銀二貫
この『銀二貫』は職場のある方が貸してくださった時代小説。 主な舞台は200年以上前の大坂。 ある時、路上で一人の武士が仇討ちにあって死んだ。 そこへ居合わせた寒天問屋の老いたあるじが あきんどの機転で場を治めたことから、いくつもの人生が新たな奔流となって流れ始める。 時代小説とは言っても名だたる戦国武将のような天下を左右する逸話に彩られている訳でなく 剣客もののように丁々発止のちゃんばらが見所な訳ではない。 大坂商人の言葉が多いので、戸惑う方も少なくないだろうが 上方落語を聴き慣れていればすんなりと物語に入っていけるのではないだろうか。 序盤は、ひたすら忍耐の世界。主人公はあきんどの素地を叩き込まれる。 質素倹約とはありふれた言い回しだが、粥と味噌汁と漬物だけの毎日でガツガツ働いたというのだから恐れ入る。 栄養バランスも必要カロリーもあったもんじゃないが、そんな食事でもかつての日本人は良しとして仕事に打ち込んだらしい。 土性っ骨(どしょっぽね) 中島らもさんの書で何か読んだことはあったが、どしょっぽねの指すところをこの本で初めて垣間見た気がした。 電気が無かった時代。原子力発電など無かった時代。 皆、目を酷使して仕事した。冷たい水で皮膚を削りながら洗濯をした。 そして火事ばかりの世の中だった。簡単に火事が起き、あっというまに町を焼き尽くす。 トンカントンカンと建て直しても、また火事が焼き尽くす。 火山が噴火する。冷夏が作物を殺す。飢饉が広がり生き地獄となる。 しかし、動けるものは弱音を吐かない。お天道様に手を合わせ、あきないをし、食いつなぎ、命をつなぐ。 あきないも、腹が減っていようが体が痛かろうが、骨身を惜しまず全身全霊を注いでやり遂げる。 たまたま職場で寒天の話題が出た後日に、Yさんがこの本を貸して下さった。 「友達から回ってきたんだけど皆あんまり興味がないらしくて最初に買った人から何人も渡り歩いて譲られ続いてる本ですよ。」とのことだった。 少々困惑したが、もともと時代物は好きな方なので、何とか読み始めてみた。 圧倒された。江戸落語などはのんびりした風情や江戸っ子の粋という " 陽 " の部分が多く語られるし 苦労時代もリズミカルにトントントンと十年二十年過ぎていく感がある。 しかし、この物語で流れる時間は重い。重くて尊い。柱となる人物達を敬愛せずにいられない。 この物語を読んだのは今年の2月だった。 その結末は、なかなか大胆な、そして茶目っ気のある微笑ましいものだった。 読後の幸福感も味わいつつ、町が火事に焼かれることの恐ろしさも心に残っていた。 3月に日本に何が起きるかを知るよしもなく・・・