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毛針酔人日記

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日本は広い

2019.01.02
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カテゴリ:日本は広い
一年の計は、元旦にありという言葉があるので、昨年暮れに​京都とかを旅行​してきた記録をブログにまとめていたら、3月に函館に行ったのの記録があと一回残っていたことに気が付いたった…

まずは皆さま、新年明けましておめでとうございます。


今日で、函館も最後かと思ったら、みそ汁の代わりに塩ラーメンを盛っていたった…


前の晩に、大勢いの観光客がなだれ込んできたために、取っぱぐったイカ納豆などを取ってみた…


ちょっとくたびれた感じのデザートだったが、力の限り盛ってしまった…


これが泊まったホテル。
安いところには、安いなりの理由がある…


函館市熱帯植物園が近くにあったので、歩いて行った。
猿が温泉に入っていた。
受付のおばさんが言うには、大部分の猿が温泉に入り過ぎて毛が抜けているとのこと。
なので、時々、人が入っているように見えたりした…


日向ぼっこしている猿は、毛が抜けていない…


熱帯植物園には、コイが泳いでいた…


こんな花が咲いていた…


こんな花も咲いていた…


これは、サボテンの花…


もう食べられそうな実がなっていたった…


お昼は、函館朝市に行った。
これは、嫁が選んだ、ウニカニホタテの海鮮丼。


こちらは、オイラが頼んだウニカニエビの海鮮丼。
店内に紙が貼ってあって、イカとイクラは不漁のため、量が少なくなるというもの。
なので、こういうチョイスになってしまいました…


駅に着いたら時間があったので、


大門横丁に行ってみたり…


土方歳三最期の地を探検したりした…


これは、新函館北斗駅1階のケンシロウ。
北斗市と北斗の拳つながりらしい。
函館では、すっごくカッコいい二人の銅像が見られて、とってもよかったなぁ…​






Last updated  2019.01.02 15:58:17
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2018.05.05
カテゴリ:日本は広い

3月11日の朝、とても早く目が覚めたので、外を見ると百万ドルの景色が見えたった…


こちらのホテルは、朝ごはんが美味しいホテルで有名とのこと…


なので、こんな感じで海鮮丼に仕上げてみた…


嫁が、美味しそうなのがあるというので、オイラもいただくことに…


部屋に戻ってから、セットしたあったコーヒーをいただくことにした。
豆を挽くことから始めないといけなかった。
でも、それなりに美味しいコーヒーに出来上がった…


これが、前の晩にジンギスカンを食べたお店…


市電に乗る前に、豊川稲荷に寄って、五穀豊穣はもちろんのこと、いろいろとお願いごとをしてきた。
狭い路地を選ぶと、雪があっても車が入って来ないので、真ん中が歩ける…
ネットで調べたら、
度々の大火で焼失し、この建物は、昭和15年のものらしい…


魚市場通から市電に乗って、湯の川で降りた。
泊まるホテルの場所が分からなかったので、キョロキョロしてたら飛行機が飛んできた。
あとで調べたら、すぐ近くに函館空港があった…


そしたら、湯倉神社というのがあったので、参拝していくことにした。
ネットで調べたら、
 ここには、500年以上前に木こりが湧き湯で湯治し、病気が治ったお礼に小さな祠を建てたという伝説が残っていて、そんな湯の川温泉“発祥の地”と言われる場所とのこと…
 境内には、樹齢370年、湯川一の古木と言われるイチイ(別名オンコ)の木があり、兎の石像「神兎(なでうさぎ)」があった…


これは、市電乗り放題のカード。
誕生日の記念に買った。
600円なので、3回乗るともとが取れる…


いろんなデザインの市電が走っている…


湯の川温泉から向かったのが、五稜郭公園…






これは、五稜郭タワーにいた土方歳三さん。
写真よりも老けた感じだった…


これが、五稜郭。
五月には、桜が見事らしい…


これは、五稜郭タワーの1階。
ここにいる土方歳三さんは、身長が約2mと、本人の1.2倍の大きさとのこと…

箱館戦争のことをネットで調べたら、
 明治2(1869)年春、新政府軍は反撃を開始。
 4月9日、乙部に上陸した新政府軍は、三方から箱館に向かって進軍。圧倒的な戦力差により、4月末には箱館を除く道南各地をほぼ制圧。
 5月11日、新政府軍は箱館総攻撃を開始。
 四稜郭が陥落し、箱館市街は新政府軍が制圧。
 元新撰組副長・土方歳三が戦死、箱館港では旧幕府脱走軍の艦隊が全滅。
 五稜郭からは、土塁の上に配置したカノン砲を七重浜方面に向けて援護射撃したが、射程距離は短く港まで砲弾は届かなかった。
とのこと…

宮古湾海戦​のこともあったし、オイラにはとっても興味深いものがあった…


これは、五稜郭の中の箱館奉行所。
ネットで調べたら、

 日本の北辺防備の拠点として設置された江戸幕府の役所で,当初は箱館山の麓に置かれていましたが、内陸の地に移転が計画され、五稜郭と共に1864年(元治元年)に完成しました。

 1868年(明治元年)戊辰戦争最後の戦いとなる箱館戦争の舞台となり、1871年(明治4年)にわずか7年で解体されました。

 その後、古写真や文献資料・古図面などの調査を元に検討を重ね、2010年(平成22年)に140年の時を経て箱館奉行所が復元されました。

とのこと…


復元されたといっても、すべてが復元されていなかった。
ここは、奉行所で一番偉い人がいた部屋とのこと。
東日本大震災発災から7年目のこの日、14時46分に、嫁と二人この部屋で、ひっそりと黙とうをさせていただいた…


五稜郭タワーの近くを飛行機が飛んで行った…


ホテルの夕食は、カニ食べ放題コースになっていた。
オイラたちは、五稜郭をしっかり探検したかったので、19時からの夕食コースにしていた。
生ビールが飲み放題だったので、サーバーに行ったら、3つあるうちの1つが壊れていた。
おそらく、17時半からのコースの方がたに酷使されたのかもしれない…


カニは、当たりと外れがあったので、刺身に切り替えた。
タコとサーモンが美味しかった…


20時近くに団体さんが到着して、メチャクチャ騒がしくなった。
ブワッと集まって、ワオワオ言いながら、ガサっと持っていくのを繰り替えてしていた。
その頃、オイラたちは、もうデザートをいただいていた。
あの渦に巻き込まれなくてよかった…


最後に、メロンのフローズンドリンクかな?を飲んだ。
部屋に戻ると、腹が苦しかったので、すぐ寝てしまった。
​二晩連続になった食べ放題、もうそういう歳じゃないことを改めて認識した誕生日だった。
五稜郭は、すごく勉強になった…






Last updated  2018.05.05 22:16:17
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2018.04.18
カテゴリ:日本は広い

娘夫婦が函館に旅行に行った時、宿泊したホテルでお楽しみ抽選会があって、孫が見事に一泊宿泊券を当てたとのこと。
孫の誕生日に行くことにしてたとかの話だったけど、部屋が空いてなくて、部屋が取れた3月10日にオイラ達夫婦が代わりに行くことになった…


新函館北斗駅行きの新幹線は、こんなにも空いていたが、何故か、3人掛けのシートのもう一つに若い男性が座っていた。
ネットで、調べて席を取ってくれって感じだったが、青森辺りで降りて行ったので、よかった…


新函館北斗駅で降りると、やたら変わったゆるキャラの迎えてくれた。
お尻がオレンジなのが北斗市の公認キャラクターのずーしー・ほっきー。
手前にいるのが、よく分からないキャラ。
実は、3月10日は、青函トンネル&瀬戸大橋線開業30周年イベントの初日だったのだ…


新函館北斗駅の天井は、こんな感じでオシャレ。
そういえば、旭川駅も木材をふんだんに使った駅だった…


腹が減ったということで、隣のビルのラーメン屋に入った。
函館なら塩ラーメンだろうってことで、これにした。
実は、前の晩から、チョー腹が痛かったが、この一杯で取り戻した感じだった…


函館駅に向かうホームは、こんな感じ。
想像以上に、雪が積もっていたった…


これは、函館本線0マイル地点記念碑。
函館本線の起点を示すもの。
最初は、函館市海岸町10番地にあったとのこと…


さすがに、北に住む動物の体はデカい。
態度もふてぶてしい…


これは、ホテル近くの赤レンガ倉庫。
さすがに、盛岡市青山のレンガ倉庫とは、スケールが違う…


函館の夜景を見に行く前に、二十間坂辺りを探検した。
これは、東本願寺函館別院。
あとで調べたら、西本願寺があった。まるで、京都みたい…


これは、ハリトリス正教会だったかな…


いよいよ、日も暮れて来たので、函館山ロープウェイに行くことにした…


函館山の頂上は、とっても寒くて、前に立ってる人がいなくなるのを待って撮ったのが、この写真…


これは、帰りに建物の中から撮った写真。
なんだか、こっちがいいかも…


帰りは、とっても混んだった…


これは、函館正ヨハネ教会。
真上から見ると、十字架の形をしているとのこと…


赤レンガ倉庫は、いい感じだった…


こんな感じもものもあり…


こんな感じのところもあり…


楽しみにしていたジンギスカンのお店は、20時半まで予約でいっぱいという貼り紙がしてあったので、いったん、部屋に帰ってから電話したら、20時からは入れたった…


ジンギスカンとか、野菜とかの食べ放題を選んだ。
左の味付けジンギスカン、軟らかくて美味しかったので、3回くらい頼んだ…


部屋に帰って、赤レンガ倉庫の夜景を見て、ちょっと感動したった。
でも、腹が苦しかったので、すぐ寝てしまった…​






Last updated  2018.04.18 22:21:10
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2017.03.20
カテゴリ:日本は広い

山居倉庫を見たついでに、日和山公園まで足を延ばしてみた。
奥に見えるのが六角灯台、手前にあった1/2スケールの千石船はシートでくるまれていたった…


これは、映画「おくりびと」で有名な、NKエージェントビル…


これは、日枝神社の山王鳥居。
看板によれば、
 この鳥居は、神明鳥居の上部に三角形の合掌域は破風の如きものが加わった独特のものとのこと。
 昭和36年秋の強風で従前の木造鳥居は倒壊したが、56年に再建され、西郷隆盛による「日枝大神社」の御神号額が再掲したとのこと…


これは、隋神門。
看板によれば、
 天明7年本間光丘建立のものが、明治27年の酒田大地震全潰した。
 この門は、明治35年本間光輝が再建したもの。
 門の中央で拍手を打つと、こだまが返るが、天井の微妙な湾曲による反響であり「鳴き天井」は名工の秘術とされ反響の大小により神意を伺ったとも。


そうか、拍手してくんだった…
この門の「至誠通神」の掲額は、東郷平八郎元帥の真筆とのこと。


ウメが咲いていた…




正確には、下日枝神社らしい。


彫り物がすばらしい…


これは、常夜灯。
ネットによれば、
 文化10年(1813年)酒田に寄港する北国廻船の航海安全を祈願して建てられました。
 高さ約3メートル、酒田港繁栄のシンボルとして保存されています。
とのこと…


これは、松尾芭蕉…


これは、木造六角灯台。
ネットによれば、
 明治28年(1895年)宮野浦に初めて洋式木造六角灯台が建てられました。
 高さ12.8メートル、一辺の長さ約3メートル、光源は最初が石油ランプ、大正8年(1919年)アセチレンガス灯、そして、大正12年(1923年)大浜に移転後2年にして電化点灯式となりました。
 昭和33年、近代式灯台が完成し不用となり、現在地に保存されています。
 日本最初の洋式灯台は、明治2年(1869年)神奈川県観音崎灯台ですが、木造灯台として残っているのはこの灯台が最古のものと言われています。
とのこと…


なんか雰囲気のある小径だったので、差し込んでみた…


これは、皇大神社。
ネットによれば、
 さかた湊に寄港した船頭や回船問屋の荷主が、航海の無事を祈って必ずお参りしたのが、日の神である天照大神を祀った「皇大神社」であり、後に四国の船頭たちが寄進勧進し、皇大神社の敷地内に建てられたのが、大物主神を祀った「金刀比羅神社」でした。
 また、日和山公園には、幕府の天領米を置いた「瑞賢蔵」があり、常夜灯が北前船の夜を護り、その灯を守ったのも神明さんの宮司でした。
 神明坂の石段や境内の石畳は、上方から帰る北前船のバラストとして船積みされたもので造られております。
 神明さん(皇大神社・金比羅神社)、さかた湊に寄港した北前船、そして瑞賢蔵がある日和山などは、酒田の歴史を語る上で欠かせない歴史的・文化的な価値がある財産です。


最後に、家に帰る途中に一本桜を見て来た。
当然ながら、酒田に比べると、まだまだ春が遠いって気持ちになった…
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Last updated  2017.04.08 15:15:12
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2016.10.08
カテゴリ:日本は広い
大阪駅から京都まで電車に乗り、10番線までダッシュして奈良線の発車寸前の電車に乗り換え、下車したのが「稲荷」駅。
10時には、駅に降りた…


ここ、伏見稲荷大社は、商売繁盛と五穀豊穣の神様。
前の日に、新しいお米がデビューしたので、豊作祈願のお礼と、これから評判が上がるようにお参りに来たのであった…


この日は、講員大祭の初日で、神賑行事として尺八・筝曲が披露されていたった…
ネットで調べたら、講員大祭とは、
稲荷大社のご神徳を広く宣揚し、また大社の事業を翼賛する信仰団体である講務本庁の講員が、ご神恩に奉賽するとともに、家内安全・生業繁栄を祈願するお祭とのこと。



この日はすごく暑くて、ここまで来るまでに、相当汗をかいたので、上着を脱いで歩くことにした。


土曜日ということで、参拝者が多い…


ここの絵馬は、狐の顔になっていた…


鳥居が壊れると、こんな感じで歯が抜けたようになっている…


前の晩に、打ち上げということで激しく飲んでしまったので、奥社参拝所で帰ってきた。
娘の結婚式に来た時に参拝してたが、今回は、それよりも先に行く体力がなかったのだった…


こちらの絵馬は、鳥居の形になっている…


10時を過ぎると、やたらに人が増えていた。
この日は、小学生も多かった。
先生のような人が案内してたが、歩くのが遅いっていうイライラ感があり、今思うと、こっそり聞いておいたら、よかったなぁって感じ…


10時半前に駅に戻りことにした…


これは、稲荷駅の高架橋。
オイラも気持ち的には、このおじさんと同じ感じだった…


これは、奈良線の電車。
けっこう地味なカラーリング…


これが、稲荷駅。
京阪線に乗ると、伏見稲荷駅で下車になる。
ここよりは、ちょっぴり遠くなる…


これが、オイラの乗る電車。
さっきの電車よりは、おしゃれな感じ…


京都駅についてから、こんなお茶を買ったり、待合室で無料WiFiでネットを検索したり…
ここまでは、まさか、新幹線が遅れて来ることなんか予測できなかった。
詳しいことは、こちらでにほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 岩手県情報へ







Last updated  2016.10.23 21:24:02
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2016.09.25
カテゴリ:日本は広い

楠葉滞在二日目の8月14日。
これは、娘夫婦からのプレゼント。
そうです。世界最高峰のサーカス・エンターテインメント集団、シルク・ドゥ・ソレイユの公演。
会場は、娘夫婦が結婚式を挙げたホテルの隣、中之島ビックトップ。


これは、開場前のテント。
すでにビールを飲んだりしているおじさん、おばさんもいた。
オイラは、大きなカップに入ったアイスコーヒーにした。結局、全部飲めなかった…


娘がもう一度行きたいと言っていた訳が分かるくらいに感動した。
公式ホームページの動画で見られる神業的なものが、目の前数メートルで演じられた。
これは、見に行った方がいいです…


せっかくだから、中之島から京都駅に向かい、京都タワーを探検することにした。
ここは、京都駅のバスターミナル。
屋根から霧が出ていて、とっても涼しかった…


京都タワーの中で、舞妓さんを発見…


これは、地上100mの展望室から見た東本願寺。
ちょっと行ってみるかと嫁に言ったら、行かないという返事。
オイラは、2回も行ってるし、あと30分もすれば門も閉まるし、まぁいいかって感じ…



せっかくなので、地上45mのスカイラウンジに行って休むことにした。
オイラは、京都らしく、抹茶のビール。


嫁は、冷たい抹茶と抹茶のかかったスイーツ。


日が暮れて来たので、京の七夕の会場の一つになっている「世界遺産 元離宮二条城」に行ってみることにした。
チラシによると、大政奉還150周年記念の夜間特別公開とのこと。
二条城は、1601年に徳川家康が建てるよう命じ、1867年10月、徳川慶喜が二の丸御殿大広間に在京諸藩の重臣を集め、大政奉還の意思を発表したところであるとのこと…


これは、竹と光のアート作品のコーナー。
いかにも、京都って感じ…


これは、唐門。
切妻造、桧皮葺の四脚門でその前後は唐破風造、彫刻がふんだんに使われている。


これは、車寄。
唐門を入ってすぐのところにある。
京都市のネットによると、
 欄間彫刻は表と裏のデザインを変えており,表側には五羽の鸞鳥(らんちょう)・松・牡丹 (ぼたん),上部には雲,下部には笹を見ることができます。屋根は桧皮葺(ひわだぶき)になっており,床は牛車で中に入れるように四半敷になっています。
ということだが、この日は、外から見ただけ…


これは、清流園。昭和40年に完成したもの。
ネットによれば、
 平成17年(2005),米国の日本庭園専門誌『ジャーナル・オブ・ジャパニーズ・ガーデニング』では,日本全国693カ所の中で優れた庭園が選ばれ,清流園が5位に,二の丸庭園が10位に位置づけられました。また平成18年度(2006)には日本全国731カ所の中で,清流園が6位,二の丸庭園が8位に ランキングされました。
あまりに清らかなので、嫁と二人でホタルがいたんじゃね?という話になったり…


これは、お堀。
さざ波がきれいだった…


ここでは、琴が演奏された。
でも、あまりに暑かったので、ちょっと聞いてから帰った…


ここまで来るとおしまい…


京都駅に戻り、二人で遅い夕食。
これは、嫁が頼んだセット。


そして、こちらがオイラの頼んだセット。
その前に、生ビールも頼んでいたった…


これは、夜の京都駅。
暑いし、人は多いし、さすがに都会だった…


これは、京都駅脇の階段。
やたら人がいると思ったら、こんな細工がしてあった。
この階段には、お店の宣伝とかも出てて、じっと見てる分には楽しそうだった。

オイラたちは、相当に疲れていたのでの、脇のエスカレーターで11階にあるグルメタウンまで行って帰って来たのだった。
帰りの電車の中には、けっこう危ない人とかがいたけど、夜更け近くまで続いた中年夫婦の大阪・京都市内の探検は、ようやく終わったのだった…

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Last updated  2016.09.25 09:40:15
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2016.09.18
カテゴリ:日本は広い

八幡市駅を降りて、右に行くと、男山ケーブル線の駅がある。
字が隠れて見えないが、ここが国宝石清水八幡宮に登る駅。
平成28年2月9日に国宝に指定されたとのこと…


さすがに国宝ということで、外国から来た人もけっこう乗っていた。
ある親子は、カメラ、スマホ、ビデオとそれぞれに記録係を担当していたようだった…


日陰でも暑かった。
セミがガンガン鳴いていて、嫁は絶対に来ない場所の一つになった…


こんなところを見ると、タイムスリップした感じになる。
ちょんまげの人が走って来ても、なんの違和感もない感じ…


とにかく、石灯籠が多かった。
重要文化財とのこと…


看板には、石清水八幡宮御本社と書いてあった。
ここは、南総門というものらしい…



これが実際の本社。
ネットで調べたら、
 蟇股部分に一対の向かい合う鳩の錺金具(かざりかなぐ)があり、よく見ると向かって右側の鳩は少し口を開けています。
 神使である鳩が社殿の正面にて狛犬と同様に阿吽の呼吸で御神前をお守りしています。
とあった…


これは、西総門。江戸前期のもの。
ちょっと手前に、楠木正成公の楠が生えている…

看板には、
 楠木正成公が建武9年(1334年)に必勝を祈願し奉納した楠と伝えられています。
 樹齢は約700年、京都府の天然記念物に指定されています。
と書いてあった…


手前が若宮社で、奥が若宮殿社。どちらも江戸前期。
そして、重要文化財とのこと…

若宮社の御祭神は、仁徳天皇。御神徳は、学業成就・祈願成就。
若宮殿社の御祭神は、應神天皇の皇女。御神徳は、心身健康・祈願成就。
それが叶ったりすると、来てよかったということになるけど…


すっかり錆びてて、いい感じだったので撮ってみた…


展望台に行く途中に、竹林があった。
実は、こちらの竹は、エジソンの電球に使われたということで、さらにビックリ。
それで、エジソン記念碑があったわけだ。見に行かなかったけど…



これは、展望台にある谷崎潤一郎の碑。
小説「蘆刈」に、ここ男山の描写があったことから、生誕100年にあたる1986年7月24日に除幕されたとのこと…
この展望台には、大きな竹で作った、トンボとかカマキリがいたった…


往復で切符を買ってたので、乗って帰ることにした。
乗客は、オイラひとりだけだったので、一番前で京都市内を見ながら行くことができた…


トンネルの中で、すれ違うことになっているようだ…
ホームに男山ケーブルの歩みを書いた看板があった。
主なところを拾うと、
 大正15年6月に営業開始。
 昭和19年2月、太平洋戦争による金属類の供出により営業を廃止
 昭和30年1月、男山駅-八幡宮駅間を復活営業
 昭和43年12月、車両の色をグリーンのツートンから「特急色」に変更
 昭和53年9月、皇太子殿下ご夫妻が石清水八幡宮ご参拝に伴い、ご乗車
 平成13年7月、車両および巻揚装置をリニューアルして営業を再開
 平成27年12月、復活営業60周年 


この自販機、右側では、○ップスターとか、○ットカットとか、○ックンチョを販売している。
さすが、京都って感じだった…


これは、頓宮殿前の放生池。
その手前にある鳥居には、「八幡宮」の額がはまっているが、八が2匹のハトになっていた…


頓宮殿は、年一回しか使われないということで、塀の隙間から見るだけだった。


これは、高良神社。
徒然草第52段、仁和寺のある法師が山麓の極楽寺・高良神社などを本宮と勘違いし山上まで上がらずに帰ってしまったという話のお寺とのこと…

京都の自然二百選に選ばれているタブノキがあった。
看板には、「御神木 樹齢七百年」と書いてあった。


これは、安居橋。「あんごばし」と読む。
もともとは、平らな橋だったらしい…


これは、頼朝松。
いくらなんでも、こんなに細い訳がないと思い、ネットで調べたら、
 「男山考古録」によると、源頼朝公奉納の伝承を持つ「六本松」のことが記されており、唯一の生き残りであった松が昭和22年、落雷により焼失されてしまいました。
 現在の「頼朝松」は昭和30年に奉納された2代目です。
とのこと…


そして、これが五輪塔。
高さ約6m、地輪(球形の石材のしたの方形の部分)一辺2.4m、全国最大規模の鎌倉時代の五輪石塔で、国の重要文化財に指定されているとのこと。

摂津尼崎の商人が中国宋との貿易の帰途、石清水八幡宮に祈って海難を逃れ、その恩に報いるため建立されたと伝えられる。
なので、航海の安全を祈って参詣され、航海記念塔とも称されているとのこと。

さすがに、国宝。
中身の濃い探検になってしまった。
娘夫婦のマンションに到着したのは、19時を過ぎてしまったった…
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Last updated  2016.09.18 08:05:49
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2016.07.20
カテゴリ:日本は広い
東京にお住いの著名な方々にお願い事があり、郵送でのお願いはあまりにも失礼ということで、同僚と二人でお願いしにあることになった。


これは、東京駅の新幹線中央乗換口にある看板。
これは、今年の秋にデビューする岩手県の新しいお米なのである…


東京は、知事選の真っただ中。
岩手では、考えられないけど、ポスターを貼らない立候補者もいるようだ…


東京では、ちょっとランボルギーニを買って来る感覚でデーラーがあるようだ。
オイラが買えるのは、せいぜいプラモデルくらいだ…


これは、お昼のつけ麺。
ランボルギーニを売っている街で見つけた庶民の味方のラーメン屋。

正確には、昼にランチ、夜は居酒屋というお店。
上の小丼は、ランチなら大丼でも同じ値段。というか、ランチならセットでオール1000円って…


これは、見た通りの駅…


これも見たとおりの駅。
娘が幼稚園に通ってた頃、大きくなったらキキララになりたいと言っていた。
ララは分かるけど、キキって…


これは、移動中に電車で見つけた岩手県。


これは、調布駅近くの百店街。
暑さに我慢できず、暑さの中で呼び込みをしているおねえさんの居酒屋にピットイン…


調布で飲んだので、地元のビールならばということで、調布ビールと深大寺ビール・ミュンヘンをいただく。
ネットで調べたら、このビールを作っている会社は、ホッピーの会社だった…


晩酌セットでスタートし、生ビールを追加したり、調布ビールを追加したり、本日のおすすめ品のハマグリ(オーダーする時に、アサリと言ってけっこう混乱)を食べたりしたら、サービスということで、最後にみそ汁をいただいたのだった…


オイラは、東府中に宿をとっていた。
最後にラーメンを食べてホテルに入ることした。

長崎ということで、無条件で入店。
オイラは東日本大震災の時に宮古にいたが、一番最初に支援物資を船で運んで来てくれたのが、長崎県だったのである…


翌日は、朝一番で打ち合わせをして、原宿に移動。
この橋を渡ると明治神宮。それにしても、SOSの落書きっていったい。
オイラは、暑さでSOSだったけど…


これは、原宿で食べたお昼。冷たい紀州梅とわかめのあっさりおうどん。
おしゃれな街だけに、食後にアイスコーヒーのサービスがあったった…


暑い二日間の出張が終わり、ようやく東京駅に到着。
とにかく、暑い…


これは、ある打ち合わせでお土産にいただいたもの。
帰って来てから、嫁と食べてみた。
竈で炊いたご飯は、炊飯器で炊いたご飯とは、まったく別物って感じだった…


そのオニギリには、ということで嫁が出してきたのが、ホタテのみそ汁。
これは、八戸の市場に行った時に買ったもので、お湯を入れるだけのインスタントな物。
いやぁ、ホタテの味が出てて、オニギリにピッタリだった…
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Last updated  2016.08.06 19:24:27
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2016.05.31
カテゴリ:日本は広い
午前中の打合せが2つ終わり、原宿駅に到着。
3つ目の打ち合わせまで時間があったので、明治神宮を参拝することにした…

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原宿駅から神宮橋を渡ると、この公衆電話がある。
やはり、何かあった時は、公衆電話が大事だ…

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これは、最初の鳥居。
写真を撮ろうとしてると、次から次へと旅行客が通って行く…

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これは、禁止事項を書いた看板。
今だと、馬で乗り入れるのは、かなり難しい…

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全国各地から献上された酒樽が置いてあった。

Z6-x DSCN6388 (1).jpg

こちらは、ワインの樽。
看板を見ると、
 ここに奉供されている葡萄酒樽は、ブルゴーニュ東京事務所代表でブルゴーニュ名誉市民、シャトー・ドゥ・シャイイホテル・オーナーでもある佐多保彦氏の呼びかけにより、葡萄酒産地として名高いフランス共和国ブルゴーニュ地方は醸造元各社より献納されたものであります。
と書いてあった。

Z6-x DSCN6390 (1).jpg

これが大鳥居。
看板には、
 我が国で最も大きい木造の「明神鳥居」。
 昭和50年12月23日建替竣功、篤志家により奉献。
 形式寸法共に大正9年創建の鳥居に同じ。
 原木は台湾丹大山の樹齢1,500年に及ぶ扁柏(ひのき)。
 高さ12メートル、柱と柱の間9.1メートル、鳥木の長さ15.5メートル
 柱の径1.2メートル、笠木の長さ17メートル
と書いてあった。

Z6-x DSCN6393 (1).jpg

これが、明治神宮御苑の案内図。
広さは、70万平方メートル。

看板には、
 明治天皇御製
 うつせみの代々木の里はしづかにて 都のほかのここちこそすれ

 この御苑は江戸時代の初めから大名加藤家、井伊家の下屋敷の庭園でありましたが、明治初年皇室のご料地となり、明治天皇の思召により所々模様替えがなされ、昭憲皇太后にはたびたび行啓になられた由緒深い名苑であります。

 面積は、約83,000平方メートル(二万五千坪余)で、武蔵野特有の面影を残した苑内には、隔雲亭、御釣台、四阿南池、菖蒲田、清正井などがあり四季折々の眺めは誠に趣きがあり、殊に六月に咲き競う御祭神ご遺愛の花菖蒲の美しさは格別です。
とあります。

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これが、御社殿前の鳥居。

明治神宮のネットによれば、
 明治45年7月30日に明治天皇さまが、大正3年4月11日に昭憲皇太后さまが崩御になり、御神霊をおまつりしたいとの国民の熱誠により、大正9年11月1日に、両御祭神と特に縁の深い代々木の地に御鎮座となり、明治神宮が創建されました。

 昭和20年4月14日、大東亜戦争による空襲に見舞われ、創建当初の主要建物は焼失しました。
 33年11月、国の内外から多くの浄財が寄せられ、神社建築の粋を集めて復興造営がなされ現在の社殿が完成しました。
とのこと。

明治天皇のおぼしめしにより昭憲皇太后のために植えられた美しい花菖蒲は、6月1日から見られることになっていて、けっこう残念…。

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東日本大震災では、お世話になったので、少しだけだったけど協力してきた…

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この門は、工事中だった。
でも、御社殿からは、このくらいに暑い日だと、それらしく見える。

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ここは、文化館と宝物展示室。
とにかく暑かった…

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これは、南参道にあった橋。
しっかり、川が流れていたった。
魚を捕ることは、禁じられています…

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そして、最初にくぐった鳥居まで戻った。
相当暑かったが、木陰が多かったので助かった。
ちなみに、ここの林は、全国から献木されたおよそ10万本を植栽した人工林とのこと。

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これが、原宿駅。
オリンピックのために建て替えになるとか。
大正13年に建てられたこの駅舎は、洋風の木造2階建てで、都内の木造駅舎としては最古とみられるらしい。
ぜひとも残してほしいと思ったりして…








Last updated  2016.06.19 17:58:56
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2016.04.10
カテゴリ:日本は広い
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11時36分ののぞみに乗って帰るので、ゆっくりしていこうかと思ったけど、先に先に急ぐといいことがあるので、10時前に娘のマンションを出た。

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京都に行く途中には、こんなにスゴイところもある…

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窓の外に五重塔が見えたので、東寺駅で下車した。

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東寺に着いたのは、10時40分頃。

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桜が見事だった…

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外国からの観光客も多い…

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満開の桜を手前に撮ってみた…

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堀を入れて撮ってみた…

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堀を撮ってみた。
桜の花びらがたくさん浮いていたった…

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京都駅に着いたのは、11時15分頃。
時間があるので、喫煙ルームで一服することに。
ここは、とってもきれいで、盛岡駅とは比べものにならない…

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ホームには、15分前に行った。
けっこう、外人さんが多い。
それにしても、どんだけ端っこなんだという感じ…

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富士山が見えるポイントは、静岡駅通過して5分後というので、新幹線で一番富士山から遠いA席からなんとかデッキに移動。

この写真は、13時03分の撮影。
桜が入って、いい感じに撮れたった…

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これも、13時03分の撮影。
天候は晴れらしいが、この時期は大阪もそうだが、クッキリ晴れるという感じがないらしい…

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これは、13時06分の撮影…

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これも、13時06分の撮影…

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これも、13時06分の撮影。
そう、新幹線は、とっても早いので、あっという間に過ぎていく。
なので、オイラもハイスピードの連写でいく…

ちなみに、下りのののぞみに乗った人には、この看板が目印になってるらしく、12秒後に富士山が見えることになっているらしい。
というのは、オイラの時は、天気が悪くて見えなかったのだ。
看板にFUJIとあるのは、ちょっとした親切って感じだ…

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東京で乗り換えた新幹線は、新函館北斗行きだった。
おー、北海道新幹線に乗ったということか。

東京駅では、祝ひよこ北海道新幹線開通バージョンを買ってきたった。
偶然というより、ミーハーということ…

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ということで、2泊3日の、大阪に行って孫の顔を見て、高校生に戻って京都を散策し、日本一の富士山を拝んで来る、というオイラの旅は終わった。

つきなみだけど、帰って来たら盛岡はとっても寒かった。
あとは、猫たちがペットホテルから帰ってくると、一切が無事終了ということなる…







Last updated  2016.05.01 09:37:37
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