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毛針酔人日記

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盛岡辺りで

2017.09.01
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カテゴリ:盛岡辺りで

会議に出かける時、嫁から今日は息子が休みなので、久しぶりに外食しようと言われた。
息子の仕事は、休みの日が稼ぎ時の仕事なので、「いいよ」と言って家を出た…


これは、盛岡・大通のユリノキ。
ベロベロと皮が剥がれていて、ちょっと気持ちが悪かった…


会議が終わったので、嫁に迎えに来たもらった。
この日は、やたらに救急車に会う日だった…


これは、前九年の大きな樹。
盛岡市の景観重要樹木の敵見ヶ森稲荷のケヤキ。推定樹齢は160年を超えている。
この樹の下にあった狐森稲荷神社は、北山の榊山稲荷神社に合祀されてなくなっている…

敵見ヶ森には、解説を書いた看板があり、
 この小山の辺りは、前九年の役(1051~1062年)のさい、安倍軍が櫓を組み敵を見張っていた場所と言われている。
 その戦いのさなか安倍貞任の奥方がたくさんの女性たちを連れて魯に登り、歌い踊り、見方を励ましたと言い伝えられている。

また、稲荷の由来の看板もあり、
 …、この辺りは敵味方数万の将兵が戦死したる激戦地である処から後人この祠を建て将兵の霊を弔うたと言う…
と書いてあった。


これは、家に着く頃の空…


そして、焼き肉屋に近づいてたあたりの空…


久しぶりに来た、いつものお店で、初めて頼んだ牛スジの煮込み。
けっこう美味しかったけど、これが腹が苦しくなって調子を悪くする原因になった…


これは、嫁が大好物の牛タン。
一人前の盛りだと、非常に淋しく見えた…


こちらは、オイラが必ず食べているジンギスカン。
もちろん、独り占め…


いつも、嫁は、牛タンを最後に焼く。
最初に焼いた方が、鉄板にコゲもなくて美味しく焼けると思うんだけど… 


とどめの冷麺。
岩手県人は、焼肉屋に行ったら、これを食べないと帰れない。
でも、生ビールを2杯も飲んでたので、腹が痛くなるくらい苦しかった。






Last updated  2017.09.16 16:47:50
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2017.04.28
カテゴリ:盛岡辺りで

この日は盛岡で会議。
これは、青山にある国立病院の桜。


これは、スーパーの桜…


そして、岩手山。
ちょっと雲があって残念…


これは、もりおか歴史文化館の桜。


コンビニでおにぎりを買って、盛岡城跡公園の桜を観に行った。
ここは淡路丸。


そして、吹上馬場。


それを上から見ると、こんな感じ。
残念なことに、けっこう散り始めていた…


このクレーンは、教育会館の工事のもの。
新しい教育会館は、30年2月にオープンする予定になっている…


これは、三ノ丸のエドヒガン。
枝が石垣の上にかかっていて、いい感じだ…


これは、鶴ヶ池。
中央に写っているのはガス灯。
岩手県には、4箇所しかないが、そのうちの2つがこの公園の中にある…


これは、花時計。
ネットで調べたら、
 東北銀行20周年記念事業の一貫として1970年(昭和45年)11月に整備されたもので、春にはパンジー、夏にはインパチェンスやベコニア、秋には菊、冬には葉牡丹と年4・5回植え替えられる。
とのこと…


これは、中の橋のモニュメント。
そう、鮭。
ネットで調べたら、
 中の橋は、今でこそ大通・内丸エリアと河南エリアを結ぶ市内でも最も重要な交通の要衝となっていますが、上の橋に遅れること2年、1611(慶長16)年の完成当時、上流側からみて岩手公園側は盛岡城の城内。もっぱら城内に参勤する上級武士だけが通る専用橋だったようで、庶民にはほとんど縁のない橋だったようです。

さらに、
 明治も後半になると、現在の中の橋通一帯は盛岡の金融街として栄えるようになりました。
有名な岩手銀行中の橋支店の建物を始め、この辺りには当時の面影を残す重厚な洋風建築が数多く残っています。
明治43年(1910年)の大洪水で流出後に、県内で初の洋式の橋に架け替えられました。
現在の橋は、昭和31年(1956年)に完成、昭和54年(1979年)に改修されて今に至っている。
とのことです…


これは、中津川。
なんか、イベントの準備をしているようだ…


これは、上流に咲いている桜…


そして、これは岩手銀行赤レンガ館。
ネットで調べたら、
 1911(明治44)年に盛岡銀行の本店行舎として落成し、1936(昭和11)年に岩手殖産銀行(のちに行名を岩手銀行に変更)の本店として引き継がれ、1983(昭和58)年に岩手銀行新社屋完成に伴い中ノ橋支店となりました。
設計は東京駅でも知られる、辰野・葛西建築設計事務所によるもので、辰野金吾が設計した建築としては東北地方に唯一残る作品です。
とのこと。

昼休みが終わる頃に、日が射して来たので、けっこう残念でした。
というか、寒かったです…






Last updated  2017.05.05 12:46:29
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2017.03.12
カテゴリ:盛岡辺りで

火曜日の朝、ほんとパサッと積もっていた…


ここは、凍った道路に積もっているので、ソロソロと歩かないと危険だ…


帰りに一時だけ、猛烈に降った。
でも、バスを待ってる間にやんでしまった…


水曜日の朝も雪が積もっていた。
というより、ドンドン降り続いていた。
この時期の雪は、綿が降ってるように思えるくらい、粒が大きい…


やっぱり、青山駅方面は大渋滞…


いつもの通勤コースは、すっかり雪景色になっていた。
8時の積雪深は、5cmだった…


そして、木曜日の朝。
前日の夜から、断続的に降ったために、けっこうな量になっている。
嫁は、いよいよ雪かきをしないといかないかな、とか言っていた…


7時現在の積雪深は、12cm。
気温は、ー1℃くらいだったのに、こんなに降るなんて。
しかも、ここは、最後まで融けない場所だし、困るなぁ…


これは、開運橋の欄干の雪。
橋の上だけに風が強いけど、なんとかしがみついているって感じがある…


これは中央通で、正面が盛岡市役所。
通勤ラッシュの時間なので、だいぶ雪は融けている…


これは、石割桜。
風が吹くと、花びらが散るように雪が舞う…


そして、金曜日の朝。
3時頃に雪が降ったようだ…


公園の木は、花が咲いたようになっていた。
気温は、それほど低くなかったので、無理して降らなくてもと思ったりする…


日も差してきたので、開運橋の辺りに来たら、もう雪が融けていた。


これは、国体の「とふっち」があった辺り。なんとなく跡が分かる。
植えてあった木は、どこにいったんだろう…

向こう岸にある開運橋花壇は、昭和45年の国体から始まったらしいので、こちらの「とふっち」も残してほしかった。
けっこう残念な感じがするなぁ…にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 岩手県情報へ






Last updated  2017.03.12 17:44:02
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2017.03.05
カテゴリ:盛岡辺りで

20日の朝、ネットで調べたら、7時には積雪深が6cmになっていた。
予報だと、まだまだ積もることになっている。
雪が降っていたので、カサを持って家を出た…


これは、近くの公園の向かいの家。
塀には、けっこう積もっている。7㎝どころではない感じだ…


これは、開運橋近くの歩道橋から岩手山方面。
しっかり、圧雪になっている…


そして、開運橋。
歩道橋の手すりもけっこう積もっている…


これは、側溝のふた。
まるで、サメのエラみたいになっていた。
やはり、市街地は雪の量が少ない…

15時28分に沿岸地域に対して暴風雪警報が発表された。
東北本線(仙台駅~一ノ関駅間)上り1本・下り2本に遅れが発生したくらいで、大きな被害がなくてよかった。


これは、帰りにみた駐車場のチェーン。
21時半頃の写真だが、9時から10時頃には、いったん晴れたが、それ以外の時間はずっと降っていたために、積雪深は22cmを超えていた…


このくらい降ると、バスも時間どおりに走らないことが多いので、嫁に迎えに来てもらって、オイラが運転して帰ることにした。
チェーンで雪が固められ、路面が洗濯板のようにゴツゴツしているため、クルマがバコバコ跳ね続けた。

まぁ、このくらいの雪ならたいしたことはないと、オイラがガンガンスピードを上げて攻め込んでいったら、嫁がとっても焦って、「そんなにちょずいて、スピードを出してると、どっかにぶつかるぞ」とか言っていた。

「ちょずく」って、久しぶりに聞いたので、思わず吹き出してしまった。
そんだけ、嫁は焦っていたらしい…


家に帰ると、アルトがこんな感じになっていた。
このままだと、ワイパーが壊れると思って雪を落とし、ついでに雪かきもした…


翌朝、パサッと雪が積もっていた。
ネットで積雪深を調べたら、0時に24㎝になったらしい…


これは、西警察署近くの交差点の雪。
除雪車が走って、車道と歩道の間に寄せて行ったようだ…


なので、横断歩道のところは、人力で除雪してあった…


大通の駐車場の近くでは、こんなので除雪をしていた。
いったい、どこに隠してあったんだか…


ところどころで、頑張って除雪する人がいると、路面はこんな風になる。
どこを歩いても滑る…


横断歩道は、歩きやすくなっていた。
ロードヒーティングの効果は高い…


石割桜には、雪が積もっていた。


歩道は、ロードヒーティングのお陰で、まったく雪がない…


これは、夕方の様子。
21日の最高気温は、12時30分の0.2℃。
太陽は見えてたけど、道路の端に寄せられた雪は、ほとんど融けなかったようだ…


21日も、帰りが21時過ぎになったので、嫁に迎えにきてもらった。
ご覧のとおり、車道には、雪がまったくなくなっていたので快適だった。
除雪した人のウデと交通量、そして太陽光線による勝利って感じだ…


でも、家の近くになると様子は変わってきて…


青山踏切を渡ったら、だんだんと横にも下にも雪が多くなってきて…


家の前は、朝と変わらない風景だったのだ。
この辺りは、住宅が密集しているので、いつまでも雪が融けなーい…
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Last updated  2017.03.05 16:51:42
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2016.12.15
カテゴリ:盛岡辺りで

朝起きたら、外が明るくて、雪が積もっていることが分かった。
そこそこに雪が積もったので、バスはダメ、嫁に載せてってもらうのも厳しい…


なので、電車で行くことにした。
Mリナガさんの牛たちも雪をかぶっていた…


すぐに乗れたのは、ディーゼル車だった。
バス通をやめたような人が多く、ちょっと遅れて来たこともあって、けっこうな人が乗り込んだ。


これは、開運橋手前の歩道橋から北側の様子。


これは、開運橋の様子。
信号機には、けっこう雪が積もっていたった…


繁華街の道路の雪は融けていた。
この油のテカりが気になった…


これは、うちの庭にも生えているが、雪が重そうだった…


繁華街の空には、電線がいっぱいあって、油断していると雪が落ちて来る…


これは、中央通の様子。
すっかり冬景色って感じになった…


これは、盛岡・石割桜。
花が咲いたように見える…


これは、帰りの様子。
道路は、凍結手前という感じになっていた…


生垣の外灯。
雪が融けた感じがまったくなかった…


というか、また降り始めて来た…


これは、夕顔瀬橋から見た駅方面の様子。
みんな、そろそろ走りをしていた…


これは、舘坂交差点の手前。
右の車線は、4号線と合流する車線で、いつも混んでいる。

黒いところを走る時には、窓を開けてバシャバシャしてるか音を聞くこと。
音がしない時は路面が凍っているので、白くなっているところを走るのが正解だ…にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 岩手県情報へ






Last updated  2016.12.30 11:25:05
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2016.12.11
カテゴリ:盛岡辺りで

そろそろ、中津川脇のイチョウが見事なことになってるんじゃないかと、昼休みに散歩がてら、見に行くことした。
これは、公会堂の樹…


これは、ヤマブキ。
花が黄色で、葉も黄色って感じ…


そして、大イチョウ。
ネットで調べたら、
ここにあった餅屋さんが、移転の条件にしたのが、このイチョウの樹を残すことだったらしい。
実に素晴らしい決断だ…


これは、緑の広場の中の落ち葉。
緑の広場は、その昔、県立中央病院があったところ。
オイラは、右手の親指を骨折していて、手術を決めたのがこの病院。
そして、手術をしたのが、移転後の新しい病院。
移転して一週間しないで手術をしてもらったような記憶が…


これは、中津川。
そして、重要文化品に指定されている擬宝珠。
ここを鮭が昇って行く…


これは、パーキング脇のドウダンツツジ。
すごく、真っ赤だった…


その脇には、こんな石灯籠がある。
ちょっとした庭園って感じ…


また、緑の広場に戻ってきた…


どうして、ここに小山があって、東屋があるのが分からないが、カエデの葉がたくさん落ちていて、とてもきれいだった…
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Last updated  2016.12.11 10:45:59
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2016.11.27
カテゴリ:盛岡辺りで

滝ノ上温泉、岩手公園と、ちょっと不発な感じの紅葉だったので、高松の池に行くことにした。
今回は、珍しく嫁も行くということだったので、アルトでない方に乗って行った…


この日は、青空だったけど、岩手山にはちょっぴり雲がかかっていたった…


ネットで知らべたら、
 高松の池のもとになった上田堤が造られたのは、南部26代藩主信直公が三戸より盛岡に移り、盛岡城築城を開始した慶長年間から寛永年間。
 当時、上田方面は湿地帯で、池方面からの浸水が町づくりの大きな障害となったため、治水を目的として、上田に三段の堤防が築かれた。
とのこと… 


また、モミジのところに戻ってきた。
というのは、海外からの留学生らしい若者が8人くらい、この場所を占拠していたからだ。
20分くらいキャーキャー騒いでいて、早くどっかに行ってほしいと思っていただろう、アマチュアカメラマンは、オイラだけではなかった。


ナットで調べた続きによれば、
 三段の堤防、上堤、中堤、下堤のうち、最も大きかった中堤が、現在の高松の池。
 上田堤付近は南部公の鷹狩りの場であり、また、松林の美しさが有名であったことにちなんで「高松の池」と名付けられたと伝えられている。
とのこと…


これは、遊歩道。
確かに、見事な松が多い…


最後まで、残っている葉は、とにかく赤い…


ここは、シベリア抑留平和記念像「ひまわり」(少女の銅像)が建つ広場スペース。


これは、葉っぱが、風なんだか波なんだかでクルクル丸まったもの…


そしてまた、三日後に行って来た。
今度は、嫁は行かないと言ったので、オイラは一人言って来たのだった。
この間よりも白鳥が増えていた…


ここは、風当たりが弱いようで、けっこう葉が残っていた…


白鳥がエサをもらっていると、コイもやって来る…


確かに、松が多い…


またまた、ネットで調べたら、
冬季の湖面では、戦前からスケートも行われており、1958年(昭和33年)には第13回冬季国体、第7回全国高校スケート大会の会場ともなったが、1978年(昭和53年)頃から氷が薄くなり、現在は氷上の利用が禁止されている。
とのこと…


これは、桜の樹…
この奥には、桜霊閣(おうりょうかく)がある。
ネットで調べたら、
 高松の池開発に貢献した物故者の功徳と桜の霊を一緒に顕彰する地蔵尊が奉られている。
 1930年(昭和5年)5月に、盛岡市長として5期20年在任された「北田親氏」氏の尽力により建てられたとのこと。
正面左側に狐、右横の斜面にお多福の面と猿、後ろの斜面は天狗の面と狸の像がある…


高松の池は、「さくら名所100選」に選ばれるほどの桜の名所。
池の周りを囲むように桜が植えられていて、約1.4kmの遊歩道を歩きながらの観賞も可能だが、オイラは、市立図書館近くのこの場所が一番見事だと思います…


ここは、ボート乗り場の辺り。
貸ボートはすでに終わってたようだ。
いやぁ、実に見事な紅葉でしたった…
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Last updated  2016.11.27 11:31:31
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2016.11.05
カテゴリ:盛岡辺りで

10月30日も晴れた。
なので、スクーターに乗って盛岡城跡公園に行ってきた。
これは、ビクトリアロードの脇の並木。
ビクトリアロードは、平成7年の姉妹都市提携10周年を記念して名づけられましたとのこと。


そらでは、ハトが飛び回っていた…


これは、もりおか歴史文化館の広場で、一際目立っていた木。
そういえば、広場では、ニッポンめんサミットin盛岡2016の準備がされていたった…


これは、鶴ヶ池にかかった橋の上からの一枚…


これは、本丸の坂。
かなり昔に見に来た時は、真っ赤だったので、もう少しって感じだった…


二の丸では、写真撮影が行われていた。
もしかして、11月1日の挙式なら、うちと同じになるけど…


これは、二の丸から本丸を見たところ…


城跡の下には、見事なイチョウが…


櫻山神社の方に降りていくと、七五三の子どもとすれ違ったり…


これは、櫻山神社の前を通って、亀ヶ池に回った時の写真。


見上げると、こんな感じ…


櫻山神社といえば、烏帽子岩を見に行かないといけないと思い、拝殿の脇を上がっていくと、兜岩とも呼ばれる大石がある。
看板を見ると、
 盛岡城築城時、この地を掘り下げたときに、大きさ二丈ばかり突出した大石が出てきました。
この場所が、場内の祖神さまの神域にあったため、宝大石とされ、以後吉兆のシンボルとして広く信仰され災害や疫病があった時など、この岩の前で、平安祈願の神事が行われ、南部藩盛岡の「お守り岩」として、今日まで崇拝されています。
やっぱり、岩手県だけに、岩に縁がある…


これは、亀ヶ池のカルガモ。
誰かが餌付けをしているようで、橋の上に人が立つと集まってくる。

この池の水は、市役所の裏を流れている中津川から来ているようだ。
そう中津川は、盛岡市内の真ん中を流れる川で、この間まで鮭が遡上していたった…
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Last updated  2016.11.05 17:51:08
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2016.08.10
カテゴリ:盛岡辺りで

盛岡・肴町に用事があったので、その帰りに盛岡バスセンターを探検することにした。
新聞によると、
 盛岡市中ノ橋の路線バスターミナル「盛岡バスセンター」の運営会社が、老朽化に伴う施設の改修や建て替え費用の工面が難しいとして、昭和の風情が残るターミナルビルは9月末に営業を終了し、年内にも解体されるらしい…


探検の記念にラーメンでもと思ったが、今回はパスした。
でも、9月末までに来ないと、食べられなくなる…


ここには、喫茶店があったような。
それが、自販機に替わっている…


これは、乗車券売り場の様子。
バスの発着のアナウンスが昭和って感じだった…


新聞によれば、
 バスセンターは、自動車ターミナル法適用の全国第1号施設で、1960年に開業した。
 敷地面積は、約2800平方メートルで、平日で23路線253便が発車する。
 飲食店など7店が入居する鉄筋3階のビルは開業当時の姿をとどめており、レトロな雰囲気が人気の観光スポットにもなっている。とのこと…


だんだん、発着数も減ってきているようだ。
仙台行きと東京行きの始発・終着バス停が盛岡駅東口になっている。
ここから東京行きに、一度だけ乗ったような記憶が…


これがもう一つの入り口。
あまり磨くと、字が消えてしまいそうだ…


最後に、バスを入れて一枚撮ってみた。
涼しくなったら、ラーメンを食べに来ないと…


これは、近くにある岩手銀行旧本店本館。
明治44年建設の国指定重要文化財。
補修工事が終わり、平成28年7月17日より内部見学可能になっているが、今回はパスした…


これは、ペットボトルで作られた盛岡城。
希望郷いわて国体・希望郷いわて大会開催記念ということで、ペットボトル約9千本を使って作られたこのお城は、8月7日から10月24日まで展示されるらしい。
広さは、実際の4分の1とのこと…


これは、内丸緑地の亀ヶ池。写真左には、鐘を入れてみた。
この日も暑くて、この池に飛び込みたいくらいだった。

この間の肴町の七夕といい、盛岡の河南地区って、いい感じを出しているじゃないか。
少しでも、古い建物を残せないもんかなぁ…
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Last updated  2016.08.16 18:54:18
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2016.08.05
カテゴリ:盛岡辺りで

盛岡さんさ踊りが終わってしまったけど、


肴町では、4日から七夕まつりが始まっていた…


商店街のホームページによれば、昭和初期に商店街ぐるみで始められたとのこと…


この飾りは、2016希望郷いわて国体関係。
わんこきょうだいが鉄棒をやっていたが、うにっちの調子が悪かった…


今年飾られたのは、50本くらいとのこと。


飾りの審査が初日の4日午後行われたそうだが、どれがどの賞をいただいたのか分からなかった…

これは、熊本を応援する飾り。
がまだす、とは熊本弁で頑張るの意味らしい…


たくさんのくまもんがいたった…


これは、オイラ好みの渋い飾り…


猫たちも元気そうで…


おそまつくんたちも頑張っている…


ということで、オイラ的にいいなと思うものをピックアップ。
ネットによれば、商店街の審査とは別に、
 「あなたが選ぶ七夕飾りコンクール」というのがあって、七夕まつ
りの期間中、最も優れている飾り付けをしていると思われる商店名を投票してもらい、投票された全員の中から抽選で10名に1000円分の図書券をプレゼントというのがあったらしい。

確かに、数か所にテーブルがあったった…


これは、盛岡バスセンターで帰りのバスを待つ人たち。
この建物は、9月に営業を終えて、年内に解体されるとのこと。
うーん、また一つ昭和の風景がなくなってしまうなぁ…


帰りは大通りを通ることにした。
これが、県都盛岡の金曜日の夜である。けっこう人が出ていた…


そして、開運橋。
いい感じにライトアップされていたった…

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Last updated  2016.08.11 18:49:52
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