう。
さいなむ者が迫り/わたしの肉を食い尽くそうとするが/わたしを苦しめるその敵こそ、かえって/よろめき倒れるであろう。
彼らがわたしに対して陣を敷いても/わたしの心は恐れない。わたしに向かって戦いを挑んで来ても/わたしには確信がある。
ひとつのことを主に願い、それだけを求めよう。命のある限り、主の家に宿り/主を仰ぎ望んで喜びを得/その宮で朝を迎えることを。
----------

どんなことがあっても耐えることができるよう励ましてください。

------------
ローマの信徒への手紙 / 12章 12節
希望をもって喜び、苦難を耐え忍び、たゆまず祈りなさい。
-----------

どうか彼が自分に与えられたレースを頑張って走ることが出来ますように。あきらめませんように。

------------
箴言 / 24章 16節
神に従う人は七度倒れても起き上がる。神に逆らう者は災難に遭えばつまずく。
-------------

彼の心に詩篇37:23を思い出させてください。
----------
詩編 / 37編 23節
主は人の一歩一歩を定め/御旨にかなう道を備えてくださる。
------------

彼を守り、彼が貴方を待ち望み、力を与えられますように

-------------
イザヤ書 / 40章 31節
主に望みをおく人は新たな力を得/鷲のように翼を張って上る。走っても弱ることなく、歩いても疲れない。
---------------
彼があなたの中に力を見つけ、泣き叫ぶとき、あなたが彼の声を聞き、試練から救ってくださいますように。

------------
詩編 / 34編 6節
主を仰ぎ見る人は光と輝き/辱めに顔を伏せることはない

----------

彼があなたの中に力を見つけ、泣きすがるとき、あなたが彼の声を聞き、全ての試練から守ってくださいますように

アーメン

こうして朝一番に主人のために祈ったら、心に喜びがわいてきた。
今日は素晴らしい日になりそうだ。

主が貴方と愛する人に多くの祝福を与えてくださいますように
1. 12/21 18:59 凄いなぁ・・員子さん、まさに御言葉を身にまとっている・・という感じ!!//どうか、わたしもこのように、自分よりも主人の為に祈る時間を聖別できますように・・・じょい♪


--------------------------------------------------------------------------------

12月 20日 金曜日 のち
問題の根源
神様には「愛」という柔らかく暖かい部分があると同時に、「正義」というとても厳しい部分もある。聖なる方だからどんな汚れにもたえられない。

今日のデイボーションから

「もし、ある人が神様のもとに行けないとしたら、その理由は自分自身が罪であると認め、あきらめきれない秘密があるからです。
問題の根元まで探らなければならないので、福音に対して怒りや険悪感を持っているのです。

人は、神様からの祝福を望んでいますが、でも、問題の核心まで突き刺されることに耐えられません。

もし、神様のやり方に敏感であるとしたら、神に仕える者としてのメッセージは、憐れみないものであり、主張しつづけ、根源まで切り抜きます。

そうしないと、癒しが来ないからです。
-------------

「ヴァインの祝福」を読みつづけている。

ある女性の話。

「どうも、神様と近しく感じないんです。私なんて主に仕える者としていてもいなくてもいいような気がして...」

その人は、長年教会に行ったり聖書を読んでいた。
ウイルキンソン牧師が、「あなたは、赦していない人がいますか?」と聞いた。

すると、彼女は、「実は、お母さんに傷つけられ、長年憎んできた。」ことを話した。牧師は、お母さんに対する憎しみを紙に書いてくださいといった。

次の日5ページ前も後ろもぴっちり書かれた紙を持ってきた。その紙には、傷つけられ悲しかったことが一杯かかれていた。

彼女は、それを牧師にわたし、母を赦る決心をした。

彼女はお母さんと和解し、数ヵ月後、牧師に、「神様と話ができるようになりました」と報告した。

主のなさることは、本当に核心を突いている。

-------------
先日クリスマスパーフォーマンスに行ったとき、ある一場面をみて私はすごく涙を流した。自分でも驚くほど大泣きしたとき、

そのとき、「あー、あのことはまだ傷として残っていたんだ」と気付いた。

クリスチャン生活で自分自身が最大の敵だと思う。

自分を騙して、全てうまくいっているように振舞う。
実は、主は全てをご存知だから気付いていないのは自分だけだった。

主が私のこころのなかにある罪をさらけ出して見せてくだ去ったことを感謝し、全てを委ねます。

そして、癒してください。

アーメン



--------------------------------------------------------------------------------

12月 19日 木曜日 のち
ヴァインの祝福
先日頂いた「Secrets of the Vineヴァインの祝福」を読み始めた。

この本を日本語に訳されたはちこさんの「よかった探しシリーズ」から、ヴァインの祝福のサイトに行って、いろいろな人の読書後の証を読む。

人生が変えられた喜びの声が多い。

ところで、はちこさんは今度、女性用のヴァインの祝福の翻訳をなさるらしい。4人の子供達と、多忙のご主人を抱えてすごい仕事量だと思う。ちょっとここでお祈り。

どうか健康が守られ、主の恵が豊かにありますように。
----------

戻って、この本ヤベツの祈りより、ずいぶん厳しいがとてもよい本だと思う。(まだ読み終えてないけど...)

-----------
以前ヨハネ15章を読んだとき、「実」は、伝道の結果イエスに何人の人を導いたかをさしていると思い込んでいた。

-------------
ヨハネによる福音書 / 15章 2節
わたしにつながっていながら、実を結ばない枝はみな、父が取り除かれる。しかし、実を結ぶものはみな、いよいよ豊かに実を結ぶように手入れをなさる。
-------------

どうも伝道が下手な私は、この節を読んでは悲しくなった。
ところがこの「実」はそういう意味ではないようだ。

「働き」と「実」が交互に使われていることからして、「実」とは、ガラテア人への手紙五:22に連ねてある御霊の実「愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制」のことだ。

なるほど。これらの実は主が私たちの中に留まってくださることによって結ばれるものだ。

だから私がしなければならないのは。主に従い、留まることだけだ。

私たちが死ぬとき「実」だけを天に持っていける。

これが私が救われた理由だ。

エペソ人への手紙によると、私たちはこの働きのために創造された。私たちは神の夢を満足させるために創造された。
だから私たちの満足感は、満ちた人生を送ることによって、主に栄光を戻すことが神様のゆめであり、私たちは、そのために創造された。

こんなに大切なことは自動的に起こると思うかもしれないが、実は、枝はそれぞれユニークで異なっているので、いろいろ収穫が違う。そこで、手入れが必要になってくるというわけだ。

今会っている試練は、もっと豊かな実を結ぶための一時的な、手入れなのだ。どうも近眼的な私は、つい、この手入れに集中してしまって、後の豊かな実のことを忘れがちだ。
---------------

主が私の人生でなさっていることを感謝します。

全てが主の御旨にかないますように。

私が、偶像礼拝せず、主に留まりますように。

主の考えは私の考えと違う。

主に留まり、全てをゆだねます。

1. 12/20 15:22 The Fruit of the Spirit ←「美味しそう」なんて思ってしまう・・わたし(^^; 「蜜より甘い」と思うんだなぁ・・// 員子さんの日記、いつも凄く素敵♪//・・じょい♪


--------------------------------------------------------------------------------

12月 18日 水曜日 のち
感謝
今朝はお友達の手術日だったので、シアトルにあるスイーデイッシュ病院に連れて行った。

朝早かったので、ワシントン湖の浮橋をわたる時に見える美しい日の出が見れるかと楽しみにしていたが残念ながら雨でダメだった。

お友達の手術は、day surgery(アメリカではコストが高くてほとんど入院させない。)だったので、4時間後迎えに行った。
手術はうまくいって、家で休んでおられる。

スイーデイッシュ病院は、シアトルの町中にあるので、風景が私の家の周りとはずいぶん違う。ホームレスの人があちこちに座り込んだり、寝たりしている。ふっとみると、病院の外の一ヶ所に何人か固まっていた。中が台所なのだろう。あそこから、捨てられるごみを狙っているのかもしれない。

シアトルは冬が緩やかなので、寒いところから大陸横断して東海岸からホームレスがやってくるとニュースで報道していた。

一人一人、だれかの息子であり、娘であり、兄であったり弟であったりするのだろう。

私と主人はホームレスの女性を貸しアパートにただで、住ませたとがある。今振り返っても苦い思い出だ。

私たちはナイーブで無知だった。ホームレスの人はあのライフスタイルから逃げ出したいにちがいないと思い込んでいた。
ところが、「慣れ」というのは恐ろしいもので、彼女は、幾等頼んでも、助けを拒否し、ホームレスの生活に戻った。

泣きながら、別れたのを覚えている。今50歳くらいかな?
一体どこにいるのだろう?

ホームレスになるのは結構簡単だ。ある日突然リストラ、離婚、大病などがおきると、あっという間に財産がなくなる。

明日はわが身かもしれない。

特にアメリカでは、「今日は大丈夫だが明日は、わからない。」と感じている人が大勢だろう。

病院では多くの患者さんがベッドに横たわっていた。
ホームレスの人達にもあった。

こうして、夕ご飯をすませた後、暖かい部屋で、PCの前に座っていることが、なんて素晴らしい神様の恵みなのだろう。

今年のクリスマスは、ミッションでボランテイアしよう。



--------------------------------------------------------------------------------

12月 17日 火曜日 のち
無条件の愛
今日は朝から孫の子守り。昔キャンプで習った歌を何度も何度も耳元にささやくように歌った。

♪「Take my hand and I will take you to a place that’s safe and warm. ♪

♪God has made a place for you to protect you from the strom ♪

♪Because God loves you and I love you and that’s the way it’s gonna be. ♪

♪God loves you and I love you and that’s will surely be.」♪

夕方、娘がうちに孫をつれてきたとき、なぜかいつもより私にべったりくっついてきた。

やっぱりあの歌何度も歌ったのが良かったのかな?

もっと子供達にも歌ってあげればよかったかな...


----------------
さっきおばあちゃんの会から帰ってきた。
今日はクリスマス前のミーテイングだったので、クリスマスプレゼントを頂いた。袋の中には、「Secrets fo the Vine」の本や、ノートパッドや、お菓子や、ハンドクリームなどいろんな物がはいっていました。

私はすっかり忘れてて何にも持っていかなかったのですが...(来年はちゃんとカレンダーに書いておこう。)

クッキーを食べたり、ジュースを飲んだり話し合いました。

先週祈っていたSさん御夫妻がカウンセラーに行って、奇跡のように、素晴らしいコミュニケーションができるようになったとSさんがニコニコ顔で喜んでおられた。先週大泣きしていた時の顔と、明るさがまるで違う。ハレルヤ

なんと結婚して37年たって初めてカウンセラーに行ったそうだ。

よほど、ご主人が絶望的だったらしい。

奥さんが、「あなたがいっても行かなくても私は一人でも行く。」と強く言ったら、ご主人がついてきたそうだ。カウンセラーのことがすごく気に入って、これから当分毎週木曜日にカウンセリングを受けるそうだ。

つくづく、主にあって不可能なことはないと思う。

ただ人の心が頑なになっている間主は何も出来ない。

苦しいこと、辛いことがあったら、全てを主に委ねましょう。

-------------------
ローマの信徒への手紙 / 8章 37節
しかし、これらすべてのことにおいて、わたしたちは、わたしたちを愛してくださる方によって輝かしい勝利を収めています。
----------
ハレルヤ





--------------------------------------------------------------------------------

12月 16日 月曜日 のち
クリスマスメッセージ
きょうは、お友達夫婦とオーバーレイク教会のリビング・クリスマスツリーパーフォーマンスを見に行った。

「アメリカのクリスマス」というタイトルで、400年の間に生まれたクリスマスキャロルのメドレーだった。

http://www.occ.org/events/productions/lct.asp

300人ほどの俳優さん、歌手、ダンサーでプロ並みのパーフォーマンスだった。

歌や踊りは素晴らしかったけど、なんだかアメリカの音楽歴史だけで
物足りなかった。

もっと、「イエスの救い」に焦点を置けばよかったのに...ととても残念だった。

クリスマスには、めったに教会に来ない人が来られる絶好のチャンスなのだから、多くの教会で福音が宣べられますように。
---------
結城さんの日記から

「誰もあなたに信仰を強制することはできません。あなたがイエスさまを信じることを強制することは誰にもできません。もちろん、あなたには自由があります。イエスさまを信じるかどうかの選択を「後回しにする」という自由もあります。

しかし、私にできることは――主にあって愛する兄弟姉妹よ―― どうか、いまイエスさまを信じてほしい、と願うことだけです。自分の罪(自己中心)を悔い改めて、イエスさまに心を開き、イエスさまの救いを受け取ってください、と心から祈り、願うことだけです。世界中の富を得たとしても、自分の命を失っては何の得があるでしょう。 」


読みながら、涙が出た。

私が祈っている人は、自分が失敗作だと思い込んでいるため神様の愛を受け入れられない。

「どうかクリスマスの時期に彼女が、神様に罪を告白して、神の救いを受け入れることが出来ますように。」



1. 12/20 15:04 [いまイエスさま…


Copyright (c) 1997-2020 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.