真夜中のスイーツ
11月19日am2:00 子熊1号(4歳オス)によって叩き起こされる。かなり深い眠りからズルリと引きずり出され、数秒間は自分の体が海鼠にでもなったかのような感覚でいた。「パンスとジュボンが冷たいんだよっ」ジュボンとは人魚のモデル " じゅごん " の事では無くズボンのことである。要は例によってオネショをかまし、例によって怒り泣きの4歳児。はい、はい、となだめ、体を拭いたり着替えさせたりして何とか目出度く夢の国へお戻りいただくことに成功。ほっとひと安心して、ぼんやりしながらもリビングに腰を下ろす。こんなふうに夜中に起きてしまった日は、すぐに寝直すかもう少し起きていようかの判断を体にまかせる。その日は朝に出勤を控えていたこともあり、どうも眠りたいような感じだったのだがふとベランダの方を覗くと・・・冴えた星空が微笑むようにきらめいていた。つきなみだが、宝石箱をひっくり返したみたいな・・・と言いたくなる。獅子座流星群に微かな期待を寄せたものの瞬時に萎えてしまった前夜の街灯りで滲んだ空(と言うか、いつもの夜空)とは似ても似つかない磨きぬかれ、研ぎ澄まされたような星たちの輝き。たちまち寝呆け気分は吹き飛び、あたふたと外套を羽織ってベランダに駈け出した。ちょうど迎え討つようにその巨体を誇示していたのはオリオン座。俺を見ろと言わんばかりに光を放っている。短剣の小三ツ星もさぞかし斬れ味の良さそうな存在感。隣戸との仕切り、ご近所の背の高いマンション、上階のベランダ等に遮られ視界は狭いが、その枠の中でオリオンは当に主役となっていた。付き従う大犬、小犬も頼もしくその周囲を照らし、朗らかに行進を楽しんでいる。久しぶりの華やいだ星空につい興奮したためか包み込むような凪いだ冷気は却って心地よく感じられた。空と丘の境に、ぽってりと厚く積もった白い雲が広がっていた。あの雲が地上の灯りを覆って、上質な星空を演出してくれているのだと思われた。横浜では滅多にお目にかかれない夜空の饗宴に浮かれつい先ほどまで起きていたらしいオット殿にも声をかけた。寝入り端を挫かれ大層不愉快そうな気配だったが、半信半疑ながらも星という餌に釣られて寝床を這い出てきた。最初は首だけサッシの隙間から突き出して窺ったオット殿だったが確かに見事な星模様と納得したらしく、いそいそと双眼鏡を提げて隣に並んだ。火星が赤々と燃える一方で、時折流星が走る。どれも獅子群ではなさそうだが、オリオンを射抜くつわものもふたつあった。オット殿の提案でベランダを離れ、玄関からマンションの通路に出て今度はホームズ彗星を探した。ベランダ側と違って街明りがまぶしかったが、それでも何とか拝むことが叶った。もっとも明るかった時期は見逃してしまったがそれでもベールをまとった光の球体をはっきり見てとれて嬉しかった。ホームズ彗星を見ている間にベランダ側の空は雲がかかって眼福に満ちたひとときは終幕となった。正直なところ少しまだ心残りはあったが、仕事の事を考えると丁度良い頃合だったので気持よく布団に戻ることができた。まぶたを閉じて、あの親切なぽってりした白い雲のことを思いだした。実は、あの雲を見た時に、なんだか美味しそうだな・・・と思っていた。ほどよく甘くてミルキーな七分だてのなめらかなクリームのようでもありとろりとしたムースのようでもあり・・・その雲を添える真夜中の空はベルベットのようにきめ細やかな深い菫色のソルベ。色とりどりの氷粒を散らしたら?そんな冷たくて甘くて夢心地のスイーツを思い浮かべるような夜でした。